2019年8月1日木曜日

9,710km、19g・110円

フランスの友に手紙を書いて
近所の郵便局へ出しに行く

東京からパリへ
9,710km
たった110円で飛んでゆく

日本の夏を伝える便箋が2枚と
お手製のポストカード
いわゆる“暑中お見舞い”
茶封筒に俺の真心が19g

インターネット社会で驚くことではないけれども
国際電話もタダの時代に

しかしラヴレターが
9,710km
ジュース一本で飛んでゆく

だから何だか嬉しくて
フランスが近所みたいで
バスに乗るより
パリに手紙を出す


ラヴレター・フロム・ジャポン

「あちらへは7日後に届く予定です」

9,710km、19g・110円




~~~~~~


 追伸、、ツイッターでは呟きましたが、7月13日(土)と30日(火)に我がバンド・Unfinished Balladesのスタジオリハーサルをやりました。夏の終わりにライヴを演りたいと思います。その時は改めて告知いたしますので、どうかお楽しみに。

まことの恋は永遠でかぎりなく、つねにかわらぬものと胸におきざみになってくださいませ。それはおもてに激しくあらわれることもなく、つねに一定したこのうえなく清らかなものでございます。
-アンリエット・ド・ルノンクール

 不変は不偏と似た処もあるが、少し違う。不偏は不浄と話もするが、不変は不浄と口も利(き)かない。濁流が石にするみたく、不浄が不変を呑み込もうとする。お前も我等に流されてしまえ、不変は不動に無視を決め込む。君への恋は、今日も無事だった。


2019年7月26日金曜日

ラヴレター・フロム・フランス(←カナダではない畑中葉子)

今月上旬にフランスへ帰った知人(以前、hideさんのお墓参りへ一緒に行った御方)から、自宅のポストにお便りが届いた。



 “日本のニュースではパリの猛暑(40℃超え)が伝えられていたから、出国前に色々と心配されたけど、例年通りで全然過ごしやすいよ、何ならTシャツ一枚だと寒いくらいだし、夜はお布団かけて寝ています”とのこと。俺はやっぱり日本が好きだけど、フランスも行ってみたいなあ。バルザックにボードレールにバタイユがBBBの3B(なにそれエンピツみたい)を生んだ国だぜ!?手紙にはその他、パリ郊外へ路面電車とバスを使って友人と晩御飯を食べに行ったこと、また日本の労働環境に関する話や、私の身体の心配もしてくださって、有り難い限り。お返事を書かねば。

愛する人の手紙を読むのに、私にはほかの方法など思いもよりません。しかし世の中には、こうした手紙を読むのを、毎日の仕事の合間にやってのけ、おぞましきばかりの平静さで、途中でやめたり、また読みはじめたりする、愛される資格さえない男もいるのです。
-フェリックス・ド・ヴァンドネス

 大切なものをぞんざいに扱う事が、世間とか人間を知った風で、馴れた風で、そう一人前の立派な大人に成れた風で、馬鹿に流行る。実際は、世間とか人間に塗(まみ)れ、埋もれ、毒された哀れ、もう半人前の未熟な餓鬼に成り下がったのだ(それも格好良いぢゃないか、と開き直る畜生が常に一定数)。私は今日も、餓鬼や畜生の奴等の俗気に同調せず、誠実に愛する術を確かめるのみ。




2019年6月19日水曜日

時代わたくし辯論

修羅篇より


いや実に人間の心は広い、あまり広過ぎるくらいだ。俺は出来る事なら少し縮めてみたいよ。ええ畜生、何が何だか分りゃしない、本当に!理性の目で汚辱と見えるものが、感情の目には立派な美と見えるんだからなあ。一体悪行(ソドム)の中に美があるのかしらん?……
 ……しかし、人間て奴は自分の痛いことばかり話したがるものだよ。
-ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」より

 一世紀と十年、萎え切った芲(はな)を、絶え絶えた息を、貧しく飢えた人を、津軽のマロサマを、決して哀れむな。平成と30年、ここに其(そ)の具体例が有るのに、在るのにもかかわらず、君は憐れむのか──囲桃園跨線橋(かこいもゝぞのこせんきやう)、シヨツトの革ヂヤン、懐に白きフリヰヂヤ。私達は小説的か、戯曲的か?君は台詞から読み取るか、一挙手一投足より汲み取るか?今からパリのサロンで、此(こ)のアゴラで、時代わたくし辯論(べんろん)するとしませう。“いざ、思想衝突!!”

