2023年3月30日木曜日

ジャパニヰズ・スティヰル(とマッシュの鉄板)

グラムにしろ歌謡曲にしろメタルにしろ、好きな音楽のジャンルというより既に人格の一部であった──音楽以前の話、前世辺りが起源の話──この愛着と諧謔(かいぎゃく)がグラムを、懐古と郷愁が歌謡曲を、仁義と父性がメタルを、それぞれ引き合わせた、互いに惹き付けた、やたら聴かせた、口を利かせた、幅を効かせた……“グラム歌謡メタル野郎”まで行き着かせた。

 短い青春が強靭な音楽と出逢うのに長い成長と友達と恋人を省略し、最高のリフと出逢うのに最速のリズムを刻まれたかった。少年が恋い焦がれた強靭な音楽、そのヘヴィメタルとは何ぞや?英国はバーミンガムが生んだ偉大なるバンドを二つばかし聴けば解るさ──ヘヴィを知るにはブラック・サバスを、メタルを知るにはジューダス・プリーストを。



 したがってジューダスである(今年中にサバスも必ず演る)。一般的に云われる処では、伝統のブリティッシュハードロックから出発し、6枚目のアルバム「ブリティッシュ・スティール(1980)」でヘヴィメタル宣言をし、12枚目の「ペインキラー(90)」でブチギレモードへと突入、まさにこれからという時にフロントマンのロブ・ハルフォードが脱退……という流れで間違っていないと思うが、ファーストはまあ確かに哀愁のツインギターによるブリティッシュハードロックだとして、しかしセカンドからもう非常に(非情な)メタルである。それは哀愁の泣きでなし、狂気に鳴き叫ぶよなイカれたイントロからの、ザクザクとブリッジミュートで刻むギターの冷徹さ──“切り裂きジャック”、最高にメタルぢゃありませんか?


十年前に買った革ジャン一張羅、ショットのヴィンテージ“Perfecto”
(生地は傷だらけファスナー閉まらずポッケにゃ穴開きボタン錆び錆び)

 俺はベスト盤から入った口だけど、ジューダスというのはストイックなメタルバンドであるにも関わらず、急な路線変更を繰り返すバンドでもあるから、アルバムを一枚一枚ちゃんと追っていくと戸惑うんだよね(10枚目の「ターボ(86)」とかテクノ入ってるし)。上述した6枚目や12枚目もそうだけど、長いキャリアの中で何回も再デビューしている様な感じ?キャリアを通じて全作品好き、というジューダスマニアにはお目に掛かれた事が無い。個人的には、80年代初頭のゴリゴリにパワーメタルしちゃってる屈強なジューダスが最高に胸アツであります(8枚目の「復讐の叫び(82)」なんて、我らが日本のラウドネスの3rd「魔界典章(83)」を聴いている時みたく、このジャパメタ狂いの拳を我武者羅に振り上げさせてくれるよね)。

 前段でうっかり“ベスト盤から入った口だ”と言ったけど、ジューダスとの出逢いをよくよく思い返してみたら、2001年の年末にやっていたタモリ倶楽部の「空耳アワー傑作選」って特番だったわ!!まだ洋楽はおろかロックすらも聴いていない、J-POPしか知らん12歳の頃の話。空耳の傑作選に取り上げられていたのは初期の代表曲“シナー(罪業人)”で、♪母さんが言う こういうパーマは変だと 死のぉおうってソラミミ界隈で伝説となったヤツ、あの再現ドラマみたいなチープな映像と相まって大爆笑した記憶があるけど、それがジューダスとのファーストコンタクト(今は空耳なしで素直に聴けるよ、ここまで来るのに十数年かかったけども)。メタルって様式美だから、キメの一番盛り上がる処が空耳フレーズだったりすると他の音楽ジャンルより破壊力が凄いんよな……メタリカとか異常に空耳の傑作が多いし。


己がジャパニヰズ・スティヰルは“サンダー・イン・ジ・イースT(ラウドネス)”と迷ったが、今回は“戦術T(アイアンメイデン)”で許してやろう

 という訳で(どういう訳で)、俺の初めての洋楽体験は15歳で買ったピストルズかT.RexのCDレコードだと思っていたけど、12歳でこういうパーマは変だと死のうのジューダスでしたのメタル野郎!!これが俺らのジャパニヰズ・スティヰル!!


「Breaking the Law」
作詞・作曲:グレン・ティプトン&ロブ・ハルフォード&K・K・ダウニング

There I was completely wasting, out of work and down
All inside it's so frustrating as I drift from town to town

Feel as though nobody cares if I live or die
So I might as well begin to put some action in my life

Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law

So much for the golden future, I can't even start
I've had every promise broken, there's anger in my heart

You don't know what it's like, you don't have a clue
If you did you'd find yourselves doing the same thing too

Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law

You don't know what it's like

Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law

Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law


日本語詞:Nori MBBM

全き無駄遣い、一世一代
苛立ち止め処無き市井無頼

伸しても伸びても構われない
構って欲しけりゃやるしかない

Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law

沢山だ黄金時代、俺は降りた
大体が気分次第、俺は滾った

貴様にゃ分からねえ、分かる筈が無え
分かるとしたらばこれをやれ

Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law

貴様にゃ分からねえ

Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law

Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law
Breaking the law, breaking the law



 手前のカバーMV史上、最も上手く訳せたのではないかと自負しております。詩の伝えようとする意味だけでなし、韻や語感も含めて全て。トラックに関しては、ブリッジで勝手にブレイクポイントを作るなど独自のアレンジを施しましたが、その他は原曲に忠実に、いつも通りシンプルなエイトビートとヘビィメタルなディストーションギターで、そう、こういうのでいいんだよ、こういうので。


※「孤独のグルメ」12巻より

 あゝ高円寺マッシュなぜに閉店したのだ。死ぬほど頼んだ俺のお気にの“C(630円)”、オレンジ色の甘辛ソースのスパイシーな香りが食欲をそそるダブルメキシカンハンバーグ、その場で殻を割られてジュージュー焼かれた目玉焼きに平皿のライス、業務用を解凍したチープな感じがまた良いミックスベジタブルに鉄板の上で炒められて少しカリッとなったソース無しパスタ、そして何故か洋食の付け合わせに卵とワカメの入った熱々のお味噌汁、世界一美味しかったなあ“C(630円)”……店内に流れるラジオのMCの吉田照美のしょうもない下ネタ(←マヂでおもんない)が妙にツボったらしく、突然後ろ向いて肩を震わせていたマスターにつられて俺もよく吹いたなあ……いや、高円寺にはまだ、姉妹店のニューバーグがあるぢゃないか!!


