2019年5月31日金曜日

平成三十階段

彼は半ばベッドの上に起きあがったような姿勢で、巨大な肩と堂々たる頭を客の方へ向け、片腕を掛布団の上に伸ばし、雀斑(そばかす)のある船長のような手を肌着のシャツの袖口のところからまっすぐに立て、親指と人差し指とで例の円い輪を作り、その横に三本指を槍のように立て並べていた。
-トーマス・マン

 僕のよく行くスーパーにこんな案内が出ていた──「大型書籍コーナーできました」──食料品と簡素な日用雑貨の他、週刊誌と少年誌くらいしか売っていなかったけどな。僕はその新しく貼られた案内の導くままに、普段足もとめない店の奥の方へ、片隅に見覚えのない小さな戸口(とぐち)が一つ、通り抜けるとプラモデル売り場だった。

 ここはプラモデルも売っていたのか、一応散策してみると、まあ目星(めぼし)いものそのつまりレア物は無かったのだが、二次大戦中の軍用機、戦車、戦艦だ、自動車だ、ロボットだ、果ては美少女フィギュアだ、しかし辺りには僕の他に誰一人として居ない。いかんいかん、僕の見たいのは大型書籍コーナー、文庫本の小説が欲しいのだ。他に使うお金は、持ち合わせていない。

 売り場の端まで行くと、また別フロアへの通路があり、入ればそこは恋人売り場とな。男性はこちら、女性はこちら、と棲(す)み分けがされていて、僕は一応、女性を好(す)いているものだから、女性が売られている方の巨大な陳列棚へ向かうと、色白、色黒、低身長、高身長、姉、妹、おばさん、おばあちゃんと、くる。これはアンドロイドか、はたまた精巧なダッチワイフか、と瞬(またた)く間に思われたが、訳ありの、監禁された生身の女性達らしい。僕は並ぶ女体の壮観の、とりわけ妙に惹かれる顔つきの、奧二重(おくふたえ)の福耳の、両の頬の赤っぽい、初恋の人に似た一人の前に、成る程それは初恋の人その人に違いなかった。

 「なんでここにいるの」──こちらが訊きたい位だったが、彼女に先にそう云われて──「いや、いつも来るスーパーなんだけど、こんな売り場があるなんて知らなくて、初めてなんだ、けど、誰かに閉じ込められているの?」──と陳列された彼女の値札を見ると千九百八十九万円、税抜き。「連れて行って、早く万引きして」と彼女に手を握られると、まったく全ての頭という頭に血がのぼり、「うん」と訳も分からず返答し、正直勃起していた。「高価な品物なのでお手は触れないでください」とどこからか店員がやって来ると、彼女はそっと僕から手を離し、また一切しゃべらなくなり、勃起は勃起でおさまってしまい、黙ってこのフロアを離れる事とした。危うく売春しかけるところだった。人の意志など脆弱だ。いや、売春の万引き、無賃売春か。しかし売春はしない主義だ、売春するならいっそ死んだ方がましだ。産業構造的に、自分の手だけは汚さねえ、そんな誰よりも汚ねえ奴等の懐に、金、金、金の入るのが、何より気に喰わねえ。いかんいかん、僕の見たいのは大型書籍コーナー、文庫本の小説が欲しいのだ。他に使うお金は、持ち合わせていない。

 更に奥の階段を降りると、薄暗い地下へと通じており、そこは死人売り場とな。何だここは人身売買ばかり、スーパーはスーパーでも、とんでもなくスーパーだ、今度は一体誰が居るのだ?ざっと、エドガー・アラン・ポー、シャルル・ボードレール、三島由紀夫、カート・コバーン、アベフトシ、遠藤ミチロウ。凄えな、サイン欲しいな、ライヴ観てえな、しかしホルマリン漬けだな、ぷかぷか浮いて、微動だにしねえな。百八十四万九千百七円、百八十六万七千八百三十一円、千九百七十万千百二十五円、十九万九千四百四十五円、二百万九千七百二十二円、二百一万九千四百二十五円、税抜き。誰が値段つけてやがんだ、こんなの言い値(ね)だろう、価値など知らねえ癖に──「お客様なにかお求めでしょうか」──さっきの店員が近付いて来ると、その無頓着や無理解に腹立たしくなり、早足で巨大な商品棚をくるくると巡り廻(めぐ)って、意味もなく迂回を繰り返して、店員が見えなくなった処で、ふと天井に続く鉄の梯子を見つけた──「30階:大型書籍コーナー」。30階とな。そんな高層階が隠されていたとはな。

 冷たい鉄の梯子に手を掛け、足を掛け、昇りゆくと案の定──「お客様そちらに何のご用ですか」、「書籍が見たいのです」、「お客様の見たい書籍は何ですか」、「何だって良いぢゃないか」、「そうは云っても私が案内いたしますよ」──店員が私の足に手を掛けてきた──「やめてください離してください触らないでください」、「お客様の探しているものは何ですかと訊いているのです」、「ダンテの“神曲”とその解説本でもあれば、とは思うが、何だって良い、出逢いたいんだよ、手に取ったら欲しくなるから」、「ダンテですか、ありますよ、解説本も、上下巻の詳しいヤツが、だから私が案内しますよ」、「えい、しつこい、足を掴むなって」、「お客様お客様」──店員はバランスを崩し、遥か地上のプラモデル売り場、恋人売り場へ真っ逆さま、巨大なコンテナが落下した様なドンと云う轟音と共に叩きつけられ、そのまま床まで突き破り、地下の死人売り場にて、多分絶命してしまった様だ。白眼をむいたまま、口からは赤いものが垂れているのが見えた。

