三島由紀夫の「不道徳教育講座(1959)」は、不道徳の推進・促進によって、道徳的の何たるかを逆説的に、道徳よりも鋭角・明確に浮き彫りにする試みであった。ならば我が「重金属教育講座」は、“重金属”と名付けた世界の方を今度、ヘヴィメタルの方から逆照射し、世間がただ軽佻浮薄(けいちょうふはく)であっただけの事を曝露する戯(たわむ)れに過ぎない──自分の音楽や文学が重苦しかった訳ではない、世俗の何時何時(いつなんどき)もが軽薄であっただけのこと、自身の文章が執拗(しつよう)かつ陰湿であった訳ではない、俗世の平常正常が淡白であっただけのこと。序・破・Q、メタル随筆三部作、こゝに完結。
横浜・港町、かすかに海の匂いがするぜ(by チバユウスケ)
前作「Still Can't The Dead(2016)」からもう十年か。あの時も確か15、6年振りの新作ってんで“おゝ再始動後初のニューアルバムか!”と興奮して聴いたもんだが、今回は新譜「APOCALYPSE(2025)」を手に入れる前にもうレコ発のチケットをすぐさま購入したよね。だって一番好きなメタルバンドと云っても過言ではないから、DOOM。
その昨年12月に中止となったレコ発ライヴと今回2月のライヴチケット(に後述するインディー再発盤を買った時の特典缶バッジ)
DOOMとの出逢いは、ジャパニーズスラッシュメタルのオムニバス名盤「SKULL THRASH ZONE Vol.1(1987)」の一曲目“YOU END.GET UP!YOU.”だった(インディーズ時代のXが聴きたくてね、これと同じくスラッシュのオムニバス名盤「HEAVY METAL FORCE Ⅲ(1985)」にもXが入ってるんだけど、実家で死ぬほど繰り返し聴いたワ)。一発で好きになった……と言いたい処だけど、その前に“なんぢゃこりゃ”ってその変態性、変態的な演奏に度肝を抜かれちゃって、また聴きたいまた聴きたいとやっている内に“DOOMメイニア”となった記憶。ベースだよね、あのグニョングニョン・ブヨンブヨンのフレットレスの訳分からん音。諸田コウ。まあ聴けば聴くほど、ギターもボーカルもドラムも全部変態なんですが。
ギター・藤田タカシの足もと
そうして十代の終わりからDOOMの旧譜をディスクユニオンで一枚一枚買い集めていって(一番好きなアルバムは2nd「Complicated Mind(1988)」で、それは過去に詳しく書いたから割愛)、諸田コウがDOOM以前にやっていたZADKIELってバンドの海賊盤みたいな劣悪な音質の6曲入り音源(でも一曲一曲のリフとか演奏は破茶滅茶にカッコいい)とかも買ったりして、実家で聴きながら畳をギィイイイと掻きむしった──己がこの経験は、ヒロトがマンフレッド・マンを初めて聴いた日の事と、ほとんど似ている──よね、こんな超マイナーで自主制作盤みたいなメタル聴いてシビレまくってる平成生まれは俺しか居ねえ!何で学校の奴ら何も知らねえんだ!ザドキエルに負けず劣らず“爆裂モーターヘッド”なスターリンのタムがやってたG-ZETとかさ!話したいのに誰もできねえぢゃねえか!って熱い涙を流しながら。
ベース・アベユキヤ(諸田コウの教え子!)の足もと
俺の生まれた年に出た3枚目の「Incompetent...(1989)」もね、もう笑っちゃう位に無双状態で天上天下唯我独尊って感じ。“Eating It Raw”とか“Lost! In My Head”とか始まって即頭どつかれるよなアグレッシヴなナンバーもあるけど、前作よりは複雑怪奇でプログレ的な作風かな……ヴェルヴェッツの2枚目「ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート」がスラッシュメタルしたら「Incompetent...」だろね、要は“アヴァンギャルド”、“狂気”っつうこと。諸田コウのベースはずっと変態的で天才的だけど、やっぱギタボの藤田タカシもド変態の超天才で、唐突に曲中で語り始めたり“グァワハハハハハ”とか笑ったりすんぢゃん?あれとかめちゃ影響受けたよね!ユーモアだよな、やっぱ、カッコ良くて、それ以上に笑えないと。タイトルトラックの“Incompetent...”のラストなんか「ドゥームってこんなブルースのパロディみたいな事も出来るんだ」って初めて聴いたとき驚いたもん。曲が終わって、つまりアルバムの全てが終わったと同時につい“かっけえ……”と口から漏らしてしまったのを昨日の事の様に覚えているよ(まあ、それでも俺の一番はずっと「Complicated Mind」なんだけどね)。
