2021年1月22日金曜日

それはもう牛の歩みで

偉大なるロックスターのデヴィッド・ボウイ曰く、「溢れんばかりのポップセンスを素晴らしく悲しみの感情と結び付ける、彼はアメリカの宝だ」と。ギターロックの歴史を今の今まで塗り替えてしまったカート・コバーン曰く、「地球上で最高のソングライターだ」と。



 そのカートが1992年のMTVアワードで“ハイ、ハウ・アー・ユー”Tシャツを着ていた事により、名前すら知らなかった若者の間でも一躍有名となった天才宅録シンガー、ダニエル・ジョンストン。私自身、初めて聴いたその日からもう、一足飛びに好きなど超えて「これは俺だ!!」となり、以前にはサウンドクラウドの方でも、今回とは別曲の日本語カバーをアップした事があります(良かったら聴いてみて)。
 
 ダニエルのアルバムを聴いた後は必ず、何でロック演ってんだっけ?何でバンド組んでんだっけ?何でギター弾いてんだっけ?何で歌ってんだっけ?何で音楽やってんだっけ?と根本的な諸々の問い質しが始まるのですが、それは彼が私よりかそういった疑問を持たないで、直向(ひたむ)きに音楽を演り続けていた為である、と思われます(良し悪しの話でなし、音楽への向き合い方の違い)。
 

 そんなダニエルの真骨頂と言えば、“ローファイの極致”とも云うべき不明瞭な音質のカセット形態で発売された80年代の作品群になるんだろうけど、それより少し垢抜けた90年発売の11作目「1990」が個人的に一番好きなアルバムであります(当時、ダニエルの精神状態は最悪だったみたいだけど)。これもローファイなデモ音源並みの音質と言えばそうなのですが、スタジオレコーディングやライヴレコーディングの寄せ集めであるが故、今までの不明瞭な宅録よりかは聴き馴染みの良いサウンドで、一番心地好いのです。

 それより後に出た94年のメジャー盤「ファン」まで行くとやり過ぎで、ダニエルの脳内にある雑然とした夢の箱庭を明らかに区画整理してしまった感があって、ダニエルの曲を聴いているというより、あるインディーバンドの曲をダニエルがゲストでボーカルだけ演っているみたいな寂しさがあるのです。普通に良いアルバムなのですが、ここがダニエルの桃源郷か!とはならぬ。
 
 従って今回の我がテーマは、90年のスタジオレコーディング作品「1990」の一番心地好いアレンジで、83年の宅録カセット作品「ハイ、ハウ・アー・ユー」収録の“ウォーキング・ザ・カウ”を演るという事です。



 但し、この私が演ったものですから一筋縄では行かず、イメージとしてはヴェルヴェッツのモーリン・タッカーのリズムで、クイーンのフレディーによるオペラが上演されて、主演のボウイとボランがオクターブ歌唱を披露するという、どうやったってどうしようもなくグラム歌謡メタル野郎です。

 演奏は基本的にシンセ、トイピアノの弾き語り。冒頭の牛の鳴き声の後の情けないフレーズは、トランペットの音色でシンセ手弾き。原曲だとダニエルのコードオルガンが全編にわたって使われているらしいので、私は異なる音色の異なるアプローチでトライいたしました(ただ原曲とかけ離れ過ぎるとそれはそれで白けてしまうので、トリビュートアルバムの中のスベッている曲みたいにならぬよう、最終的にはオルガンの音も全編に渡って重ねました)。

 それとトイピアノだけだと寂しかったので、件(くだん)のモーリン・タッカー的なリズム、パーカッションとして、己が人生初バンド・MBBMの解散ライヴで使った黒いタンバリン(ミッシェル風に言えば“ブラック・タンバリン”)をチャカチャカチャカチャカ振りました。我がトラックについては以上で、原詩と日本語訳詞もいつも通り此処に置いておきます。


「Walking the Cow」
作詞・作曲:ダニエル・ジョンストン

Try to remember
But my feelings can't know for sure
Tried to reach out
But it's gone