 僕はそれ見下ろしながら、こんな高い処まで来ていたのかと、一方で解放感もう一方では焦燥感に駆られてしまい、再び上を目指し、あともう少し、もう少しで、大型書籍コーナーのフロアに到達す、前人未到の30階へ、すると、ふわり、力なく、鉄の梯子が風に揺れるよに、吹かれるよに壁から剥離(はくり)し、ボルトがひょん、ひょんと抜け落ち、梯子めりめり剥がれ落ち、僕は鉄の棒を掴んだまま重い頭を急転直下、天地無用、逆・店内案内図、29階:黄泉(よみ)売り場、28階:孫(まご)売り場、27階:出産売り場、26階:結婚売り場、25階:出世売り場、24階:内定売り場、くだらん階数ばかり走馬灯なり、10階:ドリームキャスト売り場、6階:セガサターン売り場、行きたかったなり逝きたかったなり、梯子はU字に曲がり、突き破られた床下の、死人売り場へ一直線、既に息絶えた店員に梯子の先端が突き刺さり、ぶしょおゝん、ぐしゃあゝ、べちゃらゝあん、胃、腸、内臓、臓物(ぞうもつ)祭り、血液の海にダイヴ、ダイヴ、大分、ダイヴ・イン・ミー、Incesticide、疼痛(とうつう)、激痛、我、多分絶命、否、否、三たび、否……絶対絶命。


 いかんいかん、僕の見たいのは、大型書籍コーナー、文庫本の、小説が欲しいのだ……他に使うお金は、持ち合わせて、いない……。




2019年5月30日木曜日

1st EP「30年 e.p. –XXX years–」発売

言葉に音楽がつくと詩であり、音楽のない言葉は散文にすぎない
-エドガー・アラン・ポー

 小説と詩に縺(もつ)れる無名の葉(よう)の一枚に、己が緑(みどり)を何と呼ぼう?ただ君が心、魂を癒やすであろう事だけ願って。人が言の葉、本当に微妙な色調のそれ、如来、虚無、そして解脱に代えて。赤、黒、いつか白に変えて。

 我がバンド、Unfinished Balladesの初音源・1st EPが本日発売されました。


その名も「30年 e.p. XXX years

(ジャケット裏)
人格形成に多大なる影響を及ぼしたものたち……俺は断然“セガ派”だった



 デジタル配信で“Amazon Music、Google Play Music、mora、music.jp、Spotify、YouTube Music、レコチョク”等の大手配信ストアにて、1曲・200円よりダウンロード購入できます。フィジカルなモノとしては、今後ライヴ会場でプレスしたCDを販売いたします。


CDは税込1,000円で販売(初回は100枚プレス)


 以下、当記事に一曲一曲のエピソードも書いておきます。


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全曲試聴トレーラーも作ったので観てくれい!!


1.「殺生ワード頭蓋骨」(作詞:Nori MBBM、作曲:Kaz)

 2015年9月22日(火)、Unfinished Balladesの前身バンド“MBBM”のスタジオセッションで、初めてバンドメンバーと一緒に作ったオリジナル楽曲。作曲はMBBMのリズムギター・Kaz兄でクレジットしていますが、メンバー4人“せーの!”の即興で作詞作曲をしました(曲の核を成すコード進行はKaz兄考案)。この一曲で「俺達のオリジナルをガンガンやっていこう」と自信が付いた“バンド人生の出発点”とも言えるナンバー。ライヴでは大抵、一曲目に演奏します。

 “Unfinished Ballades”になってからはボーカルの私がリズムギターも担当しているので、MBBM時代とアレンジがやや異なりますが、最新で最強のヤツをレコーディングしました。Shinさんのリードギターも“布袋イズム”を感じさせるアグレッシヴな攻めのリフで(もともとShinさんと俺は“布袋寅泰とセックス・マシンガンズが好き”同士で仲良くなったのだ)、一聴して頭蓋骨に大きめなヒビが入ったよね。

 詩に関しては、スターリンのミチロウさんやミッシェルのチバさんが持ちうるような“鋭利な言葉”、“エッヂのある語感”を意識して書きました(というのは後付けで、前述した4年前のセッションで叫び散らしながらのフリースタイル即興作詞、が実の処です)。

 “アイ・キル・ユー”なエッヂのある言葉を貴様の脳天にぶち込むぜ──


2.「Kiss and Death」(作詞・作曲:Nori MBBM)

 2017年2月20日(月)、大切な恋人も友達もなくして独り、高円寺の自宅にて怒りに震えながら数分で完成させたナンバー。2017年1月29日(日)のライヴを最後に“MBBM”が解散、新バンド“Unfinished Ballades”結成に際して書いた楽曲群の中の一曲であります(他にUnfinished Balladesを立ち上げる際に書いた曲で、「彼女の心は桜色」というアジカンとイエモンを足して二で割ったようなポップなナンバーもありました)。

 これはもう手癖というか俺のお得意というか、何も考えずに直感だけで作詞作曲をしました(結果として“チバさんリスペクト”な曲になっていると思う)。バンドをやっていく中で経験した、もしくはこれから来るべき苛立ちを詩に認(したた)めた攻撃的なナンバー。この曲に関しては、間奏のギターソロも俺が担当。

 すべての音楽家気取りのクソッタレに、俺の口づけと死を──


3.「横浜ブレードランナー」(作詞:Nori MBBM、作曲:Shin)

 2017年4月16日(日)、Unfinished Balladesの初ライヴを終えてから数日後のこと、ギターのShinさんからPCメールで送られてきたデモ音源、仮タイトルは「笑い」(Shinさん、なぜ?)。これがまさか我ながら「横浜ブレードランナー」という詩になるとは。聴かせてもらった時の第一印象は俺の中だと“まだギターロックをやっていた頃の、2ndアルバム辺りの初期レディオヘッド”のイメージだったんですが、いつもライヴを観てくれている方々にはどう聞こえているのだろう?そういえば、「この曲をどういうイメージで作ったのか」というのも、Shinさんに訊いたことないな。

