2019年4月1日月曜日

私達は平和に暮らした –平成挽歌–

平成も残り1ヶ月となりました。愛憎相半ばして得も云われぬ時代へ、断ち切れぬ悔恨や罪悪のせめてもの埋め合わせに、真心込めて一編の詩を贈ります。


「私達は平和に暮らした –平成挽歌–」
by Nori MBBM

起きて、ご飯を食べて、学習や労働等をして、眠る。
また起きて、未だ昭和の感傷が残っていて、年功序列で上から嘆いて、上から眠る。

“失われた10年、20年”なんて失望したがる──そんなセンチメント、30年で飽き飽きしたぜ──ここ平成31年。

テレビはとっくに使命を全うした。大人は鳴りを潜め、子供の様なものが大挙する中、恋をして、しかも愛さねばならぬ。

「織り姫と彦星の年一イベントより、十年に一度位で良いから神武景気やいざなぎ景気の再訪を、ヒト・モノ・カネの邂逅を」
「もはや戦後ではない──様に、もはやバブル崩壊後ではない──様に」
(図々しく願う短冊は知らぬ間に捨て去られ、運命の恋人はおろか身近な友人や恩師まで失くすのであった)

そういえばシングル盤のCDは短冊の様に細長く、あれって一体何だったんだ(日本独自の規格だったらしいよ)?コンポに入れたら物足りないし、CDの棚にも上手く入らず。

うまくはいらず(恥ずい恥ずい、まるで俺だ)


気が付いたら昭和も80年代も冷たく硬くなっていた。サブッ、とも云うね。

【主犯】ニルヴァーナ(カート・コバーン)、ダウンタウン(松本人志)、新世紀エヴァンゲリオン(碇ゲンドウ=庵野秀明)

別に「巨人の星」とか「機動戦士ガンダム」の世界へ還りたい、とは思わないが(
まだ僕には帰れる処があるんだ、こんなに嬉しいことはない)。

だって、私達は平和に暮らした。

傷つきながら、健気に因習を忘れた。そうして、ゆるやかに絶つのだ。

得したのか損したのかは分からない、旨みも痛みも分かるまい。既に知っているか味わっているか、もっと後から来るか。

“きっと、30年かけて悟ります”

表立って争う事はしなかった──内省的ハラワタ、沸騰寸前エヴリデイ

それでも平成を人一倍には愛していた。
誰よりも愛着がある。

「COUNT DOWN TV(CDTV)」とか「JAPAN COUNTDOWN」とか真夜中にカウントダウンばっかしていた。ピンクの髪のhideに、ナース姿の椎名林檎、ゴルフウェアのYOSHII LOVINSON(そのあと坊主でチャーフィー乗りながらCALL ME)にも出逢ってしまった。

生き別れた人達、忘れ得ぬ人達、いま何処(いずこ)

私達は平和に暮らした

私達は平和に暮らした


時代がこうも気になって仕舞うのは、物語に見えて終うのは、時代が完全になったから、まるで平らかに均(なら)してくれたから──平成よ、有難う──表現を尽くしてくれて、形骸化してくれて、問題は問題にならなくなった。

本当に有難う、こんな時代は滅多にないのです。そんな滅相も御座いません、「余計な事をしてくれた」と云う向きもあるでしょう。これから先の手前らは、新たな問題を見つけたいんだ。形式を信用しきって、時代に目もくれないんだ。昭和だ令和だ云いながら、和む振りして問題を見つけたいんだ。目先の事ばかりで、時代を気にしないんだ。平成みたく時代時代を気にしてしまうのは、真っ平ご免蒙(こうむ)る訳だ。

みんなが埋めた平成をまた掘り返す、だから一向に分かり合えないんだ。ただ誤解しないで欲しいのは、誰よりも平成を生きてみたかったということ。一見すると懐古主義的で、表向き見向きもせずに御免ね。

それでも平成を人一倍には愛していた。
誰よりも愛着がある。

私達は平和に暮らした

私達は平和に暮らした


私達は平和に暮らした



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 何年になるのでしょうか?前のバンドの時のいつからか?