行こう、MBBM、行こう
※現在“C”は780円らしい

 そして件(くだん)のタモリ倶楽部も今月いっぱいで、その40年の歴史にとうとう幕を下ろすらしい……ソラミミストの安斎さんは今や、空耳でメタルを聴き過ぎたせいか、スレイヤーのトム・アラヤと見紛(みまが)う程である。


 ドグマッ


2023年2月28日火曜日

平成総体(下)



四日目の午後

 よう寝たな、もうすぐ12時か。朝昼夕兼用の、でっかい一食の時間だ。夜は、あんぱん一つで良いだろ。

 新高の家から徒歩8分の処に、“成都(せいと)”という彼の行きつけの中華料理屋がある。その名が示す通り、四川料理である。定食メニューで一番安い、一番先頭に乗っている(看板メニューの)麻婆豆腐がごつ旨い。壺の様な黒いお椀に入って、真白なレンゲが刺さった状態で出てくる。この見た目が何とも良い。愛嬌があって、且(か)つ挑戦的で、食欲だとかその他諸々の欲までそそる。嗚呼、思い出しただけで腹が鳴る。何かしらの香辛料の数々、山椒の爽やかな辛さ、涼(すず)やかな熱さ。

 厨房には平日は一人、週末は二人くらい、日本語を殆(ほとん)ど話せない現地の人が、中華鍋をせかせかと振るう。ホールには平日は二人、週末は三・四人の、日本語を片言で話す現地の人が、いずれも早口でオーダーを取りに来る。オーダーを受けたら最後には必ず「ライスハ、セルフサービス」、「サラダ・ヤキソバ・トンソク・ザーサイ・スープ・アンニンドーフ、オカワリジユウ」と説明がある。みな明るい性格と見えて、その愉(たの)しげな雰囲気が、一人暮らしの何の刺激も無い新高をここに連れて来る。事実、開店直後の成都へ行ってみれば、そんな様な陰気な一人男を幾人か見つけられる(20歳そこそこの女の子も案外来る)。

 「ライスハ、セルフサービス」、「サラダ・ヤキソバ・トンソク・ザーサイ・スープ・アンニンドーフ、オカワリジユウ」。全ての定食にバイキングの食べ放題が付いているので、11時の開店から十数分で席の半分以上が埋まってしまう。700円前後で定食のおかず、それに付随して冷奴サラダ(千切りキャベツに薄切りの豆腐を乗せて胡麻ドレッシングを掛けたもの)、中華焼きそば(人参、キャベツ、ニラ、もやし、きくらげと麺を紅油:ホンユーで炒めたもの)、豚足(最近は圧力鍋に入ったままで提供)、ザーサイ(たまに市販の細切れザーサイの日がある)、白米(最近はもっちりめで炊かれている)、かきたま汁(さっぱりと淡白な味)、杏仁豆腐(原材料高騰と経費削減の為か最近はフルーツが入らなくなった──それを新高は“ストイック杏仁”と呼ぶ)が食べ放題である。新高は何時もこれらを丼六杯、腹十二分目、はち切れんばかりに喰らう。周りの客は大抵、小皿に色んな種類のものを少しずつ装(よそ)うから、新高の丼六杯は少しやり過ぎだ。しかも彼は別に大食いを自覚していないので、周りの目を大して気にしない(“力士にでもなるの?”、“私まで力士にさせたいの?”と先日、小食の篠歩に云われて初めて気が付いた)。というか別に今だって、そない食べる事を変だとは思っていない。

 会計、それから帰り道では何時も、汗だくで鼻水まで垂れそうになる。きっと麻婆豆腐の辛さと食べ過ぎによるものであると思われるが、まるで鼻炎アレルギーとか誤嚥(ごえん)でもしたかの様である。家に着く迄の外の空気が気持ち良い。漠然と不安定な幸せを感じている。不穏と幸福が綯(な)い交ぜのあれ。満開の幸せよりもずっと身の丈に合っていると思われて、一筋縄ではゆかないこの感情──ハッピーサッド──こそが、新高には何よりの幸せなのであった。

 帰りにスーパーへ寄り道して78円のあんぱんを買い、冷蔵庫にそれを放り投げた。隣のマンションに日を遮(さえぎ)られ、13時前というのに部屋は以前にも増して暗かった。ツァリンツァリン

五日目の午前

 「昂君って普通よね」
 「え?まあ普通だよ」
 「何で?」
 「何でって……変な事しようとしたり、変な物が好きっていうのが、本当に凡人なんだと思うよ」
 「ふうん」

 篠歩は不服そうな顔をしていた。品定めされていたのだろう、試されていたのだろう、男として、人として。今にして思えば冷静にそう考えられるし、こう答えておけば良かったとも思う──

 「普通、どうでも良い事、そんなのばっか特別な気がして、人が見過ごす物に執着したくなる、すると自分はどんどん他人と違う事に熱中しているのだと興奮して来る、それが余計、皆からして普通だし、退屈だし、平凡に見えるのかもしれないね」
 「うん、もっと素直に表現したら?」

