2026年6月19日金曜日

高円寺に落ちてきた男

高円寺には23歳から住んでいるので、今年の夏でもう14年か(それまでは親と兄らと馬込文士村に住んでいた)。読み書きは昔から嫌いではなかったし、詩作も19歳から始めてはいたが、本格的に詩や文学へとのめり込む様になったのは、やはり高円寺で一人暮らしをする様になってからかしら……その集大成というか、いま持てる力の最大限の、詩を書きました。そしてそれは43分に及(およ)ぶ朗読、独白となりました。どうぞ、ご笑覧(しょうらん)ください。



 文章を書く時、詩を描く際に、自分が心掛けているのは、時代と寝ないこと、現代と手を繋がないこと。だから最新流行のキーワードとか気にした事も無いし、自身のコアに直結している言葉をただ選ぶだけ。最新って最も古くなりやすいし、軽薄に年を重ねるだけだから。着実に時を経てから、何となく古いもんって何故か新しいし。



 そんな前置きをしておきながら、こんな自分自身を裏切りたくなった。綺麗に洗い流したくなった、そうだ自浄作用。あゝ黒椿は悩んだ、おゝ金星人は考えた。いっそ地球へ、令和の日本へと落ちてしまおう。時代と寝よう、現代と手を繋ごう。それでも古くならねえさ、そもそも新しいも関係ねえよ。そう、生きて居られるだけの自信があるから。軽薄ぢゃねえから、着実にやってっから。それだけのこと、これだけのもの──例の如く、詩の全文をここに載っけときます(まあまあ長いので、“動画見たからもういいよ”とか“今作の思惑や意図だけ教えろ”という方は、三十七編すべて読み飛ばしてくれい)。


「令和に落ちてきた男」
by Nori MBBM

1. ドキュマン

4年前のバレンタインデーに
マイブラのカバーを演って
1ヶ月後のホワイトデーには
ヴェルヴェッツのカバーを演って
その間にロシアがウクライナへの侵攻を始めた

世はまだコロナ禍の最中で
その第六波の影響で
“蔓延防止等重点措置(まん防)”の適用が
13都府県から36都道府県までに拡大した
と2022年2月の手記にそうある

ロシアによるウクライナ侵攻の
肝を潰すよな映像を日々目の当たりにして
こんな呑気に音楽だ文学だ演っている自分が
いよいよ不謹慎に思われてきた
と3月14日にはこう記してある

コロナだ“まん防”だは一体何だったんだ
がロシアとウクライナの戦争は今この時も
日本のマスコミ、メディアは主に
ロシア側を非難していた訳だが
ウクライナやゼレンスキーに肩入れする訳も

ロシアとプーチンを非難する理由も
マスメディアほどに持ち合わせていなかった私は
太平洋戦争は大東亜戦争だったのかとか
あれは正義でこれは敵だからとか
断言する程その面の皮が厚くなかった

ただ犯罪が犯罪とならない戦争に
生活や日常をぶち壊す事に
正しいとか正しくないとかあるのか
あるとしたら何が正しい人殺しなのか
その一点のみで戦争はクソだと

断言する位この面の皮は厚かった


2. ルサンチマン

それでは揉め事を始めましょうと
始まる喧嘩はほとんど無くて
争いを始めてみましょうかと
始まった戦争はほとんど無かった
ゴロつきのイチャモンみたいな

何となく始まり何となく終わるよな
いや中々終わりが無い様な
正しい人殺しが日々続けられ
直接関わらない者は傍観者にされ
敵か味方に付かないと馬鹿にされ

早い話が馬鹿に加担させられ
何も考えないで居られる身分は平和ボケと
考えているから賢いと見なすただのボケより
つまり馬鹿より馬鹿にされる
高尚な技を貧しい術に奪われる

高度な技術への道を阻まれてしまって
楽しくて幸せなものを不謹慎に思って
敵か味方か考えないのは馬鹿者だよと
平和ボケより戦争ボケが大前提だから
プーチン/ゼレンスキーのみが選択肢だ

いや、トランプにネタニヤフに習に金に
リーダー、選り取り見取りだと
世界、さっと殺してさっと忘れよ
2022.2.24とか2023.10.7とか
それに対する制裁とか報復とか

いちいち覚えていたらキリが無い
先の大戦も数え切れない紛争も
だから戦争ボケは人類に必須なんだと
平和ボケの人間に説いて来やがる
俺ら反戦すらもしてやるかよ

お前の話つまんねえからノらねえよ


3. アンガージュマン

一挙手一投足に右派だ左派だ
政治・宗教・民族的な何かを
読み取ろうとするは病気だよ
エロ・グロ・ナンセンス的な
何か読み取ろうとする僕の逆

僕のギャグと鏡像関係かもね
だから話がつまんねえんだね
逆に面白くてこう、詩にする
卑しい深読みはヤメなさいよ
イヤらしい深読みをするわよ

深読みするほど分かりづらく
無知で蒙昧な人間でもないさ
もしそう感じられるなら時代
現代と僕が逆行しているから
声高に政治参加を叫ばないし

即ち戦争ボケを促さないから
政治が変形した戦争への参加
またその逆である政治参加に
平和ボケは平熱を保ったまま
一定距離を取りながら参加す

記号的なナチスとヒトラーを
とある集団と指導者に与えて
断罪には便利かもしれないが
高確率で誤るであろう判断と
雑な正しさとはこれ正しさか

いとも簡単な断罪はすぐさま
いとも簡単な崇拝へと変化す
憎き敵は悪しき敵方において
愛すべき友、崇拝すべき人と
かくも浮気な友敵関係を持つ

かくも脆弱な是非善悪に立つ


4. 地球に落ちてきた男

5、6歳の頃に毎日やっていたTVゲーム
「鋼鉄の騎士」とか「大戦略」とか
“キエフ”だ“ハリコフ”だ呼ばれていたのが
“キーウ”とか“ハルキウ”になっていると
そう気付いたのはウクライナ侵攻のニュース解説で

ロシア語読みをするのは侵略側に付く事だと
ウクライナとの連帯を示そうという訳か
それと同時に脳裏をよぎったのは
戦略ゲームで主要だったステージは
実際の戦場でもやはり要所要所となる訳か

ゲームぢゃねえ、馬鹿、因果が逆だ
そうは言っても立ち上がるUI
不謹慎不謹慎と云われても
より不謹慎不謹慎を突き付けられ
戦場で考えられる事を考える度

歩兵、擲弾兵、狙撃兵、近衛兵
顔や名やましてや生い立ちなんて
個々人の生を知っていたら
好きな処に配置できる訳がなく
それは一個の兵器ユニットであった

そしてそれは現実と乖離しているから
或いは現実を知らなかったから
気軽に楽しくプレイできた
今度楽しくもなく気が重くなってきたら
それ現実がゲームに近づいてきたから

歩兵が足りないから歩兵を生産すると
人間を生産するコストが必要だと
ゲームでないのにゲームだから最悪
地球だのに地球でないから最低
そうして叫ぶ、今こんなにも

詩を書くことは野蛮である


5. 令和に落ちてきた男

「実は最初から気付いていたんですけど」
「俺はずっとそう思ってたっすよ」
記憶の上書きを承認しますか
確定してから予定していた風な
時空を遡って検証不可能な

後出しじゃんけんは不粋だと
後出しでなくとも後には出さんが
誰にもやらんが手前ばかりには
あの時の友は情を演出していただけで
あの恋も愛していた振りだったとか

綺麗な想い出があったとして
数少ないんだけど確かにあって
その真白な布地に染み込ませる様に
記録の上書きに汚されてゆく
真相はこうだったと不可逆に縛られる

地球に落ちてきた男
金星で過ごした在りし日の景色
令和に落ちてきて、ふと思う
地球でまた繰り返す景色
無意識よりも自意識、認識より知識

罠だと思うんですけど
捏造が熱情と想像を奪ってゆく
真心なんて有り得ないだろと
そう有り得た真心を握り締めては
自由・平等・博愛など握り潰してしまう

過去・現在・未来に因果の上塗りで
大正・昭和・平成の関係が上書きされ
あれ、人と人の話だったっけ?
国と国との話だっけ?
金星人にはどっちもどっちだ

本当は単なる日本人なのにさ


6. 粋な男

実は金星の他に月や火星にも
仲間だったものたちが居るし
この地球に落ちてきてからも
様々な人と交友関係を持った
本当に様々な、色々な人々と

自分とは真逆の、水と油の人
今では逆に仲良くなれぬ様な
見た目も性格も全く異なる人
好みの音楽も服装も食べ物も
嫌いなそれらもバラバラな人

一緒に過ごしていた時は多分
これがずっと続くのであろう
と思っていた気がするけれど
あれはかなり絶妙な共犯関係
何かの拍子でパクられちまう

元金星人の現地球在住日本人
確かに我が出自はややこしい
話が国の成り立ちともなれば
世界の歴史は更にややこしい
仲好小好ハードモードプレイ

思い返せば仲好小好など皆無
仲の悪さを誤魔化せる関係か
好きな気持ち取り繕える間柄
悲観ではなし楽観的に見ても
完全に一致する方が有り得ぬ

ボウイの映画は観た事ある?
「地球に落ちてきた男」とか
ボウイはボウイ自身と完全に
一致する方が有り得ぬと合致
不一致において一致した男さ

本当は単なる英国人なのにさ


7. 唯一空襲のなかった県で

お盆にお墓参りで帰省して
ご先祖様の墓に手を合わせる
母方のご先祖様の墓所には他に
戦没者慰霊碑もあって
その顔も知らない方々にも手を合わせた

戦死された国と処とその方の名が
墓石に一つ一つ刻まれていて
母方の祖父母が一人一人調べたのだと
母から昔、そう聞かされた
小さい頃は意味がよく分からなかった

親類でもない者が手を合わせる意味が
縁者の様にお墓参りする訳が
しかし今では手を合わせないと
そのまま帰る事はできなくなった
身近に感じる人々に対して

例えば君の足もとにも
戦争で死んだ誰かが居た
第二次世界大戦か戦国時代か縄文時代か
そんなこと気にしてられっかよ
今そこは家やビルや公園やトイレになっている

それはつまり数だから
意味なんてあったら気持ち悪いだろ
だから凄惨な殺人はその意味で
一人だろうが十人だろうがその人生で
数々の戦争と違って記憶される

戦争のクソさ資本主義のクソさ数のクソさ
個別具体的な意味でぶっ潰す
生きるとはそういう事で
死ぬというのもそういう事である
一回一回ちゃんと生きるから

一回一回ちゃんと死ぬんだ


8. エヴァの聖地となった処で

戦争とか殺人はいけない
平和を大切に維持しなければいけない
言いたい事は確かにそうなんだが
格好が付かんと歯切れが悪い
さて、音楽と文学の出番だ

説教より説法より説得より強くエグく
生々しく赤裸々に直接描く
戦争に侵される平和をそのまま
生活に犯される人生をありのまま
放り出して置き去りにするは投げやりに

あとは各人ご自由にどうぞ
自分の平和は自身で平穏にせんと
与えられた平和などすぐ平穏に飽きて
誰かと誰か争っちまうだろう
そのくだらなさをバチッと描きたい

「六界記紀」という六界を廻る話を
「平成総体」という天地創造の七日の物語を
音楽活動の傍ら書き上げた時
“気持ち悪い”と罵ったものが居た
拗らせた自意識の、気持ち悪い言葉遊びと

残念ながら今や現実より現実に
模倣はやがて本物と区別が付かなく
いや本物が下手すりゃ模倣の方へ
そう模倣の方が本物となった
そのストーリーにみな生きていたから

昨年3月末に友達と三人で
箱根湯本だ大涌谷だ芦ノ湖だに行ったけど
その土地の歴史などろくに知らなかった
知っていたのは“第3新東京市”があったという事
そしてそれは偽史だのに正史に違いなかった

そのストーリーにみな生きているから


9. 八百萬の神の国で

自分でやってしまったものの
自身のせいと思わないものの
超自我が僕に働きかけたので
あの頃、そこに神は居たので
仏陀やイエスとしてではなく

親や親の親や兄や先生や先達
彼ら彼女ら人間の姿に扮して
適当で意志薄弱な僕に対して
世界に正解があるかの如くに
しろ・しなさい・させなさい

いずれ神様が居なくなっても
また大人達が居なくなっても
貴方一人で独りでにするのよ
自分でやってしまったものを
自身のせいだと思えるものを

しかしながら話は全く違った
事故も事件も戦争も人殺しも
意思と意志と責任と落ち度と
未だに、ここに神が居るので
人間のせいではありませんと

土台、無理な話だったんだな
一方が正義で他方は悪だとか
片方が命令で片方が従うとか
全てをはっきりさせようとか
本当は大体、大方、何となし

どいつもこいつも手前も手前
裁かれないで生きております
だって、悪い事してねえしな
人殺しと戦争は全く違えしな
と悪い事・人殺し・戦争する

あゝ無神論者の神様の祟りや


10. パルマコン

科学・技術はどんどん進歩するのに
人間の方はどうして相も変わらず
戦争や人殺しに憎悪の歴史を繰り返す
それは愛とか助け合いとか良心の裏返し
赤ん坊の泣き声の野蛮さ

創造と破壊とはよく云った
その二つは別々でなし表と裏だから
創造するに破壊をもたらすから
想像する事の破戒でも可
何か生み出す時には何かが壊れるんだ

明日への希望って何なんだ
新たなる世界秩序か何か
つまり古い掟を破る無秩序か
将来有望な赤ん坊の無知だろう
憎悪の歴史を繰り返す愛と助け合いの破廉恥だ

希望・有望は常に失望・絶望を準備している
赤ん坊がどうなるかなんて知らない
科学・技術に敷かれたレールは踏まぬ
本当は繰り返してないし変わっているが
結果、成長しない、変わらないを繰り返す

科学・技術みたく繰り返したらどうだ
繰り返す事の成長過程の新境地が
愚かな繰り返しではないものと
無軌道を軌道に乗せる繰り返しをば
しかし敷かれたレールを断固として踏まぬ

それが快楽つまり楽しいと
そんなんで殺された日には笑えねえな
その不謹慎が愉悦つまり愉しいと
そんなんで宣戦布告された日には声も出ねえな
そら伸るか反るかのスリルだけ

詩には生かしもできねえ殺しもできねえスリルだけ


11. パノプティコン

戦争反対を促すほど平和より先に退屈が
戦争なんか勝手にやってろやという無関心が
“賛成”に似た何か“参戦”を促さない事には
正しさよりも楽しさが勝たない事には
戦争をぶっ潰す事なんてできない