Lucky stars in your eyes
I am walking the cow

I really don't know how I came here
I really don't know why I'm staying here
Oh, oh, oh-oh-oh
I am walking the cow

Tried to point my finger
But the wind was blowing me around
In circles
Circles

Lucky stars in your eyes
I am walking the cow

I really don't know what I have to fear
I really don't know what I have to care
Oh, oh, oh-oh-oh
I am walking the cow


日本語詞:Nori MBBM

思い出してみても
気持ちの形わからない
手掛かりは
消えた

Lucky stars in your eyes
I am walking the cow

何でここに来たのかな
何でここに居るのかな
オーオーオオオー
I am walking the cow

指差してみても
風の在り処わからない
サークル
さあ来る

Lucky stars in your eyes
I am walking the cow

何で怖いのか分からないし
何で気にするか分からないし
オーオーオオオー
I am walking the cow

Lucky stars in your eyes
Lucky stars in your eyes

Lucky stars in your eyes


 
 最後に、ダニエルのドキュメンタリー映画「悪魔とダニエル・ジョンストン」を観た事はありますか?貴方の人生にも何らかの作用をもたらす様な(きっと毒か薬となる)最高の映画なので、良かったら観てみてください。最高の音楽ドキュメンタリー映画で他に思い出すのは、ミチロウさんの「お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました」ですが、あれはダニエルと正反対の方へ突き抜けた人間の衝撃があって、実家の玄関で“お母さあん、お母さあん”と連呼して、ミチロウ母が出て来てから親子で語り合う流れはめちゃくちゃ脳裏に焼き付いており、ずっと忘れる事が出来ません。

 話をダニエルの方に戻すと、彼はどんどん童心の方へと突き進んで行ってしまい、アメリカのご長寿アニメ「ザ・シンプソンズ」の作者マット・グレイニングと楽屋で話した後に“やったー!!”と子供さながらに全力で喜ぶ姿は、愛くるしい以外の何者でもなく、自身からポーズとか染み付いた癖や余計なものを取っ払ったら俺もダニエルになるんだろうな、と反省してしまいました(これから生きて行く上で不便が多くなるので、そんな事はやっぱりしないんだけども)。而(しこう)してミチロウさんもダニエルも生涯、心の友であり続ける事でしょう。いつも心の両端にぽつねん、と棲(す)まわせておきます。迷ったら話しかけに行く関係、詩集やCDレコードによってね。
 


 改めまして、お誕生日おめでとう、ダニエル・ジョンストン!!
 
 あなたの誕生日が大好きな“マウンテンデュー”で溢れ返ります様に。
 
 May your birthday be filled with “Mountain Dew”.
 
 Your friend,
 2021.1.22(Fri) Nori MBBM

 
 
 そういえば、幽霊を見た事は人生で一度も無かったが、金縛りには数回遭った事がある。端(はた)からはどちらも自業自得であろうが、この私以外にも歴(れっき)とした中国の古典、或いはそれを翻案した中島敦の短編に、同様の怪奇現象を見つける事が出来る。
 
 中島敦の「牛人」と云う昭和17年(1942年)の作品を御存知であろうか(「山月記」は学校で読まれた人も多いと思うが、こちらは“虎”でなし“牛”)。部屋の天井と人間の表情に寄り添う黒い牛に似た者、その優しさと残酷さの比例関係、因果関係を読んで見てほしい。そして改めて、私は私の金縛りを思い出す。
 
 幽霊を疑う事は一度も無かったが、奇怪を嘲笑う夜には必ず動けなくなったのである。今となれば、私こそが黒い牛なのです。目の周りが凹んで、獣の様に口を尖らせた、せむし男なのです。形態を変えないで、中身は掏(す)り替える、黒い牛なのです。令和三年の丑年に、それはもう牛の歩みで……

 
 それでは次回のカバーMVで、いずれまた!!(もう1か月ほど金縛りにかかろうぞ……zzz)
 
 

2021年1月1日金曜日

令和三年“気韻生動”

明けましておめでとうございます、丑年



 気韻生動
 ──being animated with grace

 生きる作品、歩く絵画、食べる散文、眠る物語、起きるポエム

 令和三年のテクスト、我こそは


 本年も宜しくお願いいたします


 2021、Are you burning?


