「私達は平和に暮らした –平成挽歌–」
by Nori MBBM
起きて、ご飯を食べて、学習や労働等をして、眠る。
また起きて、未だ昭和の感傷が残っていて、年功序列で上から嘆いて、上から眠る。
“失われた10年、20年”なんて失望したがる──そんなセンチメント、30年で飽き飽きしたぜ──ここ平成31年。
テレビはとっくに使命を全うした。大人は鳴りを潜め、子供の様なものが大挙する中、恋をして、しかも愛さねばならぬ。
「織り姫と彦星の年一イベントより、十年に一度位で良いから神武景気やいざなぎ景気の再訪を、ヒト・モノ・カネの邂逅を」
得したのか損したのかは分からない、旨みも痛みも分かるまい。既に知っているか味わっているか、もっと後から来るか。
“きっと、30年かけて悟ります”
表立って争う事はしなかった──内省的ハラワタ、沸騰寸前エヴリデイ
それでも平成を人一倍には愛していた。
誰よりも愛着がある。
「COUNT DOWN TV(CDTV)」とか「JAPAN COUNTDOWN」とか真夜中にカウントダウンばっかしていた。ピンクの髪のhideに、ナース姿の椎名林檎、ゴルフウェアのYOSHII LOVINSON(そのあと坊主でチャーフィー乗りながらCALL ME)にも出逢ってしまった。
生き別れた人達、忘れ得ぬ人達、いま何処(いずこ)
私達は平和に暮らした
私達は平和に暮らした
私達は平和に暮らした
~~~~~~
何年になるのでしょうか?前のバンドの時のいつからか?
毎月お詣りしている花園神社さんへ、今朝は四月の御挨拶をしてきました(夜勤明け)。此処を歩く時だけ、空想というにはあまりに大きな、大いなる花園を眺めながらである為、のっそりとした足取りになって仕舞う。己が願望を取り溢さぬよう、悠長にして慎重で在ろうとする。お詣りを終えた後、普段と変わらぬ人々の歩みが、心なしか性急に感じる。確かなことは境内の領域に於いてのみ、まじまじと本心で居られる。“神聖”という一言では済まされぬ、この気持ちを大切に持ち合わせて居たい。私はこの先も平成で居られる、居ようと思う。何時か昭和の煩わしさに懲りて居たから、新しい元号に押し付けがましい事はしない。
己が誕生日でもある来月5月1日から始まる新元号“令和(れいわ)”と発表されましたね(出典は「万葉集」からとのこと)。
我がバンド“Unfinished Ballades”のツイッターに於いて、日めくりカレンダー宛ら毎日欠かさずに2、3年ほど詩を詠み続けておりますが、これは「私なりの万葉集を作りたい」と予てより考えていたものであります(或いは、バルザックの“人間喜劇”か、プルーストの“失われた時を求めて”か……で当ブログ随筆は“どくとるマンボウ”シリーズか)。
新たな元号“令和”になっても、一日も欠かさずに、変わらずに続けてゆく所存です。
平成31年、残り1ヶ月も宜しくお願い致します。
“失われた10年、20年”なんて失望したがる──そんなセンチメント、30年で飽き飽きしたぜ──ここ平成31年。
テレビはとっくに使命を全うした。大人は鳴りを潜め、子供の様なものが大挙する中、恋をして、しかも愛さねばならぬ。
「織り姫と彦星の年一イベントより、十年に一度位で良いから神武景気やいざなぎ景気の再訪を、ヒト・モノ・カネの邂逅を」
「もはや戦後ではない──様に、もはやバブル崩壊後ではない──様に」
(図々しく願う短冊は知らぬ間に捨て去られ、運命の恋人はおろか身近な友人や恩師まで失くすのであった)
そういえばシングル盤のCDは短冊の様に細長く、あれって一体何だったんだ(日本独自の規格だったらしいよ)?コンポに入れたら物足りないし、CDの棚にも上手く入らず。
うまくはいらず(恥ずい恥ずい、まるで俺だ)
そういえばシングル盤のCDは短冊の様に細長く、あれって一体何だったんだ(日本独自の規格だったらしいよ)?コンポに入れたら物足りないし、CDの棚にも上手く入らず。
うまくはいらず(恥ずい恥ずい、まるで俺だ)
気が付いたら昭和も80年代も冷たく硬くなっていた。サブッ、とも云うね。
【主犯】ニルヴァーナ(カート・コバーン)、ダウンタウン(松本人志)、新世紀エヴァンゲリオン(碇ゲンドウ=庵野秀明)