 わたくし「君との相性が良くないと、一緒に居てはいけない気がする(花瓣を一片おとす)。」

 時代「こうして繋がってさえいれば、私達は恋人で居られます(一片の花瓣をさらう)。」

 わたくし「保護、愛護、宣言、法律、そこまで考えが及ばぬ。勝手に散歩し、一生を終えて、君など知らぬ、存ぜぬ。中野区役所まで年金や住民税の相談には参るが、幕府の犬にはなれぬ、君を愛せぬ。」

 時代「暇、暇、暇!!勉強と研究と生類の憐れみに暇、暇、暇!!罰当たりな暇を隠し持ち、忙しい振りをして、誰よりも手前らしい、暇、暇、暇!!」

 わたくし「ヱゴ、ヱゴ、ヱゴ!!自我が腫れ上がり、君の入れぬヱゴ、ヱゴ、ヱゴ!!訪ねて来ても、話し掛けても、受け付けぬ。夢に敗れて余裕なし、夢が叶うも余裕なし、そうだ夢こそ腫れ上がる、ヱゴ、ヱゴ、ヱゴ!!」

 時代「芥川、芥川、芥川!!川端さん、佐藤さん、芥川賞を私に!!芥川、芥川、芥川!!(歿後、發見せられしノヲトより)」

 わたくし「死人に口なし!こんな赤裸々あんまりぢゃないか!!これもパフヲマンスだ、ポヲズだ、と云ってのけて、君は何でもするんだな!!!」

 時代「君の為なら何でもする、なんて脅しは要らないのです。君の為に何時(いつ)か、壊したくはないのです。中途半端に何時も、御飯の種を食べて暮らして居ります。君と一緒に居られるだけ、それだけで良いのです。」

 わたくし「手前の飯が欲しけりゃコンヴィニの廃棄弁当でも喰らえ、畜生、経済は共食いの味を知れ、畜生、時代の方こそ恥を知れ、畜生、社会システムの挫折と戦後レヂヰムの失敗の盛り合わせ、畜生、容器の隅に手前の無駄まで添えて、畜生、全て手前の驕りで、畜生」

 時代「畜生と六回も仰(おっしゃ)って、六界はここの他にもあるのですよ?連れ出してあげましょうか?突き落として差し上げましょうか?それに手前の無駄ですって?無駄のない夢には小さな成功しか有り得ませんから、これからも夢は大きく、人生の全てを懸けてやるべきです。」

 わたくし「たった一つの人生を奪われてはならぬ!殉ずれば良し、とせぬ!!痛くて情けない話をする!!!骨折りて読み書きをする……間違いて正し続ける文字となる。乾ききった時代の お前の眼前にブチ込む……殺生ワード頭蓋骨。」

 時代「失敗と未練が眠る墓標には戒名、その手口は巧妙。悪夢を正確かつ克明に記し、黙々と芸術に仕立て上げる儀式。」

 わたくし「時代の断片的犠牲者──卒業、失恋、転職、死別!わたくし縁を切りとうて、わたくし楽になりませう!!本を開けば歴史と繋がる──時代の断片的犠牲者!!!」

 時代「一生を懸けて作られた城、主も死して素通りに。城を過ぎ去る我々に、“やはり城は良い”と立ち止まるは僅か。君は死する迄、城の整備に明け暮れるのですね。」

 わたくし「後の祭りの片付けを、湿っぽい気持ちになって、やったんだよ。無軌道に当たり散らし、角の取れた山車(だし)、三島的集団的肉体的同一化、酒臭え息で転がる鬼ころしだよ。無計画に酔って増えすぎて、戒めに点数を減らされる場面、公然と演ずる事になったんだよ。別に恨んぢゃいないし、綺麗にするつもりだし、このケがれた場を使おうと思うんです。ハレて用済みとなった誰も居ない所で、悠々自適と革命を起こす、罰当たりな程に。」

 時代「革命も祭りも、容赦のない死を忘れる為です。独り立ちをした気になっても、同じ穴の貉(むじな)です。1920年代パリのカフヱーです、1950年代銀座の銀巴里です、貉は集まるものなのです。見栄っ張りの宵っ張りの出ずっぱり、パ・リ。」

 わたくし「パ・リ?私の写真や日記を恥じて、時代の名画や名著を可愛く思う。私は貴様か人類か?どうしたら形容できて?どうしようもない感情だ。やっパリ一生懸命っつうのは、どうにも笑えるワ。苦笑や微笑、隙あらば笑ってラ。ワ・ラ。」

 時代「ワ・ラ。せめてアニメや漫画の様に、心象描写の一コマを連続の中に、予(あらかじ)めセリフのあるキャラクターに、目線や冷や汗を鑑賞され得る作品に、陰惨で残酷な悲しい世界に、“これも仕組んだ事なのだ”という意志を捻じ込み、一コマ一コマは唐突だが、連続すれば情緒的に、ワ・ラ。」

 わたくし「ワ・ザ。時代が提示する生き方、時代の提唱する言動、皆目、故意、わざと、あざとい。ワ・ザ。」

 時代「ピ・シッ。人間の生きて行く資格を云った迄、君の禍いを一つ位は背負ってあげようと思った迄、だって。君一人で禍いを十も持って、其の内の一足らずで誰かが死んでしまう、そんな様な光景を幾度となく目にしたもので、だから。腹の虻(あぶ)を打ち殺すみたく、のんびりおっとり、多分、其の三倍速で以(もっ)て、牛の尻尾が、ピ・シッ。」