2020年12月31日木曜日

令和二年“逍遥自在”完了

みずからの現在に焦燥し、過去に恨みをいだき、しかも未来を奪い去られた、そういうわれわれの姿は、人類の正義あるいは憎しみによって鉄格子(てつごうし)のなかに暮させられている人々によく似ていた。結局のところ、この堪えがたい休暇から免れる唯一の方法は、想像によって再び汽車を走らせ、実は頑強に鳴りをひそめている呼鈴の繰り返し鳴る響きで、刻々の時間を満たすことであった。
 しかし、流刑といっても、大多数の場合、それは自宅への流刑であった。
-ベルナール・リウー

 皆様、本年も一年有難う御座居ました。今年の年賀状で元旦に掲げた我がスローガン、何だったっけ?



 個人も国家も数多の場面で思い通りに行かない一年であったが、良くも悪くも世界中の足並みが揃い、初めて白紙状態から時代に取り組んで行ける、というこの稀有(けう)な感覚は、生きている甲斐があったというものです。皆様、もう浮世離れはOKね。


 “逍遥自在”、完了。


2020年12月30日水曜日

あんたの踏み石にはなんねえぞ!!

ところが、同時にまたペストは、彼らを閑散な身の上にし、陰鬱(いんうつ)な市内を堂々めぐりするより仕方がなくさせ、そして来る日も来る日も空(むな)しい追憶の遊戯にふけらせたのである。なぜなら、当てもない散歩のおり、彼らは結局いつも同じ道を通ることになり、しかも、たいていの場合、こんな小さな町では、その道がちょうど、別の時代に、いまいないその人と一緒に歩きまわった道だという結果になるのであった。
 そういうわけで、ペストがわが市民にもたらした最初のものは、つまり追放の状態であった。
-ベルナール・リウー

 どうも、“グラム歌謡メタル野郎”ことノリ・エムビービーエムで御座居ます。前回はジュリーでグラム歌謡、今回は令和二年の集大成にメタル演ろう、だ。



 彼(か)の猿こと“ザ・モンキーズ”のカバーである(ポール・リヴィア&ザ・レイダースが半年先に演っているが、最も有名なのはモンキーズ盤なのでね)。もともと彼の猿達は、英国の甲虫こと“ザ・ビートルズ”に対抗して、米国にて組織されたロックンロールバンド集団で御座居ます。

 ロック音楽史において、ビートルズより文化・芸術的な功績を称えられるものは中々お目に掛かれませんが、モンキーズもまた“大人達に作られたモンキービジネスなアイドルバンド(お猿に掛けたっ座布団一枚!)”として、こと芸術的な側面は見過ごされがちであります……しかし、♪ずっとゆめぇをみて~のキヨシローをはじめ、様々なロケンローラー達から未だにカバーされ続け、リスペクトというより愛されまくっているバンドで御座居ます。


題:ソーシャルディスタンスないしステイホームよりメタル野郎 by Nori MBBM

 今回取り上げた楽曲「ステッピン・ストーン」のカバー例だけでも、セックス・ピストルズやミッシェル・ガン・エレファント、そして“グラム歌謡メタル野郎”なローリーさんら錚々たる顔ぶれで、私は大好きなそれら全てをミックスし、いつも通り自ら和訳した詩を付けて演りました。具体的には、ピストルズのジョニー・ロットンのライヴでの即興歌唱、ミッシェルのアベさんのギターリフにチバさんのシャウト、ローリーさんのゴシックでメタルなリードギターとシンセのフレーズ等々……全てを継いで接いで最早「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」であります。恒例、原詩と我が日本語訳詞も載せて置きます。


