2019年5月31日金曜日

平成三十階段

彼は半ばベッドの上に起きあがったような姿勢で、巨大な肩と堂々たる頭を客の方へ向け、片腕を掛布団の上に伸ばし、雀斑(そばかす)のある船長のような手を肌着のシャツの袖口のところからまっすぐに立て、親指と人差し指とで例の円い輪を作り、その横に三本指を槍のように立て並べていた。
-トーマス・マン

 僕のよく行くスーパーにこんな案内が出ていた──「大型書籍コーナーできました」──食料品と簡素な日用雑貨の他、週刊誌と少年誌くらいしか売っていなかったけどな。僕はその新しく貼られた案内の導くままに、普段足もとめない店の奥の方へ、片隅に見覚えのない小さな戸口(とぐち)が一つ、通り抜けるとプラモデル売り場だった。

 ここはプラモデルも売っていたのか、一応散策してみると、まあ目星(めぼし)いものそのつまりレア物は無かったのだが、二次大戦中の軍用機、戦車、戦艦だ、自動車だ、ロボットだ、果ては美少女フィギュアだ、しかし辺りには僕の他に誰一人として居ない。いかんいかん、僕の見たいのは大型書籍コーナー、文庫本の小説が欲しいのだ。他に使うお金は、持ち合わせていない。

 売り場の端まで行くと、また別フロアへの通路があり、入ればそこは恋人売り場とな。男性はこちら、女性はこちら、と棲(す)み分けがされていて、僕は一応、女性を好(す)いているものだから、女性が売られている方の巨大な陳列棚へ向かうと、色白、色黒、低身長、高身長、姉、妹、おばさん、おばあちゃんと、くる。これはアンドロイドか、はたまた精巧なダッチワイフか、と瞬(またた)く間に思われたが、訳ありの、監禁された生身の女性達らしい。僕は並ぶ女体の壮観の、とりわけ妙に惹かれる顔つきの、奧二重(おくふたえ)の福耳の、両の頬の赤っぽい、初恋の人に似た一人の前に、成る程それは初恋の人その人に違いなかった。

 「なんでここにいるの」──こちらが訊きたい位だったが、彼女に先にそう云われて──「いや、いつも来るスーパーなんだけど、こんな売り場があるなんて知らなくて、初めてなんだ、けど、誰かに閉じ込められているの?」──と陳列された彼女の値札を見ると千九百八十九万円、税抜き。「連れて行って、早く万引きして」と彼女に手を握られると、まったく全ての頭という頭に血がのぼり、「うん」と訳も分からず返答し、正直勃起していた。「高価な品物なのでお手は触れないでください」とどこからか店員がやって来ると、彼女はそっと僕から手を離し、また一切しゃべらなくなり、勃起は勃起でおさまってしまい、黙ってこのフロアを離れる事とした。危うく売春しかけるところだった。人の意志など脆弱だ。いや、売春の万引き、無賃売春か。しかし売春はしない主義だ、売春するならいっそ死んだ方がましだ。産業構造的に、自分の手だけは汚さねえ、そんな誰よりも汚ねえ奴等の懐に、金、金、金の入るのが、何より気に喰わねえ。いかんいかん、僕の見たいのは大型書籍コーナー、文庫本の小説が欲しいのだ。他に使うお金は、持ち合わせていない。

 更に奥の階段を降りると、薄暗い地下へと通じており、そこは死人売り場とな。何だここは人身売買ばかり、スーパーはスーパーでも、とんでもなくスーパーだ、今度は一体誰が居るのだ?ざっと、エドガー・アラン・ポー、シャルル・ボードレール、三島由紀夫、カート・コバーン、アベフトシ、遠藤ミチロウ。凄えな、サイン欲しいな、ライヴ観てえな、しかしホルマリン漬けだな、ぷかぷか浮いて、微動だにしねえな。百八十四万九千百七円、百八十六万七千八百三十一円、千九百七十万千百二十五円、十九万九千四百四十五円、二百万九千七百二十二円、二百一万九千四百二十五円、税抜き。誰が値段つけてやがんだ、こんなの言い値(ね)だろう、価値など知らねえ癖に──「お客様なにかお求めでしょうか」──さっきの店員が近付いて来ると、その無頓着や無理解に腹立たしくなり、早足で巨大な商品棚をくるくると巡り廻(めぐ)って、意味もなく迂回を繰り返して、店員が見えなくなった処で、ふと天井に続く鉄の梯子を見つけた──「30階:大型書籍コーナー」。30階とな。そんな高層階が隠されていたとはな。