 わたくし「イ・タッ。過去のデブゐ私が、肥満児がそこに、居た。友達の家の居間(リヴィング)で、友達と友達のお母さんを笑わす為、痛っ。全力の腹踊り、アウチッ、波打つ脂肪。志望した覚えの無い、ピヱロ。死亡した憶えもない、道化。手前が提示する生き方、手前の提唱する言動、皆目……イ・タッ。」

 時代「チ・ッ。気付いちまったか、知。恥じらっちまったか、血。目立つよナ、落ちないんだよナ。拭いても拭いても、しつこくてマア大変。まるで殺人事件、ホント特殊清掃。辺り一面、真ッ赤ッ赤……チ・ッ。」

 わたくし「赤のアント(=アントニム:対義語の略)は、黒。けれども、黒のアントは、白。ですので、白のアントは、赤。」

 時代「如来(によらい)はすなはちこれ虚無(こむ)、虚無はすなはちこれ解脱(げだち)、解脱はすなはちこれ如来なり……HUMAN LOST.」

 わたくし「如来は乃(すなわ)ち虚無であり、虚無は即ち解脱であり、解脱は則ち如来である、と……人間、失格。」

 時代・わたくし「“グッド・バイ(未完)”」

 私、平成元年五月一日(月)生まれ、体格変動著しく、顔色わるし、好きなもの和菓子──辯論における駄洒落の類いは、気の強い恋人に注意されて止めた模様。時に令和元年六月十九日(水)、バンド活動を続けながら突如、消息不明となる──新たな元号に呑まれた?と見る向きもある──。

 “アンフヰニツシユド・バラツヅとは音程を伴った文学なり”──其の声は時代に向けられた。今日の110年前にも丁度、津島修治という男が呱々(ここ)の声をあげたそうだ──或いはまた、仏として迎えられたのも何時か同じ日であった──。


餓鬼篇に続く


2019年5月31日金曜日

平成三十階段

彼は半ばベッドの上に起きあがったような姿勢で、巨大な肩と堂々たる頭を客の方へ向け、片腕を掛布団の上に伸ばし、雀斑(そばかす)のある船長のような手を肌着のシャツの袖口のところからまっすぐに立て、親指と人差し指とで例の円い輪を作り、その横に三本指を槍のように立て並べていた。
-トーマス・マン

 僕のよく行くスーパーにこんな案内が出ていた──「大型書籍コーナーできました」──食料品と簡素な日用雑貨の他、週刊誌と少年誌くらいしか売っていなかったけどな。僕はその新しく貼られた案内の導くままに、普段足もとめない店の奥の方へ、片隅に見覚えのない小さな戸口(とぐち)が一つ、通り抜けるとプラモデル売り場だった。

 ここはプラモデルも売っていたのか、一応散策してみると、まあ目星(めぼし)いものそのつまりレア物は無かったのだが、二次大戦中の軍用機、戦車、戦艦だ、自動車だ、ロボットだ、果ては美少女フィギュアだ、しかし辺りには僕の他に誰一人として居ない。いかんいかん、僕の見たいのは大型書籍コーナー、文庫本の小説が欲しいのだ。他に使うお金は、持ち合わせていない。

 売り場の端まで行くと、また別フロアへの通路があり、入ればそこは恋人売り場とな。男性はこちら、女性はこちら、と棲(す)み分けがされていて、僕は一応、女性を好(す)いているものだから、女性が売られている方の巨大な陳列棚へ向かうと、色白、色黒、低身長、高身長、姉、妹、おばさん、おばあちゃんと、くる。これはアンドロイドか、はたまた精巧なダッチワイフか、と瞬(またた)く間に思われたが、訳ありの、監禁された生身の女性達らしい。僕は並ぶ女体の壮観の、とりわけ妙に惹かれる顔つきの、奧二重(おくふたえ)の福耳の、両の頬の赤っぽい、初恋の人に似た一人の前に、成る程それは初恋の人その人に違いなかった。

 「なんでここにいるの」──こちらが訊きたい位だったが、彼女に先にそう云われて──「いや、いつも来るスーパーなんだけど、こんな売り場があるなんて知らなくて、初めてなんだ、けど、誰かに閉じ込められているの?」──と陳列された彼女の値札を見ると千九百八十九万円、税抜き。「連れて行って、早く万引きして」と彼女に手を握られると、まったく全ての頭という頭に血がのぼり、「うん」と訳も分からず返答し、正直勃起していた。「高価な品物なのでお手は触れないでください」とどこからか店員がやって来ると、彼女はそっと僕から手を離し、また一切しゃべらなくなり、勃起は勃起でおさまってしまい、黙ってこのフロアを離れる事とした。危うく売春しかけるところだった。人の意志など脆弱だ。いや、売春の万引き、無賃売春か。しかし売春はしない主義だ、売春するならいっそ死んだ方がましだ。産業構造的に、自分の手だけは汚さねえ、そんな誰よりも汚ねえ奴等の懐に、金、金、金の入るのが、何より気に喰わねえ。いかんいかん、僕の見たいのは大型書籍コーナー、文庫本の小説が欲しいのだ。他に使うお金は、持ち合わせていない。

