2021年1月1日金曜日

令和三年“気韻生動”

明けましておめでとうございます、丑年



 気韻生動
 ──being animated with grace

 生きる作品、歩く絵画、食べる散文、眠る物語、起きるポエム

 令和三年のテクスト、我こそは


 本年も宜しくお願いいたします


 2021、Are you burning?


2020年12月31日木曜日

令和二年“逍遥自在”完了

みずからの現在に焦燥し、過去に恨みをいだき、しかも未来を奪い去られた、そういうわれわれの姿は、人類の正義あるいは憎しみによって鉄格子(てつごうし)のなかに暮させられている人々によく似ていた。結局のところ、この堪えがたい休暇から免れる唯一の方法は、想像によって再び汽車を走らせ、実は頑強に鳴りをひそめている呼鈴の繰り返し鳴る響きで、刻々の時間を満たすことであった。
 しかし、流刑といっても、大多数の場合、それは自宅への流刑であった。
-ベルナール・リウー

 皆様、本年も一年有難う御座居ました。今年の年賀状で元旦に掲げた我がスローガン、何だったっけ?



 個人も国家も数多の場面で思い通りに行かない一年であったが、良くも悪くも世界中の足並みが揃い、初めて白紙状態から時代に取り組んで行ける、というこの稀有(けう)な感覚は、生きている甲斐があったというものです。皆様、もう浮世離れはOKね。


 “逍遥自在”、完了。


2020年12月30日水曜日

あんたの踏み石にはなんねえぞ!!

ところが、同時にまたペストは、彼らを閑散な身の上にし、陰鬱(いんうつ)な市内を堂々めぐりするより仕方がなくさせ、そして来る日も来る日も空(むな)しい追憶の遊戯にふけらせたのである。なぜなら、当てもない散歩のおり、彼らは結局いつも同じ道を通ることになり、しかも、たいていの場合、こんな小さな町では、その道がちょうど、別の時代に、いまいないその人と一緒に歩きまわった道だという結果になるのであった。
 そういうわけで、ペストがわが市民にもたらした最初のものは、つまり追放の状態であった。
-ベルナール・リウー

 どうも、“グラム歌謡メタル野郎”ことノリ・エムビービーエムで御座居ます。前回はジュリーでグラム歌謡、今回は令和二年の集大成にメタル演ろう、だ。



 彼(か)の猿こと“ザ・モンキーズ”のカバーである(ポール・リヴィア&ザ・レイダースが半年先に演っているが、最も有名なのはモンキーズ盤なのでね)。もともと彼の猿達は、英国の甲虫こと“ザ・ビートルズ”に対抗して、米国にて組織されたロックンロールバンド集団で御座居ます。

 ロック音楽史において、ビートルズより文化・芸術的な功績を称えられるものは中々お目に掛かれませんが、モンキーズもまた“大人達に作られたモンキービジネスなアイドルバンド(お猿に掛けたっ座布団一枚!)”として、こと芸術的な側面は見過ごされがちであります……しかし、♪ずっとゆめぇをみて~のキヨシローをはじめ、様々なロケンローラー達から未だにカバーされ続け、リスペクトというより愛されまくっているバンドで御座居ます。


題:ソーシャルディスタンスないしステイホームよりメタル野郎 by Nori MBBM

 今回取り上げた楽曲「ステッピン・ストーン」のカバー例だけでも、セックス・ピストルズやミッシェル・ガン・エレファント、そして“グラム歌謡メタル野郎”なローリーさんら錚々たる顔ぶれで、私は大好きなそれら全てをミックスし、いつも通り自ら和訳した詩を付けて演りました。具体的には、ピストルズのジョニー・ロットンのライヴでの即興歌唱、ミッシェルのアベさんのギターリフにチバさんのシャウト、ローリーさんのゴシックでメタルなリードギターとシンセのフレーズ等々……全てを継いで接いで最早「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」であります。恒例、原詩と我が日本語訳詞も載せて置きます。