 Shinさんがリードギター&リズムギター、ベース、ドラムのフレーズ、ボーカルのメロディーや曲構成など、完璧に仕上げたデモ音源を作ってきてくれたので、自分は本当に詩を書いただけです(作詞は作曲より大好きなので御褒美です、美味しいところだけ御馳走様です)。

 詩のイメージは、幼少時に父と兄によく連れられて行った新宿の高層ビル群の街並みを思い浮かべながら、且つ作曲者のShinさんが横浜生まれの“浜っ子”なので、その風景も綯(な)い交ぜにして、架空の未来都市における独白調の物語として書きました(加えて、俺の人生初のギターも横浜の楽器屋で買ったんだが、あの情景、夕暮れの帰り道も、ずっと忘れられずにいる)。それから、説明不要なSF映画の傑作「ブレードランナー(1982)」の世界観も頭に過(よ)ぎったので、以上を全てミックスして“都会に生きる孤独”について歌いました。

 間奏部分が16小節あるんだけど、その内の前半8小節がベースソロのパートになっていて、ベースをやってくれていたAyaさんが新曲初合わせのスタジオリハでソロを弾いてくれた時はマヂでカッコ良くて、演奏しながらゾクゾクと身震いしたし、“Shinさんも曲中にベースの見せ場を入れちゃうなんてイカすな”と改めてバンドメンバーの才能にホレボレした記憶あり。今回の音源では、これまた凄腕ベーシストで機材マニアのSyuさんが、クールなベースソロを弾いてくれていますので、ご堪能あれ。

 ライヴで演ると「あの中盤でやっていたディレイかけてた曲が良かったです」と必ず評判が良くて、とても嬉しいのだけれど少し悔しいのである(俺の作曲したナンバーも褒めてくれい)。という訳で、この曲はこれからもずっと大切に演ってゆくと思う。

 愛している、今でも
 覚えている、あなたの声──



4.「Anti-aging Music Rising」(作詞・作曲:Nori MBBM)

 2017年11月8日(水)に書いた“俺のハードコア全開”なナンバー。バンドで云うと“ミッシェル”に“ATDI”、“9ミリ”あたりの影響を感じさせる楽曲。過去のブログにも書いたけど、一時期、立川にある“コズミックホール”というライヴハウスによく出演していて、そこで10代の高校生や大学生の人達と一緒にライヴをする中で、「俺の作る曲は70~90年代の血が流れているからテンポが遅いな」と思い知らされ、「BPMの速い曲を書かねば」と思い立ち、割とアタマで意識的・意図的に作った曲なのです。

 前述したように、今回のEPの2曲目「Kiss and Death」とかは何も考えずに作っている一方で、この曲は俺の中の“ハードコア魂”をフル回転させて必死に作りました。Shinさんの「横浜ブレードランナー」に影響されたのか、わざわざベースのソロセクションも設けたし(怪獣映画観た後はすぐ怪獣になるよな子供でした、えゝ)。それと間奏では、オアシスのデビュー曲「スーパーソニック」よろしくスローなピックスクラッチも“キリキリキリキリ……”と鳴らしております。あの不気味でスローなピックスクラッチを自分も自身の曲のどこかで、バンド人生のどこかで絶対にやりたかったの、という小さなこだわり、小さなロックの夢、また1つクリアです。

 ライヴで披露する際はギターを故意にハウリングさせまくって、お客さんへ不協和音の嫌がらせをして参りましたが、これからもそう致しますので、是非ともライヴ版の方も生で聴きに来てください(アンタの脳髄グチャグチャにしてやる)

 音楽の、ロックンロールの魔法で、歳を取るほどに若返ってしまおうぜ──


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アマゾンで自ら配信中の音源も購入、愛用のウォークマンにも入れたった

 音源のミックスに関しては、エンジニアのたかしさんに「“ニルヴァーナ”とか“ミッシェル”みたいなエグい音にしてください」と伝えて、見事、ニルヴァーナの2nd「ネヴァーマインド」や3rd「イン・ユーテロ」、ミッシェルの5th「カサノバ・スネイク」に6th「ロデオ・タンデム・ビート・スペクター」あたりのバキバキな骨太サウンドになって返ってきたので、本当に感動いたしました。

 ちなみに全曲、右(→)チャンネルのギターがShinさんの“ワッシュバーン・N4”で、左(←)チャンネルのギターが俺の“フェンジャパ・ストラト”です。アンプはShinさんが“マーシャル”、俺が“JC(ジャズコーラス)”という定番のチョイス。

 それからCDのマスター音量について、昨今の流行りよりも若干小さめの音量でマスタリングして頂きました。ここでもニルヴァーナの「ネヴァーマインド」を意識しており、初版91年盤と同じ位の音量となっております。イエモンで云えば、ファンハウス移籍前の90年代コロンビア時代、「フォー・シーズンズ(1995)」迄のアルバム作品の音量に合わせております。

 2000年代以降のCD音源、特に邦楽を聴いていて、闇雲に音量を上げすぎだろう、という違和感が10代の頃からあって、みんな馬鹿みたいだな、と思ったのが事の発端です。ロックは馬鹿でナンボぢゃい、という思考停止は黙れ。話は逸れるが、最近のロックやポップスのMVとかライヴ映像の高画質化にも、ずっと違和感があります。前髪で目元隠したポコ珍野郎が、手前が業が浅はかで白けるんだワ。無知だ無欲だ曝(さら)してんぢゃないよ、マスター音量ばっか上げちゃってサ。

 従って当作品のマスター音量は大きく作られていないので、爆音で聴きたい方はご自身の再生機器の音量を上げてください。ヨロシク!!