 更に奥の階段を降りると、薄暗い地下へと通じており、そこは死人売り場とな。何だここは人身売買ばかり、スーパーはスーパーでも、とんでもなくスーパーだ、今度は一体誰が居るのだ?ざっと、エドガー・アラン・ポー、シャルル・ボードレール、三島由紀夫、カート・コバーン、アベフトシ、遠藤ミチロウ。凄えな、サイン欲しいな、ライヴ観てえな、しかしホルマリン漬けだな、ぷかぷか浮いて、微動だにしねえな。百八十四万九千百七円、百八十六万七千八百三十一円、千九百七十万千百二十五円、十九万九千四百四十五円、二百万九千七百二十二円、二百一万九千四百二十五円、税抜き。誰が値段つけてやがんだ、こんなの言い値(ね)だろう、価値など知らねえ癖に──「お客様なにかお求めでしょうか」──さっきの店員が近付いて来ると、その無頓着や無理解に腹立たしくなり、早足で巨大な商品棚をくるくると巡り廻(めぐ)って、意味もなく迂回を繰り返して、店員が見えなくなった処で、ふと天井に続く鉄の梯子を見つけた──「30階:大型書籍コーナー」。30階とな。そんな高層階が隠されていたとはな。

 冷たい鉄の梯子に手を掛け、足を掛け、昇りゆくと案の定──「お客様そちらに何のご用ですか」、「書籍が見たいのです」、「お客様の見たい書籍は何ですか」、「何だって良いぢゃないか」、「そうは云っても私が案内いたしますよ」──店員が私の足に手を掛けてきた──「やめてください離してください触らないでください」、「お客様の探しているものは何ですかと訊いているのです」、「ダンテの“神曲”とその解説本でもあれば、とは思うが、何だって良い、出逢いたいんだよ、手に取ったら欲しくなるから」、「ダンテですか、ありますよ、解説本も、上下巻の詳しいヤツが、だから私が案内しますよ」、「えい、しつこい、足を掴むなって」、「お客様お客様」──店員はバランスを崩し、遥か地上のプラモデル売り場、恋人売り場へ真っ逆さま、巨大なコンテナが落下した様なドンと云う轟音と共に叩きつけられ、そのまま床まで突き破り、地下の死人売り場にて、多分絶命してしまった様だ。白眼をむいたまま、口からは赤いものが垂れているのが見えた。

 僕はそれ見下ろしながら、こんな高い処まで来ていたのかと、一方で解放感もう一方では焦燥感に駆られてしまい、再び上を目指し、あともう少し、もう少しで、大型書籍コーナーのフロアに到達す、前人未到の30階へ、すると、ふわり、力なく、鉄の梯子が風に揺れるよに、吹かれるよに壁から剥離(はくり)し、ボルトがひょん、ひょんと抜け落ち、梯子めりめり剥がれ落ち、僕は鉄の棒を掴んだまま重い頭を急転直下、天地無用、逆・店内案内図、29階:黄泉(よみ)売り場、28階:孫(まご)売り場、27階:出産売り場、26階:結婚売り場、25階:出世売り場、24階:内定売り場、くだらん階数ばかり走馬灯なり、10階:ドリームキャスト売り場、6階:セガサターン売り場、行きたかったなり逝きたかったなり、梯子はU字に曲がり、突き破られた床下の、死人売り場へ一直線、既に息絶えた店員に梯子の先端が突き刺さり、ぶしょおゝん、ぐしゃあゝ、べちゃらゝあん、胃、腸、内臓、臓物(ぞうもつ)祭り、血液の海にダイヴ、ダイヴ、大分、ダイヴ・イン・ミー、Incesticide、疼痛(とうつう)、激痛、我、多分絶命、否、否、三たび、否……絶対絶命。


 いかんいかん、僕の見たいのは、大型書籍コーナー、文庫本の、小説が欲しいのだ……他に使うお金は、持ち合わせて、いない……。




2019年5月30日木曜日

1st EP「30年 e.p. –XXX years–」発売

言葉に音楽がつくと詩であり、音楽のない言葉は散文にすぎない
-エドガー・アラン・ポー

 小説と詩に縺(もつ)れる無名の葉(よう)の一枚に、己が緑(みどり)を何と呼ぼう?ただ君が心、魂を癒やすであろう事だけ願って。人が言の葉、本当に微妙な色調のそれ、如来、虚無、そして解脱に代えて。赤、黒、いつか白に変えて。

 我がバンド、Unfinished Balladesの初音源・1st EPが本日発売されました。


その名も「30年 e.p. XXX years

(ジャケット裏)
人格形成に多大なる影響を及ぼしたものたち……俺は断然“セガ派”だった



 デジタル配信で“Amazon Music、Google Play Music、mora、music.jp、Spotify、YouTube Music、レコチョク”等の大手配信ストアにて、1曲・200円よりダウンロード購入できます。フィジカルなモノとしては、今後ライヴ会場でプレスしたCDを販売いたします。