「(I'm not your) Steppin' Stone」
作詞・作曲:トミー・ボイス&ボビー・ハート

I, I, I, I, I'm not your steppin' stone
I, I, I, I, I'm not your steppin' stone

You're tryin' to make your mark in society
You're usin' all the tricks that you used on me
You're readin' all them high-fashion magazines
The clothes you're wearin', girl, are causin' public scenes

I said I, I, I, I, I'm not your steppin' stone
I, I, I, I, I'm not your steppin' stone

Not your steppin' stone
Not your steppin' stone

I, I, I, I, I'm not your steppin' stone

When I first met you girl you didn't have no shoes
But now you're walkin' 'round like you're front page news
You've been awful careful 'bout the friends you choose
But you won't find my name in your book of Who's Who

I said I, I, I, I, I'm not your steppin' stone (no girl, not me)
I, I, I, I, I'm not your steppin' stone

Not your steppin' stone
I'm not your steppin' stone

Not your steppin' stone
Not your steppin' stone
Not your steppin' stone
Not your steppin' stone…


日本語詞:Nori MBBM

I, I, I, I, I'm not your steppin' stone
I, I, I, I, I'm not your steppin' stone

世の中に認められたいね
汚れた手でも構わないね
余は満足じゃ、なんてね
みんな欲しがる服と言動で

I, I, I, I, I'm not your steppin' stone
I, I, I, I, I'm not your steppin' stone

Not your steppin' stone
Not your steppin' stone

Not your steppin'

Not your steppin' stone
Not your steppin' stone
Not your steppin' stone
Not your steppin' stone

Not your steppin' stone
Not your steppin' stone
Not your steppin' stone

Steppin' stone

I, I, I, I, I'm not your steppin' stone
I, I, I, I, I'm not your steppin' stone

俺と会ったら普通なのに
馬鹿と何か競い合ってる
世の中のお気にの友達
馬鹿な俺の名はそこにない

I, I, I, I, I'm not your steppin' stone
I, I, I, I, I'm not your steppin' stone

Not your steppin' stone
Not your steppin' stone

Not your steppin' stone
Not your rollin' stone

Not your steppin' stone
Not your fxxkin' stone

Not your steppin'



 俺を踏み台にしたあ(今回の俺らの服、色合いが“黒い三連星”)?いや、この歌で言いたい事は唯一つ、あんたの踏み石にはなんねえぞ!!ってね(三連星に掛けたっ座布団三枚!!!)。


黒のサバスTでキメてトニー・アイオミ咳込みパラノイド気分

 服装に関しては、まず古着で手に入れた色んな意味でグレーなナポレオンジャケットね。これは“ドイツ民主共和国国境警備隊”の制服で、かつてドイツやベルリンの西側へ亡命する人達を監視していた東側の警備隊のジャケットその実物になります。しかも前に着ていた人物がハードコアだったのか、随所に角鋲や“G.B.H.”のペイントなどが施されております(やはり古着は歴代の持ち主の情念を感じるね着ちゃうよね来ちゃうよね)。

 前々回のカバーMV「夢は夜ひらく」で、俺の生まれた年にベルリンの壁が崩壊したこと、それが何を象徴して現代へ至っているのかについて歌ったんだけど、最近はまた世界中が各人各様に壁を作り始めて、令和二年の年末の高円寺の奴と、東ドイツで国境警備をしていたベルリンの壁の奴と、俺の中でいま二人が一人になってこれを着た訳。断じて社会主義者ではないが、形骸化した我が国の資本主義を今年で終わらせる為(これも「夢は夜ひらく」で表明済み)。好きな音楽も車も映画も服も文学もサブスク・データ化、何も持たずに分かち合おうってか(イヤン)!!

