2022年12月31日土曜日

令和四年“豁然開朗”完了

これもいっておかねばならぬが、ペストはすべての者から、恋愛と、さらに友情の能力さえも奪ってしまった。なぜなら、愛は幾らかの未来を要求するものであり、しかもわれわれにとってはもはや刻々の瞬間しか存在しなかったからである。
-ベルナール・リウー

 こりゃ今しか出来ぬ楽しみである、とリモート会議にリモート呑み、首の皮一枚で何とか繋がっている友情、愛情、また必ず会おうね、とコロナの初めが懐かしい。

 もしこれが永遠に終わらぬとしたら、生活様式が戻らぬとしたら、リモートで繋いでも繋いでも、繋いだままで居られぬ友情、愛情の切り離された不可逆だけを確かめる事となる。もう一人は必要無いし、もう独りで充分なのだから……

 これで生きる術を覚えたな──音楽、文学、食費、生活費、タヒ。

 今宵年を越す為に、今晩目掛けて人を超す。自意識がそう願うでなし、無意識に勝手そうなるさ。底知れぬパワーに、根拠の無い自信。月日と時間のシステムに、現世が人生の加速する。真似できない死に、マネーの無い自身。貴方知らない生活に、人間頼りない乾杯。貴方にあらゆる外界(がいかい)詰め込んで、人間になるだけ自分当て嵌(は)めて。



 今年も益々有難う、令和四年“豁然開朗”完了。


2022年12月11日日曜日

無常の日が11月30日の解答す –我、令和オルタナティヴⅡ–




 或いは、エヴァンゲリオンが描く他の季節を失くしたよな夏の閉塞感。ナンバーガールが描く冷凍都市の少女らと軋轢(あつれき)った夏の焦燥感。あれは、さうdeathね、僕の真っ黒な思春期でした。

 通学路のブロック塀と傾いた電柱とくすんだ青に浮いた雲、動かぬ曇、何処(どこ)迄も奥行きの無い風景でした。何で知っているの、僕の想い出。その情景、そっと切り取って置いておいてくれたの。悲しくなるね、センチメンタル過剰。処理速度が追い付かなくて、絶叫してしまうね。



 エイトビーター、イッツソージャパニーズスタイル-其の壱
 春が来る迄、眠り続ける恋心。忘れた振りして、絶叫してしまうね

 エイトビーター、イッツソージャパニーズスタイル-其の弐
 家猫娘(いえねこむすめ)は僕の流したレコード、ケチつけて眠る。イギーポップもほら、絶叫してしまうね

 エイトビーター、イッツソージャパニーズスタイル-其の参
 透明少女は血を流したスケルトン、問答無用で消える。エレクトリック握りしめ、絶叫してしまうね

 エイトビーター、イッツソージャパニーズスタイル-其の肆
 透明は4んで見えない(透明に見える)

 エイトビーター、イッツソージャパニーズスタイル-其の伍
 見えないのに5認される(透明が見える)

 エイトビーター、イッツソージャパニーズスタイル-其の陸
 色が6に見えない(透明少女に見える)

 エイトビーター、イッツソージャパニーズスタイル-其の漆
 しち、七条(しちぢやう)、虹、非日常

 よみ、がえる、性的、衝動
 繰り、かえされる、諸行、無常

 エイトビーター、イッツソー
 ジャパニーズスタイル!!
 -其の捌

 いつか、六界も、七の、何かに
 今日の、日めくり、こう、呟いた

【MBBMの日めくりバーニン六界】EIGHT BEATER生まれし焦燥都市24時、眠らぬ街で、血走った眼で、酩酊、ないし寝不足で、常識はずれる、如何にも書ける、異化にも駆ける、イマ十二月の1+2=Ⅲ、以下にも掛ける、エヴァ三男坊主が8ビートで24、ナンバガ二掛ける四ならThis is EIGHT BEATER。ドグマッ



・ドラムス、アヒトサシユビザワ(a 人差し指澤)

・ボーカルやギターは原曲よりハッキリと聴き取れる様に録音、ミックスした

・最初にカバーMVしよう思って宅録したのは“YOUNG GIRL SEVENTEEN SEXUALLY KNOWING”

・だってナンバガで一番イカした曲だから(田渕ひさ子さんもコレが一番好きらしい)

・でも今回“EIGHT BEATER”をカバーしたのは、この曲がオレだと気付いたから(冒頭に“南無、重金属宣言”あり)

・ナンバガで一番エモいと思う詩は“IGGY POP FAN CLUB”(ほぼ俺の実体験)

・ナンバガで一番好きなアルバムは「SAPPUKEI」か「NUM-HEAVYMETALLIC」か未だ決めかねている

・オリジナルアルバム4枚だけ所持のフアンなので(シングルとかベスト盤は持ってない)、“鉄風~”とか“I don't know”にそんな思い入れが無い

・だから今宵の解散ライヴで忘れ得ぬ曲として手前に刻まれる予定

・中憲のケンとNori MBBMのノリは同じ漢字

・向井秀徳のトクも本名はノリと読む感じ

・ブラックフランシスと向井秀徳は親戚のおぢさん(これマヂ)



 今から解散ライヴ行ってくる(感想はツイッターの方で呟く)。


2022年11月30日水曜日

平成総体(上)

ツァリンツァリン

 夜空にちょうど穴を開けた様な月が、或いは闇夜に鏡を嵌(は)め込んだ様に、甚だ不自然の体(てい)であった。何も写さない鏡みたいで、即ち全て取り込んでしまったみたいで。

 天上め、人間め、修羅めが!!