正しさより楽しさが勝てば不謹慎だ
しかし不謹慎な戦争にはこの不謹慎だ
詩を書いては死を描いて読んで4んでは死んで
退屈な不謹慎より悦楽の不謹慎を
当事者でなくとも当事者なんだから生の

いつか怒られるまでやるだろう
怒られる事で相対化されるだろう
怒られる事と怒る事と一体全体何なのかと
先生役・生徒役などもう演ってないのに
看守役・囚人役などもう演るつもりもないのに

いつか必ず怒られるであろう
世界は学校や監獄とたまに似ているから
それでも楽しさを優先するなら
正しさより優勢と見るなら
てか正しさが間違っているとするなら

些細な事と深刻な事の果てしない距離
その直線を円形に結んだ途端
最短距離ないしゼロ距離となる生死
正しさと可笑しさ、正しさと楽しさ、示唆
死んだら洒落にならんから駄洒落みたいな詩

こんなに死や戦争を身近に引き寄せて
詩は死も戦争も一口に飲み込む
こう書いて朗読して生きて循環して
時々ミイラ取りがミイラになる事もある
詩は間違っても死と戦争に呑み込まれるな

この楽しみを生を嬌声を奪われるなよ


12. パラトランスパランシコン

パで始まって、コンで終わる
思想の概念が、もうこれ以上
思い付かず、言葉を作ったよ
同音異字、造語は逃げだから
なるたけ、したくなかったが

“パラトランスパランシコン”
“超・逸脱・反対側”を意味す
接頭語“パラ”を含む透明状態
“見える化”による“見えぬ化”
光強すぎる故に輪郭見えぬか

先の衆院選の自民圧勝に祝辞
今後も支援よろしくどうぞと
ゼレンスキーはコメディアン
アメリカへの支援要請で以前
リメンバーパールハーバーと

元々お笑いやっていたからか
ツッコミ待ちのボケをかます
イスラエルがガザ侵攻しても
ハマスの奇襲を受けたのなら
それ自衛に当たるのだからと

おい、彼の悪口はそこまでだ
ちゃんと筋は通しているだろ
真珠湾攻撃は奇襲なんだから
大日本帝国は日本と違うから
しかし高市政権には絶望だと

先の衆院選の自民圧勝に祝辞
ゼレンスキーはコメディアン
トランプもネタニヤフも芸人
プーチンも習も金もコメディ
SNS時代の我ら、超透明状態

“パラトランスパランシコン”


13. 世界の警察

テレビが壊れた今はNHKを観る事もないが
小学校に入学するかしないかの頃に
「これは良い番組だから」と中学生の兄が
録画した“映像の世紀”という番組を見せてきた
理解は難しかったがその内容は感じられた

スツーカの急降下爆撃の映像
一列に並ばされた市民が射殺される映像
脳裏に焼き付いているのはやはり
興味のあったナチス・ドイツのものばかり
(いま“パリは燃えているか”が脳内で流れている)

しかしグエン・ヴァン・レムが撃たれるシーンは
それを観た夜の事は鮮明に覚えている
実家の父の部屋のベッドで家具調のテレビで
いとこは「うわ」と声を上げた
ベトコンはこめかみから血を噴き出して倒れた

その前年の94年にハセガワから出た1/72の
“グエン・ヴァン・バイ”のミグ17のプラモを
どこか“メリケン憎し”で作った記憶がある
大学の頃にブランキーの“MOTHER”を聴いた時も
ベンジーが曲を書いた時の気持ちが分かる様な気がした

自由と平等の国・アメリカ
わざわざ宣うは不自由で不平等が故
奴隷制と人種隔離の歴史が故
その自己矛盾は何ら自己矛盾ではなく
その病の為に自由・平等を渇望するだけの話

こんな話にこんな詩にこんなに言葉を費やし
それは現実を詳細に語りたいからでなし
言葉が現実ほど豊かでないから
言葉が現実くらい複雑ではないから
だからみな現実にしてしまうんだ

手っ取り早く現実に戦争で済ませるんだ


14. 世界の都市

曲を聴きに行く、ないし聴かせる時に
本を読み漁る、ないし読ませる際に
老・若・男・女は問わない/問われない
無差別に、無慈悲に、皆奴隷制度で
自由に、平等に、皆主人社会で

今や奴隷を見かけなくなった
かつての奴隷制における様な奴隷を
しかしみな奴隷となった
便利で快適な衣食住を維持する為
しかもみな奴隷が奴隷に頼った

奴隷の中の奴隷は億万長者となった
複雑で怪奇な承認欲求を満たす為
億万長者の中の億万長者も奴隷となった
地球だ宇宙だ社会貢献に貢献する為
今や主人は奴隷の主人を飼った

世界には未だリアルな奴隷制もあるだろうが
音楽とか文学とか楽しむ時間においてのみ
無差別に無慈悲に自由に平等に
老若男女も関係なしに
個々人が個人の奴隷となる

主人と奴隷は形を変える
大したもんぢゃないか世界中
味気ない?素っ気ない?寂しくない?
主人と奴隷を独りでにやるなら
世界の都市では一人が一人でやるのだ

音楽とか文学は現実逃避であり
主人と奴隷とか政治と戦争こそが現実だ
それはその通りであり
音楽とか文学は冗談の悪ふざけであり
冗談の悪ふざけが現実だ

現実逃避を含めて初めて現実だ


15. 世界の政治

政治の季節は巡る、否、常に
政治のシーズンだのにゴメン
非政治的人間でごめんなさい
非政治的なる過程・仮定とは
超政治的な結果・結論だから

政治は人間全般に関わる事ぞ
非政治的人間など有り得ぬぞ
しかし、有り得てしまうのは
政治の裏側や本質を暴いても
人間は日常生活を送り続ける

音楽や文学が暴れまくっても
芸術や哲学が暴きまくっても
森羅が万象を営み続ける様に
政治・経済は物理・科学同様
現代・社会に必須・科目だろ

信仰・信条に宗教・習慣同様
音楽・文学が人間・社会だろ
貴方が誰かと恋に落ちる様に
てか君が誰かと恋する限りは
非政治的人間は有り得るのだ

それで争い事も無くなればネ
しかし非政治的とは超政治的
恋に落ちれば爆弾も落ちるワ
戦争と同じ位には恋愛は続く
恋愛みたく戦争も続いている

警察も都市も政治も“ポリス”
語源は一緒なのに概念は別に
恋愛とか戦争ももしかして?
政治も経済も物理も科学も!
現代の社会にまつわる全ては

本質的に言えば詩になるから


16. 国土回復運動Ⅰ

“支配欲”、“感情のコントロール不能”、“外面が良い”、“責任転嫁”
ただDV野郎の特徴を列挙しただけだけど?
トランプ、ネタニヤフ、プーチン、習、金ぢゃないよ!
しかし、いやあ全く、君の為人みたいだね?
「DV野郎ぢゃないの本当は優しいの」って言いたくなっちゃうね!

「ウクライナ戦争を数週間で終わらせる」とか
ドナルド君がそう宣ったのを覚えている人は居ますか?
一昨年の大統領選から去年の大統領就任まで
いやそれ以降さらなる舌先三寸でもう一寸もないよ
終わらせるどころか始めまくる人殺し遊び

だってこれはそういうゲーム
“国土回復運動”という名のRPG
どれだけのダンジョンをクエストできるかな?
てかウクライナもパレスチナも台湾も元々僕のものだよ?
ウラジーミル君の、ベンヤミン君の、近平君の!

さて、ドナルド君はゲームに夢中だ
無我夢中で“MAGA編”の全クリを目指している
「勉強しなさい」「働きなさい」は彼に禁句だ
コントローラーを手放さず“金”と“メシ”だけ要求してくる
金とメシをよこせと“関税”に“戦争”で脅してくる

どうやらゲームの世界が彼にとっての現実なので
現実の世界の方がもうどうでも良いったらありゃしない
はいワンキル、はいクエスト、ほいワンキル、コンクエスト
「おい早くメシ持ってこい!ぶっ殺すぞ」
彼が引きこもるは真白な家

ザ・ホワイト・ハーウス!
公式ツイッターではゲームの映像と見紛うよな
敵が標的が人間が、ミサイルを撃ち込まれ、大爆発する映像が
リプ欄では英語で皆が何か反応している
AIの自動翻訳で一番上のコメントが勝手に日本語表示された

“これが本当に公式アカウントなの……か?”


17. 国土回復運動Ⅱ

この“国土回復運動”って世界的ヒット作もう飽きたわ
てか8世紀に出た一作目はまだしも今回のリメイク作は超クソゲー
ドナルド君、ウラジーミル君、ベンヤミン君、近平君らは
新機能のオンライン対戦でまだまだ盛り上がってるみたいだが
日本にはもっと面白えソフトが一杯あるからなあ

だから俺は“ノらねえ”っつったろ
しかしそれぢゃあ格好が付かねえってんだろ
そりゃそうだ殺しのゲームで何も殺れないなら
だけどもうそのゲームやめたんだわ
とっくのとうに俺らいちぬけぴしたんだわ

“意思表示が苦手”、“出る杭は打たれる”、“変化を嫌う”だって?
意思表示をし過ぎて、杭を出し過ぎて、変化をし過ぎたからや!
八百萬の神や地震大国や中空構造や中性的や男色文化だろが
同質性から多様性に行くのが世界の流行りなら
多様性から同質性に来るのが日本の流行りだろうよ

なら尚更リメイク版の“国土回復運動”やりなよって?
皆をお前のお前に似た同質性の原理で分からせなよって?
分かってねえなあ、多様性が好きなんだよ!
ただ昨日今日の多様性などに興味が無いだけで!
つうか「多様性を認めろ!」っつう多様性の同質性は一体何なん?

「日本人は消極的だ」なんて貴様、正気か?
積極的が積極的過ぎて、し過ぎて一周して、そう見えるんか?
分かり合えない処から始まるのは同意だが
分かり合える処で終わるっつうのには一つも同意できん
この様に分かり合えぬし、終わらぬから

そうこうする内またドナルド君の新着ニュースが
「日本は助けてくれなかった」と……
ぶふっメンヘラかよ、あゝそうだDV野郎だった
ホルムズ海峡に船よこさなくてゴメンね
だからこのゲームやってる奴もう居ねえって

戦争とか人殺しとかオワコンなんだって


18. 国土回復運動Ⅲ

イスラエルは戦争をしません
攻撃ではなく、自衛なのです
ここはユダヤの約束の地です
もはや神など存在しませんが
神は我々に国家を与えました

中国は中華人民共和国であり
中華民国という国はないです
中国から離反した一つの省で
歴史的には常に一つの中国で
故に承認国も限られています

ロシアがウクライナを中立化
非軍事化、非ナチス化します
そしてNATO加盟も禁じます
ウクライナ・ナショナリズム
それは親米ネオナチ勢力です

米国がイラクを民主化します
大量破壊兵器も取り上げます
イランの最高指導者も我々が
ハメネイ師の後継ぎ選びます
反米路線の後継者はダメです

人を人ん家から追い出したり
その家の仕来りに口出しする
人には人の家には家の仕来り
国には国の仕方があるけれど
“国土回復運動”の名のもとに

着るもの食べるもの住む処が
家が家の決まりが家族構成が
アメリカともイスラエルとも
ロシアとも中国とも違うけど
“国土回復運動”の名のもとに

二つ走らすOSのバグだろう


19. OS/SOS/OS

ガキっぽいワガママ
餓鬼は我が儘ということ
暴力は有りの儘ということ

核にあるもの
中心にあって欲しいもの
自分が自身だと思えるもの

今も変わらない
が変わらなければいけない
変わらないものに変えられて

変えられてたまるかよ
と変わらなければいけない
ガキは大人にならなければと

大人になって餓鬼退治と
我が儘と対峙しなければと
退治と対峙して復讐を復習せねばと

ガキっぽいワガママ
餓鬼は我が儘ということ
暴力は有りの儘ということ

オーバードライヴ
ディストーションとか
増幅された逸脱された過剰な男

核にあるもの
中心にあって欲しいもの
自分が自身だと思えるもの

クリーントーンとか
カッコつけないカッコつけ
嘘偽りない増幅されない素朴な音

今も変わらない
が変わらなければいけない
変わらないものに変えられて

ニーチェだけはいけない
カントとヘーゲルも読まないと
ディオニュソス的なものはいけない

変えられてたまるかよ
と変わらなければいけない
ガキは大人にならなければと

私が僕と言える幼児
我々が俺達と云える幼稚
それに生かされてそれに殺されて

大人になって餓鬼退治と
我が儘と対峙しなければと
退治と対峙して復讐を復習せねばと

生かされては逝かされて
異化作用が美化されて同化されて
どうかしているから教育で今日逝く

二つ走らすOSのバグ──「フィードバックを送信する」


20. (a)黒テスクだから

以前、詩に書いた通り
私は“黒椿”だった訳だけども──

ぐっちゃぐちゃのびっちゃびちゃ
破茶滅茶で滅茶苦茶の破茶苦茶
エロ・グロ・ナンセンスの厚化粧
赤青黄の重ね塗り屋のレイヤー

対するは赤緑青を隠し持った奴等
三色を重ねては光当ててくる輩
エロ・グロ・ナンセンスで重武装
重装甲化された私フルアーマー

後生大事な真白な箇所を塗り潰せ
論破論破で引き剥がそうとすな
エロ・グロ・ナンセンスの漆塗り
色ミクスチャー黒テクスチャー


21. (b)ザ日本人だから

以前、詩に書いた通り
私は“金星人”だった訳だけども──

ハーフですか?
外国の血、入ってます?
鼻、高いですね?
ちんちんも大きいですか?
普通だよ
人並み・世間並みだ
祖父母ばかりか曾祖父母だって
The 日本人だから
お手次のお寺に確かめてみて
江戸から何百年か続いている家だって

ただ異国の文化とか外国の血を
何滴か今、入れられたって
The 日本人のまま
日本的がどういう事かって事だよ
純日本人の歴史や血統を追ってみて
何だ昔から異国情緒ある
ミクスチャーぢゃん
何なら世界の何処より
内面化しちゃっているから
そんな反応が出る

何をどうやったって
世界基準みたく迷わないで
日本基準だから
井の中の蛙
飛び込む水の音は古池
行け!
それ以上でもそれ以下でもない
懐の深さ・器の大きさはこれ
比較したけりゃご勝手に
The 日本人だから


22. (a)まだ人の方が良いや

君が合理的ならば
数を數えて居なさいよ
數える数に興味があるなら

興味がないから人間

僕は真っ平御免だ
数など猫みたいなもの
構ってやっても仕様がない

仕方がないから人類

數えられる数とは
事実、現実、真実だと
人でなし猫に成りたいから

まだ犬の方が良いや

數えられぬ数とは
冗談、物語、幻想だと
これが死ぬ程面白いのにな

まだ人の方が良いや


23. (b)まだ物自体で良いや

友達や恋人は君に見せたい顔しか見せない
有りの儘は有りの侭ぢゃない
私は友や彼女を見たい風にしか見ていない
君と私の思い通りぢゃないと
──否定している

現実知らんけど真実はそうだろうと思うよ
有りの儘は有りの侭ぢゃない
現実よりも狭くて広い真実はこうだろうよ
私と君の思い通りぢゃないと
──肯定している

“物自体”って……それ自体がよ
これ自体カントに一体全体だな
何の権利・権限があるというんや


24. (a)毒にも薬にもならない話

神だとか迷信を
科学技術で暴いてやるぞ
ぢゃなくて!