 新高が、篠歩の表現を不快に思ったのは、つまり表現という行為は篠歩が羨(うらや)むものを変換したものでもあるから、何だそんな詰まらぬものを羨んでいたのか、と萎(な)えてしまう為であった(ここで上記“羨むもの”という箇所が誤りで“決してそんなものではない”と彼女に訂正でもされたら、新高は更に萎えるに違いない)。

 そうして我等、分かり合えぬが良い。それだけを強制する。そこの処、同調圧力かける。無意識に重力も掛かる。何時もの自由だ、粋だねえ、持って行けよ。

 蒲団(ふとん)の上で新高は無性に苛立ち、次第に悶々と鬱屈した気持ちは下半身へと集中し、ふと朝勃(あさだ)ち、一昨日の篠歩の身体を思い出しながら、滅茶苦茶に手淫(しゅいん)した。気持ち良かった。その後、体感では3時間くらい、実際は40分ほど気を失った。腑抜(ふぬ)けに成った。意識と無意識が混濁とし、実際、考えながら夢を見た様だった……

 「おやすみなさい、昂君」

 「篠歩……いや」

 -平成明朝体-

 「俺はふぉんとに欲情したんだあゝ」

五日目の午後

 人の話が入って来ない。誰とも噛み合わない。何時からか?

 中学からぢゃないか、それより前にも親戚や友達に対しても、その片鱗はあったやもしれぬが。あれだよ、最低の中学で英語を教えていた浅黒い肥満体の眼鏡、先公の河山。

 あいつは気付くと脈絡のない板書(ばんしょ)をし始める。こっちはノートに書き留めながら、あれ?何時こんな話になったんだっけ?さっきまでSVOCがどうの言うてたのに、この唐突な設問は何だ?でも皆は平然として受講し続けているから、付いて行けてないのは私だけなのだろう。大事な何か、きっと聞きそびれたのだろう。世界は平然と進み続けるから、戸惑っているのは私一人だけなんだろう。他の奴に一々確認した事は無いけど、そんな確認をするのも面倒なこった。

 それが私の過ちだった。そしてまた、それが世界の過ちでもあった。そんなとき先公の河山は必ず、腑に落ちない私の顔を見て嬉そうに「新高!」と指差し当ててくる。私は何も答えられず、他の誰かが何か答えない限り、教室の沈黙は延々と続いた。今でも煮え切らぬ事がある度、それを思い出す。

 とある日の英語の授業では、こんな事もあった──「新高の父さんはM銀行だったな」「M銀行のCMのキャッチコピー、文法的におかしいと思うんだよね」「どうもあそこはおかしい所だよ」「今日帰ったら父さんに言ってみたら、はははは」。河山の饒舌(じょうぜつ)に、何も言い返せなかった。大切な何か、言いそびれたのだ……

 「おやすみなさい、新高君」

 「篠歩……いや」

 -ツァリンツァリン-

 「いや?」
 「以前、神田辺りで勝手に……」
 「レンタカーに同乗した神のツァリンです」
 「だから銀行も信仰も貯金の類いは全て使い果たしたの!コミュニケーションはもっと尊いの!金ぢゃないの!神ぢゃないの!ツァリンぢゃないの!」
 「何の用かね?と云いたいのですね?」
 「てか神って?自ら神を名乗るものなのかね?」
 「もう神ではないのですツァリンです」
 「人か?」
 「人でもありませぬ」
 「ヒト科?」
 「そう、文字だけ換えても……文章でしか伝わりませんよ新高さん」
 「これは文章だから良いの!」
 「そうですか……わたくし何を隠そう、阿弥陀様、それからお釈迦様より、“平成時代は御前に任せたぞ”と三十数年前に云われましてね」
 「何て?今とんでもなく大切なこと言ったな?」
 「えゝ、前に言いそびれたのです、あのレンタカーの時に、貴方が“コミュニケーション云々(うんぬん)”、“畜生云々”、“云々/\”と取り乱したものですから」
 「失礼致しました」
 「はゝ、こちらこそ……それでわたくし平成の三十年間を任された訳なのですが、全ては虚無だったのです」
 「今さら“失われた三十年”とか誰でも思い付く戯言(たわごと)を云う事も無いでしょう?可燃ゴミクズ箱に入れますよ?会社も社会も全部いらねんだ」
 「全く違います……会社も社会も、平成も六界も、私も貴方も、全ては虚無だったのです」
 「それが言いたかったこと、言いそびれたこと」
 「はい、すっきり致しました……虚無(こむ)はすなはちこれ解脱(げだち)、解脱はすなはちこれ如来(によらい)なり、如来はすなはちこれ虚無なり」
 「あゝ、虚無は乃(すなわ)ち解脱であり、解脱は即ち如来であり、如来は則ち虚無である、と……ばあちゃんも毎日称(とな)えていた」
 「親鸞上人(しょうにん)の」
 「『正信偈(しょうしんげ)』の」
 「『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』の第五巻“真仏土文類(しんぶつどもんるい)”、その『涅槃経(ねはんぎょう)』について書かれている処です……つまりこれが真理なのです」
 「虚無ってこと?信じた全ては、捧げた全ては、生きて居た世界も死んだ後の世界も、虚無だってこと?」
 「その通りで御座居ます」
 「ニーチェと変わんねえぢゃん!神は死んだ!って云われたって頑張ってよ!みんな救ってやってよ!大丈夫大丈夫って、大乗仏教ってよ!」
 「ニーチェさんもこちらに居ますよ、ほら」
 「本当だ!どうも」

