美しい「花」がある、「花」の美しさといふ様なものはない。
-小林秀雄
君等が現実をやればやる程、生活とか真実へ夢中となる位に、それはどんどん空虚な、虚無の喧騒となり、その色の無い仕様も無さに、避難する様に駆け込んだ静寂の絢爛(けんらん)、実に辟易とした己が耽る美、この見果てぬ夢こそ真なりと、夢現(ゆめうつつ)の逆転現象が起こる迄、私はいっつもいつもこんな事を書くのを生き甲斐にしている、そういう羽目となる人生、性倒錯、人世(じんせい)の盗作……本当はこっちなのだぞ、皆様!!貴様だって、しょうもないぢゃんって?本当しょうがねえなあ、その色の無い仕様も無さは、この仕様が無えのは色々を塗りたくり過ぎた、塗り潰した色の黒なの!!
憲坊(のりぼう)めが黒い椿(つばき)となった記念すべき日に──チェ/チェ/チェ/チェ/チェ/チェンジズ。てか、ボウイ様が黒い星になってもう十年か……何か一つ、形にしてやろうぞ。ねえ?
「黒椿」
by Nori MBBM
1. 黒椿(くろつばき)
詩人諸君!!
音楽家、文学者共
貴方々に華が無さすぎる
肉体の毒が無さすぎる
豪奢で過剰な執着が無さすぎると
それぢゃあ空気で有りすぎると
エロスだけも
グロテスクだけも
ナンセンスだけも駄目だ
三位一体でヤりまくれ
それとプラスアルファも忘れるな
では、お手並み拝見という訳で
ここに一花咲かせましょう──
黒すぎる椿
2. 黒椿(くろばな)
やっと怒れる華となる
土の中に閉じ込められた
其処からやっと芽を出した
底から空へと華を付ける迄に
抑圧され続けた黒歴史
黒、怒濤が如く咲き誇れ
事情も知らぬ奴等に勝手に
綺麗、可愛いと誉めそやされ
心底ブチ切れているワ
椿、妖しく微笑みつつも
致命的乖離を何とかせねば
心、身体が切り離されている
優しさ柔さ何処かしら
色々と色んな色を探すも
あれも違うのこれも違うの
常に悪戯に混ぜ合わせる程に
黒い華
3. 黒椿(くろはる)
先生や親に進路や成績の事で苦言を呈された
「勉強好きな奴なんて居る訳がない」と反抗した
もちろん勉強好きな奴が居る事は知っていたし
自分はまだ勉強好きな方だと思っていたが
“勉強を押し付けないでくれ”という意味でそう言った
“変わる事を押し付けないでくれ”って意味で
勉強なんてものを始めたら人が変わっちまうから
であるから全て自己責任でやるしかないもんな
逆説的に云えば変わりたくなかったんだろ
変わりたく、染まりたくなかった青さ、黒々しく!!
黒い春
4. 黒椿(くろちん)
世界を変えてやる!
自己も変えられぬのに?
真黒な色を落とす事はおろか
その色々が何色だったかも分からぬのに?
この色々が真白であった事も知らぬのに!
自己を変えてやる?
世界を変えたいならば!
色んなものとの想像や創造を
国と国とで戦えば闘う程に朕は黒くなる!
華と華とで闘えば争う位に椿は黒くなる?