神だとか迷信で
ただ語り過ぎただけの話

神だとか迷信を
俺は信じない科学ほどに

神だとか迷信と
近代の科学の二項対立に

神だとか科学に
俺は乗らないパルマコン

神だとか科学を
音楽・文学で暴いてやる
ぢゃなくて?


25. (b)毒にも薬にもなるから詩

感動のあまり言葉にならない
私だけの言葉で言語化したい
いいや現実そんなんぢゃない
まず感動の為の体験が足りん
言葉が足りないのではなくて
言語化する為の体験が足りん

感動的な体験を経験をよこせ
そしたら勝手に言語化なんて
言葉なんて有り触れてるんだ
有り余り過ぎて言語化できん
体験や経験の質・量に比べて
言葉の質量だけ増やしてもな

余計に焦るだけだぜ、ボーイ
ガール、ミーツ俺、体験、詩


26. (a)僕の芸術的成功

早く次の文章とヤりまくって
僕は僕を身籠りたい

さらっと旋律にヤられちゃって
君の君にイかされたい

僕の日常的性交


27. (b)僕の日常的性交

男は自分の棒の平穏のために毎日ふたりいやなやつとせよ

イク、イク、イカヌガイク、イク、イカヌガイク、イク、イ

(拙著「日と六ペニス」より抜粋)


28. (a)名言できたよ

私に我らの全てはあるが
私は我らの全てではない

我らの全てと思い上がる
思い上がってしまった神

混同しやすいから神と人
もう一度確認しておくよ

私に我らの全てはあるが
私は我らの全てではない

そんな前提すら忘れちまっていると馬


29. (b)明言できたよ

そりゃ歴史的に見れば
我ら動物と違って人間だから
言葉を話すものに違いないが
その歴史すら否定するもので

一切、話さなかったり
合切を話そうと試みる訳です
人間でありながら人間でなし
人間以上に人間であろうとす

矛盾がデフォルトかつ
デフォルトが矛盾であるから
両義性があり両性具有的なる
境と間に位置す人間の本質す

矛盾が矛盾でないなら
喧嘩や争いが起きて当然です
同時に、止められて当然です
戦争や諍いを止められて当然

こんな当然すら分からなくなったと鹿


30. (a)F.F.F.C

よぉいスタート
走れ走れ走れ走れ
嗚呼もたついた
躓いた
喉が渇いた
周りの皆は?
誰も居ないの?
今どこら辺なんだろ?
やべ急がなきゃ!
やっぱゆっくりで良いや!
やっと自分のペース掴めてきた!
こんな景色だったんだ
あんま意識してなかったから
意外と色んなものがあるね
様々なことを見落としてきたね
あれ、もしかして
皆、待ってくれている
走れ走れ走れ走れ
やったぁゴール

が、スタートゴールスタートゴールスタートゴール現代


31. (b)S.S.W.C

詩、文学、言語表現
言い当てる芸術
それはそうなんだが
最短距離を競うものではない

むしろ最長の距離を描く
言い得て妙な技術
それが何を思ったか
最短距離で見抜いてやるとか

一矢報いて的を得てやるとか
その内に言葉は信頼を失ったのだ
そうだろう、言語より早い
速い音とか図とか画が

ショートにいいねの承認が欲求で
そもそも早いとか速いなんて
言葉は何も強調していなかったに
むしろ遅い方が絶頂に

全身全霊に圧倒的なエクスタシー


32. (a)法律の法律は芸術

軍備の増強いや核を持てよと
護るべし九条いや新・九条と
右派も左派も馬も鹿も見境無
しっちゃかめっちゃか言語無
お気持にはお気持の表明返し
どちらも貫いて通ずる言語有

それが文学であり詩であると
これに対する異論反論として
芸術とかで誤魔化すのかよと
誤魔化さぬ人間は云うだろう
お得意の対話を求めるだろう
知性なき対立つまり衝突をと

ぶつからないで話をするには
論破をしない議論をするには
芸術とか文学とか詩が必要だ
誰も彼も単純な訳が無いんだ
右派も左派も馬も鹿も見境有
紆余曲折を紆余曲折のままに

核を持つのか九条を護るのか
人の選択がそれしかない訳無
憲法は法律の法律と云われる
人間の最高の掟がこんな訳無
憲法とは芸術だと思っている
故に法律の芸術と言ってやる

きっと法律で捕まって捉えられた感じを抱いてみて初めて芸術ということが分かるさ


33. (b)芸術は芸術で法律

言葉遊びはやめろって?
言葉遊びはやめられん!
詩と文学はそれを知っている
言葉を使う以上、扱う訳だし
遊ばずには居られないということ
お前だってお前だってお前だって

この言葉遊びは
その言葉遊びに
対抗したり拒絶したりして
共鳴したり賛同したりする
言葉遊びを始めたのはどちら?
改憲だ護憲だ軍拡だ九条だと!

きっと芸術に抱かれて感じて捉えられて捕まって初めて法律というものが分かるのさ


34. (a)アナーキー・イン・ザ・私刑

何が法律は芸術だ
法律とか政治には人の生命が
人生が懸かってるんだよ
遊びでやられてたまるかよ
お前が遊びで滅茶苦茶になっても
不当逮捕で死刑になっても
全く構いやしないが
中途半端な知識で口出しすんな
生半可な覚悟で口を挟むんぢゃねえ
こちとら国民生活の全て背負ってるんだよ

こちとら無期刑なんだよ
不当逮捕の死刑でなし
誤認逮捕の私刑だよ
ただ真面目の行き止まりで
真剣のがんじがらめになって
真面目で真剣なフリして
快楽はおろか目的すら見失って
目的が目的を探すになってしまって
そんな法律とか政治は死んでんだろうが
元来の不謹慎な芸術だ遊びだを思い出せよ

てか、芸術や遊びを不真面目でふざけたものと勘違いしてないか?覚悟あっから!


35. (b)アナーキー・イン・ザ・文系

上から下へ、下から上へと
これしかないと思っているから
君と話が全く噛み合わない

右から左へ、左から右へと
横方向だけで何が出来るでなし
こう上下左右が常にあると

だから法律も政治も遊びで
芸術や文学や詩と同じ振り幅で
そう上下左右にやり合うと

法律や政治が抑え付けると
今度、抑え付けられた方向から
抜けつつ脱げつつもあると

言葉や文章で上下関係をコントロールできると勘違いしてないか?左右あっから!


