2019年12月31日火曜日

骨まで平成31年、愛して令和元年

じぶんの力で励んで積みあげる善だというのでしたら、念仏をさし向けてじぶんの父母をも助けようとされてもよいでしょう。けれどひたすら自力を捨てて、速やかに浄土のさとりをひらいたのならば、六つの境涯、四種の生まれ方の世界のすべてにわたって、どんな業苦(ごうく)に沈んでいるものにも、神通方便の力によって、なによりもまず縁のあった者から救ってあげるべきです。と云々。
-唯円房

 手前の判断より、何となしに優しくしてしまうこと、親しくしてしまう不思議、それとは逆に、疎遠にしてしまうこと、思議と異なる冷たい仕打ちをしてしまう不思議、多々あり。手前は一体、何がしてえのだ、と情けなくもなるが、他力の理論、で一切の片(かた)が付く。縁のあった者から救ってやれ、過ぎし日に言い聞かす──きみ悟れ。



 出逢いに正否は無いかも知れぬが、良い人だったな、厭な奴だったな、というのは誰にでもある。思う所あるし、想われる処もある。良い人だったか厭な奴だったか、誰かにとって自らもまた。でも厭な奴ってのは、案外良かったのかも知れぬ。どうでもいい、これが一番悲しい事だから。縁のあった者から救ってやれ、過ぎし人に云い聴かす──きみ仏なれ。



 無理です無理です、まだまだです。苛立ちますし、むかつきます──きみ人なれ。



 とりあえず、骨まで愛して。骨まで愛して平成、えゝ愛しますとも令和。



 2019(平成31/令和元)年はオルタナティヴな一年でしたので、歌謡は歌謡でもノイズまみれにしちゃったので歌謡、左様。ノリの演歌はノイズ演歌、あぁジャイアン遠くなりにけり(たてかべ和也、いずこ)。



 “村田英雄”に“三波春夫”、“クールファイブ”や“ぴんからトリオ”、“青江三奈”だ“ちあきなおみ”だ“藤圭子”……その他、B級カルト歌謡、ムード演歌、カバーしたい曲は山あれど、いっぺんには出来ませぬ、故に、コツコツとやってゆくだけよ。



 生きている限りは未だ生きた事なく、平成に居ながら平成が見えず、令和元年が完成しそうで、文脈の中で意味を持ちそうだ。

 だから今ここで、骨まで、骨まで愛してほしいのよ

 さようなら、ありがとう平成31年、永遠の別れ

 令和元年、らしかったよ、この一年


 ではまた、来年!!ドグマッ


2019年12月10日火曜日

おかえりLove Homme♪ ただいまCome Home★

“裸になって猿みたいにやれ
やりたいうちは猿みたいにやれ
猿より前のもっと前になれ”


~THE YELLOW MONKEY「Love Homme」より~


 おかえりLove Homme♪

 久しぶりにグラムロックわ、このオネエマンも久しぶりワ

 はーい、ノリエムビービーエムですわよ、令和元年お元気?


 ミーは“グラム歌謡メタル野郎”を自称しているのに、今年はパンクやオルタナティヴに振った一年だったもんで、グラムも歌謡もメタルもあまりせんで失敬こいたわ。取り急ぎグラムよ☆



 まず、“プラシーボがグラムか?”と訊かれたらば、それは厳密っちゃうと70年代に流行したグラムロックサウンドじゃなくて、明らかにパンクでニューウェーヴでオルタナティヴね(そういう意meanでは今年のミーがカバーするに相応しいと思うワ)。

 偉大なるバンドちゅうのは、過去や歴史をブチ抜いて画期的であるからにして、例えば自身でやっている音楽は全然グラムロックぢゃないのに、T.Rexやニューヨーク・ドールズの熱狂的ファンだった“モリッシー”というガイもゲイなビーマイベイベーdeスミスちゃんね?80年代サウンドに70年代グラムは微塵もなかったろ?