黒い椿
5. 黒椿(ぐろちん)
マイノリティです
生理的、心理的、社会的に
マジョリティではありません
そのマジョリティを退治すること
実はマジョリティへと集まってきた
これがマイノリティの正体であったと
いくらマジョリティを気取った処で拡散される
画期的な個性として拡散されるグロテスクの極み
マジョリティとは
知れば知る程に複雑で怪奇
画一的な無個性はありません
このマジョリティと対峙すること
実はマイノリティが集まってできた
それがマジョリティの正体であったと
いくらマイノリティを気取った処で回収される
画一的無個性として回収されるグロテスクの極み
グロい椿
6. 黒椿(ぐろはる)
変態、狂気、椿事、椿説
誇りだと思っていたのに
変態、狂気、珍事、珍説
罵られると治したくなる
正解、正義、性格、常識
詰まらなすぎて自作自演
正解、正義、正確、正直
誉められたくて自縄自縛
そもそも変態しか居ない
そもそも狂気でしかない
もともと珍事な人間生涯
もともと珍説な人類兄弟
お父さんお母さん祖父母
花弁ぬり潰すは色調補正
先生先輩クラスメイト達
花弁もぎ取るは形成外科
グロい春
7. 黒椿(ぐろばな)
最短かつ最速
で確実な方法
リストカット
傷を付ければ
自己同一性と
それはつまり
独自性なんて
怪我の程度か
軽いとか重い
よくある例か
希少例なのか
そんなところ
無傷は許せぬ
てか有り得ぬ
生きてんだろ
無個性は皆無
無傷は無理だ
何日も掛けて
太陽や大雨や
世話を焼いて
世話を掛けて
愛想尽かされ
害虫に蝕まれ
病気に苛まれ
マヂ傷まみれ
この花まるで
リストカット
星の王子さま
見つけてみて
他とは違うワ
グロい華
8. 黒椿(ぐろつばき)
美しさよりも大切な物事が沢山あるのに
崩れ落ちるより築き上げる方が良いのに
いやだからこそその中で築き上げたいと
美しいものだけ見出したいという二人が
それはきっと変態の成れの果て
普通とか通常の行き着く最果て
これは耽美に取り憑かれた女と
頽廃に魂を奪われた男の話です
ナンセンス、エロス……
ナンセンス、エロス……
何をしているんだい?
貴方との運命を占っているの!
ナンセンス、エロス……
ナンセンス……エロス?
これがお前との運命!
私達の運命はエロスだったの?
ここに一花咲かせましょう──
グロテスク椿
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それは彼の悪の華
あのボードレールと同じ36歳の今
これが私の惡の華
吾(わ)が十歳迄は平成の十年迄なり、あの平成の一桁の時に感じた汎(あら)ゆる覚束無さ、把握しきれぬ記憶の曖昧さ、すぐノスタルジーと誤魔化されそうになるが、やはりその実態を、感慨を聢(しか)と憶えておきたく、しかし実現できず如何(どう)したものかと、なあなあで生きてきた今日時分、とある作家の平成初期のエッセイを読み、ふと閃(ひらめ)いた。
昭和を充分に生きてきた者が、平成の一桁を終える時、あゝ昭和も遠くなりにけりと思う時、それは多分に“今の私の令和の一桁”なのであり、“あの時の私の平成の一桁”を掴む鍵なのであると、そうかこの始まったばかりと思っていた令和がじき一桁を終えようとする時、令和の印象の第一を掴まんとする時、時代を味わい味わわされた様な気持ち、それが平成の一桁には無かったのだが、あの当時を味わい味わわされた人の、昭和は遠くなりにけり、平成は闇雲に不穏な未知なりを受け取り、やっと吾が幼少の未知の領域も、その視界不良も晴れてきたのだ。
“降る雪や 明治は遠く なりにけり(草田男)”は昭和一桁に詠まれた句なので、大正の更に前、前“々”時代を懐かしむ処がミソというか、あの句の本来のポイントである、念の為
その病(やまい)を経験した者だけがその病を好き勝手に語って良い様な特権、にもかかわらず平成を生きた自らが己が平成を語れぬ失権、棄権はしたくないのであるから、その権利を奪還する事が出来た今回、この度は誠にめでたく、物理的には以前と何も変わっちゃ居ねえが、心理的には激変、精神的にも克服されたので今後、物理的にも克服、激変してゆく事だろうと思う、甚(はなは)だ愉快。
ボウイ様が黒い星になって十年の日に──へ/へ/へ/へ/へ/変身。てか、このブログ随筆も今年の夏でもう十年か……何か一つ、形にしてやろうぞ。なあ?
ボウイ様のグラム前夜“世界を売った男”のオマージュよ(次回の詩の朗読で俺なりのグラム期を演るワ)




