 毎月お詣りしている花園神社さんへ、今朝は四月の御挨拶をしてきました(夜勤明け)。此処を歩く時だけ、空想というにはあまりに大きな、大いなる花園を眺めながらである為、のっそりとした足取りになって仕舞う。己が願望を取り溢さぬよう、悠長にして慎重で在ろうとする。お詣りを終えた後、普段と変わらぬ人々の歩みが、心なしか性急に感じる。確かなことは境内の領域に於いてのみ、まじまじと本心で居られる。“神聖”という一言では済まされぬ、この気持ちを大切に持ち合わせて居たい。私はこの先も平成で居られる、居ようと思う。何時か昭和の煩わしさに懲りて居たから、新しい元号に押し付けがましい事はしない。



ソメヰヨシノが春の雪
新宿早朝──阿呆馬鹿皆無
天まで蒼く澄み渡り
色香も冷たく張り詰めて
(憲宏ノ詩 Nori MBBM書)



 己が誕生日でもある来月5月1日から始まる新元号“令和(れいわ)”と発表されましたね(出典は「万葉集」からとのこと)。

 我がバンド“Unfinished Ballades”のツイッターに於いて、日めくりカレンダー宛ら毎日欠かさずに2、3年ほど詩を詠み続けておりますが、これは「私なりの万葉集を作りたい」と予てより考えていたものであります(或いは、バルザックの“人間喜劇”か、プルーストの“失われた時を求めて”か……で当ブログ随筆は“どくとるマンボウ”シリーズか)。

 新たな元号“令和”になっても、一日も欠かさずに、変わらずに続けてゆく所存です。



 平成31年、残り1ヶ月も宜しくお願い致します。


2019年3月17日日曜日

春はパンク気分(我、グラムロッカー故に)

春なのでパンクロックやります俺の季節です俺の勝手です。



 何故ってパンクロックのルーツを辿れば、そのちょい前のパブロックに60年代のガレージロック、50年代のロックンロールなどに突き当たりますが、もう一つパンクロックに多大なる影響を与えたもの──それこそ我らが“グラムロック”なのであります!!!ガハハハハ

 嘘か真(まこと)か、セックス・ピストルズのボーカル“ジョニー・ロットン”はピストルズのボーカルオーディションでアリス・クーパーの「エイティーン」を歌ったとか、ギターの“スティーヴ・ジョーンズ”はデヴィッド・ボウイの大ファンでジギースターダスト・ツアーの舞台裏に忍び込んでボウイたちが使う楽器を盗んだとか、実際に16歳の“シド・ヴィシャス”少年がボウイの髪型でボウイのシャツ着て嬉しそうに73年のボウイのライヴに参戦している写真もあるし(これを“萌え”と云わずして何と言うか)、そもそも“ピストルズ”唯一のオリジナルアルバム「勝手にしやがれ!!」をプロデュースしたのはロキシー・ミュージックやミカ・バンドも手掛けたクリス・トーマスだし(ギラギラとしたハードロッキンな分厚いギターの音マジ最高☆)、ピストルズというバンドをでっち上げた“マルコム・マクラーレン”はそれ以前に後期ニューヨーク・ドールズのマネージャーだったし、大体からして“ニューヨーク・ドールズ”というバンドの存在そのものがグラムとパンクの近親性を物語っているし、その他にもクラッシュのギター“ミック・ジョーンズ”は当初グラムバンドを組んでいてドールズやモット・ザ・フープルの追っかけもやっていたとか、てか“クラッシュ”の2ndのラストに「すべての若きパンクスども (All the Young Punks)」っつーあからさまなモット&ボウイ「すべての若き野郎ども (All the Young Dudes)」へのアンサーソングもあるし、“ダムド”はマーク・ボランのお気に入りでT.レックスの最後のツアーに起用されて一緒に各地を回ったとか……他にもエピソードは幾らでもあるんだけど、グラムとパンクは親類、というより兄弟、同じ遺伝子を持った優しい兄ちゃんとやんちゃな弟です。


 音楽的に云えば基本スリーコードでポップだし、一曲がラジオで流せる(2~3分)位の長さだし、そんな感じでレコード会社はアルバム以上にシングル盤を売りにしていたし、両者とも“古き良きロックンロールのリバイバル”をやろうとしていたのです(これは大学の卒論でもめちゃくちゃ長々と書いたぞ!しかし就活で何の役にも立たなかったぞ!しかし就活は何の役にも立たなかったぞ!人生に於いて一度もな!)。ファッションにしてもグラムとかパンクって“ロックンロールショー”な出で立ちで、とにかく派手で華があるのよね!!