36. (a)MUM

そんなのたかが言葉だろ
言葉に左右されんな
お前の本当とか現実だろ
ただお前がやれ
やった通りになるだけだろ
それこそが本当とか現実だろ

だから君は生に懸ける
そうして性を駆ける

父性みたいに
指示を出す

こんなのたかが言葉だよ
上下に左右されんだ
人間の本当とか現実とか
ただ言葉なのだ
やった通りになるだけだと
規定するもしないも言葉だよ

だから私は詩に賭ける
こうして死に掛ける

母性みたいに
産み落とす


37. (b)UMU

全人類を統べるのは神様ですか
真理を掴み取るのは哲学ですか

高尚なものだとは思いますが
最たるものとは思えませんね

音楽でしょう文学でしょう
そこに付随して顕になるが

神様だとか哲学でしょう
一番大切ではないですよ

だから私は詩に賭ける
毎度毎度、死に掛ける

それでも生きてみる
これでも生きている

難易度上げてみる
よりハードモード

快楽増している
超エロスモード

一文字一文字
奪われながら

産み出そう
神様や哲学

一人一人
去り行く

だから
出産す

音楽
文学



~~~~~~



 夢の中で曲を作った(「メフィストフェレスの赫い嘘」)だとか、夢の中で詩を書いた(「金星人」)だとか、ここ最近そんな事ばかり抜かしておりましたが、今回はちゃんと起きて書いて作りました。意識的に、そう意識を全集中して、いま持てる力を総動員して。37歳の私が、そう令和八年の俺が、いま令和に落ちてきた男が。



 早い話が、プロンプトを一発与えれば、AIが瞬時に絵や写真や動画や曲や文章など作る様な、こんな便利な、利便性の極致をいま我々は生きて居るのに、全く手間の掛かる、幼稚で暴力的な争い、戦争は一向に無くならないし、私の方は私で、かなり効率の悪い人力(じんりき)で、自力で原稿用紙66枚/13,114字/1,237行もの詩作を行なった、ということ?



 否、戦争も効率的で巧妙な、高度に狡猾(こうかつ)な手を使う様になった、大の大人が幼稚にも暴力的に争い、戦争はより一層無くならなくなった、プロンプトを一発与えれば、AIが瞬時にやる様に(実際に敵の高官を暗殺するのに、建物にピンポイントでミサイルを撃ち込むのに、その作戦立案:プランAとかプランBとかプランCに、AI技術が使われているとな)。私の方は私で、愛だI(アイ)だと瞬時にやれない様に──令和に落ちてきた男──この詩を手作業で半年程かけて書いた。別に6ヵ月が長いとか短いとかでなし、ただ“瞬時に”ではないということ。瞬時にやらなきゃ馬鹿な世界で、世界が馬鹿だから瞬時にゃやらんと。いつか便利なAIを使う時があるとするなら、我々が面倒な愛だIだに目覚めた時だ。やはり時代なんかと寝るもんぢゃない、ということ!



 殺しはいけない、言う迄もなく。戦争はいけない、当たり前だ。己が詩で伝えたかった事は、言う迄もなく当たり前の事だったか。そうかもしれん、ただもう一つ。自惚れや自己愛に加担しないということ、茶番に巻き込まれない様にするということ。戦争反対という自惚れは、時に殺しを加速させる自己愛となる。炎上系インフルエンサーが持て囃(はや)されるのと一緒で、ただ違うのは人が実際に死んでいるということ。だから今すぐ皆で助けなければ/我々で止めなければ、という気持ちが当事者を更に激昂(げっこう)/興奮させる。ロシア・ウクライナ戦争と、イスラエル・パレスチナ戦争と、この生活とに何の関係がある?あるだろうが、人が実際に死んでいるんだぞ、お前の無関心は加害と変わらんぞ!と何にでも顔を突っ込むのは、欧州の問題に/中東の問題に/極東の問題に顔を突っ込むトランプよりかはマシなのか、それは更に彼等の茶番を/芝居を/演劇を盛り上げようとしてはいないか。注目を引こうと滅茶苦茶に当たり散らす子供には、声を荒げるよりかは静かに無関心に接するよ、それが滅茶苦茶の泥沼から抜け出す最短距離だと思うから(と、注目を引こうと滅茶苦茶に当たり散らかした元子供は語る)。人が実際に死んでいるのに、いや人が実際に死んでいるからこそ、本当にくだらないと思うね。己が詩で伝えたかった事は、言う迄もなく当たり前の事だったか。馬鹿げた話だ、やっぱり時代なんかと寝るもんぢゃなかった。こんな詩はもう懲り懲りだ。



 例えばダンテの「神曲(1321)」なんて、(生を捧げて)読むものであって、(命を削って)書くものではない。僕はやっぱり大層な叙事詩(じょじし)よりも、小ぢんまりとした抒情詩(じょじょうし)を書きとう思います。この文章だって随分長くなりましたから、そろそろ終わりにしましょうね──デヴィッド・ボウイの“グラム前〜グラム期〜グラム後”を俺なりに演った挙げ句が、“黒椿〜金星人〜令和に落ちてきた男”ってな訳で、これにて完結、この三部作、その最終回、三十七編の詩、37歳の詩、詩、死……そういえば詩人・宮沢賢治は37歳で逝っちまったらしいが、俺はこの先あと何年生きていかなきゃならねえのか。

詩人は苦痛をも享楽(きょうらく)する
永久の未完成これ完成である
-宮沢賢治

 この金言(きんげん)の後には“理解を了(しま)へばわれらは斯(かか)る論をも棄(す)つる”、“畢竟(ひっきょう)ここには宮沢賢治一九二六年のその考(かんがえ)があるのみである”とこう続く。ちょうど百年前に農学校の教師を辞めた賢治が(私塾の設立に際して)著した「農民芸術概論綱要(1926)」の結論部に当たる言葉である。みな青空文庫でタダで読める(しかも短いのでサクッと読める)。




 以上、37歳の私が、令和八年の俺が、令和に落ちてきた男が、いま持てる力を総動員して書いた詩が、そう、畢竟ここには憲宏二〇二六年のその考があるのみである──一生懸命に、死に物狂いで、大切に丁寧に慎重に書き上げたものではあるが、来年にはもう棄て去ってやろうと思う。理解を了へばわれらは斯る論をも棄つる、だ。もっと凄えアイデアがごまんとある。音楽と文学で溢れ返っている。少なくとも40くらい迄は死ねない。三年先まで予定で一杯。一年ぢゃ足りねえ。一日が短い。毎日30時間は欲しい。しかし、だからこそ、みな楽しみにしていて欲しい。いや、みな楽しみにしている。




2026年5月2日土曜日

フウルな詩(十二支詩・午)



僕は近代が身籠(みごも)った、近代の最後の子

僕の生誕の年──西暦1989年──に彼女、息を引き取ってしまったのだから

近代の末っ子は見た、無邪気に燥(はしゃ)ぐポストモダンの子供らを

何の話も言い聞かせぬ、云い聞かせられぬポストモダンの親達を

神話や思想や大いなる何か、大きな物語の一つも知らなんだ

主従の従と思わなんだ、主たる言動が全てだった

結局ルーツを忘れてしまった、覚えていても喪(な)くしてしまった

ソウルな、ソウルフルな、ソウルがフウルな、フウルな詩

FOOLな、馬鹿な、馬か鹿な、いや馬としか云えない様な、COOLな歌


ヒヽィイン(パカラッパカラッパカラッパカラッ)


歌おう無駄を──無駄の無い人間は無駄でしかないと!

歌おう馬鹿を──馬鹿しない人間は馬鹿でしかないと!

歌おうFUCKを──FUCKぢゃない人間はFUCKぢゃないかと!

プログレが最早(もはや)プログレではない様に

ニューウェーヴがもうニューウェーヴでない様に

ポストモダンとは何とその場しのぎの適当で自分勝手な名前だろう

モダン家のポスト君のポスト君もモダン家も

近代も近世も中世も古代も原始もかつてそうだった?

みながみな通った道だという事を忘れたか!


ヒヽィイン(パカラッパカラッパカラッパカラッ)


十二支詩・未に続く


2026年5月1日金曜日

37歳23歳:令和に落ちてきた男

今から11年前──このブログ随筆やバンド活動をやり始める少し前のこと──2015年の正月に、父方の実家で何となしNHK「100分de名著」の新春スペシャル(“日本人論”特集)がやっていたので居間でぼうっと観ていたら、ばあちゃんが後ろから「えらい良いもん観とるで」とニコニコ話し掛けてきた(何故だかよく覚えていないが、居間にはばあちゃんと自分の二人しか居なくて、家の者はみな出払っていた様だった)。その時、テレビ画面に映っていたのは“加賀の三太郎”の一人・鈴木大拙(本名“貞太郎”)で、紹介されていた著作がこの「日本的霊性(1944)」であった。


多くの人が所蔵しているのは、まず間違いなくクラシックな岩波文庫版の方だと思うが、実は“第五篇・金剛経の禅”が(昭和24年に大拙自身の判断で「この話はやっぱ別の機会に」と)削られているとの事だったので、自分は敢えて(昭和21年の第二版を底本とした)角川ソフィア文庫の完全版の方を求めた

 日本的霊性をここに書き綴ります──わたくし大拙七十五歳です──いえ愚禿(ぐとく)憲宏三十七歳でございます。ちょうど執筆当時の大拙の、あたしゃ半分の歳なので、こいつぁ中拙(ちゅうせつ)でも良いですね。而(しこう)して日本的霊性なのですね──決して日本的“精神”ではありませぬ──断じて大和魂でもありません。ましてや人々を右(ないし保守)へ左(ないし革新)へ導こうと躍起(やっき)になるものでもございません、よくある二項対立でも二者択一でもいけません、かといって三者三様とか三者鼎立(さんしゃていりつ)でもないのです。

 そうです、精神(こころ)と物質(もの)が、矛盾ないし相克(そうこく)/相殺(そうさい)を免れぬ時、その二つを包括(ほうかつ)し、二つでなし一つとし、一つでありながら二つとするもの──これが霊性である。(二元論的なる)精神とか物質とは、次元が違うのだ。或いは、霊性を“宗教意識”と言い換えても良いが、宗教という言葉を“迷信”の別名と誤解する人が多い為(これは昭和19年当時も令和8年現在も同じ)、だから“霊性”という言葉を用いるのである。霊性は無論、我ら大和民族に限った話ではなく、(成熟した文化を持った)世界中の民族──漢民族や欧州の諸民族など──にも見られる普遍的なものである。

 それでは、“日本的”霊性とは何か──浄土系思想と禅である。これら日本的霊性の内、情緒的なる展開が浄土系思想であり、知的なる展開が禅である。浄土系と禅は共に、仏教における代表的な思想と云えるものであり、しかしその仏教というのは外来宗教であるからして、それを日本的とするは大いなる誤りではないか?否、仏教の伝来とは主に儀礼的なものに限った話であり、仏教の儀礼的なものと日本的なもの(霊性)とは無関係である!と断言したい。

 まず、浄土系思想は──古代インドで生まれた後(のち)、中国で漢訳された“浄土三部経(無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経)”を根本経典とする──日本最大の仏教宗派“浄土真宗(じょうどしんしゅう)”として、我が国に広く根付いた。しかし、その様な真宗信仰はインドでも中国でも見られず、“他力(たりき)”とか“横超(おうちょう)”といった真宗の重要概念は日本(法然-親鸞)独自のものであり、これこそがまさに日本的霊性の発顕(はつげん)であった!先に述べた通り“霊性”を“宗教意識”と言い換えても良いが、これこそがまさに日本的宗教意識の発露(はつろ)であり、それがそのまま浄土真宗の発生であった……その開祖である親鸞は、師・法然に留(とど)まらず、聖徳太子まで遡(さかのぼ)り、恐らくは日本的なる霊性を自覚するに至った──西洋的二元論で決して導かれる事のない、莫妄想的/無分別智(まくもうぞうてき/むふんべつち)。

 また、禅は中国で生まれたが、漢民族の生活には定着せず、こちらも大和民族の方に広く浸透した──てか、日本人の生活がそもそも禅的であった!禅のルーツもやはり南方系・インド民族の思想にあり、それが北方系・漢民族によって論理的に実証(ないし発明)され、また南方系の日本的霊性と邂逅(かいこう)したって訳。つまり大和民族は、南方系・インド民族の(論理性でなし)直覚性を禅に見出し、そこに日本的霊性の姿を見(み)、安堵し、満足し、勝手に腑に落ちたのである……鎌倉武士達はただちに禅院(ぜんいん)を訪れ、時(とき)同じくして法然と親鸞もまた日本的霊性に目覚めたのであった。

 平安以前、日本最古の和歌集「万葉集(780頃)」には(天皇から庶民まで)古代日本人の生活ないし精神世界が描かれている。人々と自然との戯(たわむ)れ、産まれながらの人間の情緒そのままに、しかし大した反省や思索もなく、その精神に深いものが見られるとは言い難い。すなわち宗教的な反省や深さが無い。神を歌ったものもあるが、そこに人間以上の神はなく、願い事が叶わぬならこの名も命も捨ててやる(だから神様お願いしますよ!)、と取引するよな自暴自棄な歌も散見される。神の尊厳性が希薄だ。やはりここに宗教は無い。天皇や皇族の死を悼(いた)む挽歌(ばんか)に宗教心の萌芽(ほうが)は見られるが、ただ悲しいと泣いたり嘆いたりするだけで、宗教的な内省を持つものは無い。ここに日本的霊性なるものは皆無である。

 平安時代、この長き400年の間に万葉の思想は洗練・深化された(そして次代の鎌倉にて、遂に宗教的自覚を得る事となる)。繊細で、女性的で、優美で、感傷的なる平安文化……その中心となった京の都(みやこ)には、文芸・美術・宗教・学問があった。「万葉集」が平安以前の古代日本の情緒を表していた様に、「古今和歌集(913頃)」には平安時代の人々の精神がよく現れている──彼等は何かと泣いている、常に袖を涙で濡らしている様だ。或いは「源氏物語(1008頃)」における貴族の恋愛、政治、官能、文学。或いは「枕草子(1001頃)」における上品さ、優雅さ、そう、みやび。しかしそこに宗教的、霊性的な深さは無い。現世肯定的な、現実を受け入れるだけの世界で、宗教は育たない。万葉の原始性に比(ひ)して洗練・深化した、というだけで。仏像も仏教学者も仏教的儀礼もあった。が、本当の意味での仏教をまだ知らなかった。古今集、源氏、枕草子……これら歌集、物語、日記に見られる憂愁、無常、もののあはれは、(漢語文化に対する)日本語・大和言葉で表現されたものとして、我ら固有の独自性を確立したものとして、もちろん特筆すべきものであるが、甘い。まだ、淡い。宗教や霊性というのは天上界のものの様で、その実は大地にある。故に平安人には宗教や霊性が無い。平安人とは──大地を踏まぬ──貴族である。人間は天に対して受動的であらざるを得ぬが、地に対しては能動的に振る舞う事ができる。そして平安人までの日本人は、ただ受動的であった……いや、大地を知らぬ貴族達の歌や物語がそうなのであって、他方、実は都の外の地方においては、大地に親しむ(真に能動的な)ものたちが居た──農民と武士である。歌詠(うたよ)み女の部屋の戸を叩く優男(やさおとこ)より、生命の真実を把握していたのは農民と武士であった。平安人の観念ばかりの政治や思想に取って代わるべきものは、農民と武士の宗教的真実その霊性であった。霊性とは、決して影の薄い化け物なんかではない。霊性は、生命そのものである。霊性は、大地に関係している。平安時代後期、地方においてはその様に、次代を担う勢力が潜在していたのだった。そして、平安文化は大地からの文化に、公卿(くげ)は武家に置き換えられた。

 鎌倉時代、日本人は宗教ないし霊性に目覚めた。平安の400年は無駄ではなかった──この鎌倉がやって来(きた)る為に。まず浄土系思想、浄土宗・真宗の展開。次いで、禅宗の伝来。“日本的”霊性とは何か──浄土系思想と禅である。とは前にも一度書いた。或いは、“蒙古襲来”という海の外からの敵性勢力(モンゴル帝国)に、初めて“我が国”というものを考えなければならなくなったということ──日蓮宗(にちれんしゅう)や伊勢神道(いせしんとう)の発生。万葉の日本精神は謂(い)わば原始的・幼児的であり、平安においてもまだ霊性を見出す迄(まで)の内省・反省は見られなかった訳だが、鎌倉においては遂に国内外からの圧力によって政治的大変動がもたらされ、宗教意識ないし霊性の覚醒を促される事となったのだ。そう、霊性の扉は開いた──浄土教の終極はここ──真宗は庶民のものとなった。鎌倉の精神は大地の精神であり、大地の精神は親鸞の精神であり、親鸞の精神は鎌倉の精神である。であるから鎌倉の世において、親鸞による浄土真宗が花開き、それは大地に親しき庶民のものとなった。そもそも流罪(るざい)となった親鸞の越後(えちご=新潟)での生活は過酷なもので、僧でも俗でもないもの(非僧非俗)で、またこの時から“愚禿親鸞”を名乗るようになったのであるが、その後すぐに京の都へと戻らずに、常陸(ひたち=茨城)を拠点に20年も布教活動を行なったのは、親鸞がここで初めて大地なるもの/日本的霊性なるものに開眼したからである。

 令和時代、鎌倉とは何も遠い昔の話ではなかった。今の時代を見よ──国内外からの圧力による政治的大変動を。この人を見よ──日本的霊性なるものに開眼した男・憲宏を。だから私は親鸞に興味がある。こうして本を読み、親鸞の(日本的霊性ないし仏教者としての)生き方を知ろうとする。ご住職さんより“念仏者”と云われた、父方の祖母に(日常的念仏者もとい仏教者としての)生き様を見ようとする。念仏者とは仏教者である。そして仏教者の使命は、時局に迎合するものであってはならぬ。親鸞の様に、ばあちゃんの様に、私の様に。カルト教団なんかと一緒にされては困るのだ。スピリチュアル宗教とは全く訳が違う。教祖など知らん。インフルエンサーみたいな承認欲求も要らん。われ実践者、念仏者、仏教者である。

 仏教の実践とはつまり、日本文化において最も世界的意義を持つものであり、日本的霊性の自覚それ自体である。大半の人は、仏教をインド由来のもの、外国から輸入されたもの、純粋に日本のものでなし、と考えるやもしれぬが、ならば今日(こんにち)の我々の生活様式一般──衣・食・住のいずれも──は日本のものでなし欧米のものなのか?やはり日本的なるものは平安以前の古代にしかないものか、否、先述(せんじゅつ)した通り平安とか鎌倉にあるのか、否、もっと下(くだ)って江戸か明治か、三たび、否、俺の大好きな文学や音楽が百花繚乱の大正とか昭和か、もし本当に昭和ならば昭和の初期か末期か、いやはや一体全体どこにあるのだ?以上、“日本的”には確固たる概念が無い。実用的に役立つなら最早(もはや)立たせて良く、外国も日本も大した問題ではない。しかし、それが霊性ともなると話は違う。日本的という事を表面的・地域的・時間的にのみ考えてはならぬ。例えば、時間的には仏教が日本に来てから千年以上も経過している。千年は長い様で短く、また短い様で長い。一人の寿命の十倍以上の長さにはなるが、たった十人位の人生の長さでしかない。それだけの時間を掛けて植え付けられ、芽生え、花咲き、実を結んだ仏教である。

 オランダから輸入されたチューリップやヒヤシンスといった草花があって、初めの年はオランダの花を咲かすけれども、2、3年経つと日本の風土に同化し、日本的チューリップ、日本的ヒヤシンスとなるのだ。或いは、日本で盛んに栽培される菊の花が一度(ひとたび)イギリスへと渡れば、それは英国による英国なりの立派な菊となり、更に言えば、菊はもともと中国から日本へとやって来ており、日本に来ては日本的となり、ヨーロッパへ行ってはヨーロッパ的となるのだ。中国の菊だから、日本で咲こうが中国の花、ヨーロッパで咲こうが中国の花、では断じてない。菊は菊として、菊たる所以(ゆえん)を全(まっと)うしており、地域的にのみ菊を見るべきではない。菊の生命の在る処に目を向けるべきだ。これが草花でなし精神・文化の事となると数年、十数年の話ではなく、少なくとも百年、数百年の年月を要するはずだ。仏教が日本に来てから千年以上も経過している──(たとい仏教がインド由来のものであっても)仏教が日本的なものとなるに十分の歳月はとうに過ぎた、と云っても過言ではない。充分な歳月を経て、仏教は日本化し、あまりにも日本的なものとなった。というよりも、もともと日本的霊性なるものがあって、その霊性が仏教的なものと鉢合わせた、と言うべきである。