「(I'm not your) Steppin' Stone」
作詞・作曲:トミー・ボイス&ボビー・ハート

I, I, I, I, I'm not your steppin' stone
I, I, I, I, I'm not your steppin' stone

You're tryin' to make your mark in society
You're usin' all the tricks that you used on me
You're readin' all them high-fashion magazines
The clothes you're wearin', girl, are causin' public scenes

I said I, I, I, I, I'm not your steppin' stone
I, I, I, I, I'm not your steppin' stone

Not your steppin' stone
Not your steppin' stone

I, I, I, I, I'm not your steppin' stone

When I first met you girl you didn't have no shoes
But now you're walkin' 'round like you're front page news
You've been awful careful 'bout the friends you choose
But you won't find my name in your book of Who's Who

I said I, I, I, I, I'm not your steppin' stone (no girl, not me)
I, I, I, I, I'm not your steppin' stone

Not your steppin' stone
I'm not your steppin' stone

Not your steppin' stone
Not your steppin' stone
Not your steppin' stone
Not your steppin' stone…


日本語詞:Nori MBBM

I, I, I, I, I'm not your steppin' stone
I, I, I, I, I'm not your steppin' stone

世の中に認められたいね
汚れた手でも構わないね
余は満足じゃ、なんてね
みんな欲しがる服と言動で

I, I, I, I, I'm not your steppin' stone
I, I, I, I, I'm not your steppin' stone

Not your steppin' stone
Not your steppin' stone

Not your steppin'

Not your steppin' stone
Not your steppin' stone
Not your steppin' stone
Not your steppin' stone

Not your steppin' stone
Not your steppin' stone
Not your steppin' stone

Steppin' stone

I, I, I, I, I'm not your steppin' stone
I, I, I, I, I'm not your steppin' stone

俺と会ったら普通なのに
馬鹿と何か競い合ってる
世の中のお気にの友達
馬鹿な俺の名はそこにない

I, I, I, I, I'm not your steppin' stone
I, I, I, I, I'm not your steppin' stone

Not your steppin' stone
Not your steppin' stone

Not your steppin' stone
Not your rollin' stone

Not your steppin' stone
Not your fxxkin' stone

Not your steppin'



 俺を踏み台にしたあ(今回の俺らの服、色合いが“黒い三連星”)?いや、この歌で言いたい事は唯一つ、あんたの踏み石にはなんねえぞ!!ってね(三連星に掛けたっ座布団三枚!!!)。


黒のサバスTでキメてトニー・アイオミ咳込みパラノイド気分

 服装に関しては、まず古着で手に入れた色んな意味でグレーなナポレオンジャケットね。これは“ドイツ民主共和国国境警備隊”の制服で、かつてドイツやベルリンの西側へ亡命する人達を監視していた東側の警備隊のジャケットその実物になります。しかも前に着ていた人物がハードコアだったのか、随所に角鋲や“G.B.H.”のペイントなどが施されております(やはり古着は歴代の持ち主の情念を感じるね着ちゃうよね来ちゃうよね)。

 前々回のカバーMV「夢は夜ひらく」で、俺の生まれた年にベルリンの壁が崩壊したこと、それが何を象徴して現代へ至っているのかについて歌ったんだけど、最近はまた世界中が各人各様に壁を作り始めて、令和二年の年末の高円寺の奴と、東ドイツで国境警備をしていたベルリンの壁の奴と、俺の中でいま二人が一人になってこれを着た訳。断じて社会主義者ではないが、形骸化した我が国の資本主義を今年で終わらせる為(これも「夢は夜ひらく」で表明済み)。好きな音楽も車も映画も服も文学もサブスク・データ化、何も持たずに分かち合おうってか(イヤン)!!