 冷たい鉄の梯子に手を掛け、足を掛け、昇りゆくと案の定──「お客様そちらに何のご用ですか」、「書籍が見たいのです」、「お客様の見たい書籍は何ですか」、「何だって良いぢゃないか」、「そうは云っても私が案内いたしますよ」──店員が私の足に手を掛けてきた──「やめてください離してください触らないでください」、「お客様の探しているものは何ですかと訊いているのです」、「ダンテの“神曲”とその解説本でもあれば、とは思うが、何だって良い、出逢いたいんだよ、手に取ったら欲しくなるから」、「ダンテですか、ありますよ、解説本も、上下巻の詳しいヤツが、だから私が案内しますよ」、「えい、しつこい、足を掴むなって」、「お客様お客様」──店員はバランスを崩し、遥か地上のプラモデル売り場、恋人売り場へ真っ逆さま、巨大なコンテナが落下した様なドンと云う轟音と共に叩きつけられ、そのまま床まで突き破り、地下の死人売り場にて、多分絶命してしまった様だ。白眼をむいたまま、口からは赤いものが垂れているのが見えた。

 僕はそれ見下ろしながら、こんな高い処まで来ていたのかと、一方で解放感もう一方では焦燥感に駆られてしまい、再び上を目指し、あともう少し、もう少しで、大型書籍コーナーのフロアに到達す、前人未到の30階へ、すると、ふわり、力なく、鉄の梯子が風に揺れるよに、吹かれるよに壁から剥離(はくり)し、ボルトがひょん、ひょんと抜け落ち、梯子めりめり剥がれ落ち、僕は鉄の棒を掴んだまま重い頭を急転直下、天地無用、逆・店内案内図、29階:黄泉(よみ)売り場、28階:孫(まご)売り場、27階:出産売り場、26階:結婚売り場、25階:出世売り場、24階:内定売り場、くだらん階数ばかり走馬灯なり、10階:ドリームキャスト売り場、6階:セガサターン売り場、行きたかったなり逝きたかったなり、梯子はU字に曲がり、突き破られた床下の、死人売り場へ一直線、既に息絶えた店員に梯子の先端が突き刺さり、ぶしょおゝん、ぐしゃあゝ、べちゃらゝあん、胃、腸、内臓、臓物(ぞうもつ)祭り、血液の海にダイヴ、ダイヴ、大分、ダイヴ・イン・ミー、Incesticide、疼痛(とうつう)、激痛、我、多分絶命、否、否、三たび、否……絶対絶命。


 いかんいかん、僕の見たいのは、大型書籍コーナー、文庫本の、小説が欲しいのだ……他に使うお金は、持ち合わせて、いない……。




2019年5月30日木曜日

1st EP「30年 e.p. –XXX years–」発売

言葉に音楽がつくと詩であり、音楽のない言葉は散文にすぎない
-エドガー・アラン・ポー

 小説と詩に縺(もつ)れる無名の葉(よう)の一枚に、己が緑(みどり)を何と呼ぼう?ただ君が心、魂を癒やすであろう事だけ願って。人が言の葉、本当に微妙な色調のそれ、如来、虚無、そして解脱に代えて。赤、黒、いつか白に変えて。

 我がバンド、Unfinished Balladesの初音源・1st EPが本日発売されました。


その名も「30年 e.p. XXX years

(ジャケット裏)
人格形成に多大なる影響を及ぼしたものたち……俺は断然“セガ派”だった



 デジタル配信で“Amazon Music、Google Play Music、mora、music.jp、Spotify、YouTube Music、レコチョク”等の大手配信ストアにて、1曲・200円よりダウンロード購入できます。フィジカルなモノとしては、今後ライヴ会場でプレスしたCDを販売いたします。


CDは税込1,000円で販売(初回は100枚プレス)


 以下、当記事に一曲一曲のエピソードも書いておきます。


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全曲試聴トレーラーも作ったので観てくれい!!


