2021年12月31日金曜日

令和三年“気韻生動”完了

たとえば、中央のほうで、ある朝一人の男がペストの兆候を示し、そして病の錯乱状態のなかで戸外へとび出し、いきなり出会った一人の女にとびかかり、おれはペストにかかったとわめきながらその女を抱きしめた、というようなうわさが伝わっていた。
-ベルナール・リウー

 こと現在の日本でも、ある一人の男がコロナの兆候を示し、そして病の自己憐憫(じこれんびん)の中で戸外へと飛び出し、いきなり入った役所の職員に飛び掛かり、俺はコロナに罹(かか)ったと喚(わめ)きながら、警察に抱き抱(かか)えられて消えて行った、というような報道が二、三あった──

 歴史は繰り返す、何時の世も変わらないのだね、学びが無いよ、うむ、学(がく)の無さは時を超え、国境も越えてゆくのだね、人間というのは強いね、逞(たくま)しいね、だから大丈夫だよ、コロナなど忘れて、今に無かった事にされるから、何をそんなに皆して騒いで居たのよと……


 追い付く追い着く自ら偶像に、満たし溢れ返る己が表象に。身体をイメージが侵して、凌駕(りょうが)して行くのが分かる。しかし、身体という奴は何十世紀もそのままではないか?

 時代もあるのだよ、つまり技術もイメージの後押しをして呉(く)れる。ちょうど今、こう書いて居るみたいにさ。



 今年も益々有難う、令和三年“気韻生動”完了。


2021年12月12日日曜日

俺のストラトだけギブソンの味がする

先ほど終電で帰宅。緊急事態宣言も解除され、久しぶりのライヴ観戦でありました。自らをギブソンだと思い込んでいるフェンダー野郎、とは当ブログの己がプロフィールに記載した通りですが、今回はその生来(せいらい)のフェンダー気質を自覚されたい日記であります。


しんさんのお誘いで武道館までチャーのライヴを観に(with カズ兄)

 天秤や山羊や魚に影響された牡牛座、長子や一人っ子に感化された末っ子、AB型やO型に作用されたA型、インプレッサに意識が過剰なランサーのエボリューション、欧米列強に劣等意識なぞ皆無な雷電の潜水航法1万メートル、エアロだモトリーだガンズだナンボのもんぢゃいジギーの「クールキッズ」でこちとら“トゥーレイジートゥビーグッド・トゥーシリアストゥビーワイルド”等、まあ何とでも言えるがグラム歌謡メタル野郎、その実はフェンダー野郎であります(御免ねレスポール)。

 ギターに憧れを抱いていた頃は“太くてコシのあるサスティーンなティーンの粘り気湿り気ギブソン野郎に決まってらあ”と自ら決め付けて居たのですが──初めての恋人は横浜で出逢った黒いレスポールのコピーモデル──憧れだったギターを抱く程に“カラっと乾いた殺生な匕首(あいくち)マックのミスターバーニングビッグマックNori MBBMはフェンダー野郎に違えねえ”と相成りましたでござんす。


布袋さんのMCとギターで武道館に火がつきましたばーにん

 高校生の頃に布袋さんとのコラボで彼のストラトの洗礼を受けたのが私にとっての初チャーでありましたが、その後もYouTube等でキヨシローとか民生とかとゴキゲンにギター談義しながらセッションする動画等を漁りつつ、いいとものテレフォンショッキングに出演した際の動画では何故か人間椅子のメジャーファーストをタモさんにプレゼントするなど、彼の正史を知らぬまま野史(やし)ないし外伝ばかりに触れてきたので、この云わずもがな日本を代表するギターヒーローと対峙する事は一度も無かったのでした……今回は貴重な体験を文字通り有難う御座居ます、しんさん(も私のギターヒーロー)。


ファンクなリズムで刻まれ続けた三時間いま無性にストラト弾き倒したい

 民生との“ドシテラベナ(ヒゲかまやつ)”なアコギ弾き語りもその選曲から興奮しましたが、チャーによる生粋(きっすい)のフェンダーサウンドをお腹いっぱい耳一杯に喰らってしまったので、自らをギブソンだと思い込んでいるフェンダー野郎、フェンダーらしからぬがフェンダーにしか出せぬ音で、グラム歌謡メタルして演ろう、という想いをより強(つよ)うしました。

