2020年8月30日日曜日

(バンド結成から)3年経ってもクレイジーなホース

彼はその記述のなかで、ペストは虚弱な体格の者は見のがし、特に強壮な体質の者を破壊するということを読んだのを思い出した。
-ベルナール・リウー

 天災は、天の災いはそう選択したのだ──いかにも、神様っぽい御慈悲だわね。

 一方コロナは、強壮な体質の者を見逃し、虚弱な体格の者を破壊するのでないかしら?だとしたら、至極普通だわね──だって人災、人の災いだもの。

 もっと悪い事には、虚弱も強壮も見境なし、無差別ってのもあり得るけど、これは流石に神様が止めそうな気もする……妖精なんか使ったりしてさ、せいぜい陽性にならない事だよキミ、コロナだけに、陰陽が陰の世界にinしてりゃあ良いんだから、引きこもりや世捨て人は今まで通り、何も変わりゃあせんよ……



 という訳で久しぶりのカバーMVはこちら、髭です(公式の英語表記ではHiGEです)。

 髭は高校の友達に教えてもらって(いま愛用している赤いストラトをくれた友人)、もう十数年は聴いているけど、最近やっとその全貌が見えてきて、心から好きと言えるようになりました。

 もともと嫌いという訳ではなかったけど、学生時分に引っ掛かっていたのが歌詞とか曲名その言葉選びのセンスで、ブルーハーツみたいな直球勝負ではなかったし、イエモンが如く“意図の見える”よな捻くれでもなし、何か言いたい事や演りたい事が判然としないよな、がメロディーは超ポップで知らん内に癖になるし、コード進行もユニークで多幸感に溢れていて気持ち良いし、その真意が分かる迄もうちっと聴いてみっか、という感じでした。

 結果、手前が物知らず、世間知らずであった事も段々と分かり、今はタイトルや詩の節々で「あ、それのことね」ってなるし、そうでなくとも無意味が意味のカットアップ的なノリを楽しめるようになりました。

 演奏はガレージでサイケだし、オルタナでグランジだし、個人的にはグラム感もあると思う(髭の須藤さんはユニコーン好きだからグラムの隔世遺伝かもしれぬ)が、ジャンルや時代を縦横無尽に超越っちゃってすこぶる最高ぢゃん?と聴く度に昂(たかぶ)ります。高校の友達も当時、こんな気持ちで聴いていたのかな?つぎ会ったら答え合わせしてみよ。



 今回の服装について、件(くだん)の親友および須藤さんも好きであろうニルヴァーナ、のカート・コバーンが掛けていた白のオーバル型サングラスをまず真っ先に着用。下は適当にジーンズとコンバースでキメて、上にはハリキリすぎた坊やたちのブリティッシュなジョーク満載のトレインスポッティンTを着用(続編の“T2”も悲劇過ぎて喜劇だった)。これで完成、俺・オルタナ・2020夏。そういえば、我がバンド・Unfinished Balladesの日めくりツイッターで、一年前の今日はこんなツイートをしておりました。



 一年越しに伏線回収と……あ、撮影は原宿にあるMOSHI MOSHI ROOMSというイカした宿の屋上を借りて、Cosmic Hallsのそまちゃんに撮ってもらいました。地上5、6階の高さで周りに大きな柵も無いスリリングな屋上で、気温30度超えの真夏日の中、そまちゃん本当にありがとうね!!おかげさまで白昼堂々、宇宙と直結できました。