1.「殺生ワード頭蓋骨」(作詞:Nori MBBM、作曲:Kaz)

 2015年9月22日(火)、Unfinished Balladesの前身バンド“MBBM”のスタジオセッションで、初めてバンドメンバーと一緒に作ったオリジナル楽曲。作曲はMBBMのリズムギター・Kaz兄でクレジットしていますが、メンバー4人“せーの!”の即興で作詞作曲をしました(曲の核を成すコード進行はKaz兄考案)。この一曲で「俺達のオリジナルをガンガンやっていこう」と自信が付いた“バンド人生の出発点”とも言えるナンバー。ライヴでは大抵、一曲目に演奏します。

 “Unfinished Ballades”になってからはボーカルの私がリズムギターも担当しているので、MBBM時代とアレンジがやや異なりますが、最新で最強のヤツをレコーディングしました。Shinさんのリードギターも“布袋イズム”を感じさせるアグレッシヴな攻めのリフで(もともとShinさんと俺は“布袋寅泰とセックス・マシンガンズが好き”同士で仲良くなったのだ)、一聴して頭蓋骨に大きめなヒビが入ったよね。

 詩に関しては、スターリンのミチロウさんやミッシェルのチバさんが持ちうるような“鋭利な言葉”、“エッヂのある語感”を意識して書きました(というのは後付けで、前述した4年前のセッションで叫び散らしながらのフリースタイル即興作詞、が実の処です)。

 “アイ・キル・ユー”なエッヂのある言葉を貴様の脳天にぶち込むぜ──


2.「Kiss and Death」(作詞・作曲:Nori MBBM)

 2017年2月20日(月)、大切な恋人も友達もなくして独り、高円寺の自宅にて怒りに震えながら数分で完成させたナンバー。2017年1月29日(日)のライヴを最後に“MBBM”が解散、新バンド“Unfinished Ballades”結成に際して書いた楽曲群の中の一曲であります(他にUnfinished Balladesを立ち上げる際に書いた曲で、「彼女の心は桜色」というアジカンとイエモンを足して二で割ったようなポップなナンバーもありました)。

 これはもう手癖というか俺のお得意というか、何も考えずに直感だけで作詞作曲をしました(結果として“チバさんリスペクト”な曲になっていると思う)。バンドをやっていく中で経験した、もしくはこれから来るべき苛立ちを詩に認(したた)めた攻撃的なナンバー。この曲に関しては、間奏のギターソロも俺が担当。

 すべての音楽家気取りのクソッタレに、俺の口づけと死を──


3.「横浜ブレードランナー」(作詞:Nori MBBM、作曲:Shin)

 2017年4月16日(日)、Unfinished Balladesの初ライヴを終えてから数日後のこと、ギターのShinさんからPCメールで送られてきたデモ音源、仮タイトルは「笑い」(Shinさん、なぜ?)。これがまさか我ながら「横浜ブレードランナー」という詩になるとは。聴かせてもらった時の第一印象は俺の中だと“まだギターロックをやっていた頃の、2ndアルバム辺りの初期レディオヘッド”のイメージだったんですが、いつもライヴを観てくれている方々にはどう聞こえているのだろう?そういえば、「この曲をどういうイメージで作ったのか」というのも、Shinさんに訊いたことないな。

 Shinさんがリードギター&リズムギター、ベース、ドラムのフレーズ、ボーカルのメロディーや曲構成など、完璧に仕上げたデモ音源を作ってきてくれたので、自分は本当に詩を書いただけです(作詞は作曲より大好きなので御褒美です、美味しいところだけ御馳走様です)。

 詩のイメージは、幼少時に父と兄によく連れられて行った新宿の高層ビル群の街並みを思い浮かべながら、且つ作曲者のShinさんが横浜生まれの“浜っ子”なので、その風景も綯(な)い交ぜにして、架空の未来都市における独白調の物語として書きました(加えて、俺の人生初のギターも横浜の楽器屋で買ったんだが、あの情景、夕暮れの帰り道も、ずっと忘れられずにいる)。それから、説明不要なSF映画の傑作「ブレードランナー(1982)」の世界観も頭に過(よ)ぎったので、以上を全てミックスして“都会に生きる孤独”について歌いました。