 マルクスの続きに取り掛からないといけない──いけないと言っている時点で、面倒くさくて骨が折れると思っている。経済の成長なんて止(や)めないといけない──成長は止まっているけど、欲望は今も大きくなるばかり。国家は幻想──個人と一緒、僕の後遺症。

 俺は俺のブランドを止めろ、と俺に言わなければならない。俺は俺に無駄遣いを止めろ、と言わざるを得ない。俺は俺のMBBMのミスターバーニングビッグマックのパティのビーフの多頭飼育の畜産業を脱しなければならない、という自己紹介の矛盾に来年は丑年。矛と盾を抱えたまま地球とか人や牛に優しさを示さなければならない、という矛盾も矛盾で来年は丑の年。

 このブログは何を壊し、誰の首を絞めているのか、改めて考えて居る。そこから少しずつ変わって行ける、と本気で思っている。私は必要不可欠であるべき、ならば私の不必要を減らせ、と息苦しくなってきました、グレーな領域が許されなくて。

 グレーなナポレオンジャケットを着る事だけは許して!!人民服を着るかどうかは国でなしに俺が決めるから!!

 後はメタル野郎な黒のサバスT、数年前に高円寺の友達がくれたブラックスキニーカーゴパンツ、日本ではドクターマーチンほどの知名度は無いがロッカー御用達の“ゲッタグリップ”のエンジニアブーツ等を着用(俺のはサブスクでシェアできないね)。これで完成、俺・メタル・2020冬(夏のはコチラを参照ね)。



 それでは令和二年よ、有り難う!!世界的な疫病よ、新型コロナよ資本主義よ、左様なら!!

 来年もグラム歌謡メタル野郎、演ろう。


 ドグマッイヤァオ


2020年12月17日木曜日

“This is real, not nostalgic.”

おまえ、葡萄(ぶどう)の木よ。なぜおまえはわたしを讃(たた)えるのか。わたしはおまえを切ったのに。わたしは残酷だ、おまえは血を噴(ふ)いている──。おまえがわたしの酔いしれた残酷さを褒(ほ)めるのは、どういうつもりだ。
 「完全になったもの、熟したものは、みな──死ぬことをねがう」そうおまえは語る。だから葡萄を摘む鋏(はさみ)はしあわせだ。それに反して、成熟に達しないものはみな、生きようとする。いたましいことだ。
 苦痛は語る、「過ぎ行け、去れ、おまえ、苦痛よ」と。しかし、苦悩するいっさいのものは、生きようとする。成熟して、悦楽を知り、あこがれるために。
 ──すなわち、より遠いもの、より高いもの、より明るいものをあこがれるために。
-ツァラトゥストラ

 ここ数日で急に肌を刺すくらい冷え込んでまいりましたね、師走だろうとマイペースなノリ・エムビービーエムです。我がカバーMVも27本目となりまして、27本ですからね、27、にじゅうなな、にーなな……ニーナ、オーニーナ!!



 という訳で「追憶」です、ジュリーです。私にとって、あらゆるものの理想形は“王道を行く全能感”であり、これ即ちジュリーです。サブカルチャーでもカウンターカルチャーでもなく、堂々たるメインカルチャーです。

 吉井さんが2007年の別冊カドカワのインタビューで、自身の8枚目のシングル「シュレッダー」が持つ楽曲的要素について、“ミッシェル・ポルナレフみたいな感じ”、“フレンチっぽくて、歌謡曲っぽくて”、“沢田研二さんな感じも”と云っておられましたが、ジュリー自体がまさにそう言えるし、歌謡曲でシャンソンで(言語は違えど意味は同じだ)、時にハードロック、ハードにポップでもあり、過剰で偏執的かつ光輝くグラムな存在なのであります(吉井さんのザ・イエローモンキーもそう)。

 つまり、グラム歌謡メタル野郎にとってジュリーやロビンは超自然的な存在でありますが、さらに、世間一般にとっても“王道を行くロックスター”であり、そこが尚更尊敬の念を禁じ得ない処なのであります。滅茶苦茶にマニアックで特級呪物のフェティッシュなのに、何時も大衆の眼前に君臨して居る、その佇まいが堪らんのです。恐らく、陰と陽のどちらも併せ持った状態であり、その器の大きさや懐の深さ、真面目に不真面目で健康不健康な処が、大好きなのです。