 詰まるところベトナム戦争が泥沼・膠着化していた60年代末のアメリカに於いて、ヒゲ面ジーンズのヒッピー達は自然回帰志向や“ラヴ&ピース”を表明していた訳だけど、それに対するアンチテーゼが70年代初頭のグラムロックに於ける人工的なプラスチック感とかSF要素で、「愛と平和?現実はクソなまんまじゃねえか!」っていう若者の苛立ちや不満を代弁し、過激なライヴ活動を推し進めていったのがイギー・ポップ(彼も時にグラムであり永遠のパンクアイコン)で、67年のビートルズのアルバム「サージェント・ペパー~」以降のロックのアート化、後のプログレやハードロックの技巧的大作志向、アルバム至上主義に対して、グラムはシングル盤の復権、50年代のロックンロールのリバイバル、“ロックを10代の若者達に返せ!”っていうのを2~3分の単純なスリーコードでやった訳──それを更に過激化させたのが“70年代末のパンク”ということです。


 因みにこの楽曲を選んだのは“シャム69”のファンだからという訳ではなく、名古屋の“スタークラブ”っていう日本最古参のパンクバンドが30年以上前にパンクだけをカバーする企画アルバムでギンギンに演っていたのを聴いて、「かっちょえぇ、俺もいつかカバーしよ」と学生時代から数年間温め続けてきた想いを今回やっとカタチにした、という訳で御座居ます。ガッチリとした漢らしい歌と演奏が、めちゃくちゃカッコ良かったんだよね!!

 スタークラブは原曲の英詩のままカバーしていて、その内容は要するに“少年院を脱け出して好きなあの娘に会いに行くんだ!”というものなんですが、俺らは“少年院”というものをもう少し広く大きく捉えて、“青春囚われ”とか“生活の檻”なんて比喩もしながら意訳しました。つけた邦題はまんま「少年院脱走」。


「少年院脱走 -Borstal Breakout-」
作詞・作曲:デイヴ・パーソンズ&ジミー・パーシー


I'm sitting in this cell for something I didn't do
And all I can think of is baby I think of you
Don't worry baby coming back for you


There's gonna be a borstal breakout
There's gonna be a borstal breakout
There's gonna be a borstal breakout
There's gonna be a borstal breakout


Now I've got the chance I don't care about what I do
When I done them things I done them just for you
And now I'm getting out coming back for you


There's gonna be a borstal breakout
There's gonna be a borstal breakout
There's gonna be a borstal breakout
There's gonna be a borstal breakout


Well now I'm over the wall I'm nearly home
I'm coming through that door coming back to you
Now I'm nearly home nearly back for you


There's gonna be a borstal breakout
There's gonna be a borstal breakout
There's gonna be a borstal breakout
There's gonna be a borstal breakout



日本語詞:Nori MBBM


青春囚われ、ようこそ生き地獄
たいして悪いことはしてないよ
それでも理不尽、お前にやってくる


There's gonna be a borstal breakout
There's gonna be a borstal breakout
There's gonna be a borstal breakout
There's gonna be a borstal breakout


夢だの恋だの金だのうるせえよ
脱獄、脱獄、脱獄しちゃおうよ
生活の檻で虚しく吠えまくる


There's gonna be a borstal breakout
There's gonna be a borstal breakout
There's gonna be a borstal breakout
There's gonna be a borstal breakout