 かくいうミーもグラムロックをラヴだがね、我がバンド・Unfinished Balladesはグラム的要素を幾ばくか含んでいると自覚するもののグラムロックバンドではないし、メンバーの総意ないし相違が反映される事を望むし、グラムロックはソロの私が演りたいだけ演れば良い事なの。


 Coz ミーはスミスもプラシーボも分かるワ、物凄く共感しちゃうワ、以前からカバーしなきゃネ、と思っとった。

 But ミーはプラシーボのファーストアルバム「プラシーボ(1996)」しか持っておらんさかい、そればっか聴きよってからに、プラシーボを語りカバーする資格ないワ、と勝手に思い込みシンドロームのピーターパン♪

 日頃、ツイッターで仲良くさせて頂いているグラムメイト(クラスメイトみたいに云う)のhoneyさんが大好きなプラシーボ、なので尚更そう思っていたのかしら。で今回、セカンドとサードアルバムも中古盤でゲッティンし、目下勉強中のプラシーボを思い切ってカバーしたワケね。こうやってセカンド、サードと聴いていくと、ファーストがナチュラルなバンドサウンドだけで勝負したアルバムだったと分かるわね(セカンド以降はギターやボーカルに沢山エフェクトが掛けられてなあい?)。サードの9曲目「コマーシャル・フォー・リーヴァイ」とか一聴惚れしたから、こちらもいつかカバーしてみたいワ、うーんとアコースティックでメルヘンに☆


 さあさメルヘンにいきますわよ、T.Rexの「チルドレン・オブ・ザ・レボリューション」から始めてグラムロック式の敬礼、件(くだん)のよく聴きまくりまくりすてぃなファーストの一曲目「カム・ホーム」へと雪崩れ込み、なんてアレンジが突如ぽぽぽぽーんとアイデア出づる(他にT.Rex「20センチュリー・ボーイ」からのプラシーボ「ナンシー・ボーイ」というボーイボーイなカバー案もあった、がグラム過ぎぃ!今年のミーには♡)。

 And so 原曲はブライアンのギター変則チューニングでおっぱじめやがるが、ミーはレギュラーチューニングでカバーしたの、これ重大マター。原曲の不協和音感、ダークでゴシックな感じがパー、パーなミーは明るいパンクに寄ったった、これが素のミー、カバーは各々が好きに演れば良い、これで良い、これでいいのだ、天才バガボンド木工用大木凡人。

 At the same time ボーカルにローファイ・エフェクトを掛けてみたの。ミーの声がミーにとって聴くに堪えないというのはロングロングアゴーな訳で、こんなボーカルエフェクトは最早要らんのだが、普段使わないものを使ってみるのが昨今のマイブームわ。


前回のMV撮影中に一弦が切れてしまったがオルタナなので今回もそのまま撮影っしょ

 加えて、服装について述べます(唐突な翻訳マシーン口調)──わたくし得意のナポレオン(今回はライダース型)に女物のロングスカート、そして真っ赤なシルクハット被ってグラムをあからさまに演って、ブライアンの楽曲の根底にあるグラム魂に敬意を表し、ミーの日本語訳詞もブライアンの心情を最大限汲み取って書いたつもりんぐ貞子木村多江幸薄エロス。以下、原詞と己が日本語詞も載せちゃいんティックバーバリアン野蛮な太陽GOLDFINGER '99。


「Come Home」
作詞:ブライアン・モルコ、作曲:Placebo

Stuck between the do or die
I feel emaciated
Hard to breathe I try and try
I'll get asphyxiated
Swinging from the tallest height
With nothing left to hold on to
Every sky is blue
But not for me and you

Come home, come home, come home, come home

Glass and petrol vodka gin
It feels like breathing methane
Throw yourself from skin to skin
And still it doesn't dull the pain
Vanish like a lipstick trace
It always blows me away
Every cloud is gray
With dreams of yesterday

Come home, come home, come home, come home
Come home, come home, come home, come home


Always goes against the grain 
And I can try and deny it
Give a monkey half a brain
And still he's bound to fry it
Now the happening scene is dead 
I used to want to be there too 
Every sky is blue
But not for me and you

