悼辞「あゝ鳴り止まぬ愛の讃歌」
2026/8/7(Fri) Nori MBBM
昔、一緒に暮らしていた彼女と美輪明宏のライヴコンサートに行った事がある(俺と同じくイエモンやデヴィッド・ボウイが好きで、グラムロックのわかる人だった)。客席は高貴な御婦人もといマダムばかりであったが、20代前半で若造の自分ら二人も負けじと紳士・淑女を気取り、俺は買ったばかりの高いセットアップでトラッドにキメて(ほぼ「追憶」のカバーMVの時の格好である)、彼女の方もヴィンテージライクなファッションで上品にビシッとキメて、美輪さんの超絶歌唱そのシャンソンというヤツを心ゆくまで楽しんだのであった……と言いたい処であったが、ライヴは二部制で途中休憩があり、そこで職場から急遽“トラブルがあったので対応してくれ”と電話が入り、美輪さんと俺と彼女との大切な時間は台無しにされた……というのが実際の想い出(思い出すと未だ無性に腹が立つ)。
そして、(今はもう一緒に住む人の誰も居なくなった)俺の一人暮らしの高円寺の家は、美輪明宏の教え──“あなたの好きな色を使い、あなたの好きなもので部屋を埋め尽くしましょう。その部屋にいると、どこを見ても美しく可愛いので、楽しい、優しい気分になる、ロマンティックな想像に浸ることが出来る、そんなお城をつくってしまえばよいのです。”と高円寺の古本屋で買った「美輪明宏のおしゃれ大図鑑(2005)」の38頁(ページ)に書いてあったこと──によって、リビングの西側と南側の壁一面に計24枚のお気にのレコード(ボランちゃんにボウイ様にイギーのストゥージズ、ドアーズにNYドールズにスミスにPIL、ジュリーにマルコシアス・ヴァンプにヨシイ・ロビンソン、RCにルースターズにスターリンにミッシェルなど)が掲げられていて、キッチン周りにはT.REXの“電気の武者”やピカソの油絵や歌川広重の浮世絵のポスター、あがた森魚のいつかのライヴのフライヤーなどが貼られている(このブログなりYouTubeなりTwitterなり、SNSにたまにアップしていたので、見た事がある人も居るかもしれない)。俺は“家”とか“部屋”というものをイメージする時、必ず美輪さんの先の言葉が(あの声で)脳内再生されるのであった。
時折、美輪明宏が三島由紀夫と交流のあった事に驚かれる人が居る。また、その2人とデヴィッド・ボウイ(と吉井父)をモチーフに、吉井和哉がコンセプトアルバムを1994年に作った事を知る人も少ない。これらを繋ぐものを一言で云うなれば、それはずばり“グラム”である。それでも納得がいかぬ(“美輪とか三島はグラムぢゃなかろう”)というのなら、別に“耽美主義”でも構わぬ。“日本にデヴィッド・ボウイやボーイ・ジョージが紹介された時、誰も「えっ!何で?」って大騒ぎしなかったんですよね。その前にわたくしがずっと前にいましたでしょう?(2016.5.1)”、“(吉井さんは)あのデヴィッド・ボウイなんかをお好きだったというんですけど、よく考えてみたら、ヴィジュアル系で世に出たのは、わたくしが世界で初めてなんですね。(2016.12.4)”とはTBSラジオ「美輪明宏 薔薇色の日曜日」での発言(イエモンが再結成し、ボウイが黒い星となり、俺が最初のバンドでライヴを演り始めた十年前の2016年の事である)。まあ、こんな美輪さんの発言をわざわざ引かなくとも、グラム歌謡メタル野郎には全てが分かりきった事だ。グラムには全てがあるし、また全てのグラムがここ(日本)にはある。
“LGBT”だの“同性婚”だのの話題になると、“日本は遅れている”とか“海外を見習え”とか寝ぼけた事を云う奴が必ず出て来るが、寝言は寝て言えだ。西鶴の「男色大鑑(1687)」とか「諸艶大鑑(1684)」でも読みやがれ。誰に物云うとんぢゃ。「源氏物語(1008頃)」に「とりかへばや物語(1180頃)」から、「ヰタ・セクスアリス(1909)」に「仮面の告白(1949)」まで何でも良い、日本のモノを読め。話はそれからだ。LとGとBとTと(さらにQとか+まで)分けて区別して偉そうにしやがって、こちとら全て分け隔てなくやっとったんぢゃ。お前らなんかより当然、自然なんだよ。権利とか一々うるせえよ。世界、遅れてんのはどっちだ?遅れさせたのは!マヂ釈迦に説法って感じ。ふざけたことぬかすなよ。先と同日のラジオより美輪さんの発言をば、もう一つ──“平安時代のお稚児(ちご)さん。それから室町時代の観阿弥・世阿弥の頃から。若衆(わかしゅ)の男でもない女でもないというのが、歴史として文化として成立していた訳だから、これを日本でまた復活させればよい。それを新しくデザインして復活させようという事で始めたんですよ。(2016.5.1)”。つまり美輪明宏が突然変異でここ日本に現れたでなし、明治だの昭和だのの“西洋化”とか“軍国化”で日本の元々の流れがぶった切られただけの話。俺はやはり思い出す、想い出させる俺でありたい。
偽物の時代に本物がまた逝ってしまう──いや本物もかつては偽物であった──いつだって時代が本物ヅラするからな──いやはや偽物の時代がときどき本物に目覚めるだけだってのに──そしてまた我等すぐに偽物となるワ。偽物で上等だ、フェイクでやってやろうぢゃん、これはお前らへの皮肉なんだ、アイロニーとは“Iron”の事であり、憲宏は逆に“Nori”なのだ、早い話がグラム歌謡メタル野郎さ、我等が丸山明宏さ……俺の人生の道すじは平成19年3月、17歳で「紫の履歴書(1968)」を読んだ事で決まってしまった。で、これは何色の履歴書?──(そう自らに問うた)穴の開いた胸には、エメラルド輝き──君、5月1日の誕生石を知っていて?
ちなみに俺のカラオケの十八番(オハコ)は色々あるが、割りかしウケるのはシャンソンの名曲たち(ex.“サン・トワ・マミー”、“ラストダンスは私に”、“オー・シャンゼリゼ”、“夢見るシャンソン人形”、“明日は月の上で”、“ろくでなし”等々)、その中でもとびきりは“メケ・メケ(1954)”で、好きが高じて宅録で打ち込み・弾き語りトラックまで作り、8年前にカバーMVしたで御座居ます。そして今度は──あゝ鳴り止まぬ愛の讃歌!!このブログ随筆を始めて10年の月に。何で美輪明宏の四十九日に。俺がアコギ一本で、嗚呼。南無。