 最後に、今回のカバーMVを演るに至った動機を明らかにすべく、一編の詩を詠ませて頂きます。


「ワシントンのアバディーン」
by Nori MBBM

ワシントンのアバディーン、雨の匂いが、曇る空と、90年代のくすんだ車たち、日本にしか居るはずのない、あるはずのない僕の思い出が、アメリカでも生きている。

やあマッドハニー、泥に塗れて叫び出し、救いの手を一切差し伸べず、元気のある事だけを証明する、その態度が、とても好き。

ビッグマフとイカれたギターリフ、ヘビィメタルとガレージパンク&ハードコア、異常に陰険、非常に陰湿、アングラベイビーな僕には救いとなる。

ワシントンのアバディーン、在りし日のジャパニーズ、くすんだ色のいつかの僕が居る。

8月30日──赤いストラトをくれた高校の友達の誕生日、ないしカートが車椅子に乗ってレディングに現れた日──

カートもジミヘンも最期はアコギで、アコギで落ち着いた音楽を演りたかったって、だから僕が地元を思い出させてあげる、君の故郷を想い出させてあげるって。


ワシントンのシアトル
僕の背後に


ワシントンのアバディーン
君とカートに






2020年7月24日金曜日

慢性の何某

畜生篇より


耳鳴りが止まない事を知っている。幾久(いくひさ)しく醒(さ)め続けている。ぼんやりとした低温火傷(やけど)。小さい頃よりそうであるし、皆がその経験者であったりはしないか?「マシニスト」という2004年のサイコスリラー映画をサイコスリラー映画として観られた試しがない──現に私が居る。

「人生は一行の“キーーーーーー”にも若(し)かない」

 上旬、新宿の花園神社へ“月の御挨拶”でお詣りに行った際、発車寸前の中央線に駆け込み、何とか乗車出来たは良かったものの、高円寺から中野を過ぎる迄、車内で視界が真っ白になってしまった。より正確には、天上の銀世界へ呑まれながら脳髄(のうずい)辺りに電気を掛けられ、ブラウン管の砂嵐の明滅(めいめつ)に視野の大半を蝕(むしば)まれてしまった。次第に顔中から大粒の汗が吹き出し、肺を握り潰された苦しさで喉が渇き、半日なにも食べていなかったが無理やり吐き気を催(もよお)した。周りの目など気にしないで、電車の中で膝(ひざ)と手を突(つ)いた。揺れる車内の乾いた床に、汗がポタポタと小さな水溜まりを作った。嘔吐はしなかったが、血の気は暫(しばら)く戻らなかった。

一時間に三千六百回、「キーーーーーー」がささやく、
忘れるな! と。──素早く、虫の鳴くような
声で、「現在(いま)」が言う、私は「過去(むかし)」だ、
私のけがれた耳管(じかん)でおまえのじかんを吸い取った! と。

 自覚症状の無いだけかもしれないが、未だ新型コロナウイルスに感染した事は無い。予防は徹底しており、人と密(みつ)になる事もないし、第一その様な友人を持たない。陽性反応が出て入院した人の話をニュース等で見ては、例年の渋谷ハロウィンを蔑(さげす)む位に他人事であった。或いは嗅覚(きゅうかく)障害や味覚障害に理解が無い訳では無いが、その苦悶(くもん)を体験した事も無かった。小学校低学年の頃に信号の無い横断歩道で車に轢(ひ)かれ掛けたのと、17歳の初秋(しょしゅう)に南アルプスで数十メートル滑落(かつらく)した時と、今回、久し振りに“死ぬ時が来た”と中央線の車両内で思い知らされた為、先に述べた無思慮な言動を改めて慎(つつし)む所存である。大いなる不穏を、受け取る準備が厭になった。

「君や僕は餓鬼(がき)に憑(つ)かれて居るんだね。世紀末の餓鬼と云う奴にねえ」

 慢性の何某(なにがし)か、お前だけは変わり果てずに、徐々に常に傍(そば)に居て。地表を削る光線のチリチリと耳障(みみざわ)りな音、円周を描いて俺を隔絶(かくぜつ)し、忘れ難き高音が想像力に残響す。93年式初期型、闇よりも暗い闇夜のイントロダクション、平成元年製の僕は3歳のまま──ダーカー・ザン・ダークネス。

 (キーーーーーー)