 ──ニーチェ氏、軽く会釈す、机上(きじょう)に『歎異抄(たんにしょう)』を広げながら、“~はこう語った。”と原稿へ書き付けている様子──

 「で、真理なのですが、新高君、お見せしても宜しいですか?」
 「良いですよ、見せてください、ツァリンさん」
 「わっかりました……平・成・総・体!!」
 「わあ!!目の前に見えるは平成三十年四月一日(日)の大和町中央通り、スナック葵(あおい)!こっから数年で拡張工事されて令和の今は随分と道幅が広くなったんだよなあ、役所は余計な事にしか金使わねえなあ、やっぱ隣のマンション邪魔だよな、この懐かしいアパート群の景観から浮いてんだよな……って東京都中野区大和町一丁目の我が家の窓から眺める馴染みの風景やないすか、どこが真理すか、何時もと何も変わらんすよ!」
 「新高君、これが真理で御座居ます」
 「いや私はまだ良いけども、ニーチェさんや読者の皆からしたら訳分からんですよ、大和町一丁目が真理です!って、えゝ?」
 「別の言葉が良かったですね、虚無でなし、そう……自然なのです」
 「真理は、自然」
 「そうです、ただありのまま……ただ自然の事につきましては、あれこれと詮索しないで頂きたい……それはいずれいづれも不自然となり、必ずや計らいや思議(しぎ)となり、貴方は私と共に平成から往生できなくなりますから」
 「……わっかりました、往生際が悪いって事ですね」
 「そういうこと……言いそびれた事は云えました、新高君、隣の高層マンションが君の自然を遮ったとて、令和の世界で強く生きてゆかなければなりませぬぞ、平成の事は私と共に忘れるのですよ、絶対に!!」
 「……はい、ツァリンさん」
 「ぢゃ、わたくし何時とは言わん迄も、何時も君が両手を合わせるその、向かう側に居る、仏壇へと還りますね……平・成・総・体!!」

六日目の午前

 私の怖(おそ)れる一番厭(いや)な奴は、水と油、対極に居る決して混ざり合わない人間だ、と思わされる私なのだ。最も離れた場所に居る、宿命的な繋がりを持った生き別れの、見た目だって似ても似つかない私なのだ。街中で出会(でくわ)す気違い、思わず眉をひそめてしまう下等(かとう)な生き物、何を隠そう何より君なのだ。おぞましい言動で、救いようが無いから、いたたまれない気持ちになるけれど、それはそれが君だからだ、つまりは私だからだ。汚い声で名を叫ばれて、汚れた手を振りながら追い掛けられて、狭い路地の行き止まりに身を潜めていたら同じルートでそいつがまさかやって来る、何でだよ、何て憎たらしい奴なんだ、私の心の内が読まれているんぢゃない、思考回路を一緒にしている君なれば、不思議な事ぢゃない。ただ身体は別だから死ぬ時だけは別々だ。お前が死ぬと自らの死を予見させられている様で、この上なく不吉な想いをさせられるけど、私ぢゃないから構わない。ここで同情したり運命を感じたら、漫画だ映画だ小説だ、命拾いする処で拾える命も拾えなくなる。話は面白くなるだろうが、面白いと思う私が君もろとも息絶える。面白いのは外野の客だけ、私は作品になんて成りたくない。私は作品を作る側なんだ、あくまでミイラ取りなのだ、追い掛けてきたミイラの仲間入りを恐れる、君の偉大さを理解しているからこそ畏(おそ)れる、他の誰よりも私だ。鉢合わせたら、迷わず殺(あや)める。もう一度言う、迷わず・殺める。己に言い聞かせ、迷わず殺める。二度と来るな、迷わず・殺める。四回言った、不吉は知らない。業は要らない、業が私を要るってだけの話──LIKE A RPG

 もっと自分で考えたくない。よりいっそ他人が考えてくれ。「お前馬鹿ぢゃん」「あんた怠惰だ」って軽蔑してくれ。世界中みんなそうしておくれ。そして我が読者だけは見抜いて居てくれ。自分で考えない事の自虐的、他人で考えられる事の越権的、行い。世界の少数位が丁度良い。本の類い好きな輩は少ない数の方が良い。スノッブ、ジャブ、一発、二発、世間知らず、セコい生き方、世界、破滅しちゃうから。みな本など読まないでおくれ。文学だけは嗜(たしな)まないでおくれ。自分でモノ考えられなくなるぞ!他人の受け売り人間になっちまうぞ!心にも身体にも悪いんだぞ!だから決して読書などしない様に!自虐も越権も本来生き物がやる事ぢゃあないんだ!本の虫など馬鹿にして人は生殖を中心とした出来事だけ重要視しなさい!びっくりマーク六つも使いました──BUT NOT RPG

 誰かが如何(どう)にかしてくれるだろうという甘えがある内は、安心して人を傷付ける事が出来た。顔に一生の傷を付ける位の兄弟喧嘩、心に一生の傷を負う程の友達との争い諍(いさか)い。縁など切れる訳ないだろうと思う存分に暴れ回り、実際に幾つかの縁が切れてしまった。或いはまた、縁など簡単に切れると知ってからは慎重になった。親友や親戚や恋人や両親に、無口になったと思われた。若(わか)すぎる青春を経た後の、苦(にが)すぎる青年の時に思われた。恐る怖る人と付き合う様になり、いま殆ど一人となった。要するに如何やっても縁など切れてしまい、結局は独りとなった。時が平等に全てを引き裂いてしまった、慎重で繊細な努力も愛情も尊敬も皆全て。二回も四回も六回も、六界も九界も知ってしまった──LIKE A RPG, BUT NOT RPG

六日目の午後

 私は私の性器とか臓器とか脂肪をこんなにも別のものとして感じて居るのに、人は当然そりゃあ君のもんだと認識して私に触れたり触れなかったりする。このどちらが本当に正しく、人を理解して居るのだ?分別して考える方なのか、一体として考える方なのか?