「私の少年時代は永い病気のようなものでした」
-フェリックス・ド・ヴァンドネス

 そういえば、イエモンのメジャーデビュー作「夜行性のかたつむり達とプラスチックのブギー(1992)」のレコーディング時のエピソードで、音源のミックス作業日に発売したばかりのニルヴァーナ「ネヴァーマインド」をエンジニアの方が買ってきて、すぐにラジカセで聴いて、その音圧に皆で衝撃を受けて、エンジニアが同じ様なエグいミックスをしてくれたそうなのですが、対する吉井さんは“ピンクレディー”や“フィンガー5”など70年代の歌謡曲をエンジニアに聞かせて「こういうポテポテしたスネアの音にしてください」と喧嘩になり、「俺はカッコ良い音楽をやりたいんじゃないんだよ」と自伝本に書かれていた事を思い出しました。

 自分は今回、その吉井さんの意志を受け継ぎながら、「俺はカッコ良い音楽をやるしかないんだよ」と憧れにも謀反、俺の存在理由──世界のどこにも負けない日本のロックンロールを演ること──その攻撃的なサウンドの真を突き詰めただけの話。死ぬ時は結局一人だから、独りで演るしかないんだから。


令和元年にレッツ“両性具有ポーズ(命名:Nori MBBM)” !!
※イエモンのインディーズ盤「バンチド・バース」のジャケ参照のこと

 この作品を平成の30年間と、スターリンの遠藤ミチロウ、ニルヴァーナのカート、ミッシェルのアベフトシに捧げます。あとは俺の今迄の人生、愛憎の30年間に。


歌詞カード、盤面、帯、CDトレイ内外、寸法合わせながら全部1人でデザインしたぞ

 令和元年5月30日(木)、Unfinished Ballades 1st EP 「30年 e.p. -XXX years-」発売。平成元年5月1日に生まれた30歳の男の叫びを、平成が三十年間の鎮魂歌として、此処に。十兵衛が打ち建てた感応寺の“五重塔”さながら、憲宏が造立した平成の“30年”を、ここに。


ⅩⅩⅩ
DE PROFUNDIS CLAMAVI
(深き淵よりわれ叫びぬ)

憐(あわ)れみを乞(こ)いたてまつる、おん身、わが愛する唯一の者よ、
この暗い深淵の底に私の心は落ちこんでしまった。
ここは地平線が鉛の色に閉ざされた陰気な世界、
夜の中にうごめくのは恐怖と冒瀆(ぼうとく)ばかり。

熱のない太陽が半年のあいだ空にかかり、
あとの半年は夜が地上を覆う。
ここは極地よりももっと荒涼とむき出しの国。
──獣もいない、川もない、草もない、森もない!

さて この世にもこれにまさる恐怖があろうか
この氷の太陽の冷たい残忍さと
太古の「混沌(こんとん)」に似たこの途方もない夜とにまさる恐怖が。

どんな下等な動物のさだめだろうと私はうらやむ
愚かしい眠りの中に沈むことができるものなら、
それほどに時間の糸巻の 何とのろのろほどけること!

-シャルル・ボードレール


 それでは、次はライヴだぜ!!!よろしくお願い致します。


2019年5月1日水曜日

30歳:令和元年、五月一日

ツァラトゥストラは、三十歳になったとき、自分の故郷と故郷の湖を捨てて、山にはいった。そこでかれはおのが精神の世界に遊び、孤独をたのしんで、十年間倦(う)むことがなかった。
-フリードリヒ・ニーチェ

 三十年間倦怠感。無知をも知らぬ馬鹿。精神欠乏。

 登るのに、籠(こも)るのに、帰るのに、山が必要、魔の。降りるのに、下(くだ)るのに、還(かえ)るのに、谷が必要、百合の。

 ここから十年、独りの旅が始まるだろう、いや、始めなければならぬ。

 おうし座──持ち越してきた言葉と音を、新しいだけの世界に馴染ませてゆく。誰かの文学と音楽に影響された我が世界、我が文学と音楽の伝播・波及した誰かの世界。新しいだけの時代はそうやって、我々が確かに一つずつ形作ってゆく。

 独りの旅を始める前に、我々で、バンドで、最後にやらねばならぬことがある。


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 手前味噌になるが、Shinさん作曲のナンバーに私が詩をつけた一節を。

この街の寂しさって
僕の心、君の心で
作られてるんだって
君は信じられるかい?


未来都市、摩天楼
知らない人たちの群れ
大通りで立ち尽くして
僕は我に帰ったんだ


~Unfinished Ballades「横浜ブレードランナー」より~



 高円寺駅前の花屋で花を買った──白いフリージアの花言葉は“あどけなさ”──29歳までの私へ贈る。もう堂々として良い。


 暗黒の十代、狂乱の二十代、黄金の三十代へ。

 ミチロウさん、あなたから独りで生きる強さを教えて貰いました。涙も出ないくらい辛くて心から消えたい時、真夜中に独りで外へ飛び出して、早朝、誰も居ない京浜東北線のホームであなたの弾き語りを聴いて、少し生き延びました。だって、遠藤道郎は独りで生き抜いた人だったから。ヒロトの言っていた“パンクロックが好きだ、優しいから好きなんだ”って、これか。ミチロウさん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました。そして、あなたは偉かった。


 義理人情より優先しなければならぬものがある。自己中心に思われる、他者からは勿論、当人でさえそう判断しかねない。誰に頼まれた訳でもない誰の仕業、鬼畜も眼を丸くするよな鬼畜の所業、単なる宿命。

 多分、大切な人をまた失うだろう。せっかく出逢えた世にも稀な理解者を、世にも奇妙な宿命によって理解できず仕舞いで亡くすだろう。痛み伴う前にこう簡単に失言し、後から何年も何年も苦しむのだろう。止めたら良いのに止められない、辞めたら良いのに辞められない。ポーかな、ゴッホかな、宮沢賢治かな……みな御忠告どうも有り難う、でもやるね、やらねばならぬからね、皆がそうした様に。