「如何(いかが)ですか、この頃(ごろ)は?」
「不相変(あいかわらず)神経ばかり苛々(いらいら)してね」
「それは薬では駄目(だめ)ですよ。信者になる気はありませんか?」
「若(も)し僕でもなれるものなら……」
「何もむずかしいことはないのです。唯(ただ)神を信じ、神の子の基督(キリスト)を信じ、基督の行った奇蹟(きせき)を信じさえすれば……」
「悪魔を信じることは出来ますがね。……」
「ではなぜ神を信じないのです?若し影を信じるならば、光も信じずにはいられないでしょう?」
「しかし光のない暗(やみ)もあるでしょう」
「光のない暗とは?」

 小生(しょうせい)は平成元年、西暦1989年生まれで、現在は2020年という事である。比較として一世紀前の明治22年、西暦1889年に生まれた人達の、歿年(ぼつねん)を参照してみる。現在の七尾市に生を受け芝公園で凍死体となって発見された不遇の私小説家・藤澤清造は1932年、瓶詰(びんづ)めの遺書や絶対探偵小説を書いたを小説で描いた夢野久作は1936年、芸術は爆発だの生みの親のまた産みの親である岡本かの子は1939年、俺みたく不眠症で猫背で犬派でワグネリアンだったヒトラーと同じ1889年4月生まれのヴィトゲンシュタインは1951年、金沢に生まれながら後半生を馬込で過ごした室生犀星は1962年、ピアフの後を追う様に逝ってしまったコクトーは1963年、俺の誕生日にナチ党へ入党したハイデガーは1976年、俺の誕生日前日に自決したヒトラーと同じ1889年4月生まれのチャップリンは1977年、そして1880年代生まれ最後の生き残りと云われたマリア・カポビージャなる女性が2006年に116歳で亡くなられている。詰まる処、これから後十年くらい2030年代頃まで全力疾走するか、2060年代から2070年代辺りまで挫(くじ)けずに頑張るか、運良ければ2106年迄は生きられる、という事である。しかし、長寿記録一覧の殆(ほとん)どは女性が占めており、医療技術等が発展してそれを享受できない限り、22世紀をこの目で見る事は無いであろう。無思慮な言動を改めて慎まない所存である。取り急ぎ、平成は総括した……

 ──オギャー、薬用せっけんミューズ、F/A-18(1/72)、米米、8cmシングル、後楽園ゆうえんちで僕と握手、セガサターン、自虐的CM(湯川専務)、新宿、辛口カレー、MS-05(1/100)、このキットに操縦士はついていません──強い酒、ウォッカ、Mr.ビーン(再放送)、コタツ、GDB-A(1/24)、アジカン、嘘つき、T.Rex、和菓子、カーペンターズ(再会)、初恋、プラトニツク・スウイサイド、彼女(密会)、花火大会、失恋、空洞です──通り抜ける風、恋人、ダブル・プラトニツク・スウイサイド、寺山修司展、一日中SEX、Pulp、我々少年、ナポレオンジャケット、古着コート(1940年代製)、甘口カレー、フォークソング同好会、名代富士そば高円寺店、MBBM、ジョン・レノン展、一夜だけのSEX、彼女(散会)、グラムロック、歌謡曲、ヘヴィメタル、30年、私です──31年、アルコール中毒、宿無し、彼女の家、SEXお断り、俺の家(ボロボロ)、新型ロック、旧型カメラ、ツァラトゥストラ(ボロボロ)、32年、アルコール消毒、緊急事態宣言、春の雪、NO SEX、新型コロナ、旧型ペスト、ツァラトゥストラ(買い直し)、何某です──