歌詞に“白いバラ”とあるので白薔薇を──花言葉は“純潔”、“相思相愛”

 そんな王道を行くロックスター・ジュリーの歌う曲はどれも、煌(きら)びやかに麗(うるわ)しく、雅(みやび)やかに芳(かんば)しく、妖艶で豊潤な、重層的構造を成しておりますが、「追憶」はその最たるものではないでしょうか。ロックともバラードとも歌謡曲ともシャンソンとも言い切れず、まったくその全てである。全てを股に掛けて居る楽曲である。

 ジュリーにしてもイエモンにしても、原曲が理想的で好き過ぎるが故、カバーのアレンジや意義を見出だすのに苦労するのですが、今回は思い切って弾き語りアレンジでやってみました。作曲の加瀬さん(ワイルドワンズ)もアコギ一本の弾き語りでこの曲を作ったのかなと思うし、絢爛に着飾った原曲を本来の肉体美に戻して、生々しく曝(さら)してやる、という算段で御座居ます……まあアコギ一本と言っておきながら、アナログな手弾きシンセを多重録音で入れまくりましたがね(個人的にストリングスとか頑張ったから聴いてみて)。


100年以上前の壁掛け時計も……んゝ追憶(MV冒頭で唸っております)

 今回の撮影場所は、西荻のとあるカフヱーで御座居ます。壁にはびっしりアンティークなハードカバーやカップ&ソーサー、コーヒーミルに一世紀以上前の壁掛け時計、世界に二脚しかないヴィンテージな椅子等々、とても素敵な雰囲気のカフヱーで御座居ました……あ、“カフヱー”というのは大正浪漫気分になってしまったので、小さなカタカナの“ェ”が読めなくなってしまい、つい(ボディーを“ボデー”と言う爺さんが如く)。


筆者による三島由紀夫“薔薇刑”ごっこ

 カバーMVするに当たり、「追憶」が発売されてから四ヶ月後の昭和49(1974)年11月に放送されたジュリーのラジオ番組なんかをYouTubeで聞いたりもしていたんだけど、作詞をされた安井かずみさん(ZUZUさん)のとびきりチャーミングなこと。学生時代にZUZUさんのアルバムを買って聴いたり、お写真を見たりして、もっとクールビューティーで退廃的な御方だと思っていたら、ユーモラスでお茶目で可愛らしく、ますます好きになってしまいました。


 ちょうど旦那さんである加藤和彦さんの傑作“ヨーロッパ三部作”を聴きながら、好い気分のまま筆を置きたいと思います。それではご機嫌よう♪


2020年11月29日日曜日

俺の夢は夜ひらく

「泣くということはおよそ、嘆き訴えることではないか。そして嘆き訴えるということはおよそ、咎(とが)めるということではないか」そうおまえはおまえ自身に言う。それゆえにおまえは、おまえの悩みをあらわに撒(ま)き散らすよりは、むしろほほえむことを選ぶのだ。
 ──おまえの充実から来る悩み、摘み手とその鋏(はさみ)とにあこがれる葡萄樹(ぶどうじゅ)の待ちきれない気持のすべてを、ほとばしる涙として、あらわに注ごうとはしないのだ。
 しかし、おまえが泣こうとせず、おまえの真紅(しんく)の憂鬱(ゆううつ)を泣きつくそうとしないなら、おまえは歌わずにはいられないだろう、おお、わたしの魂よ。──見よ、おまえにこのことを予言するわたし自身にほほえみが浮かんでくる。
 ──怒涛(どとう)のような歌でうたうのだ、ついに海も静まって、おまえの憧れに耳を傾けるようになるまで。──
 ──静かな、憧れにみちた海に金色の奇跡として小舟がただよい出て、その金色をめぐって、いっさいの不思議な善い物、悪い物が踊り跳ねるようになるまで。──
 ──また多くの大小の生き物、軽い不思議な足をもっていて、すみれ色の道を走ることのできるいっさいの物が、──
 ──この金色の奇跡、自由意志からやってくるこの小舟とその小舟の主(あるじ)に向かって、踊り跳ねてくる。その主が、すなわちダイヤモンドの鋏をもつ、ぶどうの摘み手なのだ。──
-ツァラトゥストラ