CDは税込1,000円で販売(初回は100枚プレス)


 以下、当記事に一曲一曲のエピソードも書いておきます。


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全曲試聴トレーラーも作ったので観てくれい!!


1.「殺生ワード頭蓋骨」(作詞:Nori MBBM、作曲:Kaz)

 2015年9月22日(火)、Unfinished Balladesの前身バンド“MBBM”のスタジオセッションで、初めてバンドメンバーと一緒に作ったオリジナル楽曲。作曲はMBBMのリズムギター・Kaz兄でクレジットしていますが、メンバー4人“せーの!”の即興で作詞作曲をしました(曲の核を成すコード進行はKaz兄考案)。この一曲で「俺達のオリジナルをガンガンやっていこう」と自信が付いた“バンド人生の出発点”とも言えるナンバー。ライヴでは大抵、一曲目に演奏します。

 “Unfinished Ballades”になってからはボーカルの私がリズムギターも担当しているので、MBBM時代とアレンジがやや異なりますが、最新で最強のヤツをレコーディングしました。Shinさんのリードギターも“布袋イズム”を感じさせるアグレッシヴな攻めのリフで(もともとShinさんと俺は“布袋寅泰とセックス・マシンガンズが好き”同士で仲良くなったのだ)、一聴して頭蓋骨に大きめなヒビが入ったよね。

 詩に関しては、スターリンのミチロウさんやミッシェルのチバさんが持ちうるような“鋭利な言葉”、“エッヂのある語感”を意識して書きました(というのは後付けで、前述した4年前のセッションで叫び散らしながらのフリースタイル即興作詞、が実の処です)。

 “アイ・キル・ユー”なエッヂのある言葉を貴様の脳天にぶち込むぜ──


2.「Kiss and Death」(作詞・作曲:Nori MBBM)

 2017年2月20日(月)、大切な恋人も友達もなくして独り、高円寺の自宅にて怒りに震えながら数分で完成させたナンバー。2017年1月29日(日)のライヴを最後に“MBBM”が解散、新バンド“Unfinished Ballades”結成に際して書いた楽曲群の中の一曲であります(他にUnfinished Balladesを立ち上げる際に書いた曲で、「彼女の心は桜色」というアジカンとイエモンを足して二で割ったようなポップなナンバーもありました)。

 これはもう手癖というか俺のお得意というか、何も考えずに直感だけで作詞作曲をしました(結果として“チバさんリスペクト”な曲になっていると思う)。バンドをやっていく中で経験した、もしくはこれから来るべき苛立ちを詩に認(したた)めた攻撃的なナンバー。この曲に関しては、間奏のギターソロも俺が担当。

 すべての音楽家気取りのクソッタレに、俺の口づけと死を──


3.「横浜ブレードランナー」(作詞:Nori MBBM、作曲:Shin)

 2017年4月16日(日)、Unfinished Balladesの初ライヴを終えてから数日後のこと、ギターのShinさんからPCメールで送られてきたデモ音源、仮タイトルは「笑い」(Shinさん、なぜ?)。これがまさか我ながら「横浜ブレードランナー」という詩になるとは。聴かせてもらった時の第一印象は俺の中だと“まだギターロックをやっていた頃の、2ndアルバム辺りの初期レディオヘッド”のイメージだったんですが、いつもライヴを観てくれている方々にはどう聞こえているのだろう?そういえば、「この曲をどういうイメージで作ったのか」というのも、Shinさんに訊いたことないな。

 Shinさんがリードギター&リズムギター、ベース、ドラムのフレーズ、ボーカルのメロディーや曲構成など、完璧に仕上げたデモ音源を作ってきてくれたので、自分は本当に詩を書いただけです(作詞は作曲より大好きなので御褒美です、美味しいところだけ御馳走様です)。

 詩のイメージは、幼少時に父と兄によく連れられて行った新宿の高層ビル群の街並みを思い浮かべながら、且つ作曲者のShinさんが横浜生まれの“浜っ子”なので、その風景も綯(な)い交ぜにして、架空の未来都市における独白調の物語として書きました(加えて、俺の人生初のギターも横浜の楽器屋で買ったんだが、あの情景、夕暮れの帰り道も、ずっと忘れられずにいる)。それから、説明不要なSF映画の傑作「ブレードランナー(1982)」の世界観も頭に過(よ)ぎったので、以上を全てミックスして“都会に生きる孤独”について歌いました。