 この時代の皆には触れられるのに、聖徳太子が実際に生きて居たのかも分からず、現代音楽の即興演奏ですら意味不明で、つまり我が生涯は既にトリミングされた氷山の一角、やはり現代の皆とも濃厚接触したらダチャかんわ、せめてソーシャルディスタンス取るから聖徳太子に逢わせてや、どうかジャズのグルーヴでトキめかせてや、そうだ慢性の何某か分からせてや、ならば夜毎(よごと)の寂しさを打ち消して、夜通し朦朧(もうろう)と詩を書きて、ほらまた閃輝性暗点(せんきせいあんてん)として、突如“可燃ごみ収集の日だ”と思い出し、朝8時に収集車が来る前に溜まったゴミを集積所まで出しに行かないと、朝6時に誰も居ない近所を寝巻きで歩いて、再び家に戻る迄の徒歩数分の間、それが本当に瞬間移動みたいで、その距離の分だけ自己喪失して、「何時(いつ)の間に帰って来てたっけ?」と家の玄関で独り、人生の終わり間際もそう思うのだ。

 (キーーーーーー)

 元来が芥川と太宰の流れより、谷崎や三島の一派と看做(みな)されるもの、唯(ただ)ぼんやりした不安も、話の無い話も、はっきりとうっとり述べてしまう癖に、無いならば“無い”と宣(のたま)う癖に、フランス映画のシュールとか、北欧映画の不条理など、然(さ)り気無く始まり、何時の間にか終わるなど、インディのロックぢゃあるまいに、ディレイやリバーブぢゃあるまいに、ディレイのロジック-蜃気楼(或は「続 海のほとり」)、人生そんなんで良いのか?

 (キーーーーーー)

 “何、この苦しみも長い事は無い。お目出度くなって(=死んで)しまいさえすれば……”と玄鶴(げんかく)、人間本来がそうだからって、何処(どこ)ぞの女が勝手に「鶴は病みき」って、幻覚、余りに芸が無いんぢゃないか、「文芸的な、余りに文芸的な」は、この耳鳴りを野放しにするもの、かの子を野放しにするもの、私は意味を付与するもの、反駁(はんばく)するもの──耳鳴りよ、この作為、いけないか?

 (キーーーーーー)

 慢性の何某か、お前だけは変わり果てずに、徐々に常に傍に居て。現に彼女から別れを告げられ、独言(ひとりご)ちるバンドマン。夢でも恋人から終わりを言い渡され、独り善(よ)がって善がる餓鬼マン。夢現(ゆめうつつ)で“ガキ”と嘲笑(あざわら)い罵(ののし)られ、残された道はひとつ地獄へと向かう六道(りくどう)マン。「サヨナラ」ダケガ人生ダ、振ラレルダケノ人生ダ。愛想ハ尽キル事ナク、愛想ハ尽カサレル為ダケニアル。皆サウデアル、皆ホラ居ナクナル。ダカラ慢性ノ何某カ、オ前ダケハ変ハリ果テズニ、徐々ニ常ニ傍ニ居テ。

 (キーーーーーー)

 昭和二年ノ今日、彼ハ逝ッタ!

 (キーーーーーー)

 令和二年ノ今日、私ハ如何(ドウ)ダ?


 (ブーーーーーン)



同時に又僕の堕(お)ちた地獄を感じた。「神よ、我を罰し給(たま)え。怒り給うこと勿(なか)れ。恐らくは我滅びん」──こう云う祈禱(きとう)もこの瞬間にはおのずから僕の脣(くちびる)にのぼらない訣には行かなかった。
-芥川龍之介


地獄篇に続く


2020年5月2日土曜日

おのが年齢早見表 –ドントトラストオーバーサーティー編–

【Nori MBBMの場合】

31歳→29歳
32歳→28歳
33歳→27歳
34歳→26歳
35歳→25歳
36歳→24歳
37歳→23歳
38歳→22歳
39歳→21歳
40歳→20歳

41歳→19歳
42歳→18歳
43歳→17歳
44歳→16歳
45歳→15歳
46歳→14歳
47歳→13歳
48歳→12歳
49歳→11歳
50歳→10歳

51歳→9歳
52歳→8歳
53歳→7歳
54歳→6歳
55歳→5歳
56歳→4歳
57歳→3歳
58歳→2歳
59歳→1歳
60歳→0歳


 ただのメモだ、気にするな。西暦よりあからさまに記した。記載の無い年齢は念頭に無かっただけだ。

 君にだけ打ち明けよう──おのが年齢


 ドグマッ


その人のみを消した詩(十二支詩・子)