 結局、天秤座でなし蟹座の人のナンバーをカバー致しました(←前回のブログの続き)。



 「夢は夜ひらく」──数多の歌手が様々な詩を付けて歌った昭和歌謡のスタンダードナンバーであり、今からちょうど半世紀前の昭和45年(1970年)、藤圭子さん(宇多田ヒカルの母)が約80万枚もヒットさせた事で有名な演歌です。或いは、三上寛流に云えば怨歌(読みは同様:えんか)であり、それにとっておきの自作詩を付けて、私も怨念たっぷりにカバー致しまして候。

 思い起こせば、ギターと宅録を本格的にやり始めた二十代半ば、この曲が俺にマイナーコードの何たるかを教えてくれたのだ。二年前にカバーした「赤色エレジー」もそうなんだが、“Am、Dm、Em”の3つのマイナーコードがあれば演歌・歌謡曲は幾らでも出来るのだ、ということ。このスリーコードからマイナーを取っ払えば、“A、D、E”なんてロックンロールで使い古された定番の進行だものね。由緒正しいスリーコード、そのマイナーたち、短調たち、哀しきブルースたち……そう、演歌は日本のブルースだ by 吉井和哉

 それで俺ら、どんな風に調理したかと言うと下記参照で御座居升。


「Nori MBBMの夢は夜ひらく」‏
作詞:Nori MBBM、作曲:曽根幸明

ヘビメタ、シャンソン、歌謡曲
甘いキッスよりヘッドホン
思い想われ重すぎて
夢は夜ひらく

昭和なんぞは忘るまじ
手塚治虫に美空ひばり
ベルリンの壁も崩れたら
夢は夜ひらく

“サルトル、マルクス並べても”
なんて俺らは歌いません
だって平らに成ったもの
夢は夜ひらく

喧嘩するなよ、令和だぜ?
ほざけ、マルクス・アウレリウス
カール・マルクスよりロゴス
夢は夜ひらく

道徳よりか摂理法則
打算的だね、葡萄の樹木
俺ら岬で波は泡
夢は夜ひらく

運命、摂理は人の数
予定調和は星の数
蒲田あたりで成り上がり
夢は夜ひらく

夢は夜ひらく
俺ら夜ひらく

夢は夜ひらく



 演歌の歌詞は基本的に3部構成で最後がオチとなりますが、「夢は夜ひらく」はその上をゆく怨歌なので倍の6番まで歌詞があります(三上版に至っては9番まである!)。

 俺らの方の詩は最初の一番が自己紹介、二番に生まれた時(平成元年)のこと、三番・四番で三上寛(昭和)と俺ら(平成)──「自省録」及び父方の祖母の日記の豊かで慎(つつ)ましい有限に対する、グローバルに四方八方へと拡がりゆく空っぽで虚(うつ)ろな無際限、「資本論」及び昭和知識人や学生運動のアカのバカに対する、思想皆無で白痴全開な平成セカイ系のロゴス──を比較対照させて、五番は平成と俺らが生きた31年間の総括、締めの六番が未来においても普遍の理、つまり永ちゃんについて(未来の永劫と矢沢の永吉を掛けてネ)、という構成になっております。永ちゃんは下積み時代、蒲田や川崎でライヴしていたのよ(ミーにとっても馴染み深い場所だワ)。



ローリーって、あのローリーさん?