 「ストラトを弾く、徹底的にな……」
 ──何で急にカイシデンかってそりゃさっきの雷電からの観念連合からの紫電改からだろうよ

 「嘘みたいだろ、フェンダーなんだぜ、それで……」
 ──何で急にタッチの名場面かってそりゃ前々回のブログのあしたのジョーで味を占めたからだろうよ上杉達也かってそりゃチャーと誕生日が一緒の6/16であるからだろうよ




2021年11月25日木曜日

役者二種類どちら様

餓鬼篇より


そして私の心はふるえ上がった 私の羨むこの大勢の人間が
哀れ 口をあけた奈落の底へ一目散に走りこみ、
いわば、自分自身の血に酔って、とどのつまりは
死より苦痛を 虚無より地獄を選んでいるということに!
-シャルル・ボードレール

 この人生Aにおいては、役者Bである。また役者Aにとっては、人生Bとなる。

 今日は昼飯を我慢して、400円で思想を買った。思想?何処(どこ)に売っているの?あゝそうかいそうかい、ならば仮面で良いよ。

 冷静な君は、仮面を着けた君だ。仮面を着けた君は、無知な君だ。無知な君は、冷静で居られるはずも無いのに冷静で居られるから、周りを冷静で居られなくする。君は冷静の詐取(さしゅ)に成功する。仮面の一枚が成功させる。軽薄な人間だ。空洞の役者だ。君だけが知らないのに、知らない事のある種、冷酷さで、執着の無い冷淡によって、君は知りかけているもの──殆ど大半がこれに該当する──より尊敬されるのだ、人としての尊厳を今日も保つ事が出来るのだ。改めて君の公式を掲げよう!!冷静な君は、仮面を着けた君だ。仮面を着けた君は、無知な君だ。無知な君は……冷静な君だ。

 数年は色事(いろごと)を我慢して、年数の分だけ仮面を揃(そろ)えた。仮面?如何(どう)して生きて居られるの?あゝそうかいそうかい、ならば役者で良いよ。

 何時(いつ)まで経っても落ち着きがないのは、捥(も)ぎ立ての感動を今に見て欲しいから。淡々と分かった風でニベもない顔は、誰か様のモノだから。人間らしい、いや人間くさい。俗(ぞく)に塗(まみ)れた奴が語る希望ほど絶望に近く、ニヒルは今日も大人気と来た──鏡子(きょうこ)と四人の私。

 その六百二十頁(ページ)程ある小説の百九十四頁目に、仕事で手洗いし過ぎて乾いた小指の何時か切れた傷口が触れて、二つの小さな黄色い染みを付けた──これぞドキュメント、逆説的と云わんばかりの不道徳な教え──ツァラトゥストラの終盤にも、ひび割れた指の滲出液(しんしゅつえき)を付ける、という失態をやったんだよなあ、あゝここまで染み一つ付けず読み進めて来たのに、こんな終盤で、コメディぢゃないかよ、あれは何頁だったっけ?

 断眠(だんみん)に応じて夜な夜な、或いは遅すぎる朝に幾度となく開く表紙は老いた鴎(かもめ)の如く、綺麗に重ならず毛羽立(けばだ)ち、だらしなく外向きに羽搏(はばた)く癖を持っていた。決して彼方へ飛び立つ事無く、顔以外しか見つめられない身体の様な記憶に成る。それが消失した後も紙面を割(さ)いて、何時かの今日、文字通り腹を割った言葉に為(な)る──檄文(げきぶん)。

 その五十一年前の今日、誰からも選ばれなかった誰かの理不尽に於(お)いては、神の裁き、審理(しんり)の由(よし)を的確に述べる背信(はいしん)の書となる──憂国(ゆうこく)。