詩人がいました
──机上の空論だよ

詩人は感じた事を詩にしました
──机上の空論だよ

詩人は紙に詩を書いてやりました
──机上の空論だよ

詩人は書かれた詩を読み上げました
──机上の空論だよ

詩人は読み上げた詩を人の心に残しました
──机上の空論だよ

詩人は詩だけとなりその人のみを消しました
──机上の空論だよ


その人のみを消しました




2020年5月1日金曜日

31歳29歳:feat. COVID-19

どうも31歳です!ここから60歳を0歳として赤ん坊へ戻って行く、と今しがた決めたので、一歳一歳いちいち若返ってゆきます(とすると31歳は俺の29歳)?



 外出自粛要請だろうが緊急事態宣言だろうが、誕生日はやって来ますね。こちとらグラムロック、グラムロッカーですよ。聖地(ないし性地)・新宿二丁目で、ニューヨーク・ドールズですよ。

 ニューヨーク・ドールズは、ジョニー・サンダースのクスリ漬けの危なっかしいフラフラのギターが、聴く者の耳や胸を闇雲に刺しに来るのですが、今回はアコースティックな「ロンリー・プラネット・ボーイ」であります──何ですかエレキを止めて、急に優しくしてきて、寂しがり屋さんですか貴方は、ミーにこっそり打ち明けるんですか、素直な表情を見せたりするんですか、しかし初めて聴いたその日から好きになりましたよ私は──何とも愛くるしい楽曲です。


店内にはカービィのほか虎の頭が……グラムロックだ、ボランちゃんだ

 早速いつもの様に、英語の原詩と我が日本語詞を載せておきます。この曲、ジョニー・サンダースがソロになってからのライヴでも歌っていたから、てっきり彼が制作に関わっているのかと思いきや、クレジット上は作詞作曲すべてボーカルのデヴィッド・ヨハンセンなんだね(ギターリフくらいはジョニーが考えた気もするけど)。


「Lonely Planet Boy」
作詞・作曲:デヴィッド・ヨハンセン


It's hard
It's so hard

And it's a lonely planet joy
When I'm  in the sun from your the other boys
That's when I'm a lonely planet boy
And I'm tryin', baby for your love
Whoa, whoa, whoa, yeah


Oh, you pick me up
You're out a-drivin' in your car
When I tell you where I'm goin'
You're always tellin' me it's too far


Well how could you be drivin'
Down by my home
When y'know, I ain't got one
And I'm, I'm so all alone
Whoa, whoa, whoa, yeah


Oh, it's a lonely planet joy
When in the sun from your other boys
That's when I'm a lonely planet boy
And I'm tryin', oh, I'm cryin', baby for your love
Whoa, whoa, whoa, yeah


Oh, it's so lonely
Whoa, whoa, whoa, yeah

Oh, can't you hear me callin'
I'm a thousand miles away
And I don't wanna stay
I'm thinkin' words I gotta say


'Cause I wanna be there witcha
And I know what to bring
I remember from the days
You got over everything
Whoa, whoa, whoa, yeah


Oh, it's such a lonely planet joy
In my sun from your other boys
That's when I'm a lonely planet boy
And I'm tryin', I'm cryin'
Can't y'see I'm dyin'
Baby, for your love