 そもそも仏教がインドで生まれたのは今から2500年前(紀元前6世紀頃)で、千年ほど発展し続けた後、仏教は彼(か)の地で途絶(とぜつ)してしまった。それから一方は中央アジアを経由し、またもう一方は南アジア(南海方面)を通り、中国へと入ってきた。仏教は、中国の北からと南からと入ってきたのである。しかしながら仏教はインドそのままの姿で、中国に受け入れられた訳ではなかった。中国の人々は仏教に反発した(同様に日本でも仏教が入ってきた当初は、反対する人々が多数居た)。仏教ではお坊さんとなるに出家し、独身生活を貫き、殺生をせぬ、という戒律を守らねばならぬ。しかし実用主義的で、実証性を重んじる中国の人々(漢民族)は、子が無ければ親に孝を尽くし得ない、先祖の伝統を絶つ事になっては不孝この上ない、と考える人が多いので、インド的仏教生活と矛盾・反発してしまったのだ。更に中国では(今日でも依然として)、豚とか羊の丸煮に牛までも加えて“太牢(たいろう)”と称した大騒ぎをやる。この三種(の生け贄)がないと祭祀(さいし)は完全なものとならない。先祖を十分な儀礼によって祀(まつ)らなければ、これまた子孫として不孝この上なく、だから“生き物を殺すな”という仏教が入って来られては困るのだ。それが何故に受け入れられたのか?漢民族は、インド民族の提唱する仏教的思索に反論・抵抗すべきものを持っていなかったのだ。実際、先祖の伝統を絶つ事になっては不孝この上ない、とする点においては仏教に反対するが、思想・理念・哲学・宗教論理においては、中国の人々はインド的なものに反抗・反駁(はんばく)しなかった。すなわち仏教は、インド的なものはインド的として保ちつつ、中国的なものまで取り入れ、中国化したのである。こうして中国仏教というものが生まれたのである──一方では禅宗となり、他方では浄土系の念仏となった。

 日本のアサガオを欧米の何処(どこ)かへ持ち出し、初めの年は日本のアサガオを咲かすものの、2、3年するともう西洋のアサガオとしてしか咲かぬ様に、インドのものを移して来て、中国の地面で作り上げられた仏教、つまり漢民族的霊性から生じた中国仏教があった訳だ。ただし、日本の大和民族の様に生活の真っ只中までそれらが入り込む事はなかったという処に、中国の漢民族の生活に禅や念仏と渾然として一つ流れと成り得ぬものがあったのではないか。また念仏に関するお経はインドから来たが、念仏宗(ねんぶつしゅう)とも云うべきものは中国でないと出来なかった。そうしてその二つが日本へと入り、日本的霊性がそれを日本のものにして、それらは次第に日本的な特徴・特異性を持つ様になったのである。そこんとこ、詳しく見てゆく。

 仏教は何事も無く日本に取り入れられると思われたが、やはりその際にも論争があり、政争があり、宗旨(しゅうし)・宗派の分かれる事となった──華厳(けごん)も天台(てんだい)も三論(さんろん)も唯識(ゆいしき)も倶舎(くしゃ)も入った。今日(こんにち)それら宗旨・宗派は理論として研究されてはいるものの、生活の中には少しも取り入れられていない。奈良時代に繁栄したとも云われるが、いずれも上流階級においてであって、概念的・享楽的に流行したに過ぎない。なかなか日本的なものとならず、日本的霊性はまだ仏教を通して現れるという事はなかった。それが次第に日本に落ち着き、日本的霊性の洗礼を受けた。インドのものでも中国のものでもない“日本仏教”となった。と同時に、日本仏教はあらゆる東洋性をも兼ね備えていた──インドで発生したのでインド性を持ち、それが中央アジアを経由した事でその地方性も加味され、更に中国において一大転換があった為に中国性も十二分にあり、最後、遂に日本へと入って来て日本的霊性化したので、日本仏教は全ての東洋性を内包(ないほう)・包含(ほうがん)していると言って良い。仏教は更に、南アジア方面をも経由してきた為に、北方民族的性格だけでなし南方民族的性格も、インド的直覚力も中国的実証性も、みな同様に具有(ぐゆう)しているという事である。日本的霊性が中枢となり、それらを生かし、活(い)かしているのである。

 インドでは、仏教という宗派は絶(た)えてしまった様だ──伝統的カースト制に反対した仏教は、政治的勢力を失った。しかしそれでも、その精神は他宗派の中に取り入れられた様だ──武力にも権力にも頼らず、無抵抗主義で抵抗したガンジーが如き大人物(だいじんぶつ)は、この精神に生きていた一人であった。また、仏教がインドで今日まで流行らなかった主たる原因は、余りに抽象的に概念化し、生活そのもの、大地に根差した生活と乖離してしまったが為である。山を山と、水を水と見るのが具体的な見方で、水を冷(れい)と、湯を暖(だん)と感ずるのが具体的な感じ方で、これは大地を離れぬ見方・感じ方であるが、有が無で、無が有であるとか、心が、意(い)が、識(しき)がどうのこうの云うのは全て抽象的で、中論(ちゅうろん)も識論もみな概念的で、大地を離れているのだ。元来が行為であり、生活である処の思想が、大地との繋がりを断ち、ふわふわと風船が如くなれば、人間に対しての迫力を失ってしまう。そんなインド仏教が、漢民族の実証性、実技第一主義の中で再生されたのだ。

 中国は、四書五経(ししょごきょう)の国である。中国には「ヴェーダ(バラモン教の根本聖典)」も「ウパニシャッド(古代インドの奥義・哲学書)」も「華厳経(大乗仏教を代表する仏典の一つ)」も「マハーバーラタ(「ラーマーヤナ」と並ぶインド二大叙事詩)」も無い。インド民族の自由な想像力と奔放な思索とは、中国の実技第一主義によって初めて何か役に立つものとなる。仏教も現世利益(げんぜりやく)でなければならぬ。インドの空想と中国の実証が融合し、日本へ来て日本で育(はぐく)まれたのであるから、謂わば我々は全てご馳走の旨い処をみな吸い上げたのである──それが一方では禅となり、もう一方では浄土系思想として現れて念仏として受け入れられたのだ。

 それまで長い間、外国との交通が途絶していたのが鎌倉時代になってまた始められた、という事実も、日本(的霊性)史において見逃すべきではない。入宋(にっそう)の僧侶達が新しき大陸の空気を吸って、再び日本へと帰ってくる。沈黙を守るしかなかった庶民階級の思想と感情が、武家文化(大地の精神)を通じて聞かれる様になる。武家階級は禅道に入り、庶民階級は浄土思想を創(つく)り上げた。武家文化は更に公卿文化を統合・包摂(ほうせつ)し、禅の精神を日本人の生活および芸術に深く浸透させた。浄土系思想の方は日本的霊性の顕現(けんげん)として、大地に親しむ多くの人々(主に庶民)の中に結実した。

 繰り返しになるが、平安時代は女性文化の時代であり、公卿文化の時代であった──先(さき)の奈良時代における雄大豪壮(ゆうだいごうそう)なるに対し、平安時代は繊細優美(せんさいゆうび)であった。紫式部、和泉式部、清少納言といった女性達が居た事は、日本の誇りではある。佶屈聱牙(きっくつごうが)たる漢文字に対し、“女もじ”を考え出し、それを自由自在に駆使し、柔(やわ)く細(こま)やかな感情を表現した平安の女性は偉かった。そして男(紀貫之)もまた、「をとこ(男)もすなる日記といふものを、をむな(女)もしてみむとてするなり」と(女のふりをして)女文字を使い、初めて日記を書いた──何とも"粋"な男のバーニン日記 –Nori MBBM no Blog–が如し(蛇足、失敬!)。自然に対する優しい心持ち、刻一刻と移り変わる時節について、きめ細やかに触れゆく神経……これぞ日本女性ないし女文字の表現である。

 こうした仮名(かな)文字の発展・発達が、どれほど日本思想の独自性に寄与(きよ)したか。漢文字と漢文学とに支配されている限り、日本思想に自在たる立場は無かったろう。江戸時代に国学(こくがく)が盛んとなり、自らの主張を持つ様になったのも、仮名文学に負う処が大いにある。屈伸(くっしん)に自由が無く、連結も緊密でない漢(文)字においては、思想の表現も自らそれに制せられるからだ。仮名文学が無かったら、明治維新の大業(たいぎょう)も成し得なかったろう。海外の文学・思想・技術などは、仮名文字の屈伸性・弾力性・連結性などによって、国民の精神へ自由に取り入れられたのだ。平安女性の創造の天才に今一度、感謝せねばならぬ。日本文学が男の手だけに委(ゆだ)ねられていたら、日本文化は漢文学の圧倒的勢力から容易に脱する事は出来なかったに違いない。漢字・漢文・漢文学には独自の腕力があり、それ自体おもむきがあり、こちらも中々捨て難いのではあるが、日本は中国でないから、であるから決して中国の延長であってはならないのだ。従って“大和魂は日本女性によって発揚(はつよう)せられた!”と言わなくてはならぬ。

 しかしその長所が、そのまま短所その欠陥ともなる。和(やわ)らぎは良いが、骨がなくてはならぬ。柔らか味(み)は良いが、女々しさばかりは歓迎できぬ。時に泣くのも良いものではあるが、いつまでも涙ぐましいでは埒(らち)が明かぬ。大和民族の感情的なる性格は、日本女性によって代表されるものとなったが、実際の生活は感情だけでは立ち行かない。理智も霊性も必要不可欠である。平安時代においては、その機がまだ熟していなかった。感覚から感情、感情から霊性という順に、次第に深まり行くには、幾らかの年月と政治的・社会的な試練を通過しなければならなかった。女性文化は温室の、箱庭(はこにわ)で出来るものだ。平安時代とは箱庭に生きた時代であった。風に当たらず、雨にも濡れず、平穏無事に育つ苗(なえ)はかよわい。丈夫な大木は、暴風雨に曝され、吹き飛ばされそうになっても、深く大地に根を張らねばならぬ。強靭な根幹(こんかん)は、もののあはれの世界で成長せぬ。もののあはれは今一度、試練を乗り越えねばならぬ。霊性へと行く前に、感覚や感情など感性の世界が再検討されねばならぬ。今まで直覚した世界は、まだ徹底したものでなかった、と思い至らねばならぬ。そう思い至ったが、鎌倉時代であった。大和民族の宗教意識が、自己肯定をやってのけたのだ。

 奈良時代、或いはそれ以前より、法隆寺や東大寺といった仏教建築があって、大仏も既にあった訳だが、それらは日本的霊性の顕現にはおよばなかった。平安初期の仏教的な盛り上がりも、概念的かつ抽象的で、有閑者(ゆうかんしゃ)の遊戯的なものに過ぎなかった。日本的霊性の真剣な発揚が無かったのだ。自分自身の力を自覚するには一度(ひとたび)、崩壊を経験せねばならぬ。対外的な何かにぶつからなくてはならぬ。鎌倉時代はその機会と条件を与えた。平安末期の政治的・経済的不安、国難到来の予兆、人心の乱れ──永承7(1052)年から末法の世に入る、と信じられた“末法思想”──によって、皆もののあはれを鑑賞するだけでは居られなくなったのだ。その時、国民は霊性の上に深き振動を感じ始めたに違いない。

 やはり“元寇(げんこう)”という歴史的大事変は、我が国の上下を通じ、国民生活の各方面に渡って、並々ならぬ動揺を生じさせたはずである。こと精神的な面において言えば、国民の多くが“我が国”という事について、深く考えさせられたであろう。神道家が“神道-我が国の神の道”というものを意識し始めたのも、鎌倉時代である。それ迄にも考えられなかった訳ではないが、“外国”という事を意識した上でのものではなかった。親鸞上人が我が国の教主(きょうしゅ)として聖徳太子を認めだしたのも、漢由来の仏教という事に満足しなかったからである。日蓮上人はもっと鮮明にこの点──我が国の何たるか──を意識していた事だろう。日本的霊性は、鎌倉時代にその中心を据(す)えるべきなのだ。

 令和八年、霊性は現世に対する深い反省から始まる。この反省は、因果の世界から離脱し、永劫回帰の願いに進む。業(ごう)の重圧から遁(のが)れたい、という願いが昂(たか)まる。これが自力で無理だ、となると因果の束縛/呪縛(じゅばく)から離してくれる絶対者/大悲者(だいひさ)を求める事となる。業の重圧を感じられぬなら、霊性には触れられぬ。これが仮に病的な考えだったとしても、その病(やまい)というのに一度取り憑かれ、それから再生を経ない限りは、宗教/霊性の話などみな解せぬ。病的と思う人は、一度もその経験が無かっただけだ。

 平安までの“もののあはれ”は、まだ感情の世界をうろつくばかりで、霊性の動きが認められない。自己を尽くしていない。病気に罹(かか)っていない。自己否定の経験が無い。病気とは、この経験である。世間一般で云う“病気”は、肉体の否定である。この否定によって、肉体の実在とやらに遭(あ)う。ここに人間と動物の差を見る。宗教意識はここで初めて息をし始める。業の重さはここまで来ないと感ぜられぬ。原始的な生活を送っている限りは無理。神ながら──随神/惟神──の世界は一度、反省せられなければならぬ。この反省/病気/否定/経験を通過した後の生活は、原始の範疇(はんちゅう)に無い。ここで感ずる“もののあはれ”は、平安歌人(かじん)のものより徹底している。“物自体(カント!)”に触れている。平安歌人は“時の人これを見ること夢の如くに相似(あいに)たり”の境涯(きょうがい)で、分かっている様で未だ分かって居ないのである。かつて平成時代の──死を、すなわち生を知らなかった──わたくし憲宏である。

 感情や感覚、それに思慮分別など、元来が霊性の働きに根差しているのだが、霊性それ自体に突き当たらぬ限り、根無し草の様に──今日は此岸(しがん)、明日は彼岸(ひがん)、と──浮浪(ふろう)的生涯の外に出てゆく事が出来ない。これでは個人の生活である。個人の根底にある超人(ニーチェ!)にまだ出逢えていない。普通、人は個人の世界しか見ない。全体主義とか虚無主義とか何とか主義とか云った処で、なお個人を離れていない。その束縛を受けている。超人は、個人の世界には居ない。その“人”と云っても、個人の上に動く人ではない。森羅万象を払い除(の)けて、そこに残る人でもない──そんなのは、まだまだ個人だ。超人は、個人と縁が無い人でなし、大いに個人と縁がある人だ。全く離れられぬ縁がある。個人を離れて存在し得ない。しかし、個人は超人ではない。やはり、超人は不思議である。思議(しぎ)を超えている。“一無位(いちむい)の真人(しんにん)”である──何ものにも囚(とら)われない真の主体である。“万象之中独露身(ばんしょうしちゅうどくろしん)”である──森羅万象の中で唯一絶対なる身である。この人が感ずる“もののあはれ”こそ、日本的霊性である。

 超人が、本当の個人である──「歎異抄(1288)」における“弥陀(みだ)の五劫思惟(ごこうしゆい)の願(がん)をよく/\案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり”の“親鸞一人”である──「百条法話随聞記(1944)」における“この界にわろき者はわれ一人、地獄へ行くもわれ一人、浄土へまいるもわれ一人、一切みな一人一人と覚へにける”の“一人”である──いつか霊性に憑かれ著(しる)した己が処女作「六界記紀(2022)」の“憲宏一人”である──真宗信者はこれら“一人”を徹底する事で、日本的霊性を会得(えとく)する。

 真宗的ないし浄土系的な日本的霊性と、禅的な日本的霊性と、両者の間には相異(そうい/あいこと)なる点が認められる。つまり前者は個人の方に超人を見、後者は超人の方に個人を見る。それで臨済(りんざい)は“一無位の真人”と云う──そこには知性的な響きが聞こえる。真宗では“親鸞一人”ないし“われ一人”と云う──ここには個人の姿が現れている。しかし、禅の場合でも“一棒一喝(いちぼういっかつ)”の上に個人を現出させている。で、真宗の方では“南無阿弥陀仏のみぞ”とも云う。禅宗は知性的に進展してゆき、真宗は情緒的に展開してゆく。知性においては概念性が加わり、情緒においては具象(ぐしょう)の一々に取りすがる。禅宗においては浄土往生の念仏は分かっても、真宗のわれ一人の為の本願は解らぬ。が、こうした相違に囚われないで、“日本的霊性とは、超人であり、個人である”という処に自覚がありさえすれば良い。

 超人が個人一人一人であり、かつまた個人一人一人が超人にほかならぬ、という自覚は、日本的霊性でのみ経験せられた。インドで生まれた浄土系思想は、中国に来てそれそのものの基礎概念となったが、千年の月日を経ても真宗的浄土思想とはならなかった。漢民族の心理には“超人即個人、個人即超人”を攫(つか)むものが出現しなかった。一人一人の往生という事は意識せられなかった。真言系の思想には、“法身説法(ほっしんせっぽう)”の説、“即身即仏(そくしんそくぶつ)”の説などがあって、よほど真宗的浄土思想に近いが、情緒的には把握されていなかった──個人の超人的経験が。経験とは個人の上でのみ有り得る事象だから、超人的な意味は成さないと考えられる。しかし、この経験はまた個人の限られた意識の上だけでは生(しょう)じ得ないので、どうしても超人的な視点で見ないと解せないのだ。これを“信(しん)”と云って、普通の“知(ち)”、または“解(かい)”、或いは自“覚(かく)”などとは、はっきりと区別されたい処だ。他の宗教では“神の天啓”とか云って、これら人間理性の限りでなく、ただそのままに受け入れるべしであると──宗教意識の受動性はここに在る。しかし日本的霊性には情緒的なものが多分にあり、霊性とは情緒を辿(たど)るものなのだ。

 日本的霊性は、個人の情緒的な面で発動す。中国の浄土系思想が日本で育まれると、その面で進化/深化していった。法然上人が浄土一宗(じょうどいっしゅう)を創(はじ)め、親鸞上人がその中に含まれていたものを意識的に抽出した。親鸞上人が中国でなし日本に現れた、という事に意味がある。法然上人に続いて現れた、という事にも意味がある。法然と親鸞とを一人(格)と見るのが、妥当である。親鸞の背後には、中国における浄土系の千年がなくて、日本的霊性の千年があった、という事に意味がある。それが鎌倉時代であった、という事に意味がある。

 日本における親鸞の出現が、中国における賢首大師(けんじゅだいし)や智者大師(ちしゃだいし)の様であったら、親鸞の教説は華厳や天台と同様に長続きしなかったであろう。賢首も智者も東洋の偉大な宗教思想家ではあるが、彼等には全くインド的なものが抜け切らなかった。彼等の思想は、漢民族の精神そのものからの土着的発生ではなかった。しかるに親鸞の“一人一人”的経験は、大和民族の精神的生活、すなわち霊性自体からのものであった為、日本人の心理に深く働きかけたのである。そしてまた、未だ働きかけている──少なくとも、わたくし憲宏一人に。

 法然-親鸞の霊性的経験は、大地から獲得せられたもので、それは鎌倉時代に初めて可能なものとなった。それまでの日本的霊性は、十分に大地との連関を持っていなかった。充分に具体性を持っていなかった。個人が超人との接触・融合によって、自らの存在に目覚めていなかった。それが親鸞で可能なものとなった。親鸞はまた幾らか公卿文化の産物ではあったものの、彼の個としての存在は越後での生活で目覚めた。京都で法然上人によって洗礼を受けたのであるが、それはまだ超人というものに触れていなかった。京の文化が到(いた)り及(およ)ばなかった処に定住した時、それは初めて動き出した。具体的事実としての大地の上に、大地と共に生きている越後の人々と暮らし、彼等の大地的霊性に触れた時、個人を通して超人というものを経験した。親鸞はどうしても、京都では成熟できなかった──京都に仏教はあったが、日本的霊性の経験はなかったが故。