 間奏部分が16小節あるんだけど、その内の前半8小節がベースソロのパートになっていて、ベースをやってくれていたAyaさんが新曲初合わせのスタジオリハでソロを弾いてくれた時はマヂでカッコ良くて、演奏しながらゾクゾクと身震いしたし、“Shinさんも曲中にベースの見せ場を入れちゃうなんてイカすな”と改めてバンドメンバーの才能にホレボレした記憶あり。今回の音源では、これまた凄腕ベーシストで機材マニアのSyuさんが、クールなベースソロを弾いてくれていますので、ご堪能あれ。

 ライヴで演ると「あの中盤でやっていたディレイかけてた曲が良かったです」と必ず評判が良くて、とても嬉しいのだけれど少し悔しいのである(俺の作曲したナンバーも褒めてくれい)。という訳で、この曲はこれからもずっと大切に演ってゆくと思う。

 愛している、今でも
 覚えている、あなたの声──



4.「Anti-aging Music Rising」(作詞・作曲:Nori MBBM)

 2017年11月8日(水)に書いた“俺のハードコア全開”なナンバー。バンドで云うと“ミッシェル”に“ATDI”、“9ミリ”あたりの影響を感じさせる楽曲。過去のブログにも書いたけど、一時期、立川にある“コズミックホール”というライヴハウスによく出演していて、そこで10代の高校生や大学生の人達と一緒にライヴをする中で、「俺の作る曲は70~90年代の血が流れているからテンポが遅いな」と思い知らされ、「BPMの速い曲を書かねば」と思い立ち、割とアタマで意識的・意図的に作った曲なのです。

 前述したように、今回のEPの2曲目「Kiss and Death」とかは何も考えずに作っている一方で、この曲は俺の中の“ハードコア魂”をフル回転させて必死に作りました。Shinさんの「横浜ブレードランナー」に影響されたのか、わざわざベースのソロセクションも設けたし(怪獣映画観た後はすぐ怪獣になるよな子供でした、えゝ)。それと間奏では、オアシスのデビュー曲「スーパーソニック」よろしくスローなピックスクラッチも“キリキリキリキリ……”と鳴らしております。あの不気味でスローなピックスクラッチを自分も自身の曲のどこかで、バンド人生のどこかで絶対にやりたかったの、という小さなこだわり、小さなロックの夢、また1つクリアです。

 ライヴで披露する際はギターを故意にハウリングさせまくって、お客さんへ不協和音の嫌がらせをして参りましたが、これからもそう致しますので、是非ともライヴ版の方も生で聴きに来てください(アンタの脳髄グチャグチャにしてやる)

 音楽の、ロックンロールの魔法で、歳を取るほどに若返ってしまおうぜ──


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アマゾンで自ら配信中の音源も購入、愛用のウォークマンにも入れたった

 音源のミックスに関しては、エンジニアのたかしさんに「“ニルヴァーナ”とか“ミッシェル”みたいなエグい音にしてください」と伝えて、見事、ニルヴァーナの2nd「ネヴァーマインド」や3rd「イン・ユーテロ」、ミッシェルの5th「カサノバ・スネイク」に6th「ロデオ・タンデム・ビート・スペクター」あたりのバキバキな骨太サウンドになって返ってきたので、本当に感動いたしました。

 ちなみに全曲、右(→)チャンネルのギターがShinさんの“ワッシュバーン・N4”で、左(←)チャンネルのギターが俺の“フェンジャパ・ストラト”です。アンプはShinさんが“マーシャル”、俺が“JC(ジャズコーラス)”という定番のチョイス。

 それからCDのマスター音量について、昨今の流行りよりも若干小さめの音量でマスタリングして頂きました。ここでもニルヴァーナの「ネヴァーマインド」を意識しており、初版91年盤と同じ位の音量となっております。イエモンで云えば、ファンハウス移籍前の90年代コロンビア時代、「フォー・シーズンズ(1995)」迄のアルバム作品の音量に合わせております。

 2000年代以降のCD音源、特に邦楽を聴いていて、闇雲に音量を上げすぎだろう、という違和感が10代の頃からあって、みんな馬鹿みたいだな、と思ったのが事の発端です。ロックは馬鹿でナンボぢゃい、という思考停止は黙れ。話は逸れるが、最近のロックやポップスのMVとかライヴ映像の高画質化にも、ずっと違和感があります。前髪で目元隠したポコ珍野郎が、手前が業が浅はかで白けるんだワ。無知だ無欲だ曝(さら)してんぢゃないよ、マスター音量ばっか上げちゃってサ。

 従って当作品のマスター音量は大きく作られていないので、爆音で聴きたい方はご自身の再生機器の音量を上げてください。ヨロシク!!