Come home, come home, come home, come home
Come home, come home, come home, come home



日本語詞:Nori MBBM

さっきから焦って、明後日まで持たない
吐き気、動悸、呼吸器、訳分からない
“すでに栄枯盛衰、ひと通り味わった”と
空の青はブルー、君と僕で意味は真逆

Come home, come home, come home, come home

いっそ混ぜてウォッカ・ジン
ラリって楽になりたい
酒も好き好き
二日酔って楽になれない
まるで口紅、拭っても唇の、上
空は曇ってグレー、天も拭えずに呟いた

Come home, come home, come home, come home
Come home, come home, come home, come home

ずっと信じたものを“依存”と云う
僕は猿だった、人間に憧れた
やっと分かったよ、居るべき僕の場所と
空の青はブルー、君と僕で意味は真逆

Come home, come home, come home, come home
Come home, come home, come home, come home



 ただいまCome Home★

 ちなみに今回のMV撮影場所は、中野駅南口にある素敵なバーを貸して頂いたのよん。マスターもアダルティックダンディー柔らかい雰囲気を纏った紳士で惚れましたワ、OH、 UPSIDE INSIDE OUT きみを泣かせても A CHI CHI A CHI それは太陽がさせたことだよ 夏の太陽が(Come on!)


 Nxt is カバーMVで“グラム歌謡メタル野郎”は歌謡を演るだろう、やはり令和元年なミーがオルタナティヴに演るだろう、ノイズキャンセリングノーキャンセルで演るだろう飲茶楼うまかろうモー娘。CMやってた少年ナイフ歌ってた。


ブライアンちゃん、お誕生日あめでとう!!
by 女装+すね毛=オルタナティヴ with チェリーレッドのマーチン10ホール野郎

 ではまたBoy or a Girl!!ごきげんよう(インペリアル・ドラッグでも聴こう90sグラム)


「あんたたちは美しいけど、ただ咲(さ)いてるだけなんだね。あんたたちのためには、死ぬ気になんかなれないよ。そりゃ、ぼくのバラの花も、なんでもなく、そばを通ってゆく人が見たら、あんたたちとおんなじ花だと思うかもしれない。だけど、あの一輪(いちりん)の花が、ぼくには、あんたたちみんなよりも、たいせつなんだ。だって、ぼくが水をかけた花なんだからね。」


2019年11月30日土曜日

平成の皆様、さようなら –我、令和オルタナティヴ–

半年振りの“Nori MBBMのカバーMVシリーズ”、令和に入ってお初の今回は(やはりニルヴァーナのカートが好きだった)ピクシーズで御座居ます。



 今年頭からの“ヴァセリンズ/ニルヴァーナのカバーMVロッソのカバーMVバンドの初音源「30年 e.p. -XXX years-」発売10月のレコ発ライヴ”、この一連の流れに終止符を打ちます。我、令和オルタナティヴ!!

 俺の場合、ピクシーズはニルヴァーナからでなし、アジカンからのナンバーガール経由で知ったものの、未だにデビュー作のEPとファーストとセカンドアルバムしか持ってなくて、歌と演奏とメンバーのヴィジュアルつまりバンドにまつわる全てがめちゃくちゃツボで好きな要素しかないのだけど(後に詳しく述べます)、全作品買わなければ!という位には至っておらず(しかしナンバーガール経由で知ったのにナンバーガールより好きだ、しかしナンバーガールは全アルバム持っているは何故だ日本人だからだ)

 ピクシーズメイニアではないので分からない事も多く、例えばデビュー作のEP「カモン・ピルグリム(1987)」はスパニッシュの要素が入っている印象なのだが、このラテン風味は何だろ、ギタボのブラック・フランシスの仕業?それともベースのキム・ディールによるもの?ギターのフレーズとか楽曲のタイトルとか詩に、それからアルバムジャケのアートワークにも、そこはかとないラテンを感じるのだけど、ピクシーズに詳しい人おしえてその訳を(♪Na~nanana na na~nanana by アジフー←椎名林檎風)