 親鸞の本領は「教行信証(1224)」でなし、その「消息集(1689)」、その和讃、その「歎異抄」にあるのだ。真宗の学者は「教行信証」を無上の聖典と見るが、実は親鸞の真骨頂は何となしに吐露した言葉の中にある。「教行信証」が無上の聖典であるのはごもっともなのだが、そこには公卿文化、学者気質の残滓(ざんし)がある。それだけで親鸞を判断しようと云うのなら、霊性的な自覚が足りぬと言わざるを得ぬ。「歎異抄」の第二条に“各々(おのおの)十余箇国(じゅうよかこく)の境(さかい)を越えて身命(しんみょう/しんめい)を顧(かえり)みずして尋ね来たらし玉ふ”とあるが、仮に親鸞を尋ねて来た彼等を常陸地方からはるばる上京して来た田舎の人々と考えてみると、親鸞と彼等との関係が概念的・言語的・形而上学的なものでない事が分かる──彼等の繋がりは大地的だった。“南都北嶺(なんとほくれい)の学生たち”の間では見られなかったものが、ここには在るのだ。親鸞の根拠は、大地にある。大地とは“田舎”の意、“百姓・農夫”の意、“知恵・分別と対照する”の意、“起きるも仆(たお)れるも此処(ここ)においてする”の意である。親鸞は越後に流され、一個の俗人として在家(ざいけ)的生活を送った。天台や真言のお寺に居た訳ではない。いち小庵(しょうあん)というものも持っていなかった。農業に従事するほかなかった。乞食坊主として百姓の間に生息したものでもなかった。法然によって得た信心(しんじん)を実際、生活の中に錬磨(れんま)しようと考えた。比叡山に居た時の様に、その信仰を文字の上に検討しようとはしなかった。彼は既に“南都北嶺の学生たち”の一人ではなかった。念仏で往生する事の他には何ものをも持たなかった。この日常生活──俗人的・在家的・肉食妻帯(にくしょくさいたい)的生活──鋤/鍬(すき/くわ)と大地との交渉において味わわれる生活──を踏みしめて居た。また親鸞は商人に成り得なかった。猟師にも漁師にも成り得なかった。工芸的・職人的な生涯も有り得なかった。江戸時代の牢人/浪人の様に手習(てならい)/習字、読書などを村のものに教える事もなかった──当時の田舎にそんな要求は有り得なかった。それから地方の権力筋と結託する事もなかった。武士階級とも深い関係になかった。どうしても一個の百姓男として、他の百姓の間に伍(ご)して、静かに念仏の生活を生き抜かんとした。関東から京都へ尋ねて来た人々は、決して権力筋でも知識人でもなかった。親鸞は無名のいち愚禿として、在家的生活の第一歩を越後の田舎の大地に踏み出した……そしてそのまま、この歩みを関東へと続けたのであった。

 大地の生活とは、真実の生活、信仰の生活、偽りを入れぬ生活、念仏そのものの生活である。流謫(るたく)の身となった親鸞は、自らの信心に大地生活の実地試験、試練を与えたのだった。彼は“念仏のみぞまことなりけり”と云って、朝から晩まで空(から)念仏のみを繰り返した訳ではなかった。それは実(じつ)念仏であり、すなわち大地に接触した念仏であった。鈴木正三(しょうさん)の「驢鞍橋(1660)」における“然間(しかるあいだ)農業を以て業障(ごっしょう/ごうしょう)を尽くすべしと、大願力(たいがんりき)を起し、一鍬/\(ひとくわひとくわ)に南無阿弥陀仏/\と耕作(こうさく)せば必ず仏果(ぶっか)に至るべし。云云(うんぬん)。”である。幾千鍬を重ねる事で業障を尽くし得るでなし、南無阿弥陀仏の一鍬毎(ごと)に幾百千劫(せんごう)の業障が消えてゆくのである。鍬の数、念仏の数で、業障をどうしよう、こうしようというでなし、振り上げる一鍬、振り下ろす一鍬が、もう絶対である。弥陀の本願そのものに通じて行く、いや、本願そのものである。本願の静かな、ささやかなる声は、鍬の一振りの上下に聞こえる。正三は禅宗のものであったが、彼の無意識は深く、親鸞の浄土真宗と相通ずる処がある。親鸞の念仏とは、大地から出て、大地へと還り行くもの、であるが故に。それまでの清浄なる概念性だけの、何ら実証的なものを含まぬ生活を振り捨てたのである──「教行信証」を生涯に渡って加筆・修正し続けたのは、青年期の煩悩がたびたび再発したに過ぎない──いや、加筆・修正その事こそが、鍬の一振りの上下、本願の静かな、ささやかなる声だったか──Are you burning?己が日毎(ひごと)のドグマ、言語体系が鍛錬(たんれん)の為の日めくりバーニン、弥陀の本願そのものであるが如し!ドグマッ

 弥陀の本願ないし超人とは、個人の霊性を通して自己肯定を行(ぎょう)ずるものである──「歎異抄」における“ひとえに親鸞一人がためなりけり”の体験である。「百条法話随聞記」における“地獄へ行くもわれ一人、浄土へまいるもわれ一人”の宗教的意識である──「六界記紀」における“憲宏一人”の(宗教的意識)体験である。「涅槃経」その三五に基づく“皮膚(ひふ)脱落してただ一真実のみあり”という薬山惟儼(やくさんいげん)云う処の一真実がそのまま一人なのである──「平成総体(2023)」にて“ばぁあんっびぃっしゃあゝ”と破裂した新高昂(にいたかのぼる)の肉体なき後に平成そのもの/それ自体・物自体/平成総体となった一人がこのまま一真実なのである。アンダスタン?日本的霊性において、ここ結構重要だから!ドグマッ

 一人の具体性とは、一人の実在性である。みやびをとこは平安において、もののあはれを感じた。親鸞上人は鎌倉において、念仏のまことを見た。前者は感性的に、花鳥風月において。後者は霊性的に、大地の上において。もののあはれは、念仏のまことに進化/深化した。花鳥風月には四季の移り変わりがあり、(その移り変わりが)もののあはれの心理に呼応するのであるが、そこに大地の鈍重性・不変性・無頓着性は皆無である。そして今一度──一人の具体性とは、一人の実在性である。これは人間が大地へ還る時、初めて会得せられる。念仏のまこと──親鸞一人──日本的霊性──超人──は、大地の真実性・絶対性・具体性・究極性と呼応する処の直覚である。京都文化・公卿文化・女性文化を離れ、鎌倉文化・大地文化・男性文化の中に認められる直覚である。「念仏はまことに浄土に生(うまる)るたねにて侍(はん)べるらん、また地獄におつる業にてや侍べるらん、総じてもて存知(ぞんち)せざるなり」と。「詮(せん)ずるところ、愚身(ぐしん)が信心におきては、かくのごとし。このうへは、念仏をとりて信じ奉(たてまつ)らんとも、また捨てんとも、面々(めんめん)の御計(おはから)ひなり」と。親鸞のこの言(げん)に──涙ばかり流している平安歌人の夢想だにしなかった──鎌倉武士気質(かたぎ)の一面が覗(うかが)われる。“莫妄想!”、“驀直向前(まくじきこうぜん)!”と相通ずる処がある。真宗信仰には、何か禅的なものがある。そしてそこに、日本的霊性の特殊性を見出し得る。真宗的表現には、まどろっこしい処がなくもない(嗚呼まさに、こんなややこしい言い回しみたく!)。禅宗ならそんな長ったらしくしないで、“覿面底(てきめんてい)!”と喝破(かっぱ)するのみだろう。一方で、真宗は時間を直線的に見んとする傾向があり、他方で、禅宗は時間の円環性を固持(こじ)せんとする。而して、直線可(か)なり円環可なり、である──親鸞も往還二相(おうげんにそう)の廻向(えこう)を教えるではないか?従って“まこと”とは、霊性の世界もとい一人の世界においてのみ、見出されるのである!ドグマッ

 日本的霊性なるものは、具体的かつ現実的かつ個人的かつ“われ一人”的である。かように、日本的宗教意識の原理が確立するには、中国を経由したインド的なるものによって、概念的な準備がなされなければならなかった。また、伝教大師(でんぎょうだいし=最澄)や弘法大師(こうぼうだいし=空海)など、諸高僧および諸学僧の多数が必要だった。殊(こと)に、平安末期における源信僧都(げんしんそうず)の学と徳と芸術とが必要だった。彼の名高き「往生要集(985)」は、どのくらい当時の民衆を動かしたのかは分からぬ(南都北嶺の学生たちの間で、話題となっただけやもしれぬ)。しかし、彼の芸術は視覚に訴えるものがあり、これに触れたものは、異常な興奮と感動を覚えたに違いない。また、彼の芸術は彫刻をはじめ、絵画(絵巻物)として伝写(でんしゃ)せられるなど、多くの模倣者を生み出した。“地獄変”なるものは、平安末期から鎌倉時代に入って、随分と描かれている様だ。漢文の書物が分からなくとも、また高僧の道徳に接しないでも、紙片(しへん/かみきれ)に描かれたものは、誰の目にも入り、彼の心をも動かすのだ。

 源信に次いでは、法然である。この二人がなかったら、親鸞もなかった。法然は源信より時代が下がっているので、割と近寄りやすい。源信はまだ聖者の風(ふう)であるが、法然の方はよほど親しみやすい。「一枚起請文(1212)」として知られる彼の遺言は、親鸞より一歩手前の大地性を帯びている。親鸞ほどに徹底してはいないが、そこには日本的霊性の直覚がある──法然と親鸞とは二つの人格でなし一人(格)である──法然は親鸞において生まれ変わって出たのだ──日本的霊性はまず法然に目覚めて親鸞へと引き継がれた。法然は晩年(75歳)に田舎へと流され、一文不知(いちもんふち)の愚鈍(ぐどん)なる人々に多く接し、彼等が何ら知的な振る舞いをせず、尼入道(あまにゅうどう)の無知そのままに、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」と繰り返すのを見、その純真さに心打たれた。彼が流罪となった際に“遠隔のものの教化(きょうか)が出来る”と喜んだのは、彼が他者に働きかけるだけでなし、彼自身もまた他者より学ぶべき処あるを予知したからであろう。彼は既に老齢であった為に、親鸞の様に生きた教えを弟子達へ充分に伝え得なかったが、彼あったが為に親鸞の体験も可能であったとすれば、霊性は個人に生き、しかもその個人を通じ、また超(個)人の一人であったという事が、皆はっきりと理解できるだろう。そんな日本的霊性の囁(ささや)きは、一文不知の尼入道の心にまで響き渡らなければ、嘘である。いや、一文不知であるからこそ、それが聞き入られるはずである。法然の“南無阿弥陀仏”は、地方の人々にとって福音(ふくいん)であったに違いない。法然は何ら概念的な文句を並べなかった。ただ仏の悲願と念仏とを教えるに過ぎなかった。そして地方の一文不知の愚鈍なる人々は、ただちにこれを取り入れた。日本的霊性は、かように現実的な純粋性の中から生まれ出る。この現実さと純粋さとは、ただ大地を離れていないものである。

 憲宏かばあちゃんか大拙か親鸞か釈迦か、もう訳分かんなくなった。無分別智?自他一如(じたいちにょ)!さながら日本的霊性、そんな感じでさあ。釈迦は80歳、親鸞は90歳、大拙は95歳、ばあちゃんは100歳、憲宏は何歳まで生きられるのかね?未だ37歳、何とも厳しく険しい道だべ!日本的霊性って奴はよ。


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 以上、「日本的霊性」のカバーでした。要は“弾いてみた”、“歌ってみた”です。俺の考えというより、大拙の考えだ。しかし大拙の考えの節々に、あの日あの頃の俺が顕現す……如法(にょほう)に。やはり大拙の考えではない──これは我が精神より自生(じせい)している。「日本的霊性」を己が心身にぶち込み、出力されたはこの文章。AIなんかクソ喰らえ、I(アイ)あるのみのこの言葉。「日本的霊性」はそこかしこを漂(ただよ)うていて、我ただ吸い込んだり吐き出したりしただけの事なり。の理(ことわり)。愚禿憲宏拝。


 本日は拙者の誕生日だったので、以前より準備していた詩の長編をどどんとアップするつもりでしたが(それは来月の中頃に発表する予定)、ばあちゃんのこともあったので急遽、ばあちゃんに想いを馳せながら粛々と、ばあちゃんが“えらい良いもん”と云っていたことについて、つらつらと書き連ねてみました。「えらい良いこと書いとるで」と云って貰えたら嬉しいのですが、令和の今の世にゃ時代錯誤でしょうか……令和に落ちてきた男、もう時代遅れでしょうか?高円寺に落ちてきた男、もう時代遅れでしょうが!遅すぎて速すぎる様に見えた金星の妖精?速すぎて遅すぎる様に見える日本的霊性!僕?近代の末っ子!あなかしこ、あなかしこ。


2026年4月28日火曜日

祖母を恋ふる記

今に至りて、たれか百年の形体(ぎやうたい)を保つべきや。
-蓮如上人

 即ち、一生過ぎ易し。しかし、幻の如くなる一期(いちご)を実に、人生百年・夢のまた夢を現(げん/うつつ)に、そう実現した/現実にしたは、ばあちゃん!とは四十九日法要のご住職さんの言葉を受けて、この胸を/脳裏を駆け巡ったこと也(なり)。人生は儚きものだろう、が永遠でもあるだろう。ニーチェの永劫回帰──過去と未来とは物理的に存在しない人間の創造した想像(イメージ)の世界、モノとしての地球や宇宙は科学的に常に唯(ただ)一つでだから別の時空間へ行こうとするタイムマシーンとかタイムテレポートなど有り得ない、(原罪というよりも)現在に永遠に閉じ込められたニヒリスティックで絶望的な人間生涯、しかし今に永劫に帰ってくるだけの虚無とはまた同時に希望の世界だ手前(てめえ)次第、だって“Gott ist tot(神は死んだ)!”……キリスト教的世界観である処の過去-現在-未来という一方向の一直線上の物語など無い──を持ち出す迄もなく、ばあちゃんが身を以(もっ)て教えてくれた。つまり一生は儚き一瞬にして、一瞬とは果てなき一生でもあると──アンフィニッシュド・バラッズ!──それは例えば、僕のばあちゃんへの愛の詩(うた)。これは一瞬の内の一生の、一生の内の一瞬の歌。



悼辞「ばあちゃん、ありがとう」

2026/4/28(Tue) Nori MBBM

実家から、ばあちゃん危篤の報を受けた
夜勤の休憩中にそれに気付いた
平静を装って、簡潔に返事をした

夜勤が終わり携帯を見ると
状態が良くない旨の連絡が来ており
またそれに返事をした
何かみな上の空だ

2時間半ほど眠ったようだった
ライヴハウスのバーカンで働いている夢だった
ドリンクが何故か百倍位の値段で、一杯5万もした
“高過ぎるな”と思いつつ来る客に酒を作る
客も不服そうな顔で一杯に見合わぬ大金を出す
お釣りを数えていると客が睨んでくる
お札と小銭を数えて客に渡すと
めちゃくちゃ不満そうな顔でそれを受け取り
開演前の客入れBGMが流れる暗いフロアに消えてった
(あっぶねえ、何とか会計乗り切った)と思う俺の前に
また別の客がドリンクを注文しにやって来る
こちらを不審がる、怪訝な顔をしている

目が覚めて情けなくなる
それはすぐに夢と分かったし
これがすぐに現実と分かって携帯を見れば
また新たに連絡が来ていて
“ばあちゃんの意識が下がっていて、いつまでもつか”と
こんなばあちゃんと何の関係もない
お金のやり取りをする夢を見た自分が情けなくて

考えたくないが、ばあちゃんがもしもの時の
今後のことを少し確認して、また寝ちまった

薄暗い森の中に少し開けた処があって
何か汚れた塔の様なものがあって
見上げるとそれは朽ちた天秤だった
秤は一方に傾いてきていて
軋むような鈍い音を立てている
手当たり次第、石ころだ木の実だ枝だ葉っぱだ
かき集めては秤に投げ入れる
傾きは一向に直らない
手は爪は土で汚れて真っ黒けに
秤が少し、均衡に向け、動いた様に見え
(よっしゃ、いけるかも)と思った処で
また目が覚めた

3時間は眠れたんではないか
携帯を見ると、ばあちゃんが息を引き取る前に
急遽、逢いに来た親族のことが書いてあった
激務の合間を縫って向かったようだった

フロイトなら、どう夢判断してくれる?
制御不能な死を夢の中で操作可能な生に変形したとか?
いわゆる“願望充足”とか?
祖母の危篤が“ライヴハウスの酒のインフレ”で
(あっぶねえ、何とか会計乗り切った)という手前は
社会的役割を何とか全うしたと?
罪悪の感を回避したってこと?
破局の恐怖を免れたと?

ラカンなら、どう精神分析する?
アンバランスに秩序を失くした巨大な
年季の入ったボロボロの旧い天秤の
不穏な音を立てて傾いたことを知らせてくれるは
象徴界に留まる手前の軽さに対する
現実界の生/死の重たさとか?
そびえ立つ、天を司る両の秤そのものが
生/死のバランスそのものであるとか?
「君なりに生/死を受け止めようとしているのだ」とか?
カウンセリングして、慰めてくれるかな?

ふと、枕元を見やれば
ここ数日読んでいた河合隼雄の本が
もうすぐで読み終わるんだが
ばあちゃんがこんな状態で
内容が全然頭に入ってこなくて
1、2ページ読んでそのまま放ってしまっていたのだった

ユング派の河合隼雄なら
どんな夢分析をばしてくれる
“ライヴハウス”、“酒”、“インフレ”
これらリビドーの極端な増幅と
フロイトの云う性的なものでなし
より生的、心的なエネルギーの象徴と
そんな心理的不均衡の再統合と
一杯に不釣り合いな高額会計を乗り切って?
森の中の巨大な天秤の均衡の為に
(よっしゃ、いけるかも)と石ころかき集めて?
河合隼雄なら“魂の物語の再編成”と
あの優しい、懐の深い、どっちつかずの文体で
少し安堵させてくれるかもしれない


訃報が届いたのは3月の早朝だった
1月にばあちゃんが倒れ
2月に主治医の方から
“遠方に居るご家族は、今の内に会いに来て下さい”と云われ
その3日後に逢ったのが自分との最期だった

声を掛けるとこちらを見つめて居たがすぐに目を閉じ
「ご飯をちゃんと食べて、いっぱい寝てね」と言うと
また目を開けてこちらを見つめ
そしてすぐにまた眠ってしまった
言葉はなかったが声は聞こえていた

“五感の内で聴覚は最後まで残るので、声掛けは続けて下さい”
“できれば手を握ってあげて”
“患者さんも安心して、不思議と脈拍や呼吸も安定します”と
どの本にも同じ様な事が

看取り・終末期に関する本を
ちょっと泣いては読んでをして
“終末期のせん妄は、9割近くの方が経験する”とも
そう書いてある本もあった

とすると最後に話し掛けたとき
自分が誰か分からなかったかもしれない
何を話しているのか分からなかったかもしれない
ここが何処かというのも分からなかったかもしれない
それが夢か現実かはっきりしなかったかもしれない

少しでもはっきりしていたら
嬉しい事は嬉しいけど
そうぢゃなかったとしたって別に良い
みな分からなくなるという事だから
この世界から居なくなるのかもしれないとか
体がなくなってしまうかもしれないとか
それも分からなくなるという事だから

“終末期せん妄がやって来る前に”
“意識がちゃんとしている間に”
“大切な事は話し合っておいて下さい”とも書いてあったが
自分だって、ばあちゃんだって
終わりは認めないって
認めた上で話などしないって
だから言葉は交わせなかったけど
どちらにせよ、思い残す事が無い様にするなど
有り得ない事だった
だから目を見てくれたらばそれで良かった
言葉はなかったが声は聞こえていた
自分だって、ばあちゃんだって

父方と母方の二人のじいちゃん
母の弟だったおっちゃん
それぞれ全くてんでばらばらの生き方
その三者三様の生き様を見ては
どう生きていったら良いかを学んだ
或いは学んだり真似したりする以前に
それらはそれぞれ少しずつ確実に
手前の中に既に息づいていた

適当な感覚でいなしたり
情より理性で見極めたり
妙なセンスで笑わせたり

余韻を残す様に吐露したり
余計な事は言わなかったり
余裕振りつつ全力だったり

そんな事する度しそうなる度
血の中の誰かと逢う旅のよう
俺生きてりゃ生きているよう

何かしぶとく続けたりする
投げ出さないでやり切る力があったなら
それは、ばあちゃん!
半世紀以上毎日欠かさず日記をつけていた
大正・昭和・平成・令和と百の年を重ねた
ばあちゃん!
その血の己が流れているを知っている
豪快に強引にでも生きてやるから

「さようなら」などよう言わん
大切なものなら皆そう
ばあちゃんでも、友達でも、彼女でも
「またね」くらいしか言わん
また逢うつもりなんだから

死後の世界も幽霊も見たことはない
だからそれを信ずることができない
オカルトやスピリチュアルではない
有るもの・在るものしか有り得ない
ただ死んで全く無になると思えない
物理・科学も同じ様に信じたくない
妄信的/狂信的、虚無、無、それこそ
オカルト・スピリチュアルぢゃない
僕が死んだら何か誰かに作用したい
ばあちゃんの四十九日にこんな詩を
こんな詩をただ書いてしまうみたく
これを聴いているあなたにとっては
僕が生きてようが死んでようが同じ

自らがこの己として生まれてきたこと
そしてその自己があの父と母と
この祖父と祖父と祖母と祖母と
そう、ばあちゃんと
ばあちゃんの孫として産まれてくること
ほとんど0に近い天文学的確率
少しも可能性がない
また出来そうな気がしない
全く同じように

ばあちゃんとまた会えるとか
この世ではないあの世があるとか
にわかに信じがたい
自分が自身として産まれて生きていることと同じ位に
ほとんど0に近い天文学的確率
少しは可能性がある
また出来そうな気がする
全く同じように

だからさ、また逢えると思っているの!
いつか別れた誰かと
その人とあの人とこの人と
ばあちゃんと


東京の家に戻る日はいつも
“また来いや、待っとるぞ”と見送ってくれた
じいちゃんと二人並んで
じいちゃんが逝ってしまった後は
いつも頑張って立ち上がって
玄関まで出て来てくれて

その声をまた聞きたいから
じいちゃんとの馴れ初めもまた聞きたいから
必ずそちらにいきます
また逢う日まで、待っていてね


ばあちゃん、ありがとう