ライヴ前、アベさんのシルバーのフレットレスベース、がキラリ
その後、もう自分の最初のバンド・MBBMでライヴとかし始めていた頃だけど、インディーズ盤が1、2万とかで毎回ジャケだけ眺めて買えずにいたDOOMの「NO MORE PAIN(1987)」が再発されたりしてね、ユニオンのメタル館で即購入して聴きまくったな──あん時はまだCDレコードよく買ってたワ──まあそれはDOOMの再始動に合わせて再発されたんだけど、その翌年(2016年)の春、先に述べた「Still Can't〜」が発売されたって話。そうしてやっと今回の新譜「APOCALYPSE」のレコ発に至るって訳。
昨年末に購入した新譜と特典の缶バッジ(スペシャルサンクス欄に“K.Morota”のクレジットを見つけ胸熱)
帰って来たぜ、あのDOOMが!!新譜「APOCALYPSE」の感想ね、昨年・巳年の最後に届いた最高のプレゼントだったね。前作「Still Can't〜」より曲構成もミックスもゴッリゴリのストレートで超攻撃的、演奏のアグレッシヴさは勿論、藤田さんのボーカルもあのザラついた声、変態的シャウト、これもう再始動後の代表作だろ。てか節々に“神楽坂エクスプロージョン”を感じるよ──ライヴハウスの暗がりで真っ赤に勃起した俺のジャパメタを(リズム録りでクリック使ってないんだってね、チャック・ベリーの“ジョニー・B・グッド”は出だしと最後でテンポ違うけどそれがロックンロールだろって50回転ズのダニー云ってたね、そうだそれがロックだろメタルだろ)!!出だしインストからの2曲目“KNOW YOUR ENEMY”の執拗に繰り返される攻め攻めのギターリフを聴き、「Killing Field…(1988)」とか「Complicated Mind」にブン殴られた10代の終わり頃を思い出す。今作、藤田さんのスラッシーに暴れ回るギターリフに狂おしいソロとイカれたシャウトがいちいちクソかっけえ攻撃的な曲(3曲目“SMASH iT DOWN”、5曲目“HATE MEMORY”、7曲目“WAR DADDY”、9曲目“REDRUM”)と、諸田コウを諸田コウ以上に血肉化したよな諸田コウの直弟子(じきでし)であるアベユキヤさんのグニョングニョン・ブヨンブヨンのフレットレスベースが織り成す幻想と狂気のインストナンバー(4曲目“CATREANA”、6曲目“LEAVE iT ALONE”、8曲目“FREEZE”)が、交互に繰り出されるその波状攻撃が、アルバムの最初から最後まで世界最高のあのアヴァンギャルドスラッシュメタルが、世界最強のこのジャパニーズヘヴィメタルが、耳を心を肉体を精神を徹底的に完膚無きまで犯してくれる──俺のイチオシは9曲目“REDRUM”ね。「そんな良いもんかい」とかほざくシケた輩が居たらば(いたんだよ実際、ファック!)、まずこれだけ聴かせれば充分、マヂざまあみやがれ。
いきなりメタルサーベル持ってキイチ登場(これをマヂで演れるのキイチすぎる)
で、今回そのDOOMの対バンがサブラベルズってのもね、こちとらもう誌面が足りねっすよ──爆裂、神楽坂エクスプロージョン!!イエモンとか吉井さん好きなんでね、吉井さんがサブラベルズを(しかも変化球アレンジで!)カバーした時も驚いたが、やっぱ己が出逢いはユニオンのメタル館・旧お茶の水店で15年以上前、あの伝説のインディーズ盤を買った時のこと(今やその再発盤もプレミアついてんのか……)、大学1年の終わりで19か20だった。それからメジャーデビュー盤とその後のラストアルバムがネクサスレーベルつう処から格安で再発されていたから買って、“あれぇええぇ”となった苦い想い出……だってインディーズ時代の名曲達がスッカスカの軽いサウンドに、しかもテンポもキーも上げちゃってササッと終わっちゃう、何ぞコレって……やっぱドロドロ・ヌチャヌチャに重ね塗り・重ね録りされた日本語サバスな、特級呪物なインディーズ盤一択であります(その昔ラジオで吉井さんが、メタルそんな好きぢゃないだろう志磨さんにコレをオススメしていて、“あひゃああぁ”となった記憶……志磨さん、聴いてどう思ったんだろか)!!