Whoa, whoa, whoa, yeah
Whoa, whoa, whoa, yeah
Whoa, whoa, whoa, yeah


My little runaway…


日本語詞:Nori MBBM

ハード
人生がハード


孤独な惑星の僕です
他の男もそうですが
まさに“ロンリー・プラネット・ボーイ”は僕です
愛されたくて
Whoa, whoa, whoa, yeah


僕を拾っておくれよ
君の車ん中
行く先どこだろうと
君は遠い目か


目的は訊かないでドライヴに
お家はどこ
わかりません、だって無いもん
ひとりぼっちはここで降ろされます
Whoa, whoa, whoa, yeah


んでもって
孤独な惑星の僕です
他の奴よりそうです
僕が“ロンリー・プラネット・ボーイ”
がんばっちゃうもんね、寂しいもんだよね
LOVE LOVEしようね(by 吉井和哉)
Whoa, whoa, whoa, yeah


Oh, it's so lonely
Whoa, whoa, whoa, yeah


ちょっと聴いておくれよ
彼の彼方から
此処から出ようよ
空っぽの殻から


君のそばが良い
君がしたいこと
忘れていたことのすべて
僕が思い出す
Whoa, whoa, whoa, yeah


お別れに
孤独な惑星の僕です
歌う太陽光線、僕が
“ロンリー・プラネット・ボーイ”
がんばっちゃうもんね、寂しいもんだよね
それもあるんだよね(by 吉井和哉)
消えたくなるね


Whoa, whoa, whoa, yeah
Whoa, whoa, whoa, yeah
Whoa, whoa, whoa, yeah


僕の可愛い現実逃避…



 この訳のポイントは、原詩の意味を踏まえながら、吉井さんの歌詞も引用したところかな(イエモンのグラム歌謡メタル野郎な名曲「LOVE LOVE SHOW」からね)。

 (by 吉井和哉)という箇所がそうなんだけど、これはバクチクの今井さんが「Sid Vicious ON THE BEACH」ってナンバーで(昔から思っていたが凄いタイトルね)、スターリンの名曲「ロマンチスト」の代表的なサビの一節を(by 遠藤ミチロウ)と表記して引用していた、その更に引用です、引用というやり方の引用です(ややこしいワ)。それから今井さんはキング・クリムゾンも引用しているわね(“混乱こそ我が墓標とつぶやいたあゝ、あっ、あゝゝ”ってところエピタフってるワ)。


この目に見覚えない?そう、もう始まっちゃってるんだよね(関暁夫)

 歌前の私の台詞はドールズの代表曲「ルッキング・フォー・ア・キス」より、最後の締めの台詞はドールズのみならず全パンクスにとって永遠のアンセムである「トラッシュ」より、それぞれ引用(てか引用しすぎじゃね)。“ニューヨーク・ドールズが大好きです”という事を分かって欲しくて。

 歌をレコーディングした日が、たまたまジョニー・サンダースの命日4月23日だったので(「歌っちゃおうかな」と思った当日、何となくジョニーの事をネットで調べてビックリおったまげ)、ジョニーへの御挨拶も急遽、曲中に入れときました。俺が2歳になる直前に黒い星となったけど、そちらでは疫病など流行っていませんか?変わらずに、お元気ですか?


新宿二丁目のジェンダーがフリーなバー、次は撮影ぢゃなしに女装して行くバー

 撮影時の服装に関して、家にあった厚底がブーツでなしラバーソールのスニーカーだったのでソレを履き、ドールズが居なきゃ出て来なかったであろう80sグラムメタルなモトリー・クルーのパンクTを着て、去年のhideさんのお墓参りの時も着ていった大切なレザーのナポレオンジャケット一張羅を羽織り、最後に黒のキャスケットね、とってもドールズでジョニサンな気分よ、ポリスハットがあれば尚良かったけどネ。


入口から牢屋、足枷の鉄球までぶら下げて、牡牛のミーを帰らせないつもりなの?