 マルクスの続きに取り掛からないといけない──いけないと言っている時点で、面倒くさくて骨が折れると思っている。経済の成長なんて止(や)めないといけない──成長は止まっているけど、欲望は今も大きくなるばかり。国家は幻想──個人と一緒、僕の後遺症。

 俺は俺のブランドを止めろ、と俺に言わなければならない。俺は俺に無駄遣いを止めろ、と言わざるを得ない。俺は俺のMBBMのミスターバーニングビッグマックのパティのビーフの多頭飼育の畜産業を脱しなければならない、という自己紹介の矛盾に来年は丑年。矛と盾を抱えたまま地球とか人や牛に優しさを示さなければならない、という矛盾も矛盾で来年は丑の年。

 このブログは何を壊し、誰の首を絞めているのか、改めて考えて居る。そこから少しずつ変わって行ける、と本気で思っている。私は必要不可欠であるべき、ならば私の不必要を減らせ、と息苦しくなってきました、グレーな領域が許されなくて。

 グレーなナポレオンジャケットを着る事だけは許して!!人民服を着るかどうかは国でなしに俺が決めるから!!

 後はメタル野郎な黒のサバスT、数年前に高円寺の友達がくれたブラックスキニーカーゴパンツ、日本ではドクターマーチンほどの知名度は無いがロッカー御用達の“ゲッタグリップ”のエンジニアブーツ等を着用(俺のはサブスクでシェアできないね)。これで完成、俺・メタル・2020冬(夏のはコチラを参照ね)。



 それでは令和二年よ、有り難う!!世界的な疫病よ、新型コロナよ資本主義よ、左様なら!!

 来年もグラム歌謡メタル野郎、演ろう。


 ドグマッイヤァオ


2020年12月17日木曜日

“This is real, not nostalgic.”

おまえ、葡萄(ぶどう)の木よ。なぜおまえはわたしを讃(たた)えるのか。わたしはおまえを切ったのに。わたしは残酷だ、おまえは血を噴(ふ)いている──。おまえがわたしの酔いしれた残酷さを褒(ほ)めるのは、どういうつもりだ。
 「完全になったもの、熟したものは、みな──死ぬことをねがう」そうおまえは語る。だから葡萄を摘む鋏(はさみ)はしあわせだ。それに反して、成熟に達しないものはみな、生きようとする。いたましいことだ。
 苦痛は語る、「過ぎ行け、去れ、おまえ、苦痛よ」と。しかし、苦悩するいっさいのものは、生きようとする。成熟して、悦楽を知り、あこがれるために。
 ──すなわち、より遠いもの、より高いもの、より明るいものをあこがれるために。
-ツァラトゥストラ

 ここ数日で急に肌を刺すくらい冷え込んでまいりましたね、師走だろうとマイペースなノリ・エムビービーエムです。我がカバーMVも27本目となりまして、27本ですからね、27、にじゅうなな、にーなな……ニーナ、オーニーナ!!



 という訳で「追憶」です、ジュリーです。私にとって、あらゆるものの理想形は“王道を行く全能感”であり、これ即ちジュリーです。サブカルチャーでもカウンターカルチャーでもなく、堂々たるメインカルチャーです。

 吉井さんが2007年の別冊カドカワのインタビューで、自身の8枚目のシングル「シュレッダー」が持つ楽曲的要素について、“ミッシェル・ポルナレフみたいな感じ”、“フレンチっぽくて、歌謡曲っぽくて”、“沢田研二さんな感じも”と云っておられましたが、ジュリー自体がまさにそう言えるし、歌謡曲でシャンソンで(言語は違えど意味は同じだ)、時にハードロック、ハードにポップでもあり、過剰で偏執的かつ光輝くグラムな存在なのであります(吉井さんのザ・イエローモンキーもそう)。

 つまり、グラム歌謡メタル野郎にとってジュリーやロビンは超自然的な存在でありますが、さらに、世間一般にとっても“王道を行くロックスター”であり、そこが尚更尊敬の念を禁じ得ない処なのであります。滅茶苦茶にマニアックで特級呪物のフェティッシュなのに、何時も大衆の眼前に君臨して居る、その佇まいが堪らんのです。恐らく、陰と陽のどちらも併せ持った状態であり、その器の大きさや懐の深さ、真面目に不真面目で健康不健康な処が、大好きなのです。


歌詞に“白いバラ”とあるので白薔薇を──花言葉は“純潔”、“相思相愛”