一日目の午後

 三日連続で人身事故に出会(でくわ)した。通勤で乗り換えの秋葉原駅に着く度、本日は電車が遅れまして云々(うんぬん)。本日“も”であるが、それは駅員が誰よりも感じている事なので、一々口には出さない。こうも人身事故が連日続くと何だか国全体、そればかりか地球全体まで疑ってしまう。

 “まさか地球が自転しないまま公転して、このまま二度と夜が明けないかもな、フィクションでは有り得る事だよ。だって作者とか読者が神様なんだから、ここぢゃあ人に神の権限が与えられているんだから、不安で不安で仕様が無(ね)えや……”

 新高はスマートフォンをスーツのポケットから徐(おもむろ)に取り出し、読んでいる途中であった電子書籍のページを開いた。


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【地獄篇】巻頭付録
「時代二種類どちら様」

 以下に四つの時代区分を明示しておきます。これは拙著“六界記紀”その【地獄篇】である「役者二種類どちら様」を読む上で、作中に列挙した役者類型の四つのパターンと併せて認識して貰う事で、作品の理解の一助となる有益なものですので、別冊という形になりますが、巻頭付録とさせて頂きました。

 区分①:浮かれた時代、まさしく戦後、昭和、馬鹿で何にも考えず、何にでも口を出す、可能性だけの、馬鹿に楽しい時、どう楽しんで生きるか、それが彼等最大のテーマ。

 区分②:白けた時代、まさしく戦前、平成、馬鹿は何か考えろ、何か考えてから口にしろ、可能性の、馬鹿が待ったをかけられた時、どうやって生きるか、これが僕等最大のテーマ。

 区分③:挫かれた時代、まるで戦中、令和、馬鹿に考え抜いて、選(よ)りすぐり選(え)りすぐり実行する、実現可能性の、馬鹿が行動に移す時、どうやって死ぬか、あれが君等最大のテーマ。

 区分④:終わらされた時代、まるで終戦、平和、馬鹿は覚悟を決めて、唯一残された義務を遂に完了する、実現可能性だけの、馬鹿を卒業する時、どう苦しんで死ぬか、どれが我等最大のテーマ?

 Nori MBBM


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 毎年、国全体の自殺者数の発表に際し、「近年は増加傾向にあるので、早急に対策を取らなければならない」という旨の一文が申し訳程度に添えられているが、あれは一体何の積もりか。区役所からの様々な督促状を受け取る度に、こりゃあまた自殺者数増えるわ増えるわ、と思わず笑ってしまうからさ。逆に何で国は減ると思っているんだ──所得税、住民税、消費税、酒税、航空機燃料税、石油石炭税、自動車重量税、関税、自動車税(環境性能割・種別割)、軽自動車税(環境性能割・種別割)、狩猟税、鉱産税、入湯税、相続税・贈与税、登録免許税、印紙税、不動産取得税、固定資産税、特別土地保有税、都市計画税──逆に何で国は減らしてくれないんだ?この際、“人身事故税”も追加したら良いんぢゃないか?貧乏人からだって“督促状印紙税”とか“督促状取得税”とか“督促状保有税”とかさ!もうかるぜ、おかみさんよ!

 ふと、今年一番死にかけた瞬間を思い出してみる。これを毎年並べたら、どんどん更新されそうで、手前の死まで確定しそうで、せめて、今年一番嬉しかった瞬間を思い出した方が、などと柄にも無く思ってしまった。何だまだ生きたかったのかよ。如何(どう)したって人間あっという間に死ぬんだぞ。人生すぐだ……それが如何して中々終わらない。

 秋葉原駅で来ない電車を待ちながら、はたまた人身事故のアナウンスを聞きながら、以上の如き思案、妄想を巡らし、新高は職場に体調不良の旨を伝え、今夜の勤務はおろか、もう二度と出社する事も無かった。そうして改札を出て、何となし神田方面へ歩いて行き、道すがら目に留まったレンタカー屋へと入ってしまったのであった。

二日目の午前

 幸運にも難を逃れた様だった。間一髪の処で、運転するレンタカーをぶつけずに済んだのだ。それは新高が慣れぬ道を走っている時だった。

 「あゝ助かった……助かったけど」
 「助かったけど?」
 「こんな処で信仰貯金を使いたくなかった」
 「信仰貯金?銀行貯金みたいに!」
 「こんな詰まらん事で、積み上げてきた信頼をだな」
 「新高君、“信頼”ならまだしも“信仰”は結局、金なのかね?」
 「金なのかね?って不信心者を見る様な目で誘導尋問やめてください」
 「しかしね、君には不誠実なものを感じますよ」
 「貴方の信仰は、人を評価できるほど高尚なもんですか?」
 「そんな事はないですが、少なくとも金に基づいたものでは無い」
 「はあ、お布施も、お賽銭も、正月の初詣も、私には大切な信仰の一つなのですが」
 「それは否定しませんよ、ただ“信仰貯金”という言葉が、引っ掛かっただけで御座居ます」
 「数値化、可視化するのが、厭(いや)らしいというんでしょう?」
 「えゝ信仰は、試練であったとしても、試験ではないですから」
 「その物云い嫌です、というより貴方が厭らしいと見なした私の見解に、案外近いですよ」
 「それはそうです、新高君に寄り添って考えてみたのですから」
 「処で貴方、さっきから当然の如く話し掛けてくる貴様、一体誰です?これ私の車ですよ、借り物ですがね、一体いつ乗り込んで来たんですか」
 「いつとは言わん迄も、何時(いつ)も君が両手を合わせるその、向かう側に居るものですよ……いや実を言うと神田辺りですよ」
 「信仰貯金、私は本当に使い切ったんだな……人間に見える形で現れるだなんて、もはや神様、いや貴様、目に見えて表せるなんて……今まで一体何を信じて来たんだろう、何でお願いしていたのだろう、馬鹿だ、間抜けだ、不仕合わせだ、全部自分に使えば良かったんだ……そしたらこんな車も運転しないで誰かに運転して貰えたし、さっき“信頼ならまだしも”とか云っていたけど、信頼も試練もまやかしだ、嘘が通じるのはそれが他人だからだ、神様、貴方が他人だからだ、人だからだ、嘘が通じないのはこれが自分だからだ、嘘を付けない対象は自分だけなんだ、自分だけで充分だったんだ、それなのに、それなのに!コミュニケーションの聖域に踏み込んで来るんぢゃない!お金を払えば特別な事を教えてあげますよ、いやいやウチはソコんとこ無償でやりますよ、なんてニュース速報はゴミ、全ネットニュースはゴミクズ、その上に成り立つ議論もまとめてゴミクズ箱、手前以外の神様気取りも含めて全て可燃ゴミクズ箱!会社も社会も全部いらねんだ……もっとコミュニケーションは……とても尊いんだ」
 「……とても地獄(ぢごく)は一定(いちぢやう)すみかぞかし!弥陀の本願(ほんぐわん)まことにおはしまさば、釈尊(しやくそん)の説教、虚言(きよごん)なるべからず!仏説(ぶつせつ)まことにおはしまさば、善導(ぜんどう)の御釈(おんしやく)、虚言したまふべからず!善導の御釈まことならば、法然(ほふねん)のおほせそらごとならんや!法然のおほせまことならば、親鸞がまうすむね、またもてむなしかるべからずさふらふ歟(か)!」
 「何を急にブツブツと……地獄は我が住家であると定まって居ます!阿弥陀如来の本願が真実であるならば、釈尊(しゃくそん)の説かれた教えも虚言であるはずがありません!仏説が真実ならば、善導(ぜんどう)の御解釈も虚言を云っているはずはないでしょう!善導の御解釈が真実ならば、法然の仰(おっしゃ)った御言葉も虚言で有り得ましょうか!法然の仰った言葉が真実ならば、この親鸞が申し上げる事どもも、また偽(いつわ)りである事もありますまい!ってか?貴様、手前(てめえ)の家が浄土真宗と知ってか!」
 「詮(せん)ずるところ愚身(ぐしん)の信心(しんじん)にをきては、かくのごとし!このうへは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々(めんめん)の御(おん)はからひなりと!云々……」
 「結局の処、愚かなこの身の信心ではこの様になります!この上(うえ)は、念仏を選んでお信じになられるのも、また捨てられるのも、皆様方のお計らい次第です!と云々……ってか?何だよ“と云々”って人と会話中に、ツァラトゥストラは“こう語った”みたいに一々テンプレで切り上げやがって!いや唯円(ゆいえん)の方が五、六世紀くらい先か……とにかく、『歎異抄(たんにしょう)』も『ツァラトゥストラ』も平成の内にもう読んだよ、それで神も何も人間不信となってこの様だ!知恵を持ってしまったら、信心は手放さないといけない決まりなの?計らいで以(もっ)てして、神が人を信じられなくなるとでも云うの?神様ともあろうものが、人間如きの道理で拗(す)ねちゃうの?令和の頭からずっとこうだ畜生め、餓鬼め、地獄めが!!」
 「……とても地獄は一定すみかぞかし!弥陀の本願まことにお