 で、俺が一番よく聴いたのはやはり、ロック史に何食わぬ顔で飄々として在り続けるド変態なファースト「サーファー・ローザ(1988)」ですが(3曲目「サムシング・アゲインスト・ユー」からの4曲目「ブロークン・フェイス」の間髪入れぬ怒涛の流れとか狂おしいし愛おしい)、セカンドの「ドリトル(1989)」に至ってはもう世間常識そっちのけで突き抜けちゃって音もクリアで普通に聴きやすいし(ド変態も堂々と演っちまえば公然と狂って楽しいし正しい)、謂わば“変態ポップやりたい放題”という感じで30年経った今でもギンギンの現役、てか今のオルタナロックの中にブラック・フランシスの血が流れていないものはないのか、それがこの原液、我平成元年ドリトル同期、ニルヴァーナとかレディオヘッドとかナンバーガールを介した体液、知らぬ間のレイプに辟易(ちなみに「サーファー・ローザ」のプロデューサーは元“レイプマン”のアルビニ、その5年後にニルヴァーナの「イン・ユーテロ」も“レイプ・ミー”なアルビニ、バコンバコンいうドラムのエグい音処理が堪らんでアルビニ)。


 他人事の曲が一つもないのよ、ピクシーズ。ブラック・フランシスって親戚のおぢさんでしたっけ?実は幼少を一緒に過ごした仲でしたっけ?と錯覚する程に。好きというより分かってるよ、分かってるって、だから分かりすぎて、デビューEPとファーストとセカンドだけで満足みたいな?まあ、お金があったら残りのアルバムも全て揃える予定、どうせ俺なんか全部わかりきっちゃうだろうし、きっと親戚のおぢさんに違いない。

 己がグラムセンサーもビンビンに反応しちゃうワ。ピクシーズは絶対に「グラムロックではない」と断言できるけど、この奇妙なコード感とかヘロヘロな演奏&歌唱(男女が両方ボーカルとっているというのも両性具有ってるし)、“マーク・ボランみ”がチラホラと散見される──ファーストの8曲目「カクタス」なんて、ギターリフからボーカルまで“超T.Rex”……と思っていたらデヴィッド・ボウイがアルバム「ヒーザン(2002)」でカバーしていて心底納得。そう、ボウイ様も“ピクシーズ好き”を公言しており(そもそもブラック・フランシスの方がボウイを聴いていたみたいだし)、ピクシーズにグラムを感じた俺のセンサーの正しさは保証された、好きは繋がる、世間は狭い。


MV撮影の為、雨が止むまで池のカモを眺めながら休んでいたら……

ワンちゃんが五匹もいらっしゃった(静かな御利口さん達かわゆい)

 今回はファーストの5曲目「ギガンティック」にした訳だけど(タイトルからしてグラムが過ぎる)、選曲はめちゃ迷った。どれをカバーしても俺ら違和感ねえなって。中には悪戦苦闘するカバーも多いからさ(どうしても俺色に染まらねえ、俺と混ざらんというヤツ)。

 己が演奏のこだわりとしては、グラム+グランジ+ガレージロックのGGGの3Gなアレンジにしようと思って(GGGの3Gなアレンジとは?)、手前の大好き全乗せで(マアホント欲張りネ!)、分厚く歪んだギターに(90年代はパンクとメタルの垣根をディストーションでブチ壊す!)、男のくせしてヘロヘロなファルセットボイスをイントロやサビのコーラスに入れて“マーク・ボランみ”をより強調したり(裏声入れるとグラムのグラム量が増し増し!しかしこれは原曲から既にそう!!)、冒頭の“ジャッ、ジャッ、ジャッ、ジャッ”っていうクリーントーンのブラッシングはニルヴァーナのアレ、「レイプ・ミー」のイントロのソレ(静かなクリーントーンからのドラムインからのバンドインで爆発しちまえスメルズライクティーンスピリット!しかしそれは原曲からして既にそう!!)、そしてドラムのビートはローファイガレージ魂で轟音ノイズまみれ処理(エクスプロージョン!神楽坂エクスプロージョン!我ジャパメタ万歳!!)