メジャー後の曲もゴリゴリ爆音の重たいギター、ベース、ドラムで分厚い演奏、最高だった(キイチの声もまさか80年代から変わらず、あのまんまで驚愕す!)
アンコールにてキイチより「あいつ(高市総理のこと)色々云われてるけど、初めてコピーしたのサバスらしいぜ、それだけで良いよ……いつかサブラベルズのステージ上げて、一緒にサバス演りたいね」からの“DEVIL'S RONDO”(しかし“HELL'S RIDER”と“鏡張りの部屋”は演ってくれなかった)!
ヘヴィメタルを聴くきっかけ──カッコ良かったから。そりゃそうだ、けど、もうちっと、言い様があるだろう。人が聴いている音楽と違ったから、しかもその“人と違う音楽”を生涯かけて愛している人達が居ると知ったから──そりゃパンクロックもそうだろう。人が作っている音楽に感じられたから、他の何よりも作り込まれていると感じられたから──そりゃグラムロックもそうだろう。よし、その調子、好きなものをもっと、はっきりと言語化してみろ。TSUTAYAで借りてきた薄っぺらいJ-POPとか適当な洋楽にこの身を委ねてたまるかよ、好みを決められてたまるかよ、と行き場のない十代の心が十代の身体の内にのたうち回ったあの日を思い出せ。或いは“聴く側の人間”でなし、“俺は演る側の人間なんだ”という自負があり(まだ何も演っていなかったにもかかわらず)、だから“こんな音楽演ってたまるかよ”とか“こんな曲が演りたかったんだよ”とか、そういう気分でチャートの音楽を拒絶し、メタルを聴いた、聴きまくった。
一日に大好きなバンドを二つも、それもこんな対極的なメタルを二つも──言語を突き詰めた様なメタルと、言語を超えてくる様なメタルと──同じ日に二つも観るもんぢゃない(300人も入ったらギュウギュウなF.A.Dで)
同級生も先輩も後輩も先生も何も分かっちゃいないし、自分の方だって中途半端で未完成な人間だって事は自覚している。しかし、メタルは違った。分かっていた、分かっていた音楽だった。J-POPの流行(りゅうこう)その場しのぎに話が通じる訳ないし、パンク/ヒップホップの貶(けな)し合い/罵り合うよな関係は青臭え/アホくせえし、ただ自己鍛錬を欠かさず他人に何云うでもなく叫び、速弾き、駆け抜けるだけのメタルが好きだった。このストイックが本物だと思った……クラスメイトや先生が何も分かっていなかったのではなく、むしろ何か分かり合おうとしたり教えて貰おうとする己が生き方こそ分かっていなかった。だから、メタルは違った。分かっていた、分かっていた音楽だった。勝手にしやがれ、よりも勝手にしやがれ。セックス・ピストルズ、よりもマシンガンズにしやがれ(というSEX MACHINEGUNSのベスト盤がありました)。
初回のメタル随筆“鋼鉄綺譚”で言及していたANCHANGの本、やっとこさ見つけたぜ(高校の時よりお世話になっている神保町のブンケンロックサイドで600円也)
私は貴方を裏切るかもしれぬ、私は私さえも裏切る事だってあるから、と云って築き上げた積み木をどんがらがっしゃん、壊してはまた築き上げ、どんがらがっしゃんを繰り返すよな気持ちは分からんでもない、人間、パンクやヒップホップ的手法を採(と)りたくなる時もある。ただ一方で、絶妙なバランスを保ち続けながら、構築した積み木を来る日も来る日もニタニタ眺めつつ、或いは脂汗を浮かべて険しい顔しつつも増築、ないし最構築するよな生き方もまた真(しん)なり、逆もまた真なり、いや、逆こそが真なりと、ニタニタ眺めるグラム歌謡、険しい顔のメタル野郎。