別に「巨人の星」とか「機動戦士ガンダム」の世界へ還りたい、とは思わないが(まだ僕には帰れる処があるんだ、こんなに嬉しいことはない)。
【主犯】ニルヴァーナ(カート・コバーン)、ダウンタウン(松本人志)、新世紀エヴァンゲリオン(碇ゲンドウ=庵野秀明)
別に「巨人の星」とか「機動戦士ガンダム」の世界へ還りたい、とは思わないが(まだ僕には帰れる処があるんだ、こんなに嬉しいことはない)。
だって、私達は平和に暮らした。
傷つきながら、健気に因習を忘れた。そうして、ゆるやかに絶つのだ。
得したのか損したのかは分からない、旨みも痛みも分かるまい。既に知っているか味わっているか、もっと後から来るか。
“きっと、30年かけて悟ります”
表立って争う事はしなかった──内省的ハラワタ、沸騰寸前エヴリデイ
それでも平成を人一倍には愛していた。
誰よりも愛着がある。
「COUNT DOWN TV(CDTV)」とか「JAPAN COUNTDOWN」とか真夜中にカウントダウンばっかしていた。ピンクの髪のhideに、ナース姿の椎名林檎、ゴルフウェアのYOSHII LOVINSON(そのあと坊主でチャーフィー乗りながらCALL ME)にも出逢ってしまった。
生き別れた人達、忘れ得ぬ人達、いま何処(いずこ)
私達は平和に暮らした
私達は平和に暮らした
時代がこうも気になって仕舞うのは、物語に見えて終うのは、時代が完全になったから、まるで平らかに均(なら)してくれたから──平成よ、有難う──表現を尽くしてくれて、形骸化してくれて、問題は問題にならなくなった。
本当に有難う、こんな時代は滅多にないのです。そんな滅相も御座いません、「余計な事をしてくれた」と云う向きもあるでしょう。これから先の手前らは、新たな問題を見つけたいんだ。形式を信用しきって、時代に目もくれないんだ。昭和だ令和だ云いながら、和む振りして問題を見つけたいんだ。目先の事ばかりで、時代を気にしないんだ。平成みたく時代時代を気にしてしまうのは、真っ平ご免蒙(こうむ)る訳だ。
みんなが埋めた平成をまた掘り返す、だから一向に分かり合えないんだ。ただ誤解しないで欲しいのは、誰よりも平成を生きてみたかったということ。一見すると懐古主義的で、表向き見向きもせずに御免ね。
それでも平成を人一倍には愛していた。
誰よりも愛着がある。
私達は平和に暮らした
私達は平和に暮らした
私達は平和に暮らした
~~~~~~
何年になるのでしょうか?前のバンドの時のいつからか?
毎月お詣りしている花園神社さんへ、今朝は四月の御挨拶をしてきました(夜勤明け)。此処を歩く時だけ、空想というにはあまりに大きな、大いなる花園を眺めながらである為、のっそりとした足取りになって仕舞う。己が願望を取り溢さぬよう、悠長にして慎重で在ろうとする。お詣りを終えた後、普段と変わらぬ人々の歩みが、心なしか性急に感じる。確かなことは境内の領域に於いてのみ、まじまじと本心で居られる。“神聖”という一言では済まされぬ、この気持ちを大切に持ち合わせて居たい。私はこの先も平成で居られる、居ようと思う。何時か昭和の煩わしさに懲りて居たから、新しい元号に押し付けがましい事はしない。
ソメヰヨシノが春の雪
新宿早朝──阿呆馬鹿皆無
天まで蒼く澄み渡り
色香も冷たく張り詰めて
(憲宏ノ詩 Nori MBBM書)
己が誕生日でもある来月5月1日から始まる新元号“令和(れいわ)”と発表されましたね(出典は「万葉集」からとのこと)。
我がバンド“Unfinished Ballades”のツイッターに於いて、日めくりカレンダー宛ら毎日欠かさずに2、3年ほど詩を詠み続けておりますが、これは「私なりの万葉集を作りたい」と予てより考えていたものであります(或いは、バルザックの“人間喜劇”か、プルーストの“失われた時を求めて”か……で当ブログ随筆は“どくとるマンボウ”シリーズか)。
新たな元号“令和”になっても、一日も欠かさずに、変わらずに続けてゆく所存です。
平成31年、残り1ヶ月も宜しくお願い致します。





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