 間奏部分が16小節あるんだけど、その内の前半8小節がベースソロのパートになっていて、ベースをやってくれていたAyaさんが新曲初合わせのスタジオリハでソロを弾いてくれた時はマヂでカッコ良くて、演奏しながらゾクゾクと身震いしたし、“Shinさんも曲中にベースの見せ場を入れちゃうなんてイカすな”と改めてバンドメンバーの才能にホレボレした記憶あり。今回の音源では、これまた凄腕ベーシストで機材マニアのSyuさんが、クールなベースソロを弾いてくれていますので、ご堪能あれ。

 ライヴで演ると「あの中盤でやっていたディレイかけてた曲が良かったです」と必ず評判が良くて、とても嬉しいのだけれど少し悔しいのである(俺の作曲したナンバーも褒めてくれい)。という訳で、この曲はこれからもずっと大切に演ってゆくと思う。

 愛している、今でも
 覚えている、あなたの声──



4.「Anti-aging Music Rising」(作詞・作曲:Nori MBBM)

 2017年11月8日(水)に書いた“俺のハードコア全開”なナンバー。バンドで云うと“ミッシェル”に“ATDI”、“9ミリ”あたりの影響を感じさせる楽曲。過去のブログにも書いたけど、一時期、立川にある“コズミックホール”というライヴハウスによく出演していて、そこで10代の高校生や大学生の人達と一緒にライヴをする中で、「俺の作る曲は70~90年代の血が流れているからテンポが遅いな」と思い知らされ、「BPMの速い曲を書かねば」と思い立ち、割とアタマで意識的・意図的に作った曲なのです。

 前述したように、今回のEPの2曲目「Kiss and Death」とかは何も考えずに作っている一方で、この曲は俺の中の“ハードコア魂”をフル回転させて必死に作りました。Shinさんの「横浜ブレードランナー」に影響されたのか、わざわざベースのソロセクションも設けたし(怪獣映画観た後はすぐ怪獣になるよな子供でした、えゝ)。それと間奏では、オアシスのデビュー曲「スーパーソニック」よろしくスローなピックスクラッチも“キリキリキリキリ……”と鳴らしております。あの不気味でスローなピックスクラッチを自分も自身の曲のどこかで、バンド人生のどこかで絶対にやりたかったの、という小さなこだわり、小さなロックの夢、また1つクリアです。

 ライヴで披露する際はギターを故意にハウリングさせまくって、お客さんへ不協和音の嫌がらせをして参りましたが、これからもそう致しますので、是非ともライヴ版の方も生で聴きに来てください(アンタの脳髄グチャグチャにしてやる)

 音楽の、ロックンロールの魔法で、歳を取るほどに若返ってしまおうぜ──


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アマゾンで自ら配信中の音源も購入、愛用のウォークマンにも入れたった

 音源のミックスに関しては、エンジニアのたかしさんに「“ニルヴァーナ”とか“ミッシェル”みたいなエグい音にしてください」と伝えて、見事、ニルヴァーナの2nd「ネヴァーマインド」や3rd「イン・ユーテロ」、ミッシェルの5th「カサノバ・スネイク」に6th「ロデオ・タンデム・ビート・スペクター」あたりのバキバキな骨太サウンドになって返ってきたので、本当に感動いたしました。

 ちなみに全曲、右(→)チャンネルのギターがShinさんの“ワッシュバーン・N4”で、左(←)チャンネルのギターが俺の“フェンジャパ・ストラト”です。アンプはShinさんが“マーシャル”、俺が“JC(ジャズコーラス)”という定番のチョイス。

 それからCDのマスター音量について、昨今の流行りよりも若干小さめの音量でマスタリングして頂きました。ここでもニルヴァーナの「ネヴァーマインド」を意識しており、初版91年盤と同じ位の音量となっております。イエモンで云えば、ファンハウス移籍前の90年代コロンビア時代、「フォー・シーズンズ(1995)」迄のアルバム作品の音量に合わせております。

 2000年代以降のCD音源、特に邦楽を聴いていて、闇雲に音量を上げすぎだろう、という違和感が10代の頃からあって、みんな馬鹿みたいだな、と思ったのが事の発端です。ロックは馬鹿でナンボぢゃい、という思考停止は黙れ。話は逸れるが、最近のロックやポップスのMVとかライヴ映像の高画質化にも、ずっと違和感があります。前髪で目元隠したポコ珍野郎が、手前が業が浅はかで白けるんだワ。無知だ無欲だ曝(さら)してんぢゃないよ、マスター音量ばっか上げちゃってサ。

 従って当作品のマスター音量は大きく作られていないので、爆音で聴きたい方はご自身の再生機器の音量を上げてください。ヨロシク!!


