2021年5月4日火曜日

“This is for All that Glitters.”

たましいの特徴は矛盾に満ちている。人間の心はそのなかに矛盾が存在するのを嫌うので、たましいの方は矛盾を抱えこむのだ。

 ユング心理学の偉い先生が、そう云っていたので。

 手前の心を守ってやれるのは最後、手前の魂だけ(志:こころざし、とも云う)。例えば心が壊れぬ様に最期、魂の壊れる事がある(銷魂:しょうこん、とも云う)。

 そんな魂にも譲れぬ処があって、心の方が誰か招いたとしても、魂は常に誰もお呼びでない。心は最大の私でも、魂は最小の私であって、誰一人入れるスペースが無い(独りとも云うし、宇宙とも云う)。

 生まれてこの方、心でなし、魂の話をしてきた。似ている様で全く、別の話なのである。


~~~~~~


 5月4日、友達の誕生日──とっておきの今日はグラムな貴方に、この曲を贈ります。



 これまで演ってきたミーの音楽と乖離していると思われるやもしれぬが、オリジナル・ラヴ大好きです。ピチカートやフリッパーズはさらりと聴いただけだけど(田島さんが一時期ピチカートに居たり、フリッパーズの二人がオリジナル・ラヴの追っかけだったのは知ってます)。

 田島さんの捻り出す詩曲やグルーヴは、日本の伝統文化に見られない日本語の音楽で、どうしても真似できないと痛感させられる反面、どうしても真似したいと思わせてくれる処が魅力的です。ブラックミュージックに憧れたビートルズやストーンズのメンバーらが、未だ聴いた事のない画期的なロック音楽を作り出したが如く。田島さんの描くメロディーや詩の中に、或いはインタビューやブログから垣間見える生い立ちに、“分かる”ところが沢山あるのだけど、それはソウルだのR&Bだのジャズだの民族音楽だのではなく、実はグラム好きなところが前述した魅力と一番関係しているのかもしれません。少なくとも私にとっては。


光る月を手に、とある宇宙空間にてドグマッ

 本題から逸れますが、かつてイエモンの吉井さんがバンドのデビューシングル“ロマンティスト・テイスト”を振り返る中で、「渋谷系が出てきたとき、俺こういうのなのになぁって思ってたの」とインタビュー(ブリッジ・97年4月号)で話されていた事がありました。

 つまり、70年代のグラムロックや昭和歌謡を愛好するが故、70年代から影響を受けた派手なファッションと音楽性でデビューしたものの、一方では90年代の渋谷系やブリットポップの台頭を目の当たりにして、そのカジュアルさやポップさこそが90年代の今の俺にはリアルであった、という事です(イエモンの4枚目のアルバム「スマイル」からは意図的にそうした、と仰っております)。吉井さんも好きだった“スウェード”とか“パルプ”って、普段着でカジュアルかつ力まずポップに90年代版グラムを演っていたものね(筆者はイエモンのケバケバしくドロドロしたグラムロックこそ至高だと思うけど)。

 ※“スウェードという退廃的でお耽美なバンドが、カジュアルかつ洒落たポップとは何事か?”とお思いの方、デビュー時のバーナードが在籍した僅かな(しかし最高の)数年でなし、彼が抜けてから現在まで長きに渡って活動している3rdアルバム「カミング・アップ」以降のスウェードを観てみてください(それでも充分に美しすぎてウッフンか)


ただ何気なく撮って、CGみたいな写真ドグマッ

 話を戻しますが、オリジナル・ラヴから滲(にじ)み出るグラム感って90年代版グラムのそれで、だから吉井さんはその“ネオグラムロック”とも云えるものに嫉妬したのだと思います。吉井さんも充分ミクスチャーで90年代のネオグラムなんだけど、渋谷系やブリットポップみたく冷め醒めしたものではなく、そこには70年代の熱血が流れていたという訳です(勿論オアシスにも熱血は流れているし、吉井さんにも冷め醒めしたものはありますが、それはここで主張したい事ではないので割愛)。