~~~~~~


 春にしては暑すぎる太陽の下で、ジリジリと灼(や)かれながら。ただ死を想う、せめて詩が終わる迄(まで)は。顔はもう真っ赤っ赤になって、明日には鼻の皮でも捲(めく)れている事だろう。今日はただ祖母の詩を聴いてくれよ、神話/宗教だの歴史/国家だの“大きな物語”は聞きたくないんだ。死を見つめていたいんだ、太陽を見つめてみたいんだ。


太陽と死とは、じっとして見てはいられない。
-ラ・ロシュフコー


2026年4月1日水曜日

金星馬鹿の五月馬鹿が(四月馬鹿に)

今迄まあまあ詩を書いてきました。19歳から書き始めて大学を出る迄に千以上の、そして今現在は未発表作も含めて把握しきれぬ程に。



 作曲もそうですけど、まれに夢の中で作れる時があるのです。そしてその様にして出来上がった詩や歌は強い、理屈ぢゃないから。この「金星人」という詩も久しぶりに夢の中で作りました──正確には寝ぼけながら書き殴りました。寝起きに思い出しながら、夢半ばの意識/無意識で以(もっ)て。自動筆記の様に、延々止まらぬ手で以て。こちとらまだ休んでいたいのに、忘れぬ内にと書き終えた頃には目も冴え冴(ざ)えて。こいつはもう眠れん、AIよりAI。偶然に偶然を重ねた凄い必然性、理屈ぢゃないから……あ、でも、ちゃんと金星については調べましたわよ!