 嫌いだ厭だと決め付けたら最後、好きだ同じだはもう見えぬ、吐き気が一切を見せぬ。理解したくて奴を、君を、言葉でバラバラにしてやるぞ、と本気で真面目にそう思っている。難しい事なのは分かっている。

 真面目は理性と思われがちだが、あれ本能だ。若しくは理性が考えるより理性は、より本能だ。こんな思考の跡を見られて恥ずかしい、新高、冷や汗が出ちまう。お腹が痛い、新高、眠れない。肌も荒れる、貴様、戯(ざ)れる──

 何だお腹が弱いの?お前アトピーなの?本当に物は言い様だ。貴様よりも感じる。何でも腹や肌が感じ取る。感受性豊かに。本当に良い様に云ったな?それだけの事。だから黙れや、鈍感君。

 (新高はいつも──スマートフォンのアプリの──Twitterを起動してキーボードのフリック入力で得意気に140字ちょうど呟いてハートいわゆる“いいね”を幾つか貰っていた)

【MBBMの日めくりバーニン外伝】終わり、終わらすのだ、消すに似て、でも消さないで消せないで消えないで、だから終わるのだ。始まり、終わりと似ていない方の消すに似て、何も無くて消せなくて、書きたくて描きたくて得たくて、だから始まるのだ。ここに登場してはならぬ円環、循環、鈍感ドグマッ

 (新高はいつか──いやもうすぐか──スマートフォンもTwitterもキーボードもフリック入力も140字も通じなくなる時代がやって来るだろうと幾らか思っていた)

 鈍感さえも渡すかよ、お前なぞに。良いから、退屈だけをやりなよ。似合いの、退屈だけをやりなよ。暇潰しに、人と会うなよ。人でなしに会いなよ、ろくでなしが良いんだろ?

 出来る事なら、“無題”と題する事すら厭なんだ。無を与えたくもないし、論外と扱いたくもない。生殺し、飼い殺し。そりゃあ、形容し難い毎日になっちまいますわな。形容詞が無い、毎日に。お願いだから関わらないでくれよ、いま形容しているんだから。

  ばぁあんっびぃっしゃあゝ!!新高は破裂した。彼は辺り一面に飛び散った:冷奴サラダ(千切りキャベツ、薄切りの豆腐、胡麻ドレッシング)、中華焼きそば(人参、キャベツ、ニラ、もやし、きくらげ、麺、紅油:ホンユー)、豚足、ザーサイ、白米、かきたま汁、ストイック杏仁、これら丼六杯に、ハッピーサッド……

 否──私は、この人を知らないが、愛していた気がする

 早稲田通り沿いで、ニコニコ笑いながら買い物袋を下げた小肥(こぶと)りのインド男二人、とすれ違う。すかさず篠歩が云った──
 「あ、クシーの人だ」
 「そんなどこぞのアイドルみたいに」
 「芸能人の誰々だ!みたいな」
 「そうそう、ただ仲良く買い物しているインドのおぢさん二人だから」
 「世間からしたら、誰?っていう」
 二人は笑い合いながら世界一幸せだった、と同時にそれが終わるという事も感じていたから、超ハッピーサッド……

 ※クシー:KHUSHI(東京都中野区大和町一丁目にあったインド・ネパール料理屋)

 否──いや、そうぢゃなくて、確かに愛していた

 ばぁあんっびぃっしゃあゝ!!新高は破裂した。彼は辺り一面に飛び散った:冷奴サラダ、中華焼きそば、豚足、ザーサイ、白米、かきたま汁、ストイック杏仁、これら丼六杯に加えて、こちらもまた何度も篠歩と一緒に食べたアボカドサラダ、カチュンバルサラダ、オニオンパコダ、ナスパコダ、マライティッカ(4P)、マトンビリヤニ、チーズナン、ハニーナン、チョコレートナン(メニューには“チョコレートーナン”と表記)、ダルカレー、サグパニールカレー、マトンカレー、バターチキンカレー、ビンディマサラ、ラッシー、マンゴーラッシー、ホットチャイ(無料サービス)、そしてハッピーサッド……それからスーパーへ寄り道して買った78円のあんぱん。

 三たび、否──貴方の云う事は分からないが、貴方は、私が貴方を愛しているという事を知っている

 今日(こんにち)の日本、一昨日(おととい)の中国、遠い昔のインドの想い出たち……世自在王仏(せじざいおうぶつ)、法蔵菩薩(ほうぞうぼさつ)ないし阿弥陀仏、お釈迦様、阿難(あなん)、ナーガールジュナないし龍樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)、ヴァスバンドゥないし世親菩薩(せしんぼさつ)もとい天親菩薩(てんじんぼさつ)、曇鸞大師(どんらんだいし)、道綽禅師(どうしゃくぜんじ)、光明寺和尚(こうみょうじかしょう)ないし善導大師(ぜんどうだいし)、恵心僧都(えしんそうず)ないし源信僧都(げんしんそうず)、法然上人(ほうねんしょうにん)ないし源空上人(げんくうしょうにん)……そして親鸞上人。

 全部私だったのかもしれないなんて、一番信じられない事が起きて、それをだから、いま形容しているんだから!!

 コケコッコォヲヽ!!

 黙ってろよ、黙っていれば平和なんだよ、幸せなんだよ。そう言って、周りが黙って聞いてくれたとして、そう訊いてくれたとて、手前からまた、話し出すのが人間だ。幸せとは、平和であるとは、黙るとは──語り出したくなる独りでに、独り占めの快楽に、独りぼっちの特権に、平静に。それは、昭和の後の、平成に似ている。喧々諤々(けんけんがくがく)の時代の、余韻が残る、その後に起こる、あれに似ている……

七日目の午前

彼はそのようにして、神であることから休息したのだ……神はすべてをあまりに美しくつくってしまったのだ……悪魔とは七日目ごとの神の息抜きにすぎない……
-フリードリヒ・ニーチェ

 新高は見た、突然道が拓(ひら)かれるのを、張り裂けた心身に蒙(もう)が啓(ひら)かれるのを。

 “そもそも小説にして、物語にしてはいけないものなど無いだろう、君の生活や、私の人生に傷が付いてしまうから悪業(あくごう)に成るのだろう”