 生きている内は上手くやらねば、再生数稼がねば、“いいね”貰わねば。承認欲求満たさねば、色恋でもせねば、ねばねばねばねば。馬鹿野郎うるせえ、俺が閻魔なら貴様ファイヤーだ、いやバーニンだ、それよかやらねばならぬことがあるだろう、大事なものがあるだろう──のつそり、のつそり、五重塔。

左様ならと清吉は自己(おの)が仕事におもむきける、後はひとりで物思ひ、戸外(おもて)では無心の児童(こども)たちが独楽戦(こまあて)の遊びに声々喧(かしま)しく、一人殺(ごろ)しぢや二人殺しぢや、醜態(ざま)を見よ讐(かたき)をとつたぞと号(わめ)きちらす。おもへばこれも順々競争(じゅんじゅんがたき)の世の状(さま)なり。
-蝸牛露伴

 子供らしい無邪気で残酷な遊び、いずれ大人が無邪気に残酷をする、その先払いが戯れ、早いほど利子も付けられるかな。

 だからおらぁいちぬけた!くだらんくだらん!子供の全部が全部大人に憧れると思うなよ!くだらんくだらん!ばーか!


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 追伸、、


整理番号“99”だぜ……イエモンの「9999」といい、ひいじいちゃんが見ているに違えねえ(あゝ九右ェ門様、私です、憲宏です)

 今日は近所の野方にロックスター降臨。短編映画の演技も生トークショーも、あの“付録ラジオ”の志磨さんの話し方のまんまで(当然か)、ニヤリとしてしまった。

 何が大型10連休だ、何が30歳の誕生日だ、何がゴールデンなウィークだ、って感じの連勤地獄で寝る間も無いグチャグチャの労働生活の真っ只中、“こんなもん軽く捻り潰してやるわ”と仕事の合間にダイブして、やりたいこと、やるべきことをやっている。露伴の書いた「五重塔」の十兵衛が如く、拙者は待ちに待った“30年”の塔の完成に悶えて居る。

 今日は良い日だ、いや力尽くで良い日にした、これから仕事だバカヤロ行ってきます!!

 平成よ付き合って呉れて、どうも有難う!!!


 よっしゃ令和元年、どうぞ宜しくお願いします。


2019年4月25日木曜日

「平成の人殺し」

「──その女というのが、耳のうしろに花を挿した野性的な、宿命的な女で、青年の魂をすっかりとりこにしてしまいます。そのために青年は完全に道を踏みはずしてしまって、女のために何もかも犠牲にして、脱営し、女といっしょに密輸入者の群れに入り、すっかり堕落してしまうのです。さてそうなると、女は彼に飽きてしまって、闘牛士とくっついてしまうのですが、それがまたすばらしいバリトンの持ち主で、女が絶対にいやとはいえないような男なのですね。そうしてこの気の毒な兵隊が、顔を真っ青にして、シャツの胸をはだけてでてきて、闘牛場の前で女を短刀で刺し殺しておしまいになるのですが、女はまさか男がそんなことまでするとは思わなかったので男を挑発したというわけです。」
-ハンス・カストルプ

 そもそも恋人の二人の出逢った事が間違いだった十年、間違いが本当に間違いか確かめてみたかった二十年、これほど悩ましく恨めしい事もない三十年──「平成の人殺し」 by Nori MBBM

 Unfinished Balladesのライヴでミッシェルの「ゲット・アップ・ルーシー」に「ダニー・ゴー」、またソロの弾き語りで「キラー・ビーチ」も演ったし、ニルヴァーナの方も弾き語りで「About a Girl」を以前カバーしたけど、この“カバーMVシリーズ”でもカートとチバユウスケの曲は絶対に演っておきたかったので、前回のカバー、そして今回の「人殺し」と一通りレコーディング・撮影する事ができて良かった。



 今回、このカバーMVシリーズでは初めて打ち込みドラムやシンセベース等のリズムトラックを録らなかったんだけど(原曲もギターとボーカルのみだし)、己がカバーとロッソの原曲で最も異なる点を挙げるとするならば、それは“湿っぽい”ってとこかな。

 チバさんって生まれながらにして、また自覚的にも“カラッ”と乾いた人でしょ。ミッシェルやバースデイのフアンの方も、そういうサバサバしたのが好きな人多いと思うし。バースデイのファーストに「うんざりするぜ、お前のしめった感じ、メキシコ行け」って歌う曲もあったよな──しかし如何して俺は湿っぽい(メキシコへ行く予定はないが)

 故に今回のカバーと原曲で一番異なる点は“湿っぽい”ってとこ、チバさんの曲を吉井さん(それも「39108」を出した辺りの)がカバーしてる感じ?これは意識的にアレンジしたというより、吉井さんとチバさんのロックンロールを10代の青春の終わりに毎日聴いていた手前のサガが出ただけのこと。


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 まあカラッと乾いただのサバサバしているだの言いましたが、チバさんが実に面白い人だなと思うのは、時折メルヘンで至極ロマンチストな詩世界を描くところだ。この人の詩集にはボールペンやマジックで描かれた幾つかのラフ画(書き殴られたイメージの断片)が載っていて、其処にも無邪気な夢想家としての一面を垣間見る事が出来る。

 子供が頭の中の箱庭で遊び回る奔放な感じ、そういう一面を“男の顔は履歴書(安藤昇)”みたいな世界観に紛れ込ますのがホント上手いし、絶妙でズルいし、それがチバさんの言語化しづらい潜在意識的な魅力だと思う(言語化できたらブコウスキー、ブコウスキーは「魔の山」を退屈と見なす、それを有難がって読む俺はチバユウスケから“メキシコ行き”を告げられる、そこでまたブコウスキーと再会す、俺はきっと人殺す、チバの詩をこうして論評する様に、憧れを喪くす、いま此処で文章を書く様に、平静に人を殺す)。

 ミッシェルのライヴの入場SEが「ゴッドファーザー・愛のテーマ」だった時期(チバさんがオールバック・リーゼントだった数年間)があったけど、あのマフィア的な世界観なんかまさにそうだ──“冷淡かつ残酷で容赦のない大人の男”と“友情や絆とか家族愛を重んじる純なままの幼い男”の同居。