 そんな王道を行くロックスター・ジュリーの歌う曲はどれも、煌(きら)びやかに麗(うるわ)しく、雅(みやび)やかに芳(かんば)しく、妖艶で豊潤な、重層的構造を成しておりますが、「追憶」はその最たるものではないでしょうか。ロックともバラードとも歌謡曲ともシャンソンとも言い切れず、まったくその全てである。全てを股に掛けて居る楽曲である。

 ジュリーにしてもイエモンにしても、原曲が理想的で好き過ぎるが故、カバーのアレンジや意義を見出だすのに苦労するのですが、今回は思い切って弾き語りアレンジでやってみました。作曲の加瀬さん(ワイルドワンズ)もアコギ一本の弾き語りでこの曲を作ったのかなと思うし、絢爛に着飾った原曲を本来の肉体美に戻して、生々しく曝(さら)してやる、という算段で御座居ます……まあアコギ一本と言っておきながら、アナログな手弾きシンセを多重録音で入れまくりましたがね(個人的にストリングスとか頑張ったから聴いてみて)。


100年以上前の壁掛け時計も……んゝ追憶(MV冒頭で唸っております)

 今回の撮影場所は、西荻のとあるカフヱーで御座居ます。壁にはびっしりアンティークなハードカバーやカップ&ソーサー、コーヒーミルに一世紀以上前の壁掛け時計、世界に二脚しかないヴィンテージな椅子等々、とても素敵な雰囲気のカフヱーで御座居ました……あ、“カフヱー”というのは大正浪漫気分になってしまったので、小さなカタカナの“ェ”が読めなくなってしまい、つい(ボディーを“ボデー”と言う爺さんが如く)。


筆者による三島由紀夫“薔薇刑”ごっこ

 カバーMVするに当たり、「追憶」が発売されてから四ヶ月後の昭和49(1974)年11月に放送されたジュリーのラジオ番組なんかをYouTubeで聞いたりもしていたんだけど、作詞をされた安井かずみさん(ZUZUさん)のとびきりチャーミングなこと。学生時代にZUZUさんのアルバムを買って聴いたり、お写真を見たりして、もっとクールビューティーで退廃的な御方だと思っていたら、ユーモラスでお茶目で可愛らしく、ますます好きになってしまいました。


 ちょうど旦那さんである加藤和彦さんの傑作“ヨーロッパ三部作”を聴きながら、好い気分のまま筆を置きたいと思います。それではご機嫌よう♪


2020年11月29日日曜日

俺の夢は夜ひらく

「泣くということはおよそ、嘆き訴えることではないか。そして嘆き訴えるということはおよそ、咎(とが)めるということではないか」そうおまえはおまえ自身に言う。それゆえにおまえは、おまえの悩みをあらわに撒(ま)き散らすよりは、むしろほほえむことを選ぶのだ。
 ──おまえの充実から来る悩み、摘み手とその鋏(はさみ)とにあこがれる葡萄樹(ぶどうじゅ)の待ちきれない気持のすべてを、ほとばしる涙として、あらわに注ごうとはしないのだ。
 しかし、おまえが泣こうとせず、おまえの真紅(しんく)の憂鬱(ゆううつ)を泣きつくそうとしないなら、おまえは歌わずにはいられないだろう、おお、わたしの魂よ。──見よ、おまえにこのことを予言するわたし自身にほほえみが浮かんでくる。
 ──怒涛(どとう)のような歌でうたうのだ、ついに海も静まって、おまえの憧れに耳を傾けるようになるまで。──
 ──静かな、憧れにみちた海に金色の奇跡として小舟がただよい出て、その金色をめぐって、いっさいの不思議な善い物、悪い物が踊り跳ねるようになるまで。──
 ──また多くの大小の生き物、軽い不思議な足をもっていて、すみれ色の道を走ることのできるいっさいの物が、──
 ──この金色の奇跡、自由意志からやってくるこの小舟とその小舟の主(あるじ)に向かって、踊り跳ねてくる。その主が、すなわちダイヤモンドの鋏をもつ、ぶどうの摘み手なのだ。──
-ツァラトゥストラ