老後は君と一緒に暮らすんだ
いつも“捕らぬ狸の皮算用”
狸の気持ちもだんだん分かる


There's gonna be a borstal breakout
There's gonna be a borstal breakout
There's gonna be a borstal breakout
There's gonna be a borstal breakout




 MVの撮影場所に選んだのは、中野にある廃アパートの一室──中が汚すぎたので土足(ブーツ)で畳を踏んで済まぬ。洗面所や浴室、押し入れもガチの昭和アングラ臭を醸し出していて、「MVの素材になるな」と思って撮影しようとしたけど、本当にお化けが出そうなのでやめた。

 手前の服装については、数年前に若気の至りで日に日に付けるのが増えていった“缶バッヂ23個ジャケット”を着用(今回数えたら24、5個になってたかも)。下にはグラムでパンクなイギー・ポップのロックTをば。


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 今日はヒロトさんの誕生日(春はパンク気分、きっと彼のせい)!!5月には俺らとシドの誕生日(春はパンク気分、これもその原因だぜ)。


 ホントどうでも良い事だけど、おととい駅前で迷子になって泣きベソかいてる男の子を助ける夢を見た。今回のカバーと何か関係があるのか、何某かの啓示?誰か夢分析たのむ!!

 ほいだらっ


2019年3月14日木曜日

“happy honey white day.”

男の抱く最も激しい感情が、はじめて心に吹きだすさまは、それ自体なんと不思議に満ちたものでしょう。私は伯母の客間で、何人かの美しい女性に会いました。だが、ちらっとさえ心をひかれた女性はそのなかに一人としていませんでした。むしろ異性全体に心を向ける年頃にありながら、一人の人にのみささげる情熱が生れくる源には、あるきまった時間とか、惑星の一定の組み合せとか、特殊な事情の符合とか、多くのなかにもこれという定まった女性があってのことでしょうか。
-フェリックス・ド・ヴァンドネス

 先月のバレンタインデーに“ジザメリちゃん”やって、お返しのホワイトデーに“スピッツ”ときた──その心は、ミーもマサムネも隠れシューゲイザー故に。



 てな訳で今回のカバーMVはスピッツの「ビー玉」。この曲は前の職場の先輩女性に「“スピッツ初期三部作”を聴きなさい」という事で、1~3枚目のアルバムを貸して頂いて知った楽曲です(今も芸の肥やしになっております、有難う御座居ます)。

 一般的にスピッツは“好き”というより“嫌いになる要素が一つもないバンド”と言った方が正確な気がして、マサムネさんの描く手垢のついてない、そう、無垢な白昼夢の如き幻想世界が魅力的ですが、「空も飛べるはず(1994)」、「ロビンソン(95)」、「チェリー(96)」などで世間一般に認知される上記の様なスピッツ像を確立する以前、この初期三部作(91~92)は特にシュールで、ちょっと不気味で、何考えてるのかよく分からなくて、とぼけた可愛さがあって、否応なしに惹かれるものがあります。初期の方が変態的な歌詞多いのよね、“ピンクのまんまる”とか“盗んだスカート”とか(笑)


 あとグラム野郎のNori MBBMから言わせて貰うと、志磨さんのクリスマスライヴ等でもお馴染みの“長谷川智樹先生”が初期スピッツのアレンジを数曲やっておられ、91年発売の3rdシングル「魔女旅に出る」の優雅なストリングスとか本当にメルヘンで堪らんのよ(ちょっとジブリ感なあい?)。何を隠そう長谷川先生は70年代のグラムロックが大好きでROLLYさんとも親友、同じグラム好きの田島貴男さん率いるオリジナル・ラヴの代表曲「接吻」のストリングス・アレンジもされていた偉大な方なので御座居ます(もしや“和製トニー・ヴィスコンティ”?)