 MVの撮影は、高円寺から中野へ行く途中にある公園にて決行(友人が以前、この公園で雷に打たれて入院した⚡KAMINARI TODAY)。



 また何でスーツ着てブランコに乗って弾き語りしたかって、別にうらぶれたサラリーマンを演りたかった訳じゃなく、この「人殺し」って曲がキーを変えたバンドアレンジで「ブランコ」という別名で演奏されているからです(「ブランコ」の方は公式にMVも作られている)。スーツの方はと云えばバンド・TMGEからの観念連合、或いは前述した“大人と子供が同居した様な男”のイメージから着用。



 バンドで初音源を出したら、久し振りにライヴがしたいし、ニルヴァーナやミッシェルのカバーもまた演りたい。バンドのメンバーにもそう話しておこう。


 ではまた、令和あたりで!!


2019年4月19日金曜日

平成最後の春に会いましょう

五月に死んだ友だちのため
これからはただ彼らのために
-ルイ・アラゴン

 昨日は大阪からグラムな知人が此方に来ていたので、一緒に“我がロック四天王”であるhideさんのお墓詣でと地元・横須賀探訪をして参りました。
 ※我がロック四天王とは、“吉井和哉-北方毘沙門多聞天王(ほっぽうびしゃもんたもんてんおう)”、“hide-南方毘留勒叉増長天(なんぽうびるろしゃぞうちょうてん)”、“ROLLY-西方尾嚕叉広目天王(さいほうびろしゃこうもくてんおう)”、“秋間経夫-東方提頭頼吒持国天王(とうほうたいとらだじごくてんおう)”からなる4人のこと、過去のブログ記事でも彼等については色々と書いてきたから良かったら見てね

 この大阪の知人はコズミック・ホールズのそまちゃんからの紹介で、昨年より仲良くさせて頂いているのだが(会うのは今回で3回目でもメール・文通では既に何十万字と言葉を交わしているので意志疎通バッチリ)、とにかく面白い人である。

 元々は美輪さんやシャンソンに関する共通の話題、それから今回のhideさんの事で親交を深めていたのだけども、この知人はフランスのパリを拠点に40年近く海外生活をしていたので、どの話もぶっ飛んでいて面白いのだ(以下に列挙す)。

・山本寛斎のオフィスで長年働いていて、ファッションショーで世界的モデルのナオミ・キャンベルのフィッター(着付け担当)を振られた事が一度だけあり、リハから超ワガママで手に負えず大変だった話(本番は別の担当にして貰ったらしい)

・パリでバスに乗っていたら、あのゲンズブールも一人で乗ってきて、本人は周りに気づかれたくないのか、左手で顔を覆う様にして気難しい表情で窓の外を眺めていたので、声も掛けられなかった話

・ドアーズのジム・モリソンの大ファンだったので、彼の亡くなったパリで大勢のファンと没後10年にあたる1981年7月3日にお墓参りをしていたら、ドアーズの元メンバーらとテレビ局のクルー達が突然やって来て、墓地でライヴを演り始めた話

・マツダの社内誌編集のバイトもしていたので、彼の名車・787Bが優勝した91年のルマン24時間耐久の際も現地で仕事しており、スタッフパスも与えられて舞台裏まで観戦していた話(あのイカれた4ローターサウンド、俺も前に何かのイベントで生で聴いてチビッたぜ)

・20代の初め頃、アメリカを横断する為に現地のオークションでボロい中古車を落札したのだが、バックギアが死んでいて機能せず、一度もバックなしで駐車等しながら何ヶ月も掛けてアメリカ横断した話

・生活に困窮していた為、一円にもならない石ころや針金を手細工して、アクセサリーにしては露天で売り捌きまくって糊口を凌いでいた話

・パリのシャンソン教室に通っていた頃の癖が強すぎる先生の話

・パリの大学の食堂で用心棒(ガードマン)をしていた頃の話

・パリの郵便局で遭遇したスリと決闘になった話

・不法滞在と密輸の心得

 思い出せる範囲で大雑把に10個ほど挙げたけど、実際に会って聞いてみると話のディテールまで細かく覚えていてホント面白いのよね。俺は知人の話を信じているが、別に作り話でも良いくらい(笑)


 他にもお互いに車が好きだから、シトロエン“2CV”、“DS”、“GS”等の実用性とか乗り心地について、実際に運転したり乗せて貰ったりしていたそうなのでレビューして頂いたり(あの外観・デザインには文句の付け様がないからさ、利便性とか実用的な事だけ訊いてみたの)。

 ことロック音楽に関して云えば、“クイーン”や“パティ・スミス”に最近だと“ミューズ”とか、色んなバンド・アーティストのライヴを観てきた話もしてくれたけど、個人的にグッと来たのはスウェーデンの都・ストックホルムで観た“スウェード”のライヴの話。

 ボーカルのブレッドは過激な言動で有名だけど、その日は全曲歌い終わったらマイクスタンドを天井までブン投げ、最後は床に落ちた“ドスーン!!”って音を会場中に響かせてステージから去って行ったと……マヂかっけえ(機材スタッフやPAからしたら「おいコラ何してくれてんねん」って感じだが)。


 あゝいかんいかん、hideさんのお墓詣でと地元巡りの話をします!!