 新高の云う信仰の貯金は底を尽きた、まさか銀行貯金よりも早く。何時の間にやら神は、金と姿を眩(くら)ました。それから新高が話し掛けられる事も無くなった、何時かまた貯金の類いを始める迄は。ツァリンツァリン

二日目の午後

 三回目というのは本当の二回目でもあるんだ。二度ある事は三度あるをやるんだ。

 中肉中背の健康体で医師の所見無し。配偶者無し。生活は人並みだが、睡眠時間だけはかなり乱れている。小学生時分より読書を趣味とし、それが今に繋がる夜更かしを不眠症にまで助長したのだと思われる。兄が二人居るので、三男という事になる。故に、何時も一回目と二回目を逃し続けた男である──新高昂(にいたか のぼる)、33歳。

 つまり、一回目というのは全てを貫く事だ。ならば、二回目というのは全ての裏を行く事だ。そして、三回目というのは全ての裏が表に成るという事だ。敢えての一回目を三回目にやるんだ。全て二回目の一回目だ──新高昂、33歳。

 「ずばり、私はその様に、愛されたかったのですね。三男なんですけど、初めての子供の様に、です。だから、長男とも次男とも違う、差別化ですよね。それが本当に、差別的になっちゃった、大体みなから避けられるんですよ。サクリファイス!生け贄と成った!そんな処でしょう!詳しくは、旧約聖書の“創世記”その第二十二章を参照されたし、です。何を隠そうこの“平成総体(へいせいそうたい)”という話は、私の七日間、たった一週間の出来事なのです。神の七日間、たった六回の眠りがもたらした天地創造なのです、つまり六界を経ての話であります。」

 三度目の正直をやるんだ。自己主張などするものか。異論反論するものか。エロとグロに次ぐ、この荒唐無稽がナンセンス──新高昂、33歳。

 プラス、マイナス、ゼロ、その平成。更にその、総体。しかし、ナンセンスに幾ら高尚なセンスを掛けた処で、ナンが難儀でナンセンス、x掛ける処の0は悉(ことごと)く無。この平成。更にこの、総体。しかし、ナンセンスに幾ら高尚な、何のセンスを掛けた処で、うわあゝ

三日目の午前

 篠歩に感じた最大の違和、あれ一体何だったんだろう?篠歩(しのぶ)いうのは先日、別れたばかりの女だけど。最後の最後まで相容(あいい)れなかったあの感じ、今もよく分からない。

 例えば、私が通っていた──最低な思い出ばかりの──中学校の教室で、今の職場の上司が何故か、その彼がやった事もない数学の、難解な講義を私に向かって教えている、そんな夢を見た。何だ夢語りか、と辟易(へきえき)しないでおくれ。

 職場の上司には以前から言語化できない違和が、その容姿や口調、凡(あら)ゆる言動の端々(はしばし)から感ぜられて、如何も苦手だったのだ。夢は記憶の各フォルダの鍵、引き出しの取っ手みたいなもので、私はそれを引きずり出してしまったという訳だ。要するに、職場の上司への違和が、いま解明されたらしい。

 中学の教室で・職場の上司が・数学を教える、こんなに最低が最高峰たるシチュエーションを用意してくれる夢、何時だって配慮も容赦も無い夢。まず私の嫌いだった中学の先公の一人は、英語を教える浅黒い肥満体の眼鏡であったが、その話す時の声質、間の空け方、知識のひけらかし方等が、職場の上司──肥満体ではないがそれも浅黒い中年の眼鏡──と見紛う程だったのだ。何故に今迄、この類似に気付かなかったのだろう。それは両者が遠く隔てられた処で、頻繁にシンクロこそするものの、決して似ているとは言い難かったからであろう。私が最も嫌いだったのは件(くだん)の英語の先公であったので、それでは夢で職場の上司が教えていたのが何故に数学だったのかというと、これは単に数学が一番の苦手科目だったからだ、全て引っ括(くる)めて嫌悪感の総合体を見せつけられたのだ。