 結局、天秤座でなし蟹座の人のナンバーをカバー致しました(←前回のブログの続き)。



 「夢は夜ひらく」──数多の歌手が様々な詩を付けて歌った昭和歌謡のスタンダードナンバーであり、今からちょうど半世紀前の昭和45年(1970年)、藤圭子さん(宇多田ヒカルの母)が約80万枚もヒットさせた事で有名な演歌です。或いは、三上寛流に云えば怨歌(読みは同様:えんか)であり、それにとっておきの自作詩を付けて、私も怨念たっぷりにカバー致しまして候。

 思い起こせば、ギターと宅録を本格的にやり始めた二十代半ば、この曲が俺にマイナーコードの何たるかを教えてくれたのだ。二年前にカバーした「赤色エレジー」もそうなんだが、“Am、Dm、Em”の3つのマイナーコードがあれば演歌・歌謡曲は幾らでも出来るのだ、ということ。このスリーコードからマイナーを取っ払えば、“A、D、E”なんてロックンロールで使い古された定番の進行だものね。由緒正しいスリーコード、そのマイナーたち、短調たち、哀しきブルースたち……そう、演歌は日本のブルースだ by 吉井和哉

 それで俺ら、どんな風に調理したかと言うと下記参照で御座居升。


「Nori MBBMの夢は夜ひらく」‏
作詞:Nori MBBM、作曲:曽根幸明

ヘビメタ、シャンソン、歌謡曲
甘いキッスよりヘッドホン
思い想われ重すぎて
夢は夜ひらく

昭和なんぞは忘るまじ
手塚治虫に美空ひばり
ベルリンの壁も崩れたら
夢は夜ひらく

“サルトル、マルクス並べても”
なんて俺らは歌いません
だって平らに成ったもの
夢は夜ひらく

喧嘩するなよ、令和だぜ?
ほざけ、マルクス・アウレリウス
カール・マルクスよりロゴス
夢は夜ひらく

道徳よりか摂理法則
打算的だね、葡萄の樹木
俺ら岬で波は泡
夢は夜ひらく

運命、摂理は人の数
予定調和は星の数
蒲田あたりで成り上がり
夢は夜ひらく

夢は夜ひらく
俺ら夜ひらく

夢は夜ひらく



 演歌の歌詞は基本的に3部構成で最後がオチとなりますが、「夢は夜ひらく」はその上をゆく怨歌なので倍の6番まで歌詞があります(三上版に至っては9番まである!)。

 俺らの方の詩は最初の一番が自己紹介、二番に生まれた時(平成元年)のこと、三番・四番で三上寛(昭和)と俺ら(平成)──「自省録」及び父方の祖母の日記の豊かで慎(つつ)ましい有限に対する、グローバルに四方八方へと拡がりゆく空っぽで虚(うつ)ろな無際限、「資本論」及び昭和知識人や学生運動のアカのバカに対する、思想皆無で白痴全開な平成セカイ系のロゴス──を比較対照させて、五番は平成と俺らが生きた31年間の総括、締めの六番が未来においても普遍の理、つまり永ちゃんについて(未来の永劫と矢沢の永吉を掛けてネ)、という構成になっております。永ちゃんは下積み時代、蒲田や川崎でライヴしていたのよ(ミーにとっても馴染み深い場所だワ)。



ローリーって、あのローリーさん?

 今回、詩を書きながらか歌いながらか、いずれかの最中に、(この歌、オチはいつも“夢は夜ひらく~”ってか……待てよ、これ落語ぢゃん!ていうか人生とか世界のコトぢゃん!)となりまして、上野にある寄席“あじゃらか”さんをお借り致しました。撮影の際は色々とご親切にして下さり、本当にありがとうございました。


何時もの着物と赤いストラトちゃんでいざ高座

 次のカバーMVも蟹座の人の曲を演ると思います。えっと次回は第27弾か……オー、ニーナ。


 それではまた、ゆめぇはよぉるひぃらくぅうゝ。