 更に事(こと)をややこしくしているのが、オリジナル・ラヴは90年代が終わってから、ドロドロした濃厚な70年代的グラムロックを演っているのです。代表曲“接吻”を聴いてハマった人からすれば、戸惑うこと必至な11枚目のアルバム「踊る太陽」は、間違いなく日本のグラムロック名盤の一つであります(大学時代に椿屋四重奏の中田さんのブログで「踊る太陽」の存在を知り、そのブログ記事のタイトルは確か“グラムロックに恋した”だったか、俺はそれで中田さんに恋した)。

 ここまで来ると前述した吉井さんと対照的に歩(ほ)を進める田島さんという感じで、二人の音楽的な根っこは逆さまにして一緒なのかもしれません。吉井さんはイエモンが解散してからジャズやオルタナ音楽の要素を多分に含んだ脱ロック的なナンバーをYOSHII LOVINSON名義で徐々にっでえ♪と展開して行きますし、田島さんも吉井さんも昭和41年生まれで同学年だし、都内の南は大田区と北は北区でそれぞれ育ち、それぞれ小学校時代に地方へ引っ越したところまで一緒だし、吉井さんのお母さんは一時期プラターズのメンバーと恋仲であったと言うし(←それは関係ねえ)。だから今度はオリジナル・ラヴの「踊る太陽」の方が渋谷系皆無にして、70年代グラムロックや昭和歌謡をガッツリぶちかましてくれる因果となる訳です。T.レックス好きな人は絶対に好きなアルバムよ☆

 その他、あからさまにグラムではないもののシングル「スターズ」とかディスコ調の「ディア・ベイビー」、デビュー前から演っていた「オレンジ・メカニック・スーサイド」なんて曲名からしてもうグラムの匂いがプンプン漂ってるんだ(←3104丁目のDANCE HALLに足を向けろ)。全身全霊を懸けて静かに熱くなるよな超絶名バラード「プライマル」など、最高にドラマティックかつロマンティックでお耽美この上ない(同名異曲だがイエモンのも民生さんのも“プライマル”と名の付くものは良い曲ばかり)。

 今回の「月の裏で会いましょう」も、クールでアーバンでソウルで……とか評されるナンバーなんだろうけど、はじめて聴いたその日からグラム野郎のハートを鷲掴み、歌詞に引っ張られている部分もあるけど、このメロディーを耳にしたら“月世界の白昼夢”まで宇宙旅行ブッ飛んぢゃう!!


黒のタートルネック a.k.a. とっくりセーターを着用
(一年半前のボウイ様のカバーと同様)

 ギター一本でシンプルに潔くカバーしよう、というのは前々回のカバーから引き続き、俺の最近の流行り。原曲はサックスとかキーボードも入った大所帯の演奏だし、ネット上の他の方々によるカバーはアコギ弾き語りが多かったので、それらとの差別化を図る為にもクリーントーンのエレキ一本のみでいざ勝負。

 また、原曲のリズムの跳ねを意識して、16ビートのコードストロークで弾き語りしたのを一旦は録ったのですが、原曲や他の方々のカバーの真似事の域から出られずに俺らしさが感じられなかったので、原曲の事は忘れて馴染みの8ビートストロークで弾き語るか、と開き直って再度レコーディングいたしました。俺が演ったら唯一無二のグラムナンバーになるだろう、くらいの自分勝手な演奏と歌でありますが、元の曲が大変良いので何をやってもキマるのです。それでは最後に、一年半越しの伏線回収を。



分子の大きなものから人間の脳に至る進化の鎖のどこかで、自意識がこっそりと入りこんできたのだ。脳がある種の非常に高い錯綜した回路を得たとき、常にそれは自動的に起こるのだと心理学者は断言する。その回路とやらが蛋白質(たんぱくしつ)であろうと白金であろうと知ったことか。
-マヌエル・ガルシア・オケリー・デイビス

 僕ら所詮は分子の延長、拡大した蛋白質か白金か何か。遣る瀬無い・事もない・様な気がしない・でもない、と単純が迷い続けて複雑化。右往左往するうち21世紀、SFの未来に追いついた。だのに未だ心は原始、野生的で未発達。脳との距離は開く開く、ノートが郷里を拓く拓く。もうそろそろまた、再び自意識が脳の回路を得ます様に。


0 件のコメント:

コメントを投稿