「私の少年時代は永い病気のようなものでした」
-フェリックス・ド・ヴァンドネス

 そういえば、イエモンのメジャーデビュー作「夜行性のかたつむり達とプラスチックのブギー(1992)」のレコーディング時のエピソードで、音源のミックス作業日に発売したばかりのニルヴァーナ「ネヴァーマインド」をエンジニアの方が買ってきて、すぐにラジカセで聴いて、その音圧に皆で衝撃を受けて、エンジニアが同じ様なエグいミックスをしてくれたそうなのですが、対する吉井さんは“ピンクレディー”や“フィンガー5”など70年代の歌謡曲をエンジニアに聞かせて「こういうポテポテしたスネアの音にしてください」と喧嘩になり、「俺はカッコ良い音楽をやりたいんじゃないんだよ」と自伝本に書かれていた事を思い出しました。

 自分は今回、その吉井さんの意志を受け継ぎながら、「俺はカッコ良い音楽をやるしかないんだよ」と憧れにも謀反、俺の存在理由──世界のどこにも負けない日本のロックンロールを演ること──その攻撃的なサウンドの真を突き詰めただけの話。死ぬ時は結局一人だから、独りで演るしかないんだから。


令和元年にレッツ“両性具有ポーズ(命名:Nori MBBM)” !!
※イエモンのインディーズ盤「バンチド・バース」のジャケ参照のこと

 この作品を平成の30年間と、スターリンの遠藤ミチロウ、ニルヴァーナのカート、ミッシェルのアベフトシに捧げます。あとは俺の今迄の人生、愛憎の30年間に。


歌詞カード、盤面、帯、CDトレイ内外、寸法合わせながら全部1人でデザインしたぞ

 令和元年5月30日(木)、Unfinished Ballades 1st EP 「30年 e.p. -XXX years-」発売。平成元年5月1日に生まれた30歳の男の叫びを、平成が三十年間の鎮魂歌として、此処に。十兵衛が打ち建てた感応寺の“五重塔”さながら、憲宏が造立した平成の“30年”を、ここに。


ⅩⅩⅩ
DE PROFUNDIS CLAMAVI
(深き淵よりわれ叫びぬ)

憐(あわ)れみを乞(こ)いたてまつる、おん身、わが愛する唯一の者よ、
この暗い深淵の底に私の心は落ちこんでしまった。
ここは地平線が鉛の色に閉ざされた陰気な世界、
夜の中にうごめくのは恐怖と冒瀆(ぼうとく)ばかり。

熱のない太陽が半年のあいだ空にかかり、
あとの半年は夜が地上を覆う。
ここは極地よりももっと荒涼とむき出しの国。
──獣もいない、川もない、草もない、森もない!

さて この世にもこれにまさる恐怖があろうか
この氷の太陽の冷たい残忍さと
太古の「混沌(こんとん)」に似たこの途方もない夜とにまさる恐怖が。

どんな下等な動物のさだめだろうと私はうらやむ
愚かしい眠りの中に沈むことができるものなら、
それほどに時間の糸巻の 何とのろのろほどけること!

-シャルル・ボードレール


 それでは、次はライヴだぜ!!!よろしくお願い致します。


2019年5月1日水曜日

30歳:令和元年、五月一日

ツァラトゥストラは、三十歳になったとき、自分の故郷と故郷の湖を捨てて、山にはいった。そこでかれはおのが精神の世界に遊び、孤独をたのしんで、十年間倦(う)むことがなかった。
-フリードリヒ・ニーチェ

 三十年間倦怠感。無知をも知らぬ馬鹿。精神欠乏。

 登るのに、籠(こも)るのに、帰るのに、山が必要、魔の。降りるのに、下(くだ)るのに、還(かえ)るのに、谷が必要、百合の。

 ここから十年、独りの旅が始まるだろう、いや、始めなければならぬ。

 おうし座──持ち越してきた言葉と音を、新しいだけの世界に馴染ませてゆく。誰かの文学と音楽に影響された我が世界、我が文学と音楽の伝播・波及した誰かの世界。新しいだけの時代はそうやって、我々が確かに一つずつ形作ってゆく。

 独りの旅を始める前に、我々で、バンドで、最後にやらねばならぬことがある。


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 手前味噌になるが、Shinさん作曲のナンバーに私が詩をつけた一節を。

この街の寂しさって
僕の心、君の心で
作られてるんだって
君は信じられるかい?