 即ち、この世には四種類の人間が居るらしい。二種類の役者と云っても良い。二種類の役者の行き違いが、大まかな四種類に別(わ)けられるらしいのだ。

 まず、役者として重宝されるのは空洞の人間である。軽薄の生き物と云っても良い。確固たる信念を持たない事の信念である。信念の空き地である。気軽に他を欺いて、自ら滅ぼす事をも厭(いと)わない。厳密には、その空き地として利用して呉(く)れたら良い。喜んで売国(ばいこく)する。喜んでコメントする、振りをしてコメントにコメントをさせる。主義主張する、振りをして主義主張しないものを主義主張に丸投げする。焦点の合わない眼を自由だと信じている。情念を含む生き方は鮮度に限りがあるから、なるたけカラッと生きて居たい。異性は適宜(てきぎ)、適当に仕入れようではないか。幸せとは詰まり、仕合わせに他ならないのであるから。

 そしてもう一方では、一杯に満たされた人間が居る。何に?自己同一性に。紋切り型と云っても良い。年齢はその全長で、経験がこの直径を表す金太郎飴。松田優作/ラモーンズ。おい説明しろ。へい/ほう、レッツゴー。臨機応変って旨いんか?やってみいひんか?なんぢゃこりゃあゝ!生きてりゃ色んなナメクジを見るハメになる。のっぺらぼうばっか。学校や職場で、便器の底の様な面(つら)を向けられる。打算された滑(ぬめ)り気に放尿したくなる。尿酸や陰惨かけてやれ!奴らの好きな渇きと共に匂い立て!大根役者で上等、スリーコードないし三分で充分。死んだら初めて成ってやる、やっと貴様に為(な)ってやる。貴様は不気味な洞窟(どうくつ)だ、面白半分に記念撮影してやろうか?まだ心霊現象の方が、ずっと可愛いよ。だって貴様に心霊も寄り付かない!!とことん血迷った奴に迷信も擦(す)り寄らない!!

俳優も精神のはたらきはもっている。しかしそれに伴う良心は、ほとんどもっていない。かれがつねに信ずるものは、人をして最も強く信じさせることに役立つもの──かれ自身を信じさせることに役立つものである。
 明日、その俳優は新しい信仰をもつだろう。そして明後日は、いっそう新しい信仰を。かれがすばやい感覚をもっていることは、民衆と同じだ。そして変わりやすい天気のような気分をもっていることも。
-ツァラトゥストラ

 この半生に何度か伝説を見た。不思議を知ってしまった。何度か死にかけた──行き違いのもう二種類。

 「礼儀正しく、日頃の行いを良くして居れば、きちんと天に召されるその訳は、天を脅(おびや)かすこともない凡夫(ぼんぷ)、実は地獄かもしれないよ」──そうして怒りに触れたのだ。再び改めて輪(まわ)り廻(めぐ)る六道(りくどう)また六界(ろっかい)。

 龍は厳(いか)めしい形相に大蛇の身体を伴い、その肉体は牛のものとも云われ、どちらにせよ真相はもう良いのだ、巳(み)年で牡牛座の己が境遇ならば、その真相は何も厳めしくは無いのだ。あゝ長広舌(ちょうこうぜつ)、長広舌。彼等ホントはお喋りだったのが、しんと黙りこくって、その言葉を奪ったのアタシ、役者の役割の役得なのアタクシ。あゝ長広舌、長広舌。輪り廻る六界。

 貴方は憧れ、憎しみ、不快、不可解、同じ様(さま)、どちら様?則ち天上、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄?神様と自然の脅威を免(まぬが)れたかった?祖先に前世の事まで知りたがった?──マイ・フィニッシュド・バラッズ、おしまいなんだ。


 具体的に示せと?類型的に提示せよと?

 類型①:一番熱いもの。発表する側(にわかに注意されるもの)。単に、うざがられる人間。単純な性格。③と直接的な関係を持ちたがらない。この役者Bは演技に関して素人である。

 類型②:一番冷たいもの。指摘する側(にわかに提案されるもの)。単に、うざがる人間。明快な人格。④と直接的な関係を持ちたがらない。この役者Aは人生に関して素人である。

 類型③:①と②が生んだもの。創造する側(あたかも批判的なもの)。敢えて、うざがる人間。複雑な性格。①と間接的な関係を望む。この役者Bは演劇的な人生を歩む。

 類型④:②と③が産んだもの。批評する側(あたかも創作的なもの)。敢えて、うざがられる人間。怪奇な人格。②と間接的な関係を望む。この役者Aは人情的な演技をする。

 類型①は類型①のままが究極の、人類の最適解であった。しかし類型②がこの世に存在する以上、類型③と成らざるを得ない。私はいま類型③と為り掛けて、これを執筆している。そして私の夢は、類型②がこそこそと隠したい、類型④と成る瞬間を見届ける事で、得意気な顔を取り戻した類型④と対峙しながら、無責任にも類型①と為る事である。