 それと初期スピッツは“ライド歌謡”なるものを標榜していた──故に隠れシューゲイザー──らしいけど、シューゲイザーのギターノイズの洪水って浮き世離れしていて、個人的にはSF要素のあるグラムロックの非日常観が頭を過(よ)ぎるというか、「ジギー・スターダスト」や「メタル・グルー」のド頭“Gメジャー”のあの感じ──あの響き、俺らにはとても美味しい音、色鮮やかな音──それがスピッツにもあるから恋をせずには居られません。ちゃんと音に華があるのです──そして花には花の色があるのです──Gメジャー、五月の緑、おのが色聴


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 今回の我が演奏に関しては、のんびりポヨポヨだけどずっしりバシバシいうリズムトラックに、己がアコギな弾き語り、仕上げに手前のノスタルジーを出来るだけ丁寧に込めたシンセサイザーたち──ヨーロッパの何処か下町にある細い路地の石畳の上で踊る様なリードオルガンに、大好きなローズピアノ(エレピの音って優しいのにちょっぴり寂しげで堪らんね)、それからメルヘンなフルートや木琴の音色とか──もいつものアナログな手弾きでオーバーダビング。



 MVは多摩川の河川敷で撮ったのですが、録音・撮影のだいぶ前からメルヘンな演奏と映像の大まかなイメージがあったのです──朝とも昼とも夕ともつかない空、時刻や天候の判別がつかない白昼夢の様なね。実際、高校の友達と下校中の寄り道だったか休みの日だったかに、多摩川の河川敷で石ころの水切りとかして遊んで、空が暗くなってきたら“じゃあね”した思い出が無数にあって、あれは何の思惑も目的もない不思議で無意味で大切な時間だったな(彼は今も元気だろうか)。


 また何で一般的に有名ではなく、かといってスピッツマニアの間でも大して話題にならない「ビー玉」という楽曲を選んだのか?という事だけど、一目、否、一耳惚れです──理由は分からん、何となくずっと好きな曲。

 一応好きな理由を言語化してみるか……うーん、BPMが135とゆったりで丁度良いし、歌い出しの“やーんやんやんやん”とか謎のスキャットがおもろいし、しかもその部分は歌詞カードに記載ないし、グラムロッカーが演るメルヘンでキラキラしたフォーク調なナンバーにも聴こえるし、もう楽曲全体の雰囲気とかフォルムが好き!!(ビシッと上手く言えねえなあ)


 不思議で、シュールな、捉えどころのないスピッツ、まさにマサムネさんの極み。特に目立たないけど、ずっと気になって仕様がない子。いつまでも忘れられず、時たま夢に出てきて、起きては独り寂しくなる──くそっ、可愛い、なんで俺のものにならんのだ君は──そんな感じの曲です。ありがとうございました(ペコリドグマッ)


2019年2月26日火曜日

純血に塗れて始まる歌

お師匠様の為、左の眼からぷっつり縫針を刺し入れ、挙句の果てに恋も夢も失くして、残された道は生活の思想化、二月二十六日に歌を謡うばかし

女と音楽の類いに
春・琴・抄


純血に塗れて始まる歌
未完の、終わらない詩


2019.2.26 Nori MBBM


2019年2月23日土曜日

Unfinished Ballades初音源、レコーディング完了!!

昨夜から今朝までUnfinished Balladesのレコーディングでした。この充実感は何だ、初めての感じです。



 もう目から鱗の連続、何より俺はギターが好きだが、やはり歌の人間なんだ、と実感いたしました。一発で決めてやる覚悟があるし、幾らでも歌ってやりたい欲もある。

 調子に乗って鍛錬を怠るのは不本意なので気を抜かずやってゆきますが、歌に関しては誰にも負けない自信があります。まあ自画自賛するとこそばゆくなってくるので、これ以上は手前の心の中だけにしときます。


エンジニアのタカシさんと歌入れ中の私

 エンジニアのタカシさん進行のもと、ギター、ボーカルと夜通しガツガツ録らせて頂きました。90年代にミリオンセールスを飛ばしまくった超有名な某バンドのセッション現場にも参加するプロのエンジニアさんです(お仕事なのでタカシさんの趣味ではないらしいが)。

 録った何テイクかを瞬時に「これはここが良い(もしくは悪い)」と的確に判断し、パチパチパチターン!と目にも留まらぬ早さでキーボードとマウスを操り(マヂで手が速すぎて見えない)、音の切り貼りや周波数を足したり削ったり……で、本当に楽曲が我々のイメージに近くなってゆくの、マヂで凄い、脱帽(一方、タカシさんは、着帽)