 ……いつもの如く原詩と、俺の日本語詞を載せておきます。


「Gigantic」
作詞・作曲:キム・ディール&ブラック・フランシス


And this I know his teeth as white as snow
What a gas it was to see him
Walk her everyday into a shady place
With her lips she said


She said, "Hey Paul, hey Paul, hey Paul
Let's have a ball
Hey Paul, hey Paul, hey Paul
Let's have a ball
Hey Paul, hey Paul, hey Paul
Let's have a ball"


Gigantic, gigantic, gigantic
A big, big love
Gigantic, gigantic, gigantic
A big, big love


Lovely legs there are
What a big black mass, what a hunk of love
He'll walk her every day into a shady place
Like the dark, but I'd want him


"Hey Paul, hey Paul, hey Paul
Let's have a ball
Hey Paul, hey Paul, hey Paul
Let's have a ball
Hey Paul, hey Paul, hey Paul
Let's have a ball"


Gigantic, gigantic, gigantic
A big, big love
Gigantic, gigantic, gigantic
A big, big love


Gigantic, gigantic, gigantic
A big, big love

Gigantic, gigantic, gigantic
A big, big love

A big, big love…


日本語詞:Nori MBBM

横目で見る彼の顔
女を連れ去るの
人目のない公園の
茂みの中で彼女が

そう、そう、そう、そうそう
ウソ、ウソ、ウソ、ウソウソ?
そう、想像に任せる

Gigantic, gigantic, gigantic
A big, big love
Gigantic, gigantic, gigantic
A big, big love

下に伸びる四本足
二人はゴミの人たらし
覚えた場所は公園の…
君も観に行こうよ

そう、そう、そう、そうそう
ウソ、ウソ、ウソ、ウソウソ?
そう、想像に任せるの

Gigantic, gigantic, gigantic
A big, big love
Gigantic, gigantic, gigantic
A big, big love

Gigantic, gigantic, gigantic
A big, big love
Gigantic, gigantic, gigantic
A big, big love
A big, big love…



 内容はどうしようもない恋の唄(ルースターズ)だが、あわよくば青噛んで熟って頂戴(椎名林檎風Ⅱ)、しかも“青噛ん”を見ている方でネ。

 まあピクシーズの歌詞は暗示的で、ネイティヴの人からすると一見ナンセンスらしい。意味不明だけど実は具体的なイメージが確固として有る、これは日本のバンドだとホルモンみたいな感じ?詳しくないから例えが間違っていたら御免(しかしマキシマムザ亮君とローリーさんの血が繋がっていること、腹ペコ諸君の誰よりも俺がよく知っている、合掌グラム)。……否、やっぱりごちゃ混ぜ全乗せ感のあるホルモンぢゃなくて、ここでもナンバガだな。This is 抽象された歌詞の殺伐さ(“カラッと乾いた狂気”と云えば良いのか)、において相似するので、酷似しているので……ので……ので(←人力ディレイ by 向井秀徳 This is)。


 それから撮影時の服装について、今年の手前のテーマは“オルタナティヴ(及びカート・コバーン)”だったと自覚しているので、飾らずにカジュアルな格好でカバーMVしました。ロックンロールとかバンドを演る時に俺が絶対にしない格好、近所のコンビニへ行く時くらいの適当な格好。緑のGAPのチェックシャツは友達の芸人さんから「俺にはサイズが大きすぎたから」と頂いたもので、下は気儘に黒のパンツとドット柄のコンバース。90年代以降のオルタナロック、大量生産型・近所の兄ちゃんを俺なりにやった次第。当初、「やっぱりグラム野郎だから、己が秘蔵のワードローブから女物を厳選して、ゴツい男が女装して演ろうか」という計画もあったのだが(ドレスコーズ・志磨さん云う処の「女装+すね毛=オルタナティヴ(※ドレスマグ特集 #21 参照のこと)」の公式)、それは次回以降にするとします。


公園でヘンなことしないで、静かに野鳥の会でもしようぜ

 半年振りの“Nori MBBMのカバーMVシリーズ”、また年末に幾つかアップしようと企んでおりますので、楽しみにして居て下さい。

今日は何日ですか──11月30日──えゝ札幌、の11月30日ってこんなに熱いものなんでしょうかねえ?
-向井秀徳

 高円寺も今日は結構冷え込んでいるのだが、俺は何だか身体中が熱くて、どうもオルタナの血が騒いで、居ても立っても居られぬから、次もまたオルタナ、君もティヴるだろ?