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 まずは大阪の知人と「東京駅」にて待ち合わせ、そこから「品川駅」でJRから京急に乗り換え、墓所の最寄り「三浦海岸駅」まで(さらっと書いたが、神奈川のほぼ最南端まで行くので、この工程が一番長かった)。お参りの前に、駅近くのhideフアン御用達のお花屋さんで、お供えの花を購入す。


 店内に入るなり、お花屋の店主のおじさんが「撮って良いよ」とhideフアンに慣れた御様子で対応して下さる。お言葉に甘えて、沢山のhideさんとお花達をパチリ(どうも有難う御座居ました)。



 次に「三浦海岸駅」からバスで、墓所のある「三浦霊園入口」まで。平日の14時過ぎという中途半端な時間でしたのでバス停の周りには人影もなく、穏やかな波の音と奇麗な海だけが静かに広がっていました。



 バス停から墓所まで10分ほど歩き、“三浦霊園”に到着。こんなに広大な墓所は初めてで、hideさんのお墓は霊園内の6区(ロック!?)にあります。


 hideさんのお墓です(お写真、失礼致します)。既に沢山のお供えものがあり、毎年、毎月、毎週、毎日……大勢の方がhideさんへ逢いに来ているのでしょう。


 花をお供えして、手を合わせ、平成にあった事を偲びつつ、これからの事も念じつつ、ゆっくりとお祈りをしました。hideさんと初めてお話ができた様な気分です。


 hideさんの愛機・モッキンバードと「HURRY GO ROUND」の詩が刻まれた石碑(ご両親の御言葉も記されていました)。hideさん、平成時代はお疲れ様でした!!また、春に会いましょう★



 名残惜しくも墓所を後に、行きと反対方向のバスで「三浦海岸駅」まで戻り、今度は電車で「横須賀中央駅」まで。そう、hideさんのご実家があり、hideさんがロックの何たるかを教わった不良の街、横須賀の“ドブ板通り”へ!!


 hideさん所縁の地、行きつけの店をひたすらに巡らふ──此処はミリタリーショップの“FUJI”、ミリタリー系・軍服を中心に扱っているお店です。そういえばhideさんの最初のモッキンバード(“X”加入以前の“横須賀サーベルタイガー”時代のギター)は迷彩柄だったし、ソロになってから迷彩柄のジャージのセットアップなんかも着てたよね。当日は財布に余裕がなかったので、お金がある時にまた覗きに行きます!!


 一方こちらは、hideさんが横須賀サーベルタイガー時代によく出演していたというライヴハウス“ROCK CITY”。現在はロックバーのみの営業なのかな?ライヴハウスというより、ロック音楽の流れるミュージックバーの趣きでした。中にはビリヤード台があり、屈強な外人の方々がいっぱい居て、楽しそうにお酒を飲んでおりました。


 此方もhideさんが通っていたという鰻屋の“うな八”、しかし俺は魚介類一切ダメなんだ……


 知人いわく映画「HURRY GO ROUND」で、“hideさんはうな八の「二段重」を食べていた”と紹介されているらしいのですが(俺ら未視聴)、一人前何と5,900円!?税抜き!!


 という訳で“一福”へ(うな八さんに他意はありません、店構えからして絶対に良いお店でしょう)!!


 昨日ツイッターで「hideさん行きつけの中華料理屋・一福さん、美味しかった!!」って呟いたのだが、“お食事処 一福(和・洋・中華 各種定食)”って看板にも書いてあるし、周りの人が食べていたものを思い出しても全然中華じゃなかった、、中華専門みたくツイートしてスマン(笑)


 hideさんがよく頼んでいた「中華丼」と「牛すじ煮込み」だ、ドンっ!!(「ホッピー」まで頼むお金はなかった)

 味はもちろん美味しかったし(知人は「牛すじウマいわあ」としみじみ絶賛)、店内の昭和感がガチなので落ち着くし(客席の後ろの机や本棚には、自由に読んで良いと思われる昭和の白茶けた漫画本の山に、薄暗い蛍光灯が明滅するお座敷席もある)、何より店主のおじさんとおっかさんが泰然としていて最高であった。hideさんが好きになるのも分かる──特に年の頃80前後と思われるおっかさんが、調理を終えると我々と同じ客席の方にポツンと座るのが可愛かった。御馳走様でした!!



 以上、hideさんのお墓詣で&横須賀探訪でした(おしまい)


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 帰りにドブ板通りを歩いていたら阿木曜子(言わずもがな宇崎竜童の奥さんであり、山口百恵とか郷ひろみとか昭和歌謡のアイドルらの代表曲を多数作詞して、女優としてもドラマや映画等に出ていた方ね)の手形レリーフがあった。俺と誕生日が一緒だから、こうやって写真を撮ってみたり、意味もなく手形に手を合わせ、その大きさを確認してしまった(笑)

 阿木曜子の曲に“横須賀”とか“ヨコスカ”ってよく出てくるものね(彼女自身は横浜出身らしいのだが、そのご実家が後年、横須賀に引っ越したからだそう)。hideさんだけじゃなかった、横須賀での出逢い。


 今度はまた“令和”の春に会いましょう!!港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ~♪


2019年4月17日水曜日

THE YELLOW MONKEYを一言で表すなら

本日、19年振りにイエモンの新譜が、願ってもなかった9枚目のアルバムが発売された。

 THE YELLOW MONKEYの魅力や唯一無二のその訳は、当ブログでも事ある毎に書いてきたが、このバンドを一言で表すなら、こうなる──

 ニルヴァーナと初期レディオヘッドがエフェクターボードに置き忘れた終末オルタナ・ディストーション──諦観の向こう側で鳴らされる蒼を“紫の炎”へと変えて仕舞う紅いエロスのギターリフレインに、ツェッペリンが如く巨大なスケールで体現される強靭でタフなロッククラシックの骨格を持つ好色一代のグルーヴ、更にデヴィッド・ボウイと美輪明宏が白粉と知性と品格と麗しきコンプレックスで御粧ししたヴィジュアルショッキングな風貌とオーラをも纏い、おまけにもう一丁、前川清の全身全霊を超えた情念と怨念の偏執狂的ビブラートが人類の琴線へ執拗に愛撫する歌心で以て、是ら膨大な情報と歴史・文化が刷り込まれた遺伝子を「グラム・歌謡・メタル・野郎」と一つの螺旋に体系化し、“カウントダウンTV”や“ヘイヘイヘイ”や“うたばん”や“ミュージック・ステーション”といった歌番組で放送コードすれすれのエクストリームな愛憎ロック音楽(非日常)を御茶の間(日常)に贈り続け、90年代日本の音楽チャートを名実共に制したミドル級・世界チャンピオン4人組(a.k.a. パンチドランカー、ハレンチな)が、“THE YELLOW MONKEY”というバンドである。 Nori MBBM拝