 ライヴとは違った頭の使い方で演奏や歌唱をしなけりゃならんのだが、本当に勉強になった。数名のプロのスタッフさんと数々の高価な機材を用いたレコーディング、初めてだからさ。まったく忘れられぬ有意義な一夜となりました。

 いま言える事は「最高の音源を聴かせてあげられるよ」ということ(最近このことばかり考えてピリピリしていたから、これでやっと寝つきが良くなるはず)。


レコーディング前に髪切った、どうでも良いか

 世界の何処にも負けない日本のロックンロールが出来ました。ほんの数曲だけどエグいの録れたから、Unfinished Balladesの初音源、ご期待ください。

 恥ずかしい話、カッコいい曲とか聴くと嫉妬してしまうものなのだが、今は誰のどんな音楽も嫌味なく、心地良く聴こえます。幸せになっちまったのか、ロックンロールで。鳴っちゃったんだよ鳴っちゃったんだよ初めてなんだよって、吉井さんもいつかアメリカでレコーディングした時に歌ってたもんな。これか!!


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 という訳で音源発売する頃にまたガッツリ告知いたします(これからミックス及びマスタリング作業や)!!それ迄は己が“カバーMVシリーズ”も進めておく。


 それではまた!!!


2019年2月14日木曜日

“This is for your bloody valentine day.”

「時々、あなたの代りに、私の女の目で物事を見てさしあげますわ。」
-アンリエット・ド・ルノンクール

 どうも2019年、残り僅かな平成、その31年……ノリ・エムビービーエムです。本日は平成最後のバレンタインデー、貴方に私からプレゼントです。



 バレンタインデーだから“マイブラ”……と見せかけて“ジザメリ”のカバーMVだ!!シューゲイザーと云えば大好きな“スロウダイヴ”は勿論、ネオグラムに括られる事もあった“アドラブル”や、大阪が生んだ奇跡みたいなバンド“ハニーディップ”に、知る人ぞ知るこれまた日本の“ウイユ”とか、必須科目として“ライド”やら“スワーヴドライバー”もそら聴いたけど、やっぱり“マイブラ”……と見せかけて“ジザメリ”なのだ(グラム歌謡メタル野郎その実は、“隠れシューゲイザー”であると此処に吐露する)。

 正確に言うと“ジザメリ”は、後のそれらのバンドに影響を与えたオリヂネーターというか、シューをゲイズする事に自覚的じゃなかった(そもそもジザメリのリード弟は「シューゲイズ・ムーヴメントなんて全部でっち上げで、シューゲイザーを自称していた奴は誰もいなかった」とインタビューで発言している)ので、シューゲイザーの枠に括られる事もなく、いつだって孤高のイカしたバンドでありました。彼の“ドアーズ”や“ヴェルヴェッツ”や“ストゥージズ”だって、様々なバンドの元になっているオリヂネーターで、サイケとかパンクの枠に収まりきらない巨大な磁場を持っていて、そこにみんな惹かれ、憧れちゃうんでしょ。


 以上、ジザメリをジザメリたらしめているものはソングライティングチームのリード兄弟で異論はないと思いますが、まるで地位や名誉に興味がなく、怠惰で適当で脱力した姿勢、音楽様式というより生き方としてのパンク──“Punk rock is an attitude.” by Joe Strummer──それが彼ら兄弟の魅力であると考えています。アルバムを聴いてくれたら分かるのですが、曲作りとかスゲー適当なの──結局、生き方がそうだと音楽様式もパンクとなる。