2019年11月15日金曜日

9人のブコウスキーと死なないだけの理由を探して(5/31の手記より)

5月31日(「30年 e.p. -XXX years-」発売翌日)に残しておいたメモ書きをいま引っ張り出してみる。だって今日は、吐き気がするほどロマンチックだぜ(絶賛水星逆行中)


~~~~~~


 嫌な処は何をしなくても目に付くし、好きな処も少しだけ有るし、そんな状態で「自分が大嫌いだ」と言うのは理想的で、好きな処が誰にも負けない確固たるもの故に安心して宣言できる、というもの。



 本当につらいのは、好きなど全て憎し、生きている価値なく、黒く大きな負債だけの、自分が大嫌いだ。

 I hate myself and want to die (1993, Nirvana)

 「カートは自分を好きになれば良かったのに」「生きていれば良かったに」

 ──これがエゴならば、誰か俺を殺してくれないか?

 大好きだった人や大切な人に全く理解されない世界でも、酷く傷ついた誰かさんには魅力的な人物であれますように。醜く汚れて、それでも生きて、何かの為に、君の為に。



 おい、ロマンチスト
 てめえ、ロマンチスト

 死ねないだけの理由を探して

 全部なかった事になったりして楽しいだろ、その感情も消し去るのさ
 未来永劫、誰にも気付かれる事なく、さり気なく死す

 ロックだとかバンドだとか知ったこっちゃあないね、自分が可愛いだけ
 時間とお金と愛をくれた人も居たので、生きている、生きてみる

 死ねないだけの理由を探して


彼の前に入るとつぎの牛が待っていた。ひとつ担ぐたびに、これが最後だとおもうのだが、口ではこういいつづけていた。

 あと1回
 あと1回だけ
 そしたらおれは
 やめる。
 もう
 ごめんだ。

 やつらが、私が降参するところを見たがっているのは、目つきや笑いかたからよくわかっていた。負けたくないので、私はつぎの牛にむかった。
-チャールズ・ブコウスキー(Ⅰ)

 本心ぢゃあ牛とはもう、これ以上やり合いたくもないが、それ以外の馬鹿に馬鹿に馬鹿に!馬鹿にされちまうから、今年も牛とやり合うのだ!で、気付いたら誰も居なくなっていた!

カーテンを開けて太陽のほうを見た。きびしい世の中ではないか。いいことはなにも起きていなかった。ドヤ街にだけはいきたくなかった。私は小さな部屋が好きだ。やる気が、闘志のようなものが湧いてくる小さな部屋が好きなのだ。
-チャールズ・ブコウスキー(Ⅱ)

 どの位の大きさの家が良い?部屋は何畳?良かったら魂の大きさで決めてみ?或いはそれが何人分の何個あるかで?それ本当にあるか?あるかあるかで我アルカディアにもあり?

 大人数には不向きな!しかし独りには良いであろう!狭き部屋!小さな魂!ちっぽけな心──部屋、狭い程に、精神、密度が濃くなるものだから、六畳一間は最高だ──国家に匹敵してやろうか!こんな逆上(のぼ)せた文章で!

そして床に倒れた彼女に手錠をはめた。カチリという音が聞こえた。連中はいつも、きつく締める。そして一旦はめてしまうと連中は、自分に力強さと威厳がそなわってるような錯覚を起こし、やられたほうはキリストか何かになったようでドラマチックな気分だ。
-チャールズ・ブコウスキー(Ⅲ)

 筋力をつけるみたく、権力をつけろよ。もっとビビってさ、体制ぶってくれよ。そしたら一生、神を虐(いじ)める側に成れるから。キリストみたく、苛(いじ)められる側にも慣れるかな?悲劇は喜劇だ、延(ひ)いては神話だ。常になるだけ、延いて観てみて!

一つ部屋で5分以上いっしょにいて不快にならないやつは、数えるほどしかいない。
-チャールズ・ブコウスキー(Ⅳ)