 今回はドールズの歴史的名盤(かのエアロスミスもキッスもピストルズもひれ伏す)であろうファーストアルバムからの選曲でしたが、個人的にはカラフルでポップで限りなく安っぽいセカンドの方がもっと好きなのだ。

 ドールズのファーストはやっぱり“デキる長男”って感じで、堂々とした風格や燻し銀の様な凄みがあるし、パンクだしグラムだしハードロックだしブルースだしフォークだし、問答無用でジャンルを越えた名盤なのは理解できるものの、セカンドの“アピールしてくる割に大した事ない弟”って感じ、これぞ紛れもなくお馬鹿なグラムロック、全曲ホント好きよ“Too Much Too Soon”マジL-U-V♥

 今日はドールズのセカンドを聴きながら寝ようzzz


~~~~~~


 最後に、今回の世界的なコロナ禍で思った事は、ここ日本でも先行きが見えず、多くの人が職を(学生なら学業を)失くし、おまけに外出も控え、密にならずに過ごすということ、個人的にいつもと何ら変わりないし、いや生活面では人並み以上にあったけど、精神的には何の変哲もなし。仮にこの新型コロナがいつか治まっても、自由になったとは誰よりも思わないだろうし。

 いままでも、これからも

 へい、ろんりぃぷらねっとぼぉい
 へい、しょうようじざい
 へい、ぐらむろっかぁ

 いままでも、これからも

 もしも、グラムロックや歌謡曲やヘビィメタルやシャンソンが禁止されたり息絶えてしまったら、それは滅茶苦茶に心底堪えるだろうが……

 ミーやユーが亡くなったりしたら、それは致し方無い。


トイレ前のディヴァインが俺に呟いた──「Happy birthday to you」──パーン

わが市民たちも人並以上に不心得だったわけではなく、謙譲な心構えを忘れていたというだけのことであって、自分たちにとって、すべてはまだ可能であると考えていたわけであるが、それはつまり天災は起りえないと見なすことであった。彼らは取り引きを行うことを続け、旅行の準備をしたり、意見をいただいたりしていた。ペストという、未来も、移動も、議論も封じてしまうものなど、どうして考えられたであろうか。

 これはつまり人災であり、我々は取り引きや旅行を停止し、全てを封じてしまおうと考える──自分達にとって、全てはもう不可能であると考えた訳であるが、カミュも褒めて呉れるだろう……いや、謙譲な心構えも度が過ぎれば、カミュには誉めて貰えないだろう──こんな葛藤をよそに、とりあえず今日をば生きる。少なくとも死んでなるものか、ペストの時の様に。

さまざまの数字が彼の記憶の中に漂い、そして歴史に残された約三十回の大きなペストは、一億近い死亡者を出していると、彼は胸につぶやいた。しかし、一億の死亡者とは、いったいなんだろう。戦争に行って来た場合でも、一人の死者とは何であるかをすでに知っているかどうかあやしいくらいである。それに、死んだ人間というものは、その死んだところを見ないかぎり一向重みのないものであるとなれば、広く史上にばらまかれた一億の死体など、想像のなかでは一抹(いちまつ)の煙にすぎない。
-ベルナール・リウー

 煙にされてたまるかよ、三十回の一億にもなるかよ。ペストだコロナだ疫病だ、一回の一人にもなりたくはねえ。折角の独りもんなんだから、一人として群れるかよ。家族だ友達だガールフレンドだ、生きてやるよ。


 だって、孤独な惑星の僕です──


2020年3月29日日曜日

ショートケーキたべたい(外出自粛要請の雪の東京たべたい)

今朝方4時頃、“シャアヽン”と水を切って走る車の音が窓の外から聞こえたので、「今日は雨か……」と呟くと同時に、“雨がぁしとしと日曜日ぃ(ザ・タイガース「モナリザの微笑」)”と口ずさみながら、「しかも今日、日曜日ぢゃん」と一気に目が覚めた男、ノリ・エムビービーエムです。