 篠歩に対する違和の全ては、これだろう。そして自らだけでなし、篠歩の方が抱いていた私への違和まで、同時に分かってしまった様である。そういえば、私の描く歪(ゆが)んだ丸い文字と、篠歩の書く“でん”と屹立(きつりつ)するよな角ばった文字の、そのフォントはかなり違っていた──PCのワードにプリセットされている処の──平成明朝体に違いなかったのだ。

三日目の午後

 篠歩にとって恋愛など、流れ作業に違いなかった。いわばカルマでなしノルマ。ただ新高にはそれが解せないので、彼女だけが何時だって苦労した。幾らか自分自身の経験値になれば良かった、しかし気持ち悪くて思い出したくもない想い出ばかり。経験した事にしたくもない。

 馬鹿の一つ覚えに舌を入れてくる。前戯で延々と吸い付いてくる。しつこくて陰湿で痛い。性器をゆっくり入れて来るのが気色悪い。吐き気がする。どいつもこいつも痛い。痛い痛い痛い。

 適当に忘れられて、適度に覚えられている。そんな良い男は、一人と居やしない。一切を忘れようとしないで、合切が変な事ばかり覚えている。性別は全く、意識まで乖離(かいり)させる。異性は殆(ほとん)ど、非常識に近い。事後のあの、だらしない顔。また性懲りもなく盛(さか)る顔、どうにかならない?

 まだ私が男だったら良かった。へなへなした奴ばかり。あんな半端なミミズ文字を書く奴より、私が男に生まれるべきだった。

 何だかこの男と同じ平成元年生まれというのが、急に気持ち悪くなってきた、おえ。どちらかが昭和か、いっそのこと令和生まれで、恋愛対象にすら成らないで欲しかった。性的対象に、人間的対象にしないで!!

 むかついて睨(にら)み付ける。“可愛い”とか抜かす。気持ち悪い。“怒らないで”とか抜かす。鬱陶(うっとう)しい。私だったらもっとマシな事を云う。何時も先にすっきりしやがって。私だったらもっとマシなタイミングで出す。何時も先に寝やがって。

 以上の訴え虚(むな)しく、新高は翌日の昼まで目を覚ます事がなかった。篠歩は無言で彼の部屋を去った、今度ばかりは二度と帰らないと決めて。事実、二人が逢う事はもう二度と無かった。

 “絶対にそうだと分かって居ても、分かって貰うには絶対なんてものが無いから困るの。絶対以外を全てやってやらないと、一部を残して全部やるのよ!それできっと絶対という事が分かるでしょ、神様は素晴らしいんでしょ?それより素晴らしいものがあっては困るの、貴方より良い人が居ては。私を良い人にされても、困るのよ。”

四日目の午前

 篠歩はどこ行ったのか、このまま二度と逢えない事は無いにしても。にしても後何回、こんな事できるだろう。死ぬ迄に後何回、女とやれるだろう。昨日は良かった、燃えた、今朝だって、燃える、ゴミの日か。生きている内、後何回、ゴミ出しせねばならぬか。後何回、洗濯せねばならぬか。後何回、家賃払わねばならぬか。アパートの馬鹿野郎、マンションの馬鹿野郎。

 ここ十年以上住んでいるアパートの隣に、大きな駐車場付きのマンションが出来た。部屋の窓の真ん前に聳(そび)え立つそれは、このアパートの2.5倍程の高さがあって、恐らく7階位あるのではないか、周囲の景観からは明らかに浮いている。高円寺という土地に、高層階は似合わない。思えば建設中から嫌な予感がしていた、巨大で目障り、ガンガン打ち付ける音の耳障り、一年近く続いた心障り、大家は何も知らなかったのか?であるから管理会社は、一刻も早くここの家賃を下げて欲しい。

 はす向かいの家も大変だ、例のマンションのせいで私と同じ目に遭っているに違いない。いや、それ以上だろう。そこは築三十年程の一軒家で、父、娘二人、息子と住んでいる様だったが、母親らしき人は一度も見た事が無い。お父さんと小学校中学年位の息子は毎週末、家の前の路地でキャッチボールをしている。二人は仲が良い様で、私は彼等の喧騒(けんそう)を気にも留めない。目障りでも耳障りでも心障りでもない。もっと派手に遊んでくれたら良い、とさえ思う。それから二人居る娘の上の方が、かなりグレているみたい。高校生くらいの娘だろうか、家の扉を壊さんばかりの勢いで開閉し、鬼の形相で駆けてゆくのを何度か見掛けた事がある。家の中だけでなし、家の玄関の前でも、淡々とした口調で話す父親に対して、近所に響き渡る程の大声で激昂しているのを幾度となく目や耳にした。もっと穏やかに話してくれたら良いのに。配偶者を持たぬ男やもめの私が、よその家族の事をここまで知ってしまった。そない知らせてくれるな、そない知りたくなかった。であるから区自治体は、一刻も早くここの家賃を下げて欲しい。

 処で今年の二月に始まったロシアによるウクライナ侵攻を理由に、原油価格が高騰していると言われて久しいが、この原油高騰というヤツが、凡ゆる物価高の原因とされている(円安等の影響もあるので、正確には物価高の言い訳にされている)。大手食品メーカーは主力商品を値上げするか量を減らすかして、地域のスーパーや飲食店も同様の動きを見せて対応している。食べ物だけでなし着る物にしてもそうだ、きっと着る物だけでなし住まいもそうであるはずだ。であるから国は、一刻も早くここの家賃を下げて欲しい。

 或いはみんな金持ちに成ってしまえ、大それた苦悩の大半は消失するんぢゃないか、と貧乏人は考える。処がどっこい金持ちは金持ち以外に成らないで、貧乏には成れないで、苦難は続く。何十億の幸せと仕合わせ、何十億もの人と金、貧乏人よりケチケチ大事そうに手離さないから金持ちは誰より金持ちだ。であるから地球は、一刻も早くここの家賃を下げて欲しい。