 今回、詩を書きながらか歌いながらか、いずれかの最中に、(この歌、オチはいつも“夢は夜ひらく~”ってか……待てよ、これ落語ぢゃん!ていうか人生とか世界のコトぢゃん!)となりまして、上野にある寄席“あじゃらか”さんをお借り致しました。撮影の際は色々とご親切にして下さり、本当にありがとうございました。


何時もの着物と赤いストラトちゃんでいざ高座

 次のカバーMVも蟹座の人の曲を演ると思います。えっと次回は第27弾か……オー、ニーナ。


 それではまた、ゆめぇはよぉるひぃらくぅうゝ。


2020年10月17日土曜日

“Dear my Bewley Bros.”

──金色(こんじき)の秋と午後のように、わたしの隠栖(いんせい)の心のように、それは熟した。──そしていま、おまえは語る。「世界そのものが熟した、葡萄(ぶどう)が色づくように、──
 ──いまやそれは死のうと願っている、幸福のあまり死のうと願っている」と。おまえたち高人よ、おまえたちはその匂(にお)いを嗅(か)がないか。ひそかに湧(わ)きのぼってくる匂いを。
 ──永遠の香り、永遠の匂いを。古い幸福の匂いを。ばらのように至福な、褐色をおびた黄金(こがね)の葡萄酒の匂いに似た幸福のその匂いを。
 ──酔いしれた、真夜中の臨終の幸福の匂いが、湧きのぼってくるではないか。その幸福が歌うのだ。「世界は深い、昼が考えたより深い」と。
-ツァラトゥストラ

 何回か、幸せで死にたいと願った──ずっとこのまま、生きていたいから。例えば、恋人と寝ている時など──ずっとこのまま、死んでいたいから。

 時間を無駄にすればする程、幸せを無下にすればする程、夢と永遠と近くなる、夢と永遠に似てくる。

 夢に永遠に、近似してくる。


 昨日16日は、愛しの我がビューレイ兄弟の誕生日でした──おめでとう、おめでとう──天秤の左右の両方に。



 そして、同じく天秤座生まれの大江慎也さん率いるザ・ルースターズのカバーMVで御座居ます。ルースターズと私の出逢いはミッシェル経由でなし、ボウイの布袋さんのインタビューで知ったのがきっかけだったはず(布袋さんと花田さん、一緒に演ったりしていたよね)。

 初めて聴いたのが何歳かは明確に覚えていないが(高3か大学1年の頃だから18歳前後か)、学校の夏休み中の8月だったのはハッキリ覚えている。というのも、初めて買ったのが2枚組の「ベスト・ソングス・コレクション」という日本コロムビアの企画もの(他にレッド・ウォーリアーズのも持っていた)で、今は亡き大森のレコファンで中古で買って、家に帰って親父のオーディオプレーヤーに即セットして、ガリガリ君(ソーダ味)を汗だくで食べながらハァハァと貪り聴いていたんだけど、開いていた歌詞カードの上にガリガリ君の半分をボトッて落としちゃったんだよね……急いでガリガリ君拾ってティッシュで拭いたんだけどさ、買ったその日に歌詞カードふにゃふにゃ(←人間クラブぢゃないよ)になっちゃって、めちゃくちゃ凹んだ記憶。

 しかし“恋をしようよ”、“どうしようもない恋の唄”、“レザー・ブーツ”、“シッティン・オン・ザ・フェンス”等々、いわゆる初期ルースターズの漢気に“腑抜け野郎の脳天をたたき割れ”されちゃって(←ファーストの帯のタタキね)、それからアルバムを一枚一枚買っていったよね。


今も外袋(ビニールカバー)付きで大切に保管してあるルースターズの名盤達

 今回、どの曲をカバーしようかと滅茶苦茶に悩んだ。正直言うと各アルバムにそれぞれカバーしたい楽曲があって、昔ギターでコピーして宅録デモを作ったり、前バンド・MBBMでレコーディングしたり、他のバンドより馴染みがある分かえって迷ってしまった。