 友達の有難みを知ったよ。当然の様に一緒に居てくれた人達の有難みを。友達ぢゃないと思っていた人達が友達であったという事実を。本当にどうも有難う。

 それも5分で知ったよ。貴重な人間は貴重な存在であると。同時に貴重な音楽もまた貴重な存在であると。そんな5分で知れるよ。

 君とはずっと5分できるよ!!!!!

たとえ人にたいしてベストを期待しなくても、人々のほうが落第点をつけてくる、ということがある。
-チャールズ・ブコウスキー(Ⅴ)

 こちとら審査する気はないのに、こちとら審査されちゃったから、こちとらテスト浸けになってんだ、社会、分かってんのか?こちとら何回、言ったか?

「詩はごくごく短いあいだに、ものすごく多くのことを語る。散文は大したことはなにもいわず、量ばかりかさむ」
-チャールズ・ブコウスキー(Ⅵ)

 言葉がそうである様に、野郎もどちら様かに分かたれる。寡黙な男と怠惰な男、俺は寡黙でなし。怠惰、ろくでなし!!

 寡黙でなしが詩を書いて、寡黙になろうと努力した。怠惰はきっと誰にでも出来るが、上手い怠惰はお喋り野郎の俺に任せろ。散文、しゃべらせろ!!

ほどほどにできないのは彼の業(ごう)のようなものだった。それでどんどん道を狭くしてしまう。
-チャールズ・ブコウスキー(Ⅶ)

 ハードコアにいこうぜ!ハードなコアへとゆこうぜ!深く深く掘り下げて行こうぜ!誰よりも愛している事を証そうぜ!闇雲に暗闇を明かそうぜ明かそうぜ!業が狭く深く突き刺そうぜ!おまんこしようぜ

「30になってからはな。毎度のことだよ。40を過ぎてからは、もっと気楽にやれる。でも20代の頃はそうはいかなかった。おれは気が狂った。最初のやけどが一番こたえるもんなんだ」
-チャールズ・ブコウスキー(Ⅷ)

 少年「火傷(やけど)なにそれ美味しいの?」
 青年「火傷なにそれ御免だね!」
 壮年「いいや火傷病み付きだね!」
 中年「火傷は酒のアテに丁度良いよな?」
 老年「熱々でしっかり味が付いててな!え、火傷?(手前で気付いていない)」

 みな忘れるし、みな亡くなる。だのに、今日も今日とて!(やるぞい)

部屋にひとりでいるほうがマシなのはたしかだ。といって、あんまりそこに1人でいると、とんでもないことになる。4枚の壁にヤラれる。
-チャールズ・ブコウスキー(Ⅸ)

 寂しいが放って置いて呉れ。百年したら旅に出よう。ガルシア・マルケスかよ。大丈夫、大丈夫。孤独と団欒の狭間をゆけば良い。4枚の壁にはポスターとレコードを飾った。大丈夫、大丈夫。


 死なないだけの理由を探して


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 ミチロウさん、69歳のお誕生日おめでとうございます!!


 いやだと言っても 愛してやるさ (絶賛水星逆行中)


2019年11月11日月曜日

グリコ・極細ポツキヰ概論(併説やをきん・うまゐ棒)

本日、令和になって初めての「ポッキーの日」ですので、ここいらで一度ポッキーの話をしなければなりません。


 私は“極細”のポッキーを一掴みで5、6本まとめて食べるのが好きです。


 これ“ガトリン食い”と云います(いま名付けました)。ほら、ポッキーの先端から煙出てません?ガトリング砲だからかな。まあ厳密に言えば、最低3本~最高6本の極細ポッキーを一掴みにして、それを無心でバリボリ食べるのが良いんだよね。慣れるまではポッキーの本数を意識してしまいますが、この食べ方のポイントはその本数を意識しないで、好き放題に、我が儘な子供の様に、赴(おもむ)くままに食べる事であります。また、極細ではない通常のポッキーでは大味になるので(プレッツェルの比率が大きい為)、“極細をまとめてバリボリ食べる”のがとても美味、そして快感、俺とX・T・C(←「仮面舞踏会」幼稚園で踊らされたな)という事です。