 最初に数ページだけ立ち読みして“これだ!”と思って買っておいたNASAの最新レポートをまとめた金星本が意外と役に立たなくて(実験とか研究の内容が仔細でマニアック過ぎてチンプンカンプンやった)、それ3割くらい読んだ処で“違う!参考ならん!図書館いこ!”となり、中野と野方と高円寺の図書館で宇宙・天文の専門書やら写真集やら児童書やら7、8冊借りて、それらを数日読み込みながら、夢の中で作った金星の詩全体に、学術的な補強をまんべんなく行いました。荒唐無稽(こうとうむけい)、奇想天外、夢見心地で、自由気ままな、宇宙みたいな、嘘みたいな詩、しかしエビデンスエビデンス五月蝿(うるせ)え現代にも何一つ文句を云わせぬ詩、つまり牡牛座の心と天秤座の頭で書いた様な詩、ヴィーナスに愛された星々の詩、アフロディテその愛と美の詩……ご・ら・ん・あ・れ。


「金星人」
by Nori MBBM

1. ぼっち成層圏

太陽系という家には
太陽という親が居て
その周りを回り巡る
九人の子供らが居る
一番目の子を水星と
二番目の子を金星と
三番目の子を地球と
四番目の子を火星と

五番目の子を木星と
六番目の子を土星と
七番目八番目九番目
天王星海王星冥王星
と説明する迄もない
水金地火木土天海冥
ただ末っ子の冥王星
彼は勘当させられた

今回はその二番目の
金星という子の話だ
太陽系で一番熱い星
太陽家の輝ける星だ
気温500℃に近い星
昼間が58日間続く星
私はそこで生まれた
そこで詠まれた詩だ

いま三番目の地球という子に語り掛ける
──“I'm a Venus Loon.”

雲のふとんの上で
演奏者の誰か分からない
ピアノを聴いている

惑星を眺めながら
雨も雪も降らない世界で
ピアノを聴いている

初恋より前の恋人
時期も四季もない宇宙の
ピアノを聴いている

犬のお腹みたいなふとんの上で


2. 結構天才

昔、地球は日本の東京が新宿の歌舞伎町にて
とあるロックバーでバンドのギターと呑みで
よくグラムロックをかけて貰ってたんだけど
その時の俺らの虚名は“バカボンさん”だった

“西から昇ったおひさまが東へ沈む”の一節が
俺の中の俺の名前の俺に因んでピッタリでね
しかし本当の由来をここに打ち明けますとね
陽が西から昇るなど金星では当たり前なんだ

だって自転の向きが違う時点でお察しだろう
地球やその他の惑星は左向きに回転するとか
しかし金星だけは右向きに回るのですねとか
いやいや金星だけがちゃんと時計回りですよ

なに反時計回りしちゃってんすか
──“I'm a Venus Loon.”

居ない方が良い時に
居ない方が良い処で
やらなくて良い事を
そういうやり方の人

とても災難な人生を
かなり厄介な生活を
自ら手招いている人
こういうやり方の人

そんなんで嘆くのは
こんなんで泣くのは
本当に間抜けですが
天才だとも思います

本当の間抜けは無難ですから


3. アンチ侍ナイト

昔の夏はもっと涼しくてね
480℃もいかなかったんだ
だけどこの前の夏は507℃
めちゃ暑いよ、金星の夏は

地球と比べもんにならん!
507℃だよ、暑すぎだろ?
海という海は干上がったよ
雨だって降る前に蒸発する

1962年にマリナー2号がさ
温度を測ったら477℃だと
地球に知らせたんだろう?
あの頃より30℃も上昇だ!

こんな事ならいっそ自裁したいよ
──“I'm a Venus Loon.”

武士道だか何だか知らぬが
生き死にを見極めた退屈が
生き死にを語るのは止せよ

侍だかナイトだか知らぬが
生き死にしか知らぬ人間が
生き死にを語るのは止せよ

生き死に以外を知ってこそ
論外ばっかり極めて愉快な
生き死にを演ってのけるよ

処世術とは敢えて破る為にあるよ


4. 愛と美の惑星から

金星の顔を覆い隠す様に常に
金星の雲は黄色がかっていて
金星の夜はオレンヂ色である

電波望遠鏡で覗いて見てご覧
人工衛星を飛ばして来て着て
探査機のカメラ撮って取って

ティラノザウルスが居た頃の
地球に似た太古の温かい海よ
金星から来た僕は古代人だよ

火星から来たジギーは未来人だよ
──“I'm a Venus Loon.”

否定させてください
占いではねえんです
この地球の日本では
僕のこと誤解される

金星人の僕のことを
金星人というのはね
占いごとではないし
ただ金星で生まれた

それだけのものだよ
愛と美の使者ですよ
そんなんで良ければ
いくらでも話します

ちなみに火星に友達も居ますよ


5. 金星招致ツアー

陽が東に来たれる時
西の空に宵の明星と
陽が西へ行く時には
東の空へ明けの明星

宵と明けに現れたる
二つの星は別なる星
それが何と同じ明星
二つの名誉を冠す星

二つの栄誉に浴す星
それ即ち愛と美なり
二つの星を護する星
これ則ち牡牛と天秤

太陽と月には敵わぬが、惑星の中の一番の煌めき
──“I'm a Venus Loon.”

様々に君がアクセスできるならば
色々に君はアクセスされるだろう

主体性を君が奪おうとするならば
主導権は握られてしまうだろうよ

例えば私に握られたとして諸君が
反旗を翻したらば金星も変革する

地球の歴史がそうした様に願うよ


6. 牡牛と天秤の人々

ヴィーナスの一挙手一投足に一喜一憂する日々
バビロニアの僕ら足し算引き算掛け算割り算と
プトレマイオス恋焦がれた女とその他大勢の女
ガリレオ見つけた女の悩みを僕らと同じ悩みを

僕らは決して宇宙の主役なんかぢゃなかったと
惑星一輝く女もヒロインなんかぢゃなかったと
主演はどうやらやっぱり太陽と月で間違いない
ならば宇宙の片隅でひっそりとゆっくりとラヴ

トラブルは付き物憑き者ラヴだけぢゃないもの
ビューティーなんだもの彼女それに纏わる僕ら
“ルシファー!”と馬鹿にされたって光運ぶ僕ら
“ルシフェル?”と呼び止めたって捕まらない女

満月半月三日月、否、満ヴィーナス半ヴィーナス三日ヴィーナス
──“I'm a Venus Loon.”

恋多き女が消え去った
醜悪な男ら消え失せた

また自由がやってきた
我らに自由やってきた

牡牛と天秤の民達から
金星の女神は祝福され

その報いに我ら愛と美を与えられん


7. あたかも無重力

たった24時間で一日が終わるとか
地球みたくぱっぱか行きませんよ
こっちはそっちの243日が一日で

でも逆に一年は短過ぎるみたいで
224日と14時間で一年終わりです
365日と4分の1日が長過ぎなのよ

それから僕の体重は60キロ前後で
でも地球だと70キロ前後になって
健康診断で“少し太り過ぎ”だとか

地球の皆さん、こちら0.88Gなんすわ
──“I'm a Venus Loon.”

渋々と重い腰を上げて
より重たいものを担ぐ
身体より精神への重荷

一旦成し遂げたならば
重たさが気持ち良いと
重さのある程に愉快と

世界が背負ってくれる
皆が背負ってくれると
だから背負ってみるよ

喜んで引き受けた人が今泣いて引き受ける人と同一で人物宙ぶらりん


8. 金星の人々

いつか皆が安らげる様に
地球の皆も住めます様に
百合、薔薇、さくらの花

フリヰヂヤに、黒椿の華
草花の命の種を蒔く様に
植物の細胞を金星の雲に

この98%のCO2を0.1%に
いつの日にか21%のO2に
金星に人が住めます様に

金星で君と二人で暮らせます様に
──“I'm a Venus Loon.”

ちぎった生地を公園の蟻に与え
それを巣まで運ぶ行列を眺める
ジャンボシュークリーム食べ太
浮かぶ風船とシャボン玉を数え
数調整の為にレモン銃を構える
トロージャンスープ吸い取り美

三連装エクレアのミサイル伍長
食べ太の弟で吸い取り美の旦那
至近距離攻撃でクリームまみれ
ジャン・バルジャン84.7世市長
ヴィシソワーズ片手にベトベト
国とエクレア隊に怒りの生電話

わいが歌うマイスタージンガー
異国文化は戦略ゲームで覚えた
マイステルジンガイつうのかい
全くそれは誰の唄だい?えゝ?
人外の曲なんてやめてくれやい
とうそぶく彼が6.1代目D.D.I.B.S

うまい棒を29本指に差して食べている


9. 金星のアフロジニー

地球と一番距離の近い惑星であり
直径がほんの652キロ小さいだけ
“地球の兄弟・姉妹”、“双子”とか
色んな呼称で親しまれていたのに

未だ地球から誰一人やって来ない
金星人待ちきれずそちらに向かう
元地球人の火星人ジギーにも逢う
彼も火星で独り寂しかったみたい

彼は素晴らしい声で歌を聴かせた
“火星の生活”という題のバラッヅ
僕も金星人として歌ってみたいな
金星で出逢ったアフロの女の事を

それでは聴いて下さい
──“Afrogenie in Venus”

Yeah, she 死にたい少女
Yeah

やあ、云ってよ
──C'mon
詩人ジニー
やあ、読んで捨てても良い
Yeah

ふかふかの悪戯
I want a lie
I got a funny, funny, funny, funny lie

I need you, 金星のアフロジニー
金星のアフロジニー
妖精の・幼生の・陽性の・溶性の
Yo say No/Yo say No/Yo say No/Yo say No
言え
Yeah
Oh

金星のアフロジニー
妖精のアフロジニー
幼生の・陽性の・溶性の
Yo say No/Yo say No/Yo say No
Afrogenie?
Aphrogenie?
ア・フ・ロ・ジ・ニ・ー
Genie! Genie! Genie!
Yeah


~~~~~~



 これが金星の“ナイン・ストーリーズ”、そして俺なりの“ジギー・スターダスト”であります(が、“ジギー・スターダスト”にはなれなくて……さしずめ“ズィンク・アロイ”のマーク・ボランがヴィーナス・ルーンで御座居ます)。バンドで完璧なコンセプトアルバムを作ってオマージュするのもアリだけど、それはもう“ジャガー・ハード・ペイン”という大名盤があるしやな。だから俺は俺なりのグラムロックの理想形というのを今回、俺らしく詩でやってやった次第。ラストの“金星のアフロジニー”だけは、バンドで昔(ちょうど10年前!)に作った曲だけどね。その詩を丸々ボーナストラック的に収録って訳。気が利いているでしょう?手前味噌ながらこの詩の全体構成、気に入っております!いつもながら一行一行に意味深な何か仕込み・忍ばせ・潜ませて、一字一字を神経症的にカッチリ・キッチリ・揃えたり(毎日140字ちょうどの詩作──アンフィニッシュド・バラッズ!──その賜物ないし後遺症)、そうしないと何か作った気がしなくて、わざわざ俺がやってる意味が無いよな感じがして。



 まずは平成の初年に生を享(う)け、平成の30年間は存分に子供をやり、つまり自己存在の確立への闘争、令和に入れば何も云われなくなり、そして誰もいなくなった、大人となった姿を誰にも披露する事ができなくなり、しかし孤独や孤立は孤高の感を醸(かも)し出すもの、自信たっぷりに詩作ができる様になり、もはや自己存在は確立されたという──一つの人生があって。彼は平成元年に末っ子の三男として産まれ、物分かりが悪く、分別もなく、我がままで欲深く、幼稚園や学校で諍(いさか)いや問題を起こすと友や先生や親兄弟に迷惑をかけ、働き始めても周囲への甘えや依存は一向に改善されず、“自己存在の確立”といえば聞こえは良いが、実態は“他者依存の隠蔽”、その正当化であるという──幾つもの解説があって。大変申し訳ありませんでした、Nori MBBM/金星人として音楽をやりながら、自己存在の確立をしながら、耽美/頽廃主義者として文学をやりながら、他者依存の隠蔽をしながら、今日まで宇宙人/異星人として生きてきた事の、人間の不明をお詫び申し上げますという──また一つの人生があって。

 ただ一点、確認したいのは、果たして“他者依存”のない“自己確立”なんてものが存在するのか?一生とまで言わなくとも、たった、一日の内で。ウィー・キャン・ビー・ヒーローズ、ジャスト・フォー・ワン・デイ。教えてよ、そのやり方を!



 我が人生の秘密は、私一人だけなら非常に分かりやすく、ひと処に偏っている人間なのであるが、そこに山羊座の父と母、天秤座の二人の兄ら、彼等が居る事によって理性の方へ、双子座の、乙女座の親友、牡羊座の、魚座の恋人、そうだ客観の方へと引っ張られている、故に私が私たる、現状ややこしいものになってしまっている訳で。

 何か言っている様で何も言っていないか、この文章……しかし、いや、だから、いつもここに立ち返ってくるのだ。



 世間話を、他愛のないお喋りを、何かの感想を、何某かの感慨(かんがい)を、独り言を、不安定な空言(そらごと)を、インタビューを、誰かからの問いかけへの答えを、実は、本当は、ただ個人的な、ただただ私的な、後で見返す価値も無い振りをしておいて、後で見返したら私だけが把握できる──そう、真実の横たわる──メモ代わりにしている。忘れたくなくて、覚えておきたくて、だから忘却しておく様に憶えておきたくて……我が外部化、さながら金星に置いてきた幼少時代のよう。


 サイエンス・フィクションですけどね、ほらSFですよ、つまり“すこし・ふしぎ(by 藤子・F・不二雄)”の略なんです。君の幼少の記憶もそうだよ?しかしだな、そりゃ別の云い方で、すっごいウソになっちゃうか!SF=スーパー・フェイク。こりゃ困ったな、四月馬鹿(エイプリル・フール)に。少し不思議=凄い不可避。だって僕は、金星馬鹿(ヴィーナス・ルーン)よ。ホントなんだってば、五月馬鹿!?