 前述した通り、以前は“初期ルースターズLOVE”だったのですが、ギターの花田さんがフロントマンとなる後期まで全て聴いて、今では中期ルースターズが一番好きで、“全アルバムから一枚選べ”と云われたら4th「ディス」一択であり、今回の選曲と相成った訳です。

 いや、3rd「インセイン」の大江さんが常軌を逸し始めた狂気の前触れが如く不穏な音像も、6th「ファイ」の今にもバンドが崩壊寸前で危うく張り詰めた感じも(“ラスト・ソウル”のイントロのアルペジオと大江さんの歌でいつも胸が張り裂ける)、大江さん無き7th「ネオン・ボーイ」のグラムロック&ニューウェーヴな80sポップ感も(下山さんのねちっこい変態ギターとボーカル最高)、8th「カミナリ」の花田さんが漢らしく引っ張って行く粗削りなギターロック感も、全てが完璧。こんなロックの歴史を網羅した様なディスコグラフィーが作れたら、バンドマン冥利に尽きるよな。


上にある「ディス」のジャケ写をイメージして、カバーMVして来た

 繰り返しになりますが、本当に4th「ディス」が一番好きなアルバムで、全トラックが名曲、曲の流れもタイトルもジャケのデザインも全てパーペキ(かつてやった“人生名盤10選”に入れ直したいくらい)、この高揚・興奮・嫉妬・焦燥を少しでも消化したいが為にカバーMVした、と言っても過言ではありません。

 ちなみに「ディス」のジャケ写は、山梨県にある渓谷で撮られたらしいのですが、ギター担いでそこまでは行けなかったので、ちょい手前の奥多摩の渓谷まで行って参りました(我、元山岳部・部長なり)。


鳩ノ巣駅から渓谷を目指す道中

 厳密に言うと奥多摩駅まで奥へは行かなくて、イメージしていた渓谷のある鳩ノ巣駅で降りました。

あら素敵、木のトンネルよ

 駅から舗装された山道をとぼとぼ2、30分は歩きまして、途中でガードレールの向こう側にある細い道に逸れると登山道へ入れます。

森の其処彼処に人の気配がありました

 4時間ほど山の中で撮影しましたが、平日の中途半端な時間に行ったので、出会った人はたった5人だけでした。

渓谷へ降りる途中、道中安全の祈願で手を合わせる

 ギター担いでヴァンプな革靴にトレンチコートという、完全にナメた格好で登山したので(決してマネしないで、皆はちゃんと山行きの格好で登ってネ)、行きも帰りも慎重にゆっくりと歩いて行きました。


動画のサムネとは別テイクの写真、鳩ノ巣渓谷イイ感じ

 今回の我がカバー演奏について特筆すべき点があるとすれば、この曲を象徴するヤマハのシンセ・DX-7によるイントロの印象的なフレーズを全てエレキ(赤いストラトちゃん)で弾いたこと、それから曲中にミッシェルを入れたこと、の二点かな。

 原曲の一回目のBメロ部分で大江さんの英語の語りが入るのですが、いつも何て云っているのか全然聞き取れなくて、試しにミッシェルの“サンダーバード・ヒルズ”のあの一節をシャウトしてみたら違和感がなかったので、それでいかせていただきました。

 過去のカバーMVでもイエモンの曲の後にロッキーホラーやったり、T.レックスからのプラシーボとかしていましたが、こういうマッシュアップぢゃないけど、因縁めいたものを一緒くたに纏(まと)めるの好きなんです。今回に関して言えば、ルースターズあってのミッシェルだと思うから(異論は認めん)。


 大好きな天秤座のロッカーがまだまだ沢山居るので、次回のカバーMVも天秤座生まれの誰かかな、と思案中。今のところ、蟹座のあの方もあり得るかもしれんが。


 改めて、愛しの我がビューレイ兄弟に、またボウイの兄のテリーに、そしてニーチェを読んでいたという大江さんに──おめでとう!!おめでとう!!──天秤の左右の両方に。


 それではまた⚖