未来都市、摩天楼
知らない人たちの群れ
大通りで立ち尽くして
僕は我に帰ったんだ


~Unfinished Ballades「横浜ブレードランナー」より~



 高円寺駅前の花屋で花を買った──白いフリージアの花言葉は“あどけなさ”──29歳までの私へ贈る。もう堂々として良い。


 暗黒の十代、狂乱の二十代、黄金の三十代へ。

 ミチロウさん、あなたから独りで生きる強さを教えて貰いました。涙も出ないくらい辛くて心から消えたい時、真夜中に独りで外へ飛び出して、早朝、誰も居ない京浜東北線のホームであなたの弾き語りを聴いて、少し生き延びました。だって、遠藤道郎は独りで生き抜いた人だったから。ヒロトの言っていた“パンクロックが好きだ、優しいから好きなんだ”って、これか。ミチロウさん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました。そして、あなたは偉かった。


 義理人情より優先しなければならぬものがある。自己中心に思われる、他者からは勿論、当人でさえそう判断しかねない。誰に頼まれた訳でもない誰の仕業、鬼畜も眼を丸くするよな鬼畜の所業、単なる宿命。

 多分、大切な人をまた失うだろう。せっかく出逢えた世にも稀な理解者を、世にも奇妙な宿命によって理解できず仕舞いで亡くすだろう。痛み伴う前にこう簡単に失言し、後から何年も何年も苦しむのだろう。止めたら良いのに止められない、辞めたら良いのに辞められない。ポーかな、ゴッホかな、宮沢賢治かな……みな御忠告どうも有り難う、でもやるね、やらねばならぬからね、皆がそうした様に。

 生きている内は上手くやらねば、再生数稼がねば、“いいね”貰わねば。承認欲求満たさねば、色恋でもせねば、ねばねばねばねば。馬鹿野郎うるせえ、俺が閻魔なら貴様ファイヤーだ、いやバーニンだ、それよかやらねばならぬことがあるだろう、大事なものがあるだろう──のつそり、のつそり、五重塔。

左様ならと清吉は自己(おの)が仕事におもむきける、後はひとりで物思ひ、戸外(おもて)では無心の児童(こども)たちが独楽戦(こまあて)の遊びに声々喧(かしま)しく、一人殺(ごろ)しぢや二人殺しぢや、醜態(ざま)を見よ讐(かたき)をとつたぞと号(わめ)きちらす。おもへばこれも順々競争(じゅんじゅんがたき)の世の状(さま)なり。
-蝸牛露伴

 子供らしい無邪気で残酷な遊び、いずれ大人が無邪気に残酷をする、その先払いが戯れ、早いほど利子も付けられるかな。

 だからおらぁいちぬけた!くだらんくだらん!子供の全部が全部大人に憧れると思うなよ!くだらんくだらん!ばーか!


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 追伸、、


整理番号“99”だぜ……イエモンの「9999」といい、ひいじいちゃんが見ているに違えねえ(あゝ九右ェ門様、私です、憲宏です)

 今日は近所の野方にロックスター降臨。短編映画の演技も生トークショーも、あの“付録ラジオ”の志磨さんの話し方のまんまで(当然か)、ニヤリとしてしまった。

 何が大型10連休だ、何が30歳の誕生日だ、何がゴールデンなウィークだ、って感じの連勤地獄で寝る間も無いグチャグチャの労働生活の真っ只中、“こんなもん軽く捻り潰してやるわ”と仕事の合間にダイブして、やりたいこと、やるべきことをやっている。露伴の書いた「五重塔」の十兵衛が如く、拙者は待ちに待った“30年”の塔の完成に悶えて居る。

 今日は良い日だ、いや力尽くで良い日にした、これから仕事だバカヤロ行ってきます!!

 平成よ付き合って呉れて、どうも有難う!!!


 よっしゃ令和元年、どうぞ宜しくお願いします。