 つまり人生Aにおける、役者Bの完成であり、役者Aにとってもまた、人生Bの完成となる。全く面倒くさい物語である。

 面倒な物語を一々洗いざらい、音楽だとか文学にして恥ずかしい思いをする類型①。何よりも羞恥の回避を優先し、何も無いのに何か有る振りをする類型②。何でも有りとなった禁忌は、羞恥でも何でも無い類型③。恥と外聞を避けるより積極的に、最優先に着手して恥も外聞も無い類型④。

 人生Aにおいて、役者Aは務(つと)まらないから。また役者Bにとっても、人生Bは詰まらないから。全く芝居くさい話である。

 私に『「いき」の構造』を書かせるでない、読者であらせろ!!君に『陰翳礼讃』を読ませるでない、筆者であらせろ!!……どうして貴公から逃れられぬ、どうしても機構から逃げられぬ!!!!


 昭和と呼応(こおう)しない──令和に横たわる年齢──平成を象(かたど)った生年月日

 結局誰も来なかった──息詰まる海と夕焼。天上界から人間界へ。君の忠告に従い、その宣告された日に毒でも呷(あお)れば良かった。人間界から修羅界へ。云う通りにすれば、才能と共に縊(くび)られた。修羅界から畜生界へ。この期に及んで尚(なお)書き歌い続け、死ぬほど生きてみたかった。畜生界から餓鬼界へ。みな社会的な肩書きの為、或いは立派な前科を付ける為に。餓鬼界から地獄界へ。頑張れ仕事!!頑張れ犯罪!!あい左様(さよう)なら、私は私で一杯の馬鹿、お誂(あつら)え向きの最期を迎える。乱筆乱文にて、かしこ。

 誰かとは違う──腹も割らない──平静を装(よそお)った幕切れ

「言語は文明なのです。……言葉はどんなに嫌な言葉であっても、ひととひととを結び合わせることができます。……これに反して沈黙はひとを孤立させます。」
-ロドヴィコ・セテムブリーニ

 言語や言葉でなし──沈黙でもない独言(ひとりごち)──地獄界から天上界へ

 悪意は案外、続かない。便箋(びんせん)、数枚持てば良い方だ。善意の方が、恙無(つつがな)い。煙草、吸うまいとすれば良い子だ。

 空洞め軽薄め役者の奴等め、自分の言葉を持てよ話せよ、誰か持て囃(はや)すなよ。借り物の言葉は既に、貸した者が亡き後で、一見自立した風を装ってみせるが、死に装束(しにしょうぞく)、自立できない奴等が寄り添いあって、寄り掛かった依存の束(たば)、煙草、吸うまいとすれば良い子だ。

 日本人より良い加減な日本人であれ、世界より正確な世界となれ、中途半端が究極のお前であれ。周りがそうする事の、中へゆけ、逆なんぞ手緩(てぬる)い、深層を行け、心臓を抜け、心魂(しんこん)を貫け、良い匂いか、そう臭(にお)うか、赤子、吸うまいとすれば良い子だ。


 地獄界から天上界へ


2021年11月22日月曜日

ジョー・ヤブーキかNori MBBMか

「すべての無常なものは比喩(ひゆ)にほかならず」
-ゲーテ「ファウスト」より

すべての不滅なものは──一つの比喩にほかならぬ。あの詩人たち(訳注 もっぱらゲーテをさす)は嘘を言いすぎるのだ。
-ニーチェ「ツァラトゥストラ」より

 不滅のギョエテか、無常のニーチェか、どちらにするか決めた?

 身体を燃やすジョー・ヤブーキか、精神を燃やすNori MBBMか、どちらにするか決めた?

 黒く塗れ!!終末のタンゴを踊れ!!黒塗りをつんざいて、始まりのワルツを踊れ!!


TMGEを!!MBBMが!!