「私の少年時代は永い病気のようなものでした」
-フェリックス・ド・ヴァンドネス

 そういえば、イエモンのメジャーデビュー作「夜行性のかたつむり達とプラスチックのブギー(1992)」のレコーディング時のエピソードで、音源のミックス作業日に発売したばかりのニルヴァーナ「ネヴァーマインド」をエンジニアの方が買ってきて、すぐにラジカセで聴いて、その音圧に皆で衝撃を受けて、エンジニアが同じ様なエグいミックスをしてくれたそうなのですが、対する吉井さんは“ピンクレディー”や“フィンガー5”など70年代の歌謡曲をエンジニアに聞かせて「こういうポテポテしたスネアの音にしてください」と喧嘩になり、「俺はカッコ良い音楽をやりたいんじゃないんだよ」と自伝本に書かれていた事を思い出しました。

 自分は今回、その吉井さんの意志を受け継ぎながら、「俺はカッコ良い音楽をやるしかないんだよ」と憧れにも謀反、俺の存在理由──世界のどこにも負けない日本のロックンロールを演ること──その攻撃的なサウンドの真を突き詰めただけの話。死ぬ時は結局一人だから、独りで演るしかないんだから。


令和元年にレッツ“両性具有ポーズ(命名:Nori MBBM)” !!
※イエモンのインディーズ盤「バンチド・バース」のジャケ参照のこと

 この作品を平成の30年間と、スターリンの遠藤ミチロウ、ニルヴァーナのカート、ミッシェルのアベフトシに捧げます。あとは俺の今迄の人生、愛憎の30年間に。


歌詞カード、盤面、帯、CDトレイ内外、寸法合わせながら全部1人でデザインしたぞ

 令和元年5月30日(木)、Unfinished Ballades 1st EP 「30年 e.p. -XXX years-」発売。平成元年5月1日に生まれた30歳の男の叫びを、平成が三十年間の鎮魂歌として、此処に。十兵衛が打ち建てた感応寺の“五重塔”さながら、憲宏が造立した平成の“30年”を、ここに。


ⅩⅩⅩ
DE PROFUNDIS CLAMAVI
(深き淵よりわれ叫びぬ)

憐(あわ)れみを乞(こ)いたてまつる、おん身、わが愛する唯一の者よ、
この暗い深淵の底に私の心は落ちこんでしまった。
ここは地平線が鉛の色に閉ざされた陰気な世界、
夜の中にうごめくのは恐怖と冒瀆(ぼうとく)ばかり。

熱のない太陽が半年のあいだ空にかかり、
あとの半年は夜が地上を覆う。
ここは極地よりももっと荒涼とむき出しの国。
──獣もいない、川もない、草もない、森もない!

さて この世にもこれにまさる恐怖があろうか
この氷の太陽の冷たい残忍さと
太古の「混沌(こんとん)」に似たこの途方もない夜とにまさる恐怖が。

どんな下等な動物のさだめだろうと私はうらやむ
愚かしい眠りの中に沈むことができるものなら、
それほどに時間の糸巻の 何とのろのろほどけること!