 先公の河山徹二(かわやま てつじ)に、皮下の脂肪が、自ら成すのを、平舘篠歩(たいらだて しのぶ)の性器に、内蔵の臓器が、我を為すのを。

 “そもそも想像して、創造してはいけないものなど無いだろう、こう書いて、あれこれ描いてしまうから犯罪に為るのだろう”

 どんどん書いてやれ、手が止まらない、どんどんやってやれ、手が止まらない、どんどん書いてやれ、手が止まらない、どんどんやってやれ、手が止まらない!!


~~~~~~


この世を踏まぬ赤子の四足
二足になったは何時だった

何時頃ぼくら立っちまった
止めてやれば良かったな

人生やり直しがきかぬから

昔は嫌いだった処
処が今は好きな処

人生のそういう処が好きだから

やり直されてたまるかよ
ずっと死ぬ気でやって来た

もう一回は御免だ
もうお腹が一杯だ

普通が如何(いか)に有難いか
普通が如何に尊いか
普通が如何に普通でないか

そういう意味で私は普通

この世を踏まぬ年寄りの杖
機械的に二輪を走らす知恵

先祖帰りて生まれ直し
逝かせてやれば良かったな

人生やり直しがきかぬから
循環・輪廻やってられっか


天上界-なぜ野暮な事柄ほど心に引っ掛かるか、この心から去らぬか、それ、ちゃんとした別れの言葉を待つ為に、あゝ卒業、卒業式、儀式のこと

人間界-寝不足の顔色の悪さ、この私を揶揄(やゆ)する奴は決まって、安心しきった人生から目覚める事のない、生涯熟睡しきった、思慮分別もセンスもない、顔色の良い野郎

修羅界-なのに私はそれを欲して求めて憧れて、終(しま)いには的外れの権化(ごんげ)みたくなっちって、誰もが苦笑いして、適当にあしらう

畜生界-勝手に忘れやがって、勝手に大人に成りやがって、勝手に死にやがって、そりゃ独りになるに決まってる、誰でも分かる簡単なこと

餓鬼界-私は幻想を愛しすぎる、想い出をさ、皆が欲しいのは身体なのにね、私は偏執狂(へんしつきょう)みたく心ばかり、手に入れたいよ

地獄界-言われたい放題に云われて“良かった……人より成長したが故なのだ”と安堵する私は、全く世俗に侵(おか)された、手垢塗(まみ)れの穢(けが)れた魂、まだまだ生きて居たいよなあ


~~~~~~


 “良い形容が浮かんだぞ!
 修行にしては楽しすぎるし
 娯楽にしては苦しすぎる
 それは何だ人生か?

 いいや、平成だ!!”


 高円寺から497.8キロ離れた処の、実家の奥の仏間の、その仏壇の結構な障子と、両の雨戸をそっと音も無しに閉じたらば、もう阿弥陀様もお釈迦様も、親鸞上人の尊容(そんよう)も、祖母のボロボロになった正信偈も見えなくなって、すると居間の方から「昂、まだ神さん参っとるのか、早よご飯食べに来い、冷めっぞって呼んでやれ」「昂は、遺影(じいちゃん)に挨拶しに行く云うて、仏壇(あっち)行きましたよ」という、祖母と母親の話す声が聞こえた──本当はこのまま現実の、即ち内陣(ないじん)から放たれた外陣(げじん)の、時の令和の世界へ再び帰るのが、人間の理解というものを最も得られると思うのだが、ここは物語の話の筋を考慮して、平静に留まろうではないか、不思議な事に、思議を超えた処に、そこは想い出の中の、既に存在しないはずの、紛れもない平成に違いなかったのだから──新高は何だか、心から嬉しくなった。言いそびれた事を今度こそ言えるのだ。

 “夢落ちぢゃない、その真逆をやってやった!!今に見てろよ、貴様ら!!読めっぞ、これ迄のこと!!もう誰にも普通と云わせんぞ、これから何年先もずっと!!一陽来復 逍遥自在(いちようらいふく しょうようじーざい)、気韻生動 豁然開朗(きーいんせいどう かつぜんかいろう)、松柏後凋 榑木之地(しょうはくごーちょう ふぼくのちー)……”

 青空にちょうど溢れんばかりの太陽が、或いは正午を常に繰り返すかの様に、甚だ白昼夢の体(てい)であった。時も移ろわぬ古(いにしえ)みたいで、即ち全て取り込まれてしまったみたいで。


 何時か無気力な夜空に見た、月の跡にすっぽり、填(は)まって光、輝いてらあ

 ツァリンツァリン


(完)


2023年2月26日日曜日

冬眠あけて(6:01-32:03)

友達が出来たなら
恋人と一緒なら
どんなに楽しい事かしらん
どんな愉しい事も知らん

子供の頃に遊んだ公園
椿の花は大きく咲いて
ごろっと丸ごと地面に落ちた
数え切れぬ程の嬉しさ
私は一人喜んだ


私に出来やしないんだ
誰とも上手くいかなんだ
現(うつつ)より夢の絶望は
絶対的に絶望的だ

母と娘(こ)の楽しそうに遊ぶ公園
縁の無い誰か遠くに座って
ごろっと丸ごと地面に堕ちた
数え切れぬ程の悲しさ
人が独り哀しんだ


犯人が現場を再訪するよに
心持ち常に訳ありの理(ことわり)
想い出の地を巡る事が出来ぬ
断りが無いと出来ぬのです

分かって別れて左様なら
働けど働けど借金は減らぬよに
生きれば生きるほど余命は短く
会えば逢うたび今日(こんにち)はないのに
分かって別れて左様なら


その理に則(のっと)るのならまた
この理に則る迄であります
私は初めて断るのであります
認めては文、認めるのです

心持ち常に訳ありの理
優しさは優れると読めるよに
過去は去る過ちなのであります
最早(もはや)後ろめたくもないのです
心持ち常に訳ありの理


子供の頃に遊んだ公園
椿の花は大きく咲いて
ごろっと丸ごと地面に落ちた
数え切れぬ程の愉しさ
君はひとり楽しんだ


ひとごとだから

神様、私の余白で居てくれて、どうも有難う。貴方は余白だ。貴方が居てくれた御蔭(おかげ)で、私は安心して生き死にを出来る。吐くは迷信、真実、実に余白。貴方が居なくなってからのこの数年、私は私の生き死にだけで大変窮屈である。余白有りから余白無し、六界在りより六界亡(な)し、思い切り書きたいが描けない。そうして以前の様に貴方を信ずる事はもう無いけれど、貴方が居てくれた事の力は心から信ずるよ、神様。