 カバーMV、三十七ラウンド目。ミッシェルは完璧なバンドなので、一番かけ離れた弾き語り独演形式でないと勝ち目は無いと考え、はて弾き語りなら何が良いか、“赤毛のケリー”はもう公式にMVあるしな、“ドロップ”は高円寺の高架下に居る何処ぞの兄ちゃんはおろか菅田将暉だって演っていたしな、誰もが演るよな安易なカバーは芸が無いしな、“世界の終わり”に至ってはもう公式にMVがある上にミッチーも民生も吉井さんも演っていたしな、誰もが演るよな安易な(以下略)にまつわるエトセトラ──PUFFYはデビュー25周年──がエンドレスでとつおいつ思案を巡らし、誰もまだ意外と弾き語ってなさそうな、それでいて昔から手前の心に巣食って離れない、アンフィニッシュドな煩悩を燃やして舞う灰のバラッズ、この丑年に牛泥棒されたカウボーイが踊るワルツ、その“アッシュ”と相成った訳でAre you burning?(灰だけに)──


伯国(ブラジル)における下町のナポレオン“カシャーサ51”を背に、まず一献(村田英雄)

 長年の持論になりますが、ミッシェルは“アルバム二枚毎で大まかな時代区分が出来る”バンドであります。即ち、初期(「カルトグラス」&「ハイタイム」)、中期(「チキンゾンビーズ」&「ギヤブルーズ」)、後期(「カサノバスネイク」&「ロデオタンデム」)、最後期(「サブリナヘヴン」&「ノーヘヴン」)で、バンド全体の雰囲気ないしメンバーの容姿や音の質感に詩の世界観等をそれぞれ分類できるという事です。

 チバユウスケとクハラカズユキの髪型の変遷からウエノコウジの輩(やから)度合の亢進(こうしん)にアベフトシが鬼化してゆく過程まで、この“アルバム二枚毎の区分け”で逐一解説する事だって可能ですし、BJC指数(←今オレが作った数値基準)がTMGE最後期に掛けて高まって行くのを詳細に辿る事だって出来るのです(逆にブランキーはミッシェル化していった印象で、互いに影響を及ぼし合っていたんだな、と推察されますイベントの打ち上げで一緒に焚き火してる動画を観て)。


 結局なにが言いてえかって、モッズスーツでキメた男四匹によるローファイな音宇宙が最高沸点に達してドロドロのぐっちゃぐちゃに煮詰められてtmgeからTMGEへと進化した中期こそ至高、もう完全にこのバンドどうかしてるなって瞬間が学生時代にカルチャーショック否むせかえるよカルチャー、枯れちゃう、そしてミッシェルで初めて買ったこの「ギヤブルーズ」というアルバムからの一曲“アッシュ”をカバーしたって訳さ(こう動機を話す迄のイントロが何時も長いからサブスクに不向きなMBBMはTMGEに愛と、いう、憎イエー)。

 5thアルバム「カサノバスネイク」以降の後期は“つきぬけた”(ゆらゆら帝国ぢゃないよ)って感じで、まるで此処じゃない何処かで“マキシマム・ロッキン・ブルーズ”が爆発してて、最後期の7th「サブリナヘヴン」と8th「ノーヘヴン」で“完全に出来上がってしまった”(ゆら帝解散に際しての坂本さんのメッセージはマヂ心にヒットする)という印象で、この頃はもう笑えないというか笑っちゃいけないシリアスな雰囲気がプンプン漂ってるんだ(←3104丁目)……自分はやっぱり初期の可愛げとかユーモアがまだまだ残っている3rd「チキンゾンビーズ」が一番お気にのアルバムだなんて唐突な自分語り a.k.a. ハイ!チャイナ!


バーのオーナーにパシャリ撮って貰いました

 今回のナンバーに相応しい場所としてラテンな雰囲気のあるバーはないか?という事で、明大前にある“カフェバー・LIVRE”さんを借りて、撮影させて頂いたのですが、オーナーの方がかつて高円寺在住かつ働いていたライヴハウスの先輩でもあり、撮影後も話が盛り上がってつい長居してしまいました。しかもお店にはチバさんも数回来店されたとのこと、予期せぬ偶然が度重なって私震えましたワよドグマッてねドグマッ!!