-シャルル・ボードレール


 それでは、次はライヴだぜ!!!よろしくお願い致します。


2019年5月1日水曜日

30歳:令和元年、五月一日

ツァラトゥストラは、三十歳になったとき、自分の故郷と故郷の湖を捨てて、山にはいった。そこでかれはおのが精神の世界に遊び、孤独をたのしんで、十年間倦(う)むことがなかった。
-フリードリヒ・ニーチェ

 三十年間倦怠感。無知をも知らぬ馬鹿。精神欠乏。

 登るのに、籠(こも)るのに、帰るのに、山が必要、魔の。降りるのに、下(くだ)るのに、還(かえ)るのに、谷が必要、百合の。

 ここから十年、独りの旅が始まるだろう、いや、始めなければならぬ。

 おうし座──持ち越してきた言葉と音を、新しいだけの世界に馴染ませてゆく。誰かの文学と音楽に影響された我が世界、我が文学と音楽の伝播・波及した誰かの世界。新しいだけの時代はそうやって、我々が確かに一つずつ形作ってゆく。

 独りの旅を始める前に、我々で、バンドで、最後にやらねばならぬことがある。


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 手前味噌になるが、Shinさん作曲のナンバーに私が詩をつけた一節を。

この街の寂しさって
僕の心、君の心で
作られてるんだって
君は信じられるかい?


未来都市、摩天楼
知らない人たちの群れ
大通りで立ち尽くして
僕は我に帰ったんだ


~Unfinished Ballades「横浜ブレードランナー」より~



 高円寺駅前の花屋で花を買った──白いフリージアの花言葉は“あどけなさ”──29歳までの私へ贈る。もう堂々として良い。


 暗黒の十代、狂乱の二十代、黄金の三十代へ。

 ミチロウさん、あなたから独りで生きる強さを教えて貰いました。涙も出ないくらい辛くて心から消えたい時、真夜中に独りで外へ飛び出して、早朝、誰も居ない京浜東北線のホームであなたの弾き語りを聴いて、少し生き延びました。だって、遠藤道郎は独りで生き抜いた人だったから。ヒロトの言っていた“パンクロックが好きだ、優しいから好きなんだ”って、これか。ミチロウさん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました。そして、あなたは偉かった。


 義理人情より優先しなければならぬものがある。自己中心に思われる、他者からは勿論、当人でさえそう判断しかねない。誰に頼まれた訳でもない誰の仕業、鬼畜も眼を丸くするよな鬼畜の所業、単なる宿命。

 多分、大切な人をまた失うだろう。せっかく出逢えた世にも稀な理解者を、世にも奇妙な宿命によって理解できず仕舞いで亡くすだろう。痛み伴う前にこう簡単に失言し、後から何年も何年も苦しむのだろう。止めたら良いのに止められない、辞めたら良いのに辞められない。ポーかな、ゴッホかな、宮沢賢治かな……みな御忠告どうも有り難う、でもやるね、やらねばならぬからね、皆がそうした様に。

 生きている内は上手くやらねば、再生数稼がねば、“いいね”貰わねば。承認欲求満たさねば、色恋でもせねば、ねばねばねばねば。馬鹿野郎うるせえ、俺が閻魔なら貴様ファイヤーだ、いやバーニンだ、それよかやらねばならぬことがあるだろう、大事なものがあるだろう──のつそり、のつそり、五重塔。

左様ならと清吉は自己(おの)が仕事におもむきける、後はひとりで物思ひ、戸外(おもて)では無心の児童(こども)たちが独楽戦(こまあて)の遊びに声々喧(かしま)しく、一人殺(ごろ)しぢや二人殺しぢや、醜態(ざま)を見よ讐(かたき)をとつたぞと号(わめ)きちらす。おもへばこれも順々競争(じゅんじゅんがたき)の世の状(さま)なり。
-蝸牛露伴

 子供らしい無邪気で残酷な遊び、いずれ大人が無邪気に残酷をする、その先払いが戯れ、早いほど利子も付けられるかな。

 だからおらぁいちぬけた!くだらんくだらん!子供の全部が全部大人に憧れると思うなよ!くだらんくだらん!ばーか!


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 追伸、、


整理番号“99”だぜ……イエモンの「9999」といい、ひいじいちゃんが見ているに違えねえ(あゝ九右ェ門様、私です、憲宏です)

 今日は近所の野方にロックスター降臨。短編映画の演技も生トークショーも、あの“付録ラジオ”の志磨さんの話し方のまんまで(当然か)、ニヤリとしてしまった。

 何が大型10連休だ、何が30歳の誕生日だ、何がゴールデンなウィークだ、って感じの連勤地獄で寝る間も無いグチャグチャの労働生活の真っ只中、“こんなもん軽く捻り潰してやるわ”と仕事の合間にダイブして、やりたいこと、やるべきことをやっている。露伴の書いた「五重塔」の十兵衛が如く、拙者は待ちに待った“30年”の塔の完成に悶えて居る。

 今日は良い日だ、いや力尽くで良い日にした、これから仕事だバカヤロ行ってきます!!

 平成よ付き合って呉れて、どうも有難う!!!


 よっしゃ令和元年、どうぞ宜しくお願いします。