2019年11月7日木曜日

令和元年十月“THE27倶楽部”

更新が遅くなりましたが、先月27日の下北沢でのライヴを観に来てくださった皆様、ありがとうございました。ライヴハウスのDVD録画ですが、当日演った数曲をアップしたので御覧ください。


Unfinished Ballades、9回目のライヴも始まりはこの曲


何時でも何処でも誰でも開ける“あの夏の扉”


“Nature is a whore”の一節のみ賛同しかねて、そこだけ唄わぬカバー


最後、アンプのJCを倒してしまった俺のハードコアナンバー


 今回のセトリは、今年5月に発売したUnfinished Balladesの初音源「30年 e.p. -XXX years-」のレコ発ライヴということで、EPに収録した全4曲と、カバーしなければならなかった1曲(Nirvanaのカバー)、それに当初8月下旬にライヴする予定で演ろうと思っていた1曲(「あの夏の扉を」)、の全6曲で臨みました。

 俺達のライヴを観て貰いたかった方々もお客さんでそれぞれ来てくださり、直接ありがたい御感想も頂けて、本当に嬉しかったです。一言一句、胸に刻み込みました。赤いストラトをくれた高校の親友の「よかったよ」、ホント嬉しかったぜ。マヂLOVE。


当日はボウイ様のロックTとショットの革ジャンでキメたぜ、デイジー

 下北沢でのライヴはお初だったんだけど、何年も使っていた大切な財布を失くしまして。リハーサル時に数分だけ、演奏中は財布が邪魔になるからジーンズのポッケから出してギターケースに入れておいたんだけど、ライヴハウス内で盗られたっぽい。

 まあ三万四万はした金、何処ぞの貧乏人に呉れてやろう。先祖代々続けて来られた親譲りの由緒ある貧乏に、カネ呉れてやればまた末代まで貧乏で居て暮れる。悪人正機、君は往生に近いぞさあ喜べ。後生ずっと、貧乏でいたまえ。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。マヂ殺生。


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 二年前の2017年1月29日より、バンドのTwitterで毎日呟いている日めくりカレンダー、今日はこのブログでもめくって詠んじゃいます。


【MBBMの日めくりバーニン外伝】このギターの職人、PAの親、ライヴハウス設計士、カバーされたカート、皆27日に呼んだ(THE27倶楽部)。自分の知らない自身も誰かの身体を借りて、どっかでライヴ。昭和階段、平成元年階、三十年階、いま令和の一階を登り切るまで一緒にリヴ(・オア・ダイ)。ドグマッ


 Twitterで鍛えたジャスト140字、それではまた。


2019年10月16日水曜日

それは一日の正体

二年前に云っていたビューレイ兄弟ってなぁに?って結局なぁに?先日、母と逢った際に話をして、二年越しのQがやっとAしたので、説明ポエムする。


「What's the bewlay brothers? (Today's real name.)」
by Nori MBBM

朝に生まれ、昼に生まれ、夜に生まれ、三番目の牛の僕が語り尽くせない夜を渡り、朝を迎え、一番目の貴方に優しさを届け、天秤の君はそれを怒りにも似た陽晃(ようこう)に変えて真っ昼間、二番目の貴方が真っ正面から世界にぶつける剛健(ごうけん)、朝と昼は君の天秤、喜楽の他に悲哀も載せた両方の受け皿を夕方の橙、夜が複数の胃で反芻して夢、消化しては必ずやってくる朝。



夜明け、朝焼け、僕らビューレイの三位一体──I wanna be


ビューレイ・ブラザーズ!!或いは、朝焼けの仮面ライダー──Bowie or Bolan


それは一日の正体 ──Today's real name






お誕生日おめでとう!!


2019年10月7日月曜日

わたし令和のオルタナティヴ(10月のライヴ告知)

今月の10月27日(日)、下北沢デイジーバーにてUnfinished Balladesのライヴをやります。


お店は17時30分オープン、我々はトップの18時からライヴ予定

 平成の30年間が終わりまして、我が30歳の誕生日と共に元号“令和”が始まり、新時代誕生を迎えられた身として、いよいよ時代と対峙しながら、かつての様に呑まれることなく、対等なる“オルタナティヴ”としてライヴします、つまり、そう、生きてゆきます

 ──わたし令和のオルタナティヴ


駅からデイジーバーへの地図も貼っとくね♪

 今年5月30日に発売したUnfinished Balladesの初音源「30年 e.p. -XXX years-」のCD販売も行うので、宜しくお願い致します。プリプロから発売まで一年もかかった自信作で御座います!!!


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自分の番が来るまで読むつもりが二人のインタビュー面白すぎて何しに来たのか忘れた

 そして、近所にあるパンクス御用達の床屋さんで、お姉さんに軽くツーブロをお願いして、ライヴ前に散髪してきました。高円寺では有名な北口にある1,000円カットのお店で、店内のBGMは常にゴリゴリのパンクロック。準備万端シルヴィバルタン✂チョキチョキ


 それじゃあ、27日(日)にお逢いしましょう。

 Are you burning?