ひとごとだから



2023年1月10日火曜日

“Kid Stardust on the Black-star-twinkle”

「いいか、あんたはもう50に届いてるんだろう。おれは仕事をまわしてやるのは間違いなんじゃないかって心配してるくらいなんだ。あんたらみたいな連中にかかずらって時間をむだにしたくねえんだよ。」
 “おれはそこらのやつらとはモノがちがう。キッド・スターダストだぜ。”
-チャールズ・ブコウスキー

 冒頭の引用は決して、デヴィッド・ボウイとゲイリー・グリッターのやり取りなんかではない(しかしボウイ様に当時のグラムロックブームはこう映っていたのではないか……そして彼はグラムをやめた)。そう知る人ぞ知る、アメリカが誇“らぬ”破滅型の無頼派作家ブコウスキーの短篇「精肉工場のキッド・スターダスト(Kid Stardust on the Porterhouse)」からの引用である。後段の“”で括った主人公(ブコウスキー自身)のセリフ、きっとゲイリー・グリッターに当時のグラムロックブームはこう映っていたのではないか……そして彼はグラムをやった。やり続けた。



 手前で“グラム歌謡メタル野郎”と名乗っておきながら、王道ど真ん中のグラムロックを演るのは結構久し振りだ。気を抜くと素の自分に戻ってしまって、ついついシューゲイザーやらオルタナティヴやらに浮気してしまうから。然(さ)れどこうして色々と寄り道するはグラムへと帰る為、還る為であって己がグラムはより強靭と相成る。俺の取り柄はそれだけ。



 本日はデヴィッド・ボウイが黒い星になった日、そんな日にゲイリー・グリッターの“ロックンロール”を貴方様に捧ぐ、なんて神をも恐れぬ罰当たりな行為!?「勘違いしないで欲しいが、グラムロックを演った事など唯(ただ)の一度だって無いよ」と神様仏様ボウイ様に突っ撥(ぱ)ねられそうだ。だってボウイ様がジギー・スターダストを、グラムロックをやめたのは、何を隠そうゲイリー・グリッターやスウィートみたいな(中身の無い)連中と一緒にされたくなかったからであろう。でも(大有り)なんだよ、ゲイリー・グリッターにもスウィートにもスレイドにも、マッドにもハローにもケニーにも、パイロットにもスリックにもベイ・シティ・ローラーズにも……ロックンロールの一番美味しい処、アップルパイの中身ばっかりで、アップルのジャムのフィリングばかりでバランス悪いから、馬鹿に頭悪いから僕ら忘れてはならぬ芸術を、アップルパイのパイを忘れちゃったのさ。そういえば以前、「禁断のアップルパイの中身だけ」という明治製菓のスウィーツがあって超絶大好きだったのに、世間ぢゃ“マズい”と非難の嵐でスーパーやコンビニから瞬く間に消えちまった……ありゃ至極グラムロックだったな☆☆☆☆。たといボウイ様がご立腹でもボランちゃんは分かってくれるよね?彼に上手く伝えておいてくれるよね(ジョニィへの伝言ぢゃあるまいに)?グラムロックの名の下(もと)において全て許してやって欲しいよ、このギンギラギンな冒涜行為の数々を★★★★。



 それと彼はもう一つ冒涜的な行為を犯してしまった──歴(れっき)としたブレイキン・ザ・ロウ。“ゲイリー・グリッター”でググれば、ウィキペディアの略歴でも海外のニュースサイトでも画像検索でも、否応無しにそれは目に入ってくる。正直それが無かったら、もっと早く、真っ先に、この王道ど真ん中のグラムロッカーのお気にのナンバーをカバーMVしていたはずだ。ぢゃあ今回カバーMVしたって事はつまり、彼を容認・擁護できるようになったからか?と問われたら何の弁論・弁護もできないが、そんなもの突き詰めれば人間誰しもが罰当たりで、今に何も聴けなくなるだろう。ましてや散々聴きまくってきた俺だ、ここに彼のロックンロールその“パート4”と銘打ってからに──“パート3”は秋間さんのラーマアメーバによるカバーね──ようやっと日本語でカバーさせて頂いた次第。


「Rock and Roll part 4」
作詞・作曲:ゲイリー・グリッター&マイク・リーンダー

Hey!! Hey!!

Yeah!! Yeah!! Yeah!!

Can you still recall in the Jukebox Hall
When the music played

And the World span round to a brand new sound
In those far off days

In their blue suede shoes
They would scream and shout
As they sang the blues
Let it all hang out

Rock and ro-o-oll, rock and roll
Rock and ro-o-oll, rock and roll
Rock and ro-o-oll, rock and roll

Rock and roll, rock
Rock and roll
Rock and roll, rock
Rock and roll

Little Queenie bopped at the high school hop
Dancing to the beat

With her U.S. Male and her pony tail
Well, she looked so sweet

Times are changing fast, but we won't forget
Though the age is passed they'll be rockin yet

Rock and ro-o-oll, rock and roll
Rock and ro-o-oll, rock and roll
Rock and ro-o-oll, rock and roll

Rock and roll, rock
Rock and roll
Rock and roll, rock
Rock and roll

Rock and ro-oll, rock and roll
Rock and ro-oll, rock and roll

Times are changing fast, but we won't forget
Though the age is passed they'll be rockin yet

Rock and ro-o-oll, rock and roll
Rock and ro-o-oll, rock and roll
Rock and ro-o-oll, rock and roll

Rock and ro-o-oll, rock and roll
Rock and ro-o-oll, rock and roll
Rock and ro-o-oll, rock and roll

Rock and ro-o-oll, rock and roll
Rock and ro-o-oll, rock and roll

Rock and roll!!!!