 家賃を受け取っているのは一体誰なんだ?目に見えない何者か?最終的に誰の手元に集まるのだ?カルト教団の教祖の懐か?それとも金銭みんな通り過ぎてゆくだけか?だから銀行貯金か?貯まっていたのは堪(たま)らない気持ちだけか?だから信仰の貯金か?であるから神様は、一刻も早くここの家賃を下げて欲しい。

 私の家賃を下げて欲しい。命の家賃を下げて欲しい。人間の家賃を下げて欲しい。ツァリンツァリン




2022年9月30日金曜日

おのがくるりプレイリスト –のりの51回転編–(Q)

【Nori MBBMの場合】


1.ワンダーフォーゲル(TEAM ROCK)
2.Morning Paper(アンテナ)
3.リルレロ(魂のゆくえ)
4.お祭りわっしょい(NIKKI)
5.益荒男さん(天才の愛)
6.アナーキー・イン・ザ・ムジーク ANARCHY IN THE MUSIK(ワルツを踊れ Tanz Walzer)
7.花の水鉄砲(アンテナ)
8.虹(さよならストレンジャー)
9.argentina(坩堝の電圧)
10.遥かなるリスボン(THE PIER)
11.Superstar(NIKKI)
12.最後のメリークリスマス(THE PIER)
13.ばらの花(TEAM ROCK)
14.男の子と女の子(THE WORLD IS MINE)
15.石、転がっといたらええやん(言葉にならない、笑顔を見せてくれよ)

Total Time“63:53”


–ライナーノーツ–
「高円寺の円とはこれ如何に」

51回転の15曲とはこれ如何(いか)に?数字をテレコ(手入子)、否、くるりした訳でありますな。

 アタシゃ聴きまくりましたわよ、この数年間ないし令和の四年足らずに、やっと平静に平成を見つめられそうだと過ぎ去りし時代へ想いを馳せながら、聴きまくったって一体何をってくるりをですな。

 そこで一つ、くるりっとくるりを包括的にくるり振り返るよな試み、そのプレヰリストを釈迦力(しゃかりき)になって作ってやりましたわよ。

 私事で済まぬがね、のりの51回転だからちょいと大目に見て欲しいのだけど(51っつうのは5月1日生まれだからよ)、高校時代は山岳部の部長だった訳よ、あれオシャレに云うとワンダーフォーゲルとかワンゲル部いうぢゃないの、違う?まあ山岳部だワンゲルだ抜きにしたって、イントロの♪ジャジャッ、ジャジャッ、ジャジャッジャッジャ一ジャつうギターに被さる細かい粒のよな♪ピコピコピコピコピコピコピコピコ!!キラキラと広がってゆく世界、一日のはじまり、人生のはじまり、そして勿論このプレヰリストのはじまり、あらゆるはじまりに持って来いだと思うの。

 さあ始まったわ、初めは何も無いんだわ、そんで澄んだ朝の日射しは眩しいわ、処で隣でモヲニングペイパアを読んでいるのはだあれ?お父さんかしら?いやんアタシ、まだ政治とか経済にゃ興味無いの、さっさと家出て登校中にヘビメタ聴くわ(蛇の目爛々)、ハードロック聴くわ(蛇の目爛々)、お前そんな小手先の技術ばっかに頼ってちゃ駄目だ、漢なら腕っぷし一本でいかなきゃ、うっさいわこの筋肉馬鹿!!益荒男乞食(ますらおこじき)!?お祭りわっしょいしてらっしゃい!!出店で焼きそば食べてらっしゃい!?アァイアムァン、アナアキスッ!!喰らえ、花の水鉄砲ぅっとそこに虹が掛かりまして、喧嘩していた二人もすんと見とれてしまいましてからに、カメラは徐々に遠巻きの上空へ、二人はスクリーンからフレームアウト、長い線路に重なり合う端(はし)の無い虹が幼少の感覚とか感情を何かフラッシュバックさせ、気付いたらそこは“雌しべと雄しべがふれ合う”よな国、その首都ブエノスアイレスにて、見知らぬ男女は(かつての日本の赤い)電車を乗り継ぎ、踊り続け、何故かまた都から都はリスボンにて、実はパパとママでした、あの隣でモヲニングペイパアを読んでいたお父さんよ──一面、黄金の夕暮れ、黄金の国のジパアング!!

 軽々しくも神々(こうごう)しい黄金の日暮れは束の間、静かな異国の空には名も知らぬ星々、あの一番光っているのが貴方のとびきり大切な人、スーパースタア、そう見えるは視座、そう輝くは星座、今日はクリスマスだったわね、もうすぐ私達の誕生日ね、プレゼントは……海に行きましょうよ、え?こんな寒い冬の真っ只中に?それもこんな人気(ひとけ)の無い真夜中に?えゝ、誰も居なくて、ゆっくりできるから。

 二人歩いた、道も分からぬまま辿り着いた、深い暗がりの蒼、それは海と空の碧、青、だんだん白けてきて、朝、それは海と空と二人の心の白さ、好意は隙、空白、好き、白状、数寄、薄情、昇る朝陽、そして別れた。

 今日の朝の日射しは、何時かキラキラ広がってゆく世界、一日のはじまり、人生のはじまり、そして無論このプレヰリストのはじまり、あらゆるはじまりに似ていたが、僕は独りだった、独り言だった、恋は幻だった、イカれてた。

 イカれちまったベイベー、いかれたBABYはフィッシュマンズとか、ローリングストーンズとか知らねえけど、BABY言っときゃええやん?石、転がっといたらええやん。ベイベー一睡もせずに昼過ぎ、ベイベーここまで来るともう寝られないぜ、ベイベー今どき夢落ちなんて出来る訳ないぜ、二人して巡ったあのアルゼンチンもポルトガルも夢だったとは言わせないぜ、確かに恋したぜ愛したぜ、二つ合わせて恋愛だぜお前、俺らずっと高円寺の純情商店街なんだぜ、ここで色んな季節の色んな朝昼晩がくるりした訳だぜ。

 さて、この解説もそろそろ、くるりしなけりゃなりませぬな。

 高円寺の円とはこれ如何に?街中がエンコ(縁故)、寺、くるりした訳でありますな。


 富士そばにおける、冷やし肉富士そば大盛り。丸亀製麺における、タル鶏天ぶっかけ冷や得。ロックチームくるりにおける、Nori MBBMの51回転。このプレイリストの意義、つまりはそれ──特濃特盛特大日本、さよならアメリカさよならさよなら。


 ただのメモだ、気にするな。京急よりあからさまに律した(♪ファソラシドレミファソー)。選曲の無いアルバムは念頭に無かっただけだ。

 君にだけ打ち明けよう──おのが回転


 ドグマッ


2022年9月29日木曜日

無題(破)

エレキをアンプに、ただ刺した。何の変哲も無いギター弾き語り、演らせて頂いた。



 激しくやるより優しくやる方が、何事も難しいのです。“やる気が無い”と捉えられたら、誰からも愛想を尽かされますから。だから、いつもみたくギターの音も激しくしないで、珍しく優しく弾いて演った。

 それでも原曲より“ワルツを踊れ(Tanz Walzer!!)”、そのビートを感じてしまうのは、BPM速めてしまうのは、手前がピック弾きゆえ(岸田さんは指弾きゆえ、つまり原曲との差別化を図るため、と指弾きをしない口実作り)。


バンドカラー×スキニー×ノーショーソックス×レザースニーカー×台湾茶カフェ=俺流ノームコア2022
(くるりへ最大級の愛を込めて)

 今回のワルツのその前に、「無題」と云われる“言葉にならない”曲を演ったのは、くるりのこと好きな誰かへのちょっとした愛、否、天才の愛、ないしラヴぃ、なあ、笑顔を見せてくれよ(イヤだ云うなら、石、転がっといたらええやん)。

 あと原曲のピアノフレーズは、大好きなローズピアノの音色でアナログシンセを弾いて演った。己がフェチズムだとか我がノスタルジーだとか手前のセンチメントが、多分そうさせた。



 私がくるりを解せなかったのは、あれが平成だったからだ。私がくるりを解せるのは、これが令和だからだ。イエモンやミッシェルが手に取る様に分かったのは、それが昭和だったからだ。

 寝かせたカレーは深みを増して、冷や飯の方も旨味の角(かど)を落とす。棘を抜かれて腑抜けた薔薇の地味、それは勢いを削がれた獣の愛くるしい滋味(じみ)。カレーだ薔薇だ、ロックチームくるりの抱える苦悩だ。今こそ真価を発揮する平凡の中庸、くるりと回り廻って輝く平成の凡庸(ぼんよう)。


 そうか、分かったぞ。私がくるりと帰れる距離に今、平成があるから。




2022年9月28日水曜日

くるりのことのこと(序)

令和元年に文庫版として新たに刊行された「くるりのこと」を先ごろ読了したので、「こと」の“こと”のその次第、書き綴る。

 くるりがQURULIのQは9に因(ちな)み、其(そ)の一から其の九まで書籍からの引用とそれに対する考察を順次列挙してゆく(1996年にくるりというバンドが結成された、この9月に)。

 ※一視点からくるりと連なる物語を見出だしたかったので、書籍からの引用は全て岸田さん発言のものだけを選んだ


2016年に刊行された単行本へ新たなインタビューを加えた文庫版を原典とす

【其の一】
ある日ね、そのルーズリーフを机の上にそのまま置きっぱなしにしてたら、俺の机の周りに人だかりができていて。「おいおい、岸田がポエム書いてるぞ!」って言われて。まぁ、それは結構トラウマになりました(笑)
(p24、第一章より引用)

 この話は岸田さんのツイッターでも度々呟(つぶや)かれており(ex.19/1/21、20/9/30の公式ツイート参照)、彼の作詞だけでなし作曲に対する考え方についても、大きな影響を与えた出来事であると思われる。

 手前で抱いていた個人的なくるり観──押し付けがましく具体的なメッセージに成り得“ぬ”言葉・文章で作詞すること、愛聴してきた楽曲に使われるコードやその進行を分析した上で理論的・構築的に作曲すること──の説明が付く、訳が分かる、合点が行く。机の上のルーズリーフに群がって下卑(げび)た声で囃(はや)し立てる連中へのカウンターである(俺はそれで野球部の馬鹿と一切口を利かなくなった)。

 しかし同時に私は、出しゃばりな言葉で歌われて、手垢の付いた感覚的なリフを弾かれたら、それで十分な人間であった、それが充分に分かった、くるりとの距離が解った、岸田さんとの差異が判った──くるりのことのこと。


【其の二】
俺らはもう、その京都に脈々と流れるブルースの神様たちの末裔(まつえい)になるんだみたいなモードに完全に入ってたから。
(p39、第一章より)

 エレクトロニカやヒップホップなど打ち込み音楽的な事も演りつつ、思いっきり古典的・ルーツミュージックなフォークとかブルースとかそこに根差したハードロック的な演奏もする、くるりのそれが不思議で堪(たま)らなかったけど、そうか京都は村八分か騒音寺か(石、転がっといたらええやん?)、あゝフォークルも居たか(あの洒落とユーモアがあればこそ!)、とこれも至極納得。


【其の三】
特に、もっくんも含めた当時の3人は、自意識が欠如してる人の集まりっていうか。これはいい意味で言ってるんじゃなくて、音楽業界がレールを敷いたスター・システムみたいなところにのっかるためには、悪い意味で俺らにはナルシスティックなところがまったくなかったんですよね、みんな。
(p96、第二章より)

 存在価値の素面(しらふ)なんだ、くるりの魅力は。存在証明の倒置法なんだ、ロックの奴等は。そんな自意識、くるりには要らない。こんなナルシスティック、ロックって恥ずかしい。“いい意味ではない自意識の欠如”、“悪い意味でのナルシスティックのなさ”。素面なんだ、くるりの魅力は。倒置法な(以下、略)


【其の四】
(ナンバガ・向井くんは)ちょっとね、ノリが演劇っぽいっていうか、芝居がかってるなって思って、最初はなんとなく苦手やったんですよ。
(p110-111、第三章より)

 (【其の三】の己が主張の続き)んだ、ロックの奴等は。素面なんだ、くるりの魅力は。逆説的なんだ、ナンバガの魅力は。反語的なんだ!?This is 向井秀徳だ!!坂口安吾だあ??

“何故、そこまでして、腹を切らなきゃいけんのか?何でそこまでして、自分の、プライドを見せ、つけなきゃいけないのか?俺にはよう分からんが、凄い、それは、素晴らしい事だ、かもしれなせんね?SAMURAI(ライヴ盤「シブヤROCKTRANSFORMED状態」の向井秀徳・MCより)”

 かもしれ“な”せんね(←超好き、謂わば自意識とナルシスティックの理想形)?


【其の五】
音楽って、結局そこに込められた熱量やと思うんですよね。「完成度が高い」とか、「こういうコンセプトだからいい」とか、いろいろ作品によっての良さってあると思うんですけど、「図鑑」の良さは絶対的な熱量が高いこと。
(p121、第三章より)

 熱心なくるりファンからの人気が高いとされる「図鑑」にあまりピンと来なかったのは、その熱量の高さが俺に分からなかったからか。一方で“完成度が高い”上に、“こういうコンセプトだからいい”と感じたから、「THE PIER」が、「ワルツを踊れ」が、「TEAM ROCK」が、飛び切り名盤に聴こえるのか(これぞ己がくるりベスト3)。あと「NIKKI」もマヂで愛している(ど直球のストレート・変化球無し、くるりがくるりしていないというメタくるり状態・俯瞰で捻くれて結局くるり常態)。


【其の六】
(コラボしたユーミンについて)音楽的にはすごく褒めてくれたんですけど、歌詞の書き方については徹底的に直された。直されたというか、アドバイスを受けて。まぁ、歌詞にもいろんなやり方があるし、ユーミンのやり方がすべてではないと思うんですけど、俺の歌詞ってわりと直感的で散文詩的じゃないですか。
(p229、第六章より)

歌詞にちゃんとストーリーがあることによって、聴いてる人は誰でもそのシチュエーションを想像することができて、歌の登場人物の気持ちがわかるじゃないですか。そういう曲の作り方って、俺まだその当時かなり弱っていたんですけど、それもあってすごく心に響いて。なんか、新しい宿題もらったような感覚がして。次の「言葉にならない、笑顔を見せてくれよ」で、何曲かそういうことにチャレンジもしたんですけど、いまだにその壁は越えられていないですね。きっと、ソングライターとしての自分にとって、一番苦手なところだと思います。
(p230-231、第六章より)

 この長過ぎる引用の方がメインとならぬ様に、手前の主張をここぞとばかり一生懸命に述べてやろうではないか(岸田さんが重要な事しか云わないので、引用のどこも省く事が出来なかった)。

 俺は、くるりの真髄を見たのである。思い掛けず長所と短所というものは表裏一体を成すもので、先の引用に述べられた事実こそがくるりの、岸田さんの真の長所であり、“98年の世代”──くるり、ナンバガ、スーパーカー、中村一義ら──の衝撃であったと考える。

 岸田さんの持ち帰った“新しい宿題”とは、今や“J-POP”と呼ばれたりもする立派な肩書きを持った偉大なる先達(せんだつ)・先生達から与えられたもので、そんな「J-POPの課題・宿題なぞ知るかいな」と傍若無人に振る舞うが如き“98年の世代”の鳴らした音楽こそが、J-POPに対するオルタナティヴ(代替物)だったのではなかったか。1998(平成十)年とは、昭和に有り得ぬ平成が十年で遂にモノにした、日本の大衆音楽に相対する、オルタナティヴロックが生まれた瞬間ではなかったか。明確なストーリーや登場人物が不在の、意識の断片が刹那、フラッシュバック、現代に似合いの、カットアップ、平成に似合いの、ファック、無意味な意味深に、崩れたベルリンの壁に、弾けたバブルの後に、ぶち壊された昭和の幻想に、ぶち撒(ま)けられた僕らの全てがあったのではなかったか。そんな歌詞ありかよ、こんな音楽聴いた事ねえよ、と取り憑かれた僕らが夢にまで見た霊的なる存在、ピクシー(妖精)でなし、ニルヴァーナ(涅槃)でなし、ナンバガ(透明少女)であり、くるり(ワールズエンド・スーパーノヴァ)だったのだ。

 そんなくるりの岸田さんが、わざわざ生身の身体で以て、新しい宿題に取り掛かって居るのだから、これまた受け取る方の先生も、涅槃でまったり、この世ならざる体で待ったり、する他ない、南無(♪チーン)。


【其の七】
これは俺の持論ですけど、バッハ、モーツァルト、ハイドン、そしてバロック以降の20世紀前半ぐらいまでの古典音楽、近代音楽っていうのを、ポップスと結びつけている人って、世界的にも結構少ないと思っているんですね。実は、ボブ・ディランの音楽にさえ、そういう要素を感じることがあるんですけど、そういう部分が、もしかしたら上の世代のミュージシャンの方々におもしろがられているのかなって気はしますね
(p235-236、第六章より)

 俺は、くるりの真髄を見ていなかったのである。だってオルタナティヴはオルタナティヴでも、オルタナティヴの斜め上をゆくオルタナティヴだったのである(ティヴティヴうっさくてゴメン)。そうかピクシーでもニルヴァーナでもなく、レディオヘでもマイブラでもソニックユースでもなく、バッハにモーツァルトにハイドンだったか、(J-POPに対する)これ以上無いオルタナティヴの極みであったか……何故かふと十年以上前にナンバガ・向井さんが公式でYouTubeへアップしていた童謡「ふるさと」のオルタナ弾き語りカバーに動揺「ふるさと」したあの日の事を思い出してしまった──“98年の世代”のオルタナティヴ、ここに極まれり。

 立派な肩書きを持った偉大なるJ-POP先生、オルタナの教え子が放課後の音楽室でクラシックとか童謡を演っているの、微笑ましく見ていたって訳かい?


【其の八】
バンドも20年近く続けていると、普通やったら円熟の演奏とちょっとしたエスプリで、音楽の色気を醸し出して、みたいな感じになりがちじゃないですか。でも、「THE PIER」では寸分の狂いも許されなくて、全部に決まりがあって、それを肉体を通して演奏することで敢えて自然にやってるように聴かせるっていう、ちょっと頭のおかしいやつがやってる実験みたいなことをやっていて。だからちょっと、第六感みたいなものが鋭い人が聴いた時に、気持ち悪がられることが多いんですよ。
(p280、第七章より)

 手前の第六感の感度がどれ程のものかは知らぬが、こんな馬鹿でも情緒的な事に関しては昔から人一倍の自信がある(何だその自信は)。であるからして、「THE PIER」が、くるりのアルバムでいっちゃん好きや、それがこの訳や(以下、詳細)。

 思えば“気持ち良い”と感ずるものほど世間にとっては“気持ち悪い”とされるものばかりで、“素直だな”と思うものほど皆様にとっては“捻くれてんな”って奴ばかりで、“自然と違和感も無しにウキウキしちゃうワン”と嬉しくなっちゃうのは“なあにこれ人工甘味料バリバリぢゃんウゲ”って嫌な顔されちゃうの……これってすっげえすっげえグラムロックぢゃん☆☆☆(←因みにこれボランちゃんの頬に付いていた星ね)。え、括弧内の事までちゃんと説明しろって?当記事は「くるりのことのこと」、その本題へと戻らねば怒られちゃうわよお、一体誰に?って、アンタのオレよ、アンタの中のアタイに値しないアタイよ、それ本当は他人なのよ!?

 そんな他人なんかと同じ事したくない、一理ある。だが本当にそれだけか?実は規則的な生活を送っている人より、不規則な生活まで味わって、誰より規則的になりたいんぢゃないか?バランス良い食生活なんて知らねえぜ、こちとら滅茶苦茶偏食だもんで、これが、これだけが、これだけで、よくよく誰よりバランス取っているんぢゃないか?変態ですよ、だって誰より平凡ですもの。中庸(ちゅうよう)ですよ、だって誰より際物、極者、キワモノですもの!!

 えゝ、大好きな「THE PIER」というアルバムの話ですが何か?私の話ではありませぬぞ!?ぐぬぬ、そう云われてみれば確かに、至極個人的な私事でしたわネ。「くるりのことのこと」と銘打っといて、こりゃ失礼しましたワ★★★(←因みにこれボウイ様の置いていったブラックスターね)。え、括弧内の事までちゃんと説明しろって?デヴィッド・ボウイよ、そうよ忘れもしない2016年は1月10日(日)よ、出勤して職場の人に「大丈夫?」「死んじゃ駄目だよ」って慰められたんだから、泣いちゃいないわよ、それどころかバンドで一曲作ってやったんだから、“ブラックスタートゥインクル”言うてね、奥さんイヤねえ知っているでしょう、こう町の井戸端会議が一向無くならないのは、そう国の有識者会議より一層大切な事が議論・検討されているからよ、あんなの下らぬ話に高尚な題目付けただけよ、人生物語の端から端まで全て取り揃えたいのよ、そら貴方も端までゆくわよ、こりゃ桟橋(さんばし)よ「THE PIER」の話なのよ!!


【其の九】
でも、(アルバム「ソングライン」の)その作り方に関して言うなら、やっぱり異常な作品なんですよ。人肌っぽい曲やサウンドにするために、作ってる側はもうパソコンを前に血走った目でマウスを動かしてるみたいな(笑)。
(p313、新章より)

 生々しい初期衝動からなるロックンロール、リバーヴやディレイなど掛け過ぎない様に、DTMソフトのタイムライン上の同じ所ばっか不安そうな顔で幾度となく徘徊し、執拗にエフェクトの加減を確認し、順番を入れ換えたり結局元に戻したり、恩返し真っ只中の鶴が織り出し紡(つむ)ぐが如く、人知れず繊細なミックスを施してゆく──直感的で、計算度外視な、天性の振りをして──つるは、むしったじぶんのはねで、はたをおっていました。「すがたをみられたら、おわかれしなくてはいけません」。つるはよわよわしく「こうー」となき、そらへかえっていきました。

 一方で、無機質かつ神経質に戦慄(わなな)くプラスチックのロックンロール、心血を注いでパキパキと緻密に打ち込み、バキバキに打ち込み、バシバシ打ち込み、徐々にリズムがずれて歪んで行っても気付かずに、それが余念無く、信念めく、情念めいて、怨念(おんねん)めいた思い、目眩(めくるめ)く想い、思い掛けず重たくなり、理路整然とした当初の軽いヴィジョンは綺麗さっぱり──むかしむかしのおはなしです。あるところにびんぼうなわかものがいました。ゆきのひ、わかものはいちわのつるをみつけました。バサバサッ、バサバサッ。「たいへんだ。わなにかかっている」。たすけてあげると、つるは「こうー」となきました……(そして物語は前段の結末へと繋がるって訳、くるり輪り廻って岸田と繁るって訳)

 僕らこうして右往左往、のらりくらり、くるり駆け巡る訳が、一所懸命ゆえ。うっさいのもしんとしたのも、あっついのもさめざめしたのも、一生懸命ゆえ。何時も厳しかった書道の先生ごめん、珍しく褒めてくれたその達筆も実は二度書きで。面白いと笑ってくれた友達ごめん、嬉しいと喜んでくれた恋人ごめん、どれもこれも打算的な悪知恵が働いて。ただ唯一の救いは極め付き、くるり一周してしまえたら、一番遠いが実は一番近かったんだね、不純に思う事の純粋だね、見透かされちゃうよね……嗚呼そういえば、くるりのことのこと、多分ついさっき、めでたしめでたしっした、皆様おつかれっした。完。


我誕生日、回転之事、初版刊行、偶然必然!?