ウエニトベウエニ、ウエニウエニトベ


~~~~


燃えたよ

真っ白に、燃え尽きた

真っ白な灰に……


「し、試合終了です!終了ゴングと同時に精も根も尽き果てたかチャンピオン、ガックリと倒れ掛けましたが、これはダウンになりません!勝敗は遂に判定に持ち込まれました。それにしても三十七ラウンドの長丁場、終始凄まじい試合展開を見せたこの世界タイトルマッチ!日本のNori MBBM、よくやりました!最後の最後まで頑張り抜きました、バーニン屋ノリ!!さあ、判定はどう出ますか!?観衆は総立ち!!レフェリー、採点カードを集めております。」


おっちゃん、おっちゃんよ……

──おお!なんだノリ

ギターを、外してくれや

──おい来た


「集めた採点カードを係に渡しましたレフェリー。さあ、まもなく判定が出ます。」


◯◯は、いるかい?

──ここにいるわノリくん!

このギター貰ってくれ

あんたに貰ってほしいんだ……


「レフェリーが判定を読み上げます。勝敗はどちらか、緊張する一瞬!!」


“×××!!”


嗚呼……


「残念、残念です!!ぜ、善戦むなしく敗れました、日本のNori MBBM!!」


(ああっ……×××の顔を見ろ……)

(髪の毛も……あんなに……)


──惜しかったなノリ……
しかし、ようやったぜ
わしゃもう、もう何も言うこたぁねえ


よう、やった……

ノリ……!?


~~~~


 次回11月25日
 マイ・フィニッシュド・バラッズ最終話!!

 「役者二種類どちら様」

 男子、三日会わざれば刮目して見よ!!


 “完全な、始まりなき詩”──


2021年8月23日月曜日

ギョ・ギョ・ギョエテかNori MBBMか

悪い事は言わないから、預言者を信じるな。悪い事を言わないから、Nori MBBMは信じるな。

明日の雉(きじ)よりも
今日の雀(すずめ)を選んだのです
-イリミアーシュ

 オリンピックが終わり、お次はパラリンピックとな。この気持ちが一向にノらない訳は、日々の忍従とその鬱憤も然(さ)る事ながら、公式に掲げられた五輪精神より優先されるもの──IOCと政府の内情によって開催されるという独善や独断──が目に付くから。“自分は参加しないからって綺麗事を言うな”“五輪開催都市契約を反故(ほご)にする損失やリスクが~”などと云うのなら、このまま本末転倒した世界に甘んずる他ない。六歩前に、六歩後へ、するしかない……政治家が芸術を嗜(たしな)んでも芸術それをやれないのは、そのとき政治を辞める羽目になるからで、同様に俺はどこまでいっても政治に口出しするしか出来ないワ、何故ならあれ介入なんてしちまった日には芸術その音楽を辞めなければならないからだ!!



 野坂昭如という人でしたら、間髪入れずに爆裂拳(ばくれつけん)が炸裂でしょう。“火垂るの墓”や“おもちゃのチャチャチャ”など御多分に洩れず小学生の頃には既に存じておりましたが、それがあの大島渚監督やダウンタウンとどつき合ってたオッサンと一向に結び付かず、その他の音楽活動やタレント活動の詳細については大分後になってから知る事となりました。今にして思えば、美輪さんのインタビューとかラジオでもちょくちょくその名は見聞きしていた気がするけど、それ以外の三島由紀夫とか江戸川乱歩とか寺山修司とか中原淳一らにすっかり気を取られていました。


敬愛する蜂鳥あみ太さんも過去にライヴしていた渋谷の◯◯バーにて

 今回の演奏アレンジに関してですが、令和元年末に演った「骨まで愛して」のカバーと同様、いやスラップベース等も入れて更にパワーアップ、恣意的なノイズに塗(まみ)れながらカバーして演りました(お陰様でスラップベースか何なのかノイズで何が何だか分かりません)。オルタナロック直撃世代ですから。


ほなホヲナアのアコルヂオンで夜通し「サタンタンゴ」をば

 嗚呼、何とか世代とか下らぬから、やめよう。野坂昭如という人も今の世の中なら、すぐさま“老害”扱いされて終わりだろう。石原慎太郎とかと同じ括りで。だからこそ、カバーしたくなる。