“積み木”というのは単なる比喩で、いわば人や物との諸関係、人間関係でも事実関係でも因果関係でも何でも良い、どの生き方を選ぶかって話だ。私はやはりグラム的であり、メタル的なのであった。なぜ築き上げたものをぶっ壊しちゃうんだろうね、なんていちいち訊かなくても誰しも心当たりあるだろうから君にも分かるだろう、んな事よりこちとら積み木でクソ忙しいんだ、そういう生き方。ロックなんだからもっと過激に、みな全部ぶっ壊せ、という単純な図式に薄ら寒さを覚え、だからこそ誰より丁寧に、偏執(へんしつ)的に作り込む、ロック演ってんならロックの単純な図式も過激にぶち壊す、ニタニタ眺め、険しい顔で、こういう生き方。
この写真を見ただけで曲名が浮かんでしまったそこの君、貴方は生粋のDOOMメイニアでしょう(このベース・タッピングのイントロの後、かつては藤田さんと諸田さんが“アウアウ”“アウアウ”叫んだ、あの曲!)
「ギャップが良いってよく云われるんです」と藤田さん、(歌と演奏はキレッキレなのに)MCは自虐的なジョークばかりで、とてもお茶目な人やった
ベースもギターもボーカルもとんでもなかったが、生で聴くDOOMはパズさんが一番エグかった(変拍子に撃ち抜かれる手数、音数の暴力、そこいらぢゅう蜂の巣、俺達みな穴だらけ、無差別機銃掃射が如きドラムだった)
グラムに恋した訳、メタルを愛した理由、お分かり頂けただろうか?グラムの人工的なる不自然な迄の歌曲の明るさは、悲しすぎる程の根(ね)の暗さの裏返しである──頽廃(たいはい)の美学、異端者の悲しみ。メタルの様式美たる構築に次ぐ構築を重ねる音声の重たさは、哀しすぎる位の自信の無さの反動である──三島の筋肉、肉体改造の哀しみ。ウォール・オブ・サウンドは音の壁、無用な侵入を許さぬ心の壁。或いは前人未到の周波数帯を塗り潰す、全知・全能・万能の愛す。聴覚だけなど生ぬるい、視(し)・嗅(きゅう)・味(み)・触(しょく)まで覚醒す。演者・客人(まろうど)と一体なりて、メロイック&ヘドバンす。
新譜の曲は勿論、俺が一番好きなあのアルバムからも、それからインディーズ時代のあのナンバーも、ほぼ全てのアルバムからバランス良く選曲されたセトリだった(もし気になるDOOMメイニアが居たら、ツイッターでDMでもください ※これからツアーが続くので、ネタバレ禁止でね)
普通に聴けばおかしい音の詰め込み方、常軌を逸した速さ、重さ、2倍速みたいなテンポ、倍量増量ギターリフ、それは普通に、常軌と見なされる社会をぶっちぎる為に、執拗な迄に繰り返し繰り返した結果、何もおかしくない音の詰め込み方、社会の方が凄くおかしい人の詰め込み方、至極おかしいヒト科、だからHR/HMは特殊でありながら、変態/偏執的でありながら、その存在を許される/この存続を求められる、気の狂った人間社会に対して気が狂う音楽を演る、つまり正気である、狂気に追従しない意思としての狂気である、意志の本気である、一種の心意気である、ただ粋である。
ライヴで浴びた音の感覚/感触を上書きしたくなくて、帰りは一切何も聴かずに、ただひたすら脳内で演奏を反復/反芻しながら、放心状態で家路についた、今しがた
DOOMに恋した訳、メタルを愛した理由、お分かり頂けただろうか?私も眠くなったから、店はもう看板にします。これからあとは、私一人で、メタルをチビチビやります。あなた方とちがって、私の耳/心は、HR/HMなんかで失聴/失調する心配はありませんからね。
はい、おやすみなさい。

























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