2019年9月6日金曜日

花壇の前で、空を見上げています

しばしばかぎりなき懈怠(けたい)に浸りながら、自分の魂が肉体の軛(くびき)を脱して、この地上から空高く舞いあがるのを感じると、私はこうした肉の快楽(けらく)も、物質の存在を消滅させて、精神にその崇高な飛翔をとりもどさせてくれる、一つのてだてだと考えたのです。
-フェリックス・ド・ヴァンドネス



 善の中にも悪が、悪の中にも善が、そう考える事で、欲望は正当化され、正統的な欲望は堂々、白昼堂々、罪を犯す事が出来る。悪にまた一歩、もう一歩、じりじりと破滅へ、ゆっくりじっくり殺される。その最中です!善に生きねば!

 いま、利き手である右手を負傷して、紙に手を置き、ペンを握って字を書くことが出来ない。つまり、手紙を書くことが出来ない。文通仲間に返事を書けない。少しつらい。



 醜い傷口、血、膿、人に見せられない。身体の割合からすれば、手なんてちっぽけなもんなのに、見せられない。

 また、ギターを弾くことも出来ない。つまり、曲作りと宅録に、リハーサルやライヴも出来ない。結構つらい。



 不幸中の幸いは、こうやってパソコンやスマホで文字をパチパチ、ポチポチと打つこと。これなら作詞も大丈夫、反対の手で。手の代わりに、テクノロジー。心で“イテテ”と叫びつつ、仕事は強引にやる。相変わらず、手は嫌だ。



 やるべきことが山積しているのに、仕事以外では小説と映画に一日を費やす。30年、それなりの容量ではあるが、まだまだ全然、たくさん置けそう。すべてはロックンロールの為、怠惰に見えても許してほしい。



 そして花咲くのなら、この散文こそ、今日時分に蒔いた種です。



 ケータイを5年ぶりに新しくした(兄がくれた)。その前のケータイも4、5年くらい使っていた(それも兄から貰ったやつ)。写真の画質と私の腕、上がったのはどちらかしらん(ROLLYさん、お誕生日おめでとうございます)。


2019年8月1日木曜日

9,710km、19g・110円

フランスの友に手紙を書いて
近所の郵便局へ出しに行く

東京からパリへ
9,710km
たった110円で飛んでゆく

日本の夏を伝える便箋が2枚と
お手製のポストカード
いわゆる“暑中お見舞い”
茶封筒に俺の真心が19g

インターネット社会で驚くことではないけれども
国際電話もタダの時代に

しかしラヴレターが
9,710km
ジュース一本で飛んでゆく

だから何だか嬉しくて
フランスが近所みたいで
バスに乗るより
パリに手紙を出す


ラヴレター・フロム・ジャポン

「あちらへは7日後に届く予定です」

9,710km、19g・110円




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 追伸、、ツイッターでは呟きましたが、7月13日(土)と30日(火)に我がバンド・Unfinished Balladesのスタジオリハーサルをやりました。夏の終わりにライヴを演りたいと思います。その時は改めて告知いたしますので、どうかお楽しみに。

まことの恋は永遠でかぎりなく、つねにかわらぬものと胸におきざみになってくださいませ。それはおもてに激しくあらわれることもなく、つねに一定したこのうえなく清らかなものでございます。
-アンリエット・ド・ルノンクール

 不変は不偏と似た処もあるが、少し違う。不偏は不浄と話もするが、不変は不浄と口も利(き)かない。濁流が石にするみたく、不浄が不変を呑み込もうとする。お前も我等に流されてしまえ、不変は不動に無視を決め込む。君への恋は、今日も無事だった。


2019年7月26日金曜日

ラヴレター・フロム・フランス(←カナダではない畑中葉子)

今月上旬にフランスへ帰った知人(以前、hideさんのお墓参りへ一緒に行った御方)から、自宅のポストにお便りが届いた。



 “日本のニュースではパリの猛暑(40℃超え)が伝えられていたから、出国前に色々と心配されたけど、例年通りで全然過ごしやすいよ、何ならTシャツ一枚だと寒いくらいだし、夜はお布団かけて寝ています”とのこと。俺はやっぱり日本が好きだけど、フランスも行ってみたいなあ。バルザックにボードレールにバタイユがBBBの3B(なにそれエンピツみたい)を生んだ国だぜ!?手紙にはその他、パリ郊外へ路面電車とバスを使って友人と晩御飯を食べに行ったこと、また日本の労働環境に関する話や、私の身体の心配もしてくださって、有り難い限り。お返事を書かねば。

愛する人の手紙を読むのに、私にはほかの方法など思いもよりません。しかし世の中には、こうした手紙を読むのを、毎日の仕事の合間にやってのけ、おぞましきばかりの平静さで、途中でやめたり、また読みはじめたりする、愛される資格さえない男もいるのです。
-フェリックス・ド・ヴァンドネス

 大切なものをぞんざいに扱う事が、世間とか人間を知った風で、馴れた風で、そう一人前の立派な大人に成れた風で、馬鹿に流行る。実際は、世間とか人間に塗(まみ)れ、埋もれ、毒された哀れ、もう半人前の未熟な餓鬼に成り下がったのだ(それも格好良いぢゃないか、と開き直る畜生が常に一定数)。私は今日も、餓鬼や畜生の奴等の俗気に同調せず、誠実に愛する術を確かめるのみ。