用採をき書横右は記表幕字詞歌のVMの回今

 文化的に貧しくて窮屈なのは御免だ──“知らないことの中にだけ答えがある”と私より八歳上のグラムロッカーが歌っていた──これからも出来るだけ理解できぬ方向に進んで参りたい……あ、方向に因(ちな)んで、MVの歌詞字幕に関して一言。和心溢れる時は縦書きにしがちなんだけど、同じく大和魂迸(ほとばし)る右横書きまだやった事なかったなって、ただそれだけ(♪ひっびっがぁ←アジカン「夕暮れの紅」はあの「リライト」のシングルB面だ兄の御下がりで頂いたアイワXP-MP3という銀とブルーのCDプレーヤーで毎日アジカンだテナーだ塾の行き帰りとかに聴きまくっただ♪キラァアッァッアン、チュンチュンッチューン←テナー「KILLER TUNE」)。


鞭にも色んな種類のムチがあって様々な仕打ちがある

 文化的な貧しさ、償いて無知の知の仕打ち、鞭打ちペチペチ、尊厳は精神にあって肉にはない為の笞(むち)打ち、肉に加える苦痛が魂を体から精神へと追い返し、精神を再び支配者の位置に着かせる為の笞刑(ちけい)及び拉致。

 ソ・ソ・ソクラテスかプラトンか、ニ・ニ・ニーチェかサルトルか、シェ・シェ・シェイクスピアか西鶴か、ギョ・ギョ・ギョエテかNori MBBMか──ギョエテはゲーテでシルレルはシラーだよ!!また理解できぬ文学や訳の分からぬ音楽の下で会いましょう。

 ッマグド

 マクドじゃお前ミスターバーニングビッグマック即ちMBBMぢゃねえか、嗚呼そうだ手前がMBBMぢゃねえか。右横書きでもMBBM、左横書きでもMBBM、上から読んでも下から読んでもMBBM、MBBM!!正真正銘、正々堂々、ずっとずっとずうっとMBBMぢゃねえか。

 ドグマッ


2021年7月26日月曜日

アフターマス、水の上を歩くこと出来ます?

もしきみが裁判に行くなら、しっかりした市民が見つけられる機会がある良い地区へ行ったほうがいい。
-マヌエル・ガルシア・オケリー・デイビス

 悪い人達のせいで、人が人を裁く事の違和も感じなくなったが、やはり馬鹿にむかつくので、良き人が善き裁きをしておくれ。

 罪人が甘く見られる世界で、善人が苦しめられる処で、良きは善きと識(し)っても、悪しきは悪しきでしかないと認めてくれ。

 悪魔に付け込まれ、それより強くなるは不可能だと思われる程に騙され、良きが善きと呼べる位に覆(くつがえ)され、オセロがオセロの黒に塗り潰され……



 今回は云わずと知れた世界一有名なロックンロールバンドのカバーですが、私にはずっと難しいバンドでした──何が難しいって職人だから、ブルースの。ビートルズやフーが提示するよな革新性は鼻に付いてしゃらくせえし、キンクスの人懐こいポップセンスも要らん。気付いたら始まっていて、気付いたら終わっている。職人芸、或いは人生。

 バンド名が“転がる石”というのは言い当て妙な話、その巌(いわお)の厳(いか)めしさや貫禄が貴様に感じられるかという咄(はなし)、似たような漢字の感じみたいな的な自然な噺(はなし)。わたし、正直ふらっと寄ってみては“こんなもんか”とただ帰ってしまっていました、つまり、ロック史に残るストーンズ黄金期の名盤を聴いても“ふうん”としか思わなかったし、酷評されている幾つかのアルバムを聴けば“全然格好良いぢゃねえか”とも思ったし、世間の評価ほど絶賛も批判も出来ないバンドでありました、自然すぎて、違和感なさすぎて……偉大とはこの事でしょうか。自分なりの評価が十代より確立されていたビートルズはとうの昔にカバーMVしていたけど、ストーンズの方は今日の今迄かかってしまいました。あッ(←村八分)、今日はSirミックのお誕生日です、78歳おめでとうございます。4,000人斬り(←誰が数えたんだよ村田英雄)。今じゃストーンズ好きですよ、人生くらいには。