 この際、うまい棒についても言及させて頂きますが、基本的には1本を3口で食べて、より愛しているなら4口で、苦手なフレーバーに当たったら2口でさっさと食べるのが良いですよね。


 わたくし魚介類は一切ダメですが、うまい棒“めんたい味”は開封前からもう旨いと思います。可愛いですね、3人とも笑ってますよ。こうして並べると、博士もわざわざ3回ビックリします。あの博士を3回ビックリさせられる位のやおきんマスターならせめて、固くて甘い“たこ焼味”を途中で挟んだりして、締めに再び“紫色の憎いヤツ -めんたいagain-”なあんて最高の思い出を作りませんか夢の中へ行ってみたいと思いませんか?(♪うふっふ~、さあ←ガサ入れされても素面なYAOKIN)


 11月11日は「うまい棒の日」


 うまい棒30本は3日分


 うまい棒の穴を覗くと見える人には見える(わたくしの顔が)


 ドグマッ


2019年11月7日木曜日

令和元年十月“THE27倶楽部”

更新が遅くなりましたが、先月27日の下北沢でのライヴを観に来てくださった皆様、ありがとうございました。ライヴハウスのDVD録画ですが、当日演った数曲をアップしたので御覧ください。


Unfinished Ballades、9回目のライヴも始まりはこの曲


何時でも何処でも誰でも開ける“あの夏の扉”


“Nature is a whore”の一節のみ賛同しかねて、そこだけ唄わぬカバー


最後、アンプのJCを倒してしまった俺のハードコアナンバー


 今回のセトリは、今年5月に発売したUnfinished Balladesの初音源「30年 e.p. -XXX years-」のレコ発ライヴということで、EPに収録した全4曲と、カバーしなければならなかった1曲(Nirvanaのカバー)、それに当初8月下旬にライヴする予定で演ろうと思っていた1曲(「あの夏の扉を」)、の全6曲で臨みました。

 俺達のライヴを観て貰いたかった方々もお客さんでそれぞれ来てくださり、直接ありがたい御感想も頂けて、本当に嬉しかったです。一言一句、胸に刻み込みました。赤いストラトをくれた高校の親友の「よかったよ」、ホント嬉しかったぜ。マヂLOVE。


当日はボウイ様のロックTとショットの革ジャンでキメたぜ、デイジー

 下北沢でのライヴはお初だったんだけど、何年も使っていた大切な財布を失くしまして。リハーサル時に数分だけ、演奏中は財布が邪魔になるからジーンズのポッケから出してギターケースに入れておいたんだけど、ライヴハウス内で盗られたっぽい。

 まあ三万四万はした金、何処ぞの貧乏人に呉れてやろう。先祖代々続けて来られた親譲りの由緒ある貧乏に、カネ呉れてやればまた末代まで貧乏で居て暮れる。悪人正機、君は往生に近いぞさあ喜べ。後生ずっと、貧乏でいたまえ。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。マヂ殺生。


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 二年前の2017年1月29日より、バンドのTwitterで毎日呟いている日めくりカレンダー、今日はこのブログでもめくって詠んじゃいます。


【MBBMの日めくりバーニン外伝】このギターの職人、PAの親、ライヴハウス設計士、カバーされたカート、皆27日に呼んだ(THE27倶楽部)。自分の知らない自身も誰かの身体を借りて、どっかでライヴ。昭和階段、平成元年階、三十年階、いま令和の一階を登り切るまで一緒にリヴ(・オア・ダイ)。ドグマッ


 Twitterで鍛えたジャスト140字、それではまた。