日本語詞:Nori MBBM

Hey!! Hey!!

Yeah!! Yeah!! Yeah!!

喫茶店に行こう
あのジュークボックスを
ひたすらかけて

あんなんあったな
えゝ音やんな
今は昔

知るかブルー・スウェード・シューズ
履いてスクリーム・アンド・シャウト
ブチかませブルーズ
誰も構わねえ

Rock and ro-o-oll, rock and roll
Rock and ro-o-oll, rock and roll
Rock and ro-o-oll, rock and roll

Rock and roll, rock
Rock and roll
Rock and roll, rock
Rock and roll

あのマブい娘
多分、地元(ウチ)の子
胸は高鳴り

でも彼氏と消えるポニーテール
見ちゃいられねえ

時代は変わる
オレ変わらず
恋は終わる
コレ終わらねえ

Rock and ro-o-oll, rock and roll
Rock and ro-o-oll, rock and roll
Rock and ro-o-oll, rock and roll

Rock and roll, rock
Rock and roll
Rock and roll, rock
Rock and roll

Rock and ro-oll, rock and roll
Rock and ro-oll, rock and roll

時代は変わる
オレ変わらず
恋は終わる
コレ終わらねえ

Rock and ro-o-oll, rock and roll
Rock and ro-o-oll, rock and roll
Rock and ro-o-oll, rock and roll

Rock and ro-o-oll, rock and roll
Rock and ro-o-oll, rock and roll
Rock and ro-o-oll, rock and roll

Rock and ro-o-oll, rock and roll
Rock and ro-o-oll, rock and roll

Rock and roll!!!!



 まあ人によってはもう無理な人になってしまったゲイリー・グリッターであるが、斯(か)く言う俺だってコーネリアスとフリッパーズをまっさらな気持ちで聴けた試しがない。東京五輪・開会式にまつわる一連の騒動の前からあのインタビュー自体は知っていたので、彼の音楽を聴けば必ず脳裏に過(よぎ)るものがあった。しかし俺だって俺の最低を最低なまま生きて居る、恥じ入り後悔しながら生きて居る。


 音楽的な事を全然話せていないが、俺の大好きなグラムロック、それもグラムの中のグラム、王道ど真ん中のグラムロックであれば奇を衒(てら)う様な事はしないで、いやグラムなんだから堂々と奇を衒って、いつもの俺、つまり世間では異常な人間、を今回も演るだけ演っただけ。愛用のコルグ製リズムマシーンにプリセットされたグリッタービートにのせて──小節数やフィルのタイミングは手前の気分次第で、ヘビィメタルギタア、鼻にかかる声で“嗚呼”、ビブラートさせながら歌謡、えゝ左様。これが俺らの“ロックンロール”(しかし一番の推し曲はお馬鹿すぎる“リーダー・オブ・ザ・ギャング”、ないし狂ったシンセのディスコティック“ユー・ビロング・トゥ・ミー”)。そして、最後に……


★グラムロック三カ条★

一、異性は勿論、同性からモテないこと
二、親友は無論、同士すら持てないこと
三、これら以外、以上を必ず持てること

グラムロック三カ条、或いはサディスティックミカ嬢に似た

Nori MBBM



 ゲイリー・グリッターやらブライアン・フェリーやらイメージしてギンギラ銀なシルバースーツでキメてみたが、これはあれだ、死ぬほど観ては聴いたりした2002年の「布袋寅泰 ライブ in 武道館」である(んでもって8th「スコルピオ・ライジング」のジャケ写の布袋さんは、ボランちゃんと同じポーズで、同じ鋤田さんにパシャリ撮られてるんである)。


 さてと次回のカバーMVは、俺も俺なりにブレイキン・ザ・ロウ、メタル野郎そう決めた!!


2023年1月1日日曜日

令和五年“松柏後凋”

明けましておめでとうございます
──the pine and the cypress are the last to wither



 松柏後凋(Song Bo Hou Diao)



 ここに人間の完成をする為
 それ以前に絶えず朽果てず

 朽ちても果てても朽果てぬ
 知るかよ知るよ知れ知れた



 2023、Are you burning?


2022年12月31日土曜日

令和四年“豁然開朗”完了

これもいっておかねばならぬが、ペストはすべての者から、恋愛と、さらに友情の能力さえも奪ってしまった。なぜなら、愛は幾らかの未来を要求するものであり、しかもわれわれにとってはもはや刻々の瞬間しか存在しなかったからである。
-ベルナール・リウー

 こりゃ今しか出来ぬ楽しみである、とリモート会議にリモート呑み、首の皮一枚で何とか繋がっている友情、愛情、また必ず会おうね、とコロナの初めが懐かしい。

 もしこれが永遠に終わらぬとしたら、生活様式が戻らぬとしたら、リモートで繋いでも繋いでも、繋いだままで居られぬ友情、愛情の切り離された不可逆だけを確かめる事となる。もう一人は必要無いし、もう独りで充分なのだから……

 これで生きる術を覚えたな──音楽、文学、食費、生活費、タヒ。

 今宵年を越す為に、今晩目掛けて人を超す。自意識がそう願うでなし、無意識に勝手そうなるさ。底知れぬパワーに、根拠の無い自信。月日と時間のシステムに、現世が人生の加速する。真似できない死に、マネーの無い自身。貴方知らない生活に、人間頼りない乾杯。貴方にあらゆる外界(がいかい)詰め込んで、人間になるだけ自分当て嵌(は)めて。



 今年も益々有難う、令和四年“豁然開朗”完了。