 今回の楽曲ですけど、元々はストーンズが1966年に出したシングルで、アルバムだとUS盤の「アフターマス」に収録されております。あッ(←村八分2回目)、“ストーンズのUK盤/US盤どっちを選ぶか”問題についてですが、私は勿論UK盤一択です(US盤はジャケットデザインや選曲順に誠実さを感じられぬので)。それからご承知の通り、当カバーMVシリーズで洋楽を演る際は拙者による日本語訳詩が基本ですが、そこは世界一有名なバンドの代表曲の一つでしたから、既にキヨシローさんや吉井さんによる和訳がありましてですね、今回は原曲に近い“キヨシローver.”の日本語詞で演らせて頂きました(但し、キーはストーンズの原曲と同じです)。



 昨年は初めて緊急事態宣言が発令されて面喰らった瞬間もありましたが、今年はオリンピック中心に矛盾だらけで動く国の身勝手にぐだぐだと付き合わされる一年であります。“イモなドラマは見たくもねえ”、“黄色も白も赤も興味がねえ”という訳です。この黒い感情をイカした音の塊に、暑中見舞いとして皆様へお贈り致します(ブライアンに敬意を表して、シンセでシタールも弾いて演りましたワ)。



 粋なブログで野暮なこたぁ愚痴りたくないので話を戻します、貴方はストーンズのどのアルバムが好きですか?そこにこそ興味がある。圧倒的に力説されてみたい。え、ストーンズに興味ない?手前は何が好きなんだって?手前は“ストーンズによるビートルズの模倣”と嘲笑された「サタニック・マジェスティーズ(1967)」のヘンテコなサイケ感も好きだし、“ストーンズによるストーンズの模倣”と揶揄(やゆ)された「スティール・ホイールズ(89)」も結構好きだけど、一番のお気にはジャケ写でもう一目惚れしちまったUK盤の「アフターマス(66)」であります(今回カバーした“黒く塗れ”は上述した様にUS盤にしか入ってないですが)。音的には勿論ミック・テイラーが居た時期の大胆不敵で豊饒(ほうじょう)な演奏が心地良くてしっくりくるんだけど、「アフターマス」は最初から最後まで緊張感を保ったまま矢継ぎ早にストーンズの黒いリズム及びブルースを聴かせてくれるから最高です最強です。てか“アンダー・マイ・サム”とかいう神曲で全てキマりっしょ(ルースターズの高速カバーもね、ありゃ一発でトべますから)!!

 黄金期とされる中でも「ベガーズ・バンケット(68)」とか「スティッキー・フィンガーズ(71)」はソリッドで潔くて半端ぢゃない作品だと思うし、それ以外の時期でも曲単位なら一撃必殺みたいなカッコ良いナンバー沢山あるけど、正直ストーンズってアルバム聴いているとダレてきませんか?カバーばかりの初期とかは別として(現時点で最新の「ブルー&ロンサム(2016)」、最高なカバーアルバムだ、ジジイになるって最高にブルーズだ)。

 ヒロトが好きな「レット・イット・ブリード(1969)」も、志磨さんの好きな「山羊の頭のスープ(73)」も、サンハウス(←日本の)やルースターズや南浩二さんにも影響を与えたであろう「メインストリートのならず者(72)」も、“和製ドールズ”なルージュのタコさんが♪ベイベェ……と真似した「イッツ・オンリー・ロックン・ロール(74)」も、恍惚として昇天しそうになる瞬間はあるんだけど、間に合わせの様な曲がだらっと流れ始めると途端に萎えてしまう。しかしそんながまた、人生か。



 という訳でこれを読まれたストーンズフリークの方々、私に会ったらストーンズの真髄をとくと説いてやってくださいまし。ちなみに、キヨシローのRCで一番好きなアルバムは「ブルー(81)」です。初っ端グリッタービートで始まるからなのか何なのか分かりませんが、多分いちばん再生しております(次点に「プリーズ(80)」、これもキモチEのでよく聴きます)。ストーンズだけぢゃなしRCの話も誰かと……してみたい(←中川勝彦)、しかしする人がおらん(♪プリーズアンダスタンミィ)!!


 それではまたオリンピックが終わる頃に、きっと御目にかかりますアフターマス──