 日々、急速に拡散する“新型コロナウイルス(COVID-19)”によって、東京都知事から異例の週末(28・29日)外出自粛要請が出されたが、その影響で私も昨日今日の仕事や諸々の予定が無くなった。暇になったのである。そこで軽率ではあるが、誰とも会わない事を前提として近所をぶらついた、当記事はそのドキュメンタリー記録である。


早稲田通りを越えた処の自宅前の通り

 雨がぁしとしと……どころではなく雪まで降っていた、もう降り積もっていた。そういえば、数日前の週間天気予報の東京に“雪だるまマーク”があった事を思い出した。


酒呑みもロッカーも高円寺みな外出自粛中

 今日29日は、前のバンドで一緒だったギターのKaz兄の誕生日である。明後日31日は、父方の祖母の95回目の誕生日である(この令和の時代にすこぶる大正なプレゼントを郵便で贈った)。皆様、心よりおめでとう御座居ます。


イエモンの新曲をやっとダウンロード、その名もズバリ「未来はみないで」

 人は年齢を重ねる毎に、一年の経過を早く感じるらしい。確かに子供の頃の一年と、働き詰めの一年では、味わう様にゆっくり過ぎてゆく前者と、考える間もなく機械的に消費されてゆく後者である。

 しかし、確かに早いのだけれど、自分の課題や、やるべきこと、やりたいことに立ち向かっている人は、その一年や半年を実際の倍位に感じるのである。人生の器の中に経験を積む、詰め込みまくる。そうして何人分もの人生を経験する様な人は、自然と人の一年を、二年や三年にするのだろう。


庚申通りにゃコロナのせいで幻となった「TOKYO2020」オリンピックの垂れ幕が

 日曜日の高円寺だというのに、駅まで続く商店街はシャッターを下ろして閑散としていた。その非日常感は、私をより劇的に刺激した。街中が物語の様に、すべて夢の様に。


今日ばかりは人より雪だるまの方が外出しているらしい(ホント沢山あったんだ)

 夢は自分で考えて見るものでなし、まるで近所をぶらつく様に

 もう夜空の向こうにたくさん用意された、それぞれの舞台があって

 その舞台で、学生時代の知り合いや、憧れの有名人や、知らない人と共演するものだ


先日もらった「星の王子さま」のチョコレート──有難う、頂きます☆

 私はある日、雲の上、天空の国にある墓所へ
 お墓参りする夢を見ました、いえ、出ました

 それ始まった瞬間、丘の上の方から聞き覚えのある女の子二人の声が
 「あの人来たら、どうするの?」
 「あの人ほら、もう来てるよ」
 なんてこそこそ話をするものですから

 やはり夢は見るものでなし
 もう用意された舞台に自ら出演するものなのです

 だから、とってもリアルかつ知らない人が居ても当然なのです
 逢った事も見た事もない、舞台上でしか生きる事のできない役者たち


箱も中身もメルヘンで可愛い──有難う、御馳走様でした★

 嗚呼、甘くて美味しいチョコレート、もっと食べたい

 恐らく今宵に見る夢は
 雪の真っ白と血の真っ赤が鮮やかな
 イチゴのショートケーキを食べる事になるだろう

 ワンホール独り占めしたいくらいの
 外出自粛要請された東京くらいの
 それも夢の舞台で演者の私が

 「早く食べ終わる奴ほど知能指数が低い」と意地悪な顔をした学者風情と
 それを有難がる金魚のフン達が別室から見ているのも知らず

 私や、他の家族や、友達は、嬉しそうに
 イチゴのショートケーキを食べています

 笑顔のキラキラした部屋と
 実験グラフだらけの暗い部屋

 それは扉を隔てた二部屋の断面図、横から同時に眺める舞台
 目覚めた後の私はどいつもこいつも気に食わず、真夜中にこう云うだろう


外出自粛要請の雪の東京たべたい

 ショートケーキたべたい
 ──この世界に真っ赤なジャムを塗って、食べようとする奴がいても?

 きっと残さず食べて、また明日へとつづく
 ──君に逢いたくて、また明日を待ってる?


 月曜日につづく

 永遠に続く


ある種の監禁状態を他のある種のそれによって表現することは、何であれ実際に存在するあるものを、存在しないあるものによって表現することと同じくらいに、理にかなったことである。
-ダニエル・デフォー