 今回、カバーするにあたってジザメリのアルバムを一枚一枚聴き直しました──夢幻の狂気が素敵な一枚目から、雨の日の午後の静寂が優しく沁み渡るよな二枚目に、その二枚目から使い始めた“リズムマシーン”という名の人工の肉体を完全に我が物として意のままに躍動する血気盛んな三枚目、しかしそんな愛すべき人造のハニーも死んで自暴自棄になって無敵なゾーンへと突入する四枚目、刹那、絶頂極めし覚醒モードからの賢者モードでシラフに成り果てた五枚目、と作を重ねる毎に下界の此方へ降りて来てハッキリと明瞭になってゆくイメージ、俺らやっぱし無邪気な白昼夢に酔うが如きファーストのサイコなキャンデーが好き!!もう馬鹿みたいにあま~い♥ジザメリしか勝たん──が、ギターは勿論、ベースとかドラムのフレーズも全然練られておらず、投げ遣りな繰り返しが多くて、「こんな気儘に考えずに演って良いんだ!」と手前の曲作りの励みになりました(いかんいかん)。そういえばオアシスの方の兄弟も「ドラムなんて下らねえ、あんなもんリズムマシーンに演らせとけば良いんだ」といった“リズム隊軽視発言”をしていましたが、自分もこんくらい堂々と言ってのけて実行へと移したいもんです。そんぢゃリード兄弟の原詩と私の日本語訳詞を載せて置きます。


「Just Like Honey」
作詞・作曲:ジム・リード&ウィリアム・リード

Listen to the girl
As she takes on half the world
Moving up and so alive
In her honey dripping beehive
Beehive
It's good,  so good,  it's so good
So good

Walking back to you
Is the hardest thing that
I can do
That I can do for you
For you

I'll be your plastic toy
I'll be your plastic toy
For you

Eating up the scum
Is the hardest thing for
Me to do

Just like honey
Just like honey

Just like honey
Just like honey…



日本語詞:Nori MBBM

一瞬、聴こえた
彼女の声に恋した
それか顔か話し方
今日の髪型
おかっぱ、おさげ、おだんご、おざんばら
It’s so good, so good

君の行きたいところへ
行くの大変だけど
とべる、できる、いける
For you

俺はプラスティック・トイ
君のプラスティック・トイ
For you

汗かき、ベソかき
今日も花を探す
ミツバチさ

Just Like Honey
Just Like Honey

花のように
花のように…



 それから今回ジザメリを選んだ訳は、敬愛する志磨遼平さんの「冬の朝には荘厳なギターノイズを」という何時かの言葉が、何年も己が頭の中に居座っていて、実際そんな気分だったし、冬が終わる迄にシューゲイザーのカバーを演らねば、と思っていたからであります。

 MVは中野駅近くの雑居ビル屋上で撮影しました。昨年の“ルー・リード”のカバーは高円寺駅近くのビル屋上(職場)で撮影したのですが、ビルの屋上って昔から好きなの、この世の終わりみたいで──ルーフトップコンサート、ビートルズの終わりみたいで。MVにちょろっと中央線が出てきますが、これも志磨さんマナー(→C列車でいこう)。


 んで今回のMVで私が着ているのは、数年前に高円寺の古着屋で買ったバーバリーの真っ赤なコート──生地もバリッとしていて暖かくて最高よ

 なかなか鮮やかな発色の赤なので、街を歩けばスーツのリーマン数人に指を差されて笑われた事もあったし、夜中のバーで知らん奴に「YMOのメンバー?(※アルバム“ソリッド・ステイト・サバイバー”のジャケ参照のこと)」と云われた事もありましたが、全くスベり散らかした人生だからって他人まで巻き込むなよな、そんなドスベり共と一線を画す己が一張羅であります。

 コートの下には“帽子が笑う……不気味に”のシャツを着たった。ボウイもボランも好きだったって云うし、今回のジザメリのカバーに似合うんぢゃないかしら、とサイケな気分で選びました(おのがシド・バレヱト♪


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 今日はじいちゃんから“真面目に、誠実に生きていれば、良いことがある”という事を教えて貰いました。じいちゃんの云っていた「人間、天狗になったら終わりだ」という言葉を胸に、誰よりも一生懸命に演ろう。


 我がバンド・Unfinished Balladesのレコーディング、来週で遂に完パケ予定です。

 平成が終わる迄にプレス、発売できるのか?!


 乞うご期待!!