 我ながら一言で簡潔に纏められたな、よし。


 本来、見せ物小屋とは、こっそり営業して、こっそり観に行くものであるが、THE YELLOW MONKEYは公然猥褻罪を犯す様に、日本武道館だろうが東京ドームだろうが何とかアリーナだろうが、渋谷ラママから変わらずに“ウェルカム・トゥ・マイ・ドッグハウス”を表明し、それを奏で歌い続けた。バンドに関わる人間が何万、何十万と膨大な数になっていっても、個人間の一対一の関係のままで曲を聴かせ続けるとは、何と純粋で尊く偉大な事なのだろう。

 このバンドを超えるには、如何したら良いのであろうか?

 ゲンズブールに「グラム・歌謡・メタル・野郎な感じで」と作曲を依頼する一方で、作詞の方はバタイユ(オーシュ卿)に新たな“眼球譚”を書いて頂き、大島渚に「“愛のコリーダ”が如く剥き出しの無修正でモロに撮って」とMV監督をお願いして、とどめは“センチメンタルな”ジャケ写をアラーキーに撮って貰い、究極のロック音楽作品を一枚成就……で何とかなるだろうか?いや、そんな“ロングスカートを穿いた女の尊さを自宅の布団にうつ伏せで寝かせてやって、足の裏からお尻に背中や可愛い頸の頭に至る迄、ゆっくりと目の色を変えて一望する俺だけの為のエロス(性癖の至高)”が一般大衆に理解される訳ないし、それがチャートの一位を取んなきゃいけないなんて、ましてや恒常的にそんなクオリティを保って活動しなきゃいけないなんて、ハードルが高いぜ、高すぎるぜ。

 THE YELLOW MONKEYは何時だって教えてくれる──夢よ飛び散れ花となれ!!悲しきエイジアンボーイ!!!


 愛されないパラノイアバンド“Unfinished Ballades”のボーカル(にギター)、Nori MBBMより


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本日発売のアルバム「9999」を早速ウォークマンに入れて、お出かけだ!!

 それにしても新譜「9999(フォーナイン)」である。父方の曽祖父は漢数字の“九”から始まる立派な名前を持っていて、大正生まれの祖母は「この世でいちばん大きい数字は九ぢゃ」と云っていたが、だからこの“9”という数字は手前にとっても縁起ものなのである。己が祖先も君の祖先も吉井さんの祖先も、何時か何処かで繋がって居たのが別れて終(しま)って、此処でまた出会うべくして出逢ったのだ。♪四次元だけが通り過ぎれば、果てる事など夢のまた夢……

 あゝ遂に音源で聴けるインディーズ時代からの名曲──「毛皮のコートのブルース」

 当時の吉井さんは本能的にこれが好いもの、というか己に流れる血に必要不可欠なものとして、こういったエログロ・ナンセンスな退廃美を表現していたのだろう(一例として吉井さんはデビュー当時から、お気に入り映画にホドロフスキー監督の「サンタ・サングレ」を挙げている)が、自身の価値観、及びルーツとなった様々な芸術の先人達の評価が、時の流れと共に言語化されるにつれて、更にイエモンの影響を受けたバンド“毛皮のマリーズ(志磨さん)”ら後継者達の登場もあり、現在の吉井さんは自覚的にその音を鳴らし、そしてその声で歌うべくして歌うのである。


 今現在、2019年(平成31年)の「毛皮のコートのブルース」には、かつてない程の美学や論理性が可視化されている。1989年(平成元年)に現ラインナップとなり結成されたイエローモンキーの歴史は、そのまま平成30年間の栄枯盛衰である。インディーズ時代から演奏されていながら音源化される事なく(ライヴ映像はあったけどね)、今回はじめてレコーディングされた「毛皮のコートのブルース」を聴く事は、平成の30年間で浮き彫りにされた“比類なきグラムロック哲学”を耳にする事である。何て俺得の贅沢なんだ!!心も身体も御馳走様です奥様。


今日は外出中も「9999」を聴き乍ら丸一日過ごした、十何年も待ったんだもの


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アマゾンでアルバムを丸ごとダウンロード(CDレコードはお金がある時に改めて……)


 今回、デジタル配信版にしか「毛皮のコートのブルース」が入ってないとの事で、起床してからすぐ朝8時にアマゾンで注文したんだけど、“購入完了”→“ダウンロードできません”となり「ぬおっ!!」と不意に声を出し、何度ダウンロードボタンを押しても“ダウンロードできません、カスタマーサービスへお問い合わせください”となったので問い合わせたところ、混雑しているのか音源の準備が出来ていないのか、まだダウンロードは難しいので数時間後に改めてダウンロードして、それでも出来ないならまた問い合わせて下さい、と……ヒエー(でも丁寧に対応して下さりました、有難う御座居ます)

 凄い良い曲ができて皆に聴かせようとした時、編集を終えたばかりの渾身の動画をYouTubeにアップしようとした時、そんな時に限って事がすんなりと進まないことって多々あって(貴方もないですか?)、今回の“ダウンロードできません”も「イエモンの19年振りのアルバムだしなあ、そうすんなりと手に入る訳ないか」と一人で勝手に納得……また昼前頃にトライしてダウンロードし直したのでした(無事完了)。


 まあ、THE YELLOW MONKEYというバンドを一言で表すなら、そういうバンドだ←どういうバンドだ


-完-