2016年8月28日日曜日

グラムの神様、in関西(破)

私の肉体は魂のなかに消え去って、私は重さを失い、足は地にふれず、まさに宙を飛ぶ心地でした。
-フェリックス・ド・ヴァンドネス

 関西まで来たぞい、オーサカ!うちのベースのユージさんとローリーさんの故郷も近い。


 ザ・ドレスコーズに逢いに神戸まで──。


 その前にMBBMというバンドを演っているからには、関西のビッグマックも調査せねば。


 会場の「神戸クラブ月世界」最寄りの三ノ宮駅前のマックへ(関西では“マクド”か)。赤じゃなくて銀色の看板だ、早速グラムだ……


 「ウマい!やるな!関西のビッグマック」とMBBMのメンバーに写真を送ったら、何時も冷静なギターのしんさんから「バンズがこっちより分厚い!!」とのご指摘。確かにそう見える。ビッグマック・アナリスト、MBBM恐るべし──“ミスター・バーニング・ビッグ・マック”の名は伊達じゃない!M・B・B・M!!



 そして、会場の「神戸クラブ月世界」着。入口の文字を見る迄「つきせかい、つきせかい」と言っていた俺、赤面。「げっせかい」なんだね☾


 開場前、整列して並んでいると突然、通り雨がザーッ!!(マヂかよ……)とカバンで頭を覆っていたら、後ろにいたお姉さんが「大丈夫ですか?」と一緒の傘に入れてくれた。そんな惚れてまうやろ──と声には出さなかったが、「すみません、ありがとうございます」と出来る限り平静を装い、心よりお礼を申し上げました。お姉さんは広島から来られたとのこと(本当にご親切にしてくださり、どうもありがとうございました)。そのまま、とても幸せな優しい気持ちで入場。


 ゴージャス(♪ラメ入りのぉ紅茶飲んでぇいえい)!!なんでも此処は1960年代から続く老舗のクラブだそうです。場内は百数十名のフアンの皆様でいっぱいに。


 第1部はトークショーで、第2部は弾き語りであった──。

 前半、トークショーのゲストとして、キングブラザーズのゾニーさんと50回転ズのドリーさんが登壇。ドリーさんの「志磨くんはバンドで色んな音楽をやってきたけど、やっぱりグラムの志磨遼平なんだよ」という言葉にしきりと納得してしまった。普通にとても良いことをおっしゃる。

 ザ50回転ズは高校の友達の影響でカラオケでよく歌ったり、一緒にライヴも行ったり、勿論大好きなバンドであるが、その中でもベースのドリーさんは、T.Rexやニューヨークドールズ好きを公言していて、信頼できるグラム男なのである。

 そんな本日のトーク内容は、会場の“月世界”に因んで「SFの歴史について」。内容は次号(9月1日号かな?)のドレスコーズマガジンに記載されると思う(ドリーさんの云っていたボウイのご子息が監督した映画も観なくちゃ)──。


 打って変わって後半の弾き語りでは、1曲目からボウイ様の「Moonage Daydream」。どひゃあ、この曲の弾き語りをドレスコーズで聴けるとは!!さらに2曲目は、ロッキーホラーショーから「Science Fiction/Double Feature」!!ぎゃあ、この曲の弾き語りをドレスコーズで聴けるとは!!

 何だか不真面目な文章で申し訳ないが、この感動はもう俺だけが分かっていれば良い。誰の共感もいらない。心の中にしまっておくべきものだから、もうこの記事ではさらっと軽薄に書いてしまう。だって、この2曲を志磨さんが弾き語ってくれたという事実を俺のグラムに懸けてきた想いものせて吐露したら、それこそ誰もついて来られなくなる気がするから。全身鳥肌立って心で泣いた。だって俺だけの大切な曲だもの、この2曲。グラムロック、俺だけ分かっていれば良いんだ。俺だけの現実逃避、独りよがり。それにしても志磨さんのアコギのスライドとブラッシング、カッコ良かった。ギターうま!!

 その他、毛皮のマリーズの「Maybe」や「星の王子さま」、70年代末に“ロック御三家”と呼ばれた内の一人、原田真二のカバーまでやってくれて、大満足でした(ローリーさんも先日のアルバム、昨日のライブで原田真二の別曲をカバーしていたからな、原田真二のアルバムも買わなきゃだ)──。


~~~~~~



 帰りに大阪は“ミナミ”の道頓堀まで──。


 道頓堀と云えば有名な“グリコサイン”──。


 上と下の写真撮っている間に点灯した、グリコメン──。それにしても凄い人混みだ(ミナミに対して“キタ”の方は街中のビルの電気も消えて、閑静な雰囲気であった)。


 最後は適当にハイボールと串カツを食べて独り、高円寺まで帰るのであった……あい、御馳走様。


 有難う、関西のグラムの神様。ホント楽しかった!今度は日帰りでなし、ゆっくり巡りたいね。憂歌団かウルフルズでも聴き乍ら──!!(おわり)


2016年8月27日土曜日

グラムロッカー、今年中(序)

なるほど君はほら吹きの筒琴弾きだ。でも君は善意を持っている、善かれかしと思っている。鋭く小さいイェズス会士のテロリストよりも善意があるからぼくは君が好きなのだ。
-ハンス・カストルプ

 “我がロック四天王”、その一人に逢いに行ってきた──。

 我がロック四天王とは、“吉井和哉(THE YELLOW MONKEY)”、“hide(X JAPAN)”、“秋間経夫(MARCHOSIAS VAMP)”、そして“ROLLY(すかんち)”からなる最強の4人である──この4人には逆らえない、そんな絶対の存在である──超信頼している、最早信仰である。



Nori「今年中にグラムロッカーに成るので、願掛けも込めてサインして下さい」
ROLLY「ぢゃあ、このページ(※上の写真、歌詞カードの最後の“Be Bop Deluxe”なページ)にしよう」
Nori「有難う御座います。グラムロッカーに成れなかったら罰として卍固めされますので」
ROLLY「誰が卍固めするの?」
Nori「ROLLYさんに掛けて貰いたいです」
ROLLY「嫌ですね(即答)」
Nori「あゝ、近場の誰かに頼みます」
ROLLY「んふゝ(と含み笑いでサインして下さる)」

 四天王と先刻こんなやりとりをば──。
 
 そう、今日は発売したばかりのROLLYさんのニューアルバム「ローリーズ・ロック・シアター」の発売記念ミニライブで、新宿のタワレコに来ていたのだ。またまたライヴハウスからのカラオケ勤務上がりで、1時間しか仮眠を取らずにねむねむのまま行ったのだが、タワレコに着いた途端うきうきと浮足立って不可抗力、ミカバンドもウォッカ・コリンズも、何と“恋のマジック・ポーション”まで聴けたよ。もう最高な“グラム日和”でヒデキ感激!!
 
 で、何故に上記の様なやりとりになったのかというと遡ること4年前。あれもROLLYさんのアルバム「グラマラス・ローリー ~グラム歌謡を唄う~」の発売記念ライヴで、場所は渋谷のタワレコであった──。

Nori「将来グラムロッカーに成るので、宜しくお願いします(かなりの眼力)」
ROLLY「将来ぢゃなくて今なれよ(爆笑)」
Nori「…(爆笑に狼狽える)」
ROLLY「でもそのモミアゲはグラムロックだよ(と含み笑いでサインして下さる)」

※この時の私は後期ビートルズのジョンかポールか、オアシスのギャラガー兄弟か、はたまた尾崎紀世彦か藤岡弘のような風貌で、両津勘吉ばりの剛毛眉とモミアゲだったのです──多分エルビスのせい

Nori「あ、ありがとうございます(握手)」

 これが忘れもしない4年前の2012年3月の四天王とのやりとり。4月から始まる新社会人生活への期待と不安の中で四天王に逢って、しどろもどろであった。

 あれから4年──。その2012年の4月から始めた仕事も今年の3月で辞めて、高円寺のライヴハウスやカラオケ屋の掛け持ちで今は何とか生活している。この現状をあの時の私は想像だにしなかった。

 同時にその4年で今のバンドの皆とも出逢い、(19歳で始めてすぐ挫折してメジャーのGとEしか弾けなかった)ギターも猛練習し、右も左も分からぬまま作詞・作曲を始め、数百曲のオリジナルを作り、独学でDTMにも手を着けて、簡単な映像編集まで覚えて、デモテープ作りまくって、オーディション受けて、落ちて、また受けて……まるで想像できなかった──4年で全く別人と成っちまった。

 4年前の“将来グラムロッカーなります”事件があったから、今回は「“今年中”にグラムロッカーとなる」という事を4年越しに伝えに行ったのであります。結果、先の会話の様に相成りましたで御座在る。




 さ、ギターで愛する曲でも弾いて、その濃厚グラムな才能を己が遺伝子へと刷り込まなければ──俺らグラムロッカーに成るんだ、今年中──さもなきゃ卍固め!

 それにしても、今日の高円寺は年に一度の一大イベント“高円寺阿波踊り”のせいで、さっきも駅前は凄え人混み&バリバリの交通規制だったけど、毎年この時期、俺は高円寺に居ないのだ。祭りは楽しいと思うが、俺の好きな高円寺はもっと適当に寂れているからさ……

 という訳で阿波踊り二日目の明日もここ高円寺を出て、憧れのロックスターに逢いに行く。しかも神戸まで(♪泣いてぇどうなるのかぁ←クール・ファイブ)


 では、おやすみなさいzzz


2016年8月18日木曜日

山堕ちては谷間擁く

真実は、あべこべである。文学は体験であり、音楽は記憶である。前者は二度と起こり得ず、後者は断片を繰り返す──。

 そして文学は、同じ本を再び読む事なく、棚に並ぶ者達を風化させまいと手を伸ばす事もなく、ただ追憶する。そして音楽は、追憶よりも直接的な記憶を、悪夢を、不思議な夢を観るのに、曲を用(もち)いる。瞬間で、風化の心配がなく、だが同時に残る事もなく、だから何度も再生する羽目(はめ)となる。全てに触れる事など、総(そう)じて有り得ない。

 全てとは何だ、追憶による生涯だ。平たく言って、体験であり記憶である。平たく云わないで、山に対照したその分だけの谷であり、健全の境界を描く為の背徳であり、法律を重んずるが故に憲法の位置より縁のない罪と罰とで結ばれる願いである。

 バンドなんか況(ま)してや文学なんて、手前と何も関係がなかった。だのにこの有り様、お分かり頂けたか。幽霊の正体見たり枯れ尾花(おばな)、一番遠いって事は一番近いからだ。身体のない幽霊に怯える身体、因果な心魂(しんこん)の魂胆(こんたん)だ、呪われた部分だ己がバタイユだ。いや呪われた子だオノレ・ド・バルザックだ。

「おお、われらとともに岩多き谷間に来れ、
荒々しけれども清らかなる風ぞ吹く──」
「世界は広く──心悩ます憂いなし、
君が祖国に境なし、
ただ君の意(こころ)のみ最高の力、
されば進め、至福なる歓喜、
自由は微笑み、自由は笑う!」

 空が口を動かした、昼と夜の能天気をやめて何か話そうとする時、私はうっとりと聴き入る様にする。あの橙と紫に桃や白が入り混じる曼陀羅(まんだら)をとっくりと眺める。或いはこの口を開いた、谷間の百合(ゆり)の白さだけが真実だとして、君へ山の様に話し掛けたい事がある。

官能の入りこむ余地のない領域で示された愛、卑下することにこそ偉大さのうかがわれるこうした行為、そこにこめられたあふれるばかりの愛の告白、天上界での出来事のような、こうしたもろもろの事情が、嵐となって激しく私の心におそいかかり、私はさながら身もうちひしがれんばかりの思いでした。私はおのが卑小さをひしひしと感じ、彼女の足もとで、このまま息絶えてしまいたいとさえ願いました。
-フェリックス・ド・ヴァンドネス

 また生熟れな、青くさいことを語ろうぞ。そう二人が独りを占めるだけの秘密を持ち合わせて居るか、否か。汚れた恋ほど誰彼と構わずに触れ回りたくなり、そうでないものは面白味もなく誰彼と節操なしに話したくない。その何方(どちら)も白地(あからさま)に、全て知り尽くそうぞ。後になって半人前扱いされる事も知っている人間だ、今は確かに人間なのだ。それもこんな神様の視点だ、自伝的で何様なんだ。そうだ地獄を目に見るのも予定に入れてある、というより予(あらかじ)め地獄は見て来たし、定められし地獄へと馳(は)せ参ずる覚悟は決めたし、だから私を侮辱しても良いし、見くびられても構わないのである。

 だって確実に成し遂げる──スタートがゴールである。聞いているか空、身も心も投げ売った海、己が錬金術をした山。“七”は罪深き重要な数だが“六”は無口で無思慮な無味乾燥の数々と嘆く西洋世界へ、再び改めて輪(まわ)り廻(めぐ)る六道(りくどう)また六界(ろっかい)。再会した最初と最後は一緒で、再開したそれが二番目でも三番目でも良い、それが良い、何故なら──

 文学は体験であり、音楽は記憶である。前者は二度と起こり得ず、後者は断片を繰り返す──。両者が為に私は悶絶し、これを認める。天国はあるさ、思ったよりも窮屈で苦しい。地獄はあるさ、貴方の其処(そこ)や手前の此処(ここ)に。後は順番さ、後払いか先払い。両者が為に私は悶絶し、これを認める。

いちじくの実が木から落ちる。それはふくよかな、甘い果実だ。落ちながら、その赤い皮は裂ける。わたしは熟したいちじくの実を落とす北の風だ。
-ツァラトゥストラ

 そう悶(もだ)えながら胸一杯に吸い込み、何時か詰め込まれた砂塵(さじん)。微(かす)かに煌(きら)めくは気のせいか、いざ振るいに掛けて残る砂金(さきん)。大した価値のない、一撃も与えられない、茫洋(ぼうよう)たる砂漠の蠍(さそり)の針の先。掻集(かきあつ)め煮詰(につ)め毒されて、己が錬金術をした魔の山、息詰まる夕焼と海、いちじくの木から見上げた星の空を再現す。聞こえるか認められるか、六界の天道(てんどう)よ、私を黄金にしてしまえ──。

「神(かみ)よ、われらが主、國王を助け給(たま)え」

 白痴(はくち)の花は無垢(むく)に咲き誇り、浅薄(せんぱく)の草と透き通る。谷間の百合よ、谷間の百合よ、私にこそ汚されて仕舞(しま)え、私にだけ摘(つ)まれて終(しま)え。

 自:あゝ、予め百合の枯れる事を知って居れば、この手で摘み取って人知れずその花葉(かよう)だけを何時迄(いつまで)も愛し抜いたのに

 己:何を仰(おっしゃ)るかと思えば愛し損なった言い訳か、「百合の枯れる事を知って居れば」とは“百合が花だという事を知らなかった”とでも言うのかね

 さあ鈍く愚かな人生よ、山を登るに必要なのは、強(したた)かな力、この持て余す鈍重(どんじゅう)──

「視(み)よ、されど觸(ふ)るるなかれ」

 谷間の百合よ、谷間の百合よ、私に抱かれて仕舞え、私を抱いて終え。

 自:えゝ、知識としては持ち合わせておりましたが、実際にこう体験した事が無かったものですから、畢竟(ひっきょう)記憶も何も無かったものですから、遂に再び結ばれる事も無く、現世ないし天上の世界では永遠に生き別れたという事です

 己:それで百合とは似ても似つかない花を摘み取って、薔薇でもない、さくらでもない、そしてフリヰヂアでもなかった、だなんて花を愛する資格が皆目(かいもく)無いのではないかね

 さあ鋭く賢(さか)しい神聖よ、谷を下(くだ)るに必要なのは、速(すみ)やかな力、その持て囃(はや)す軽薄(けいはく)──

「己れを売らず」

 ただ言葉だけが、言葉だけで打ち明けられる。記すか印して標されて、書くか欠かれて描かれる。言葉を除いた告白ばかりは、ただ本音ばかりを漏らすばかし。撮るか録って採ればこそ、写すか映して移される。傷つけたものを呪い、傷つけられたものを弔(とむら)う。君より、貴様より、貴方より、誰よりも広く深く、喜怒哀楽の回数で、心も頭も彫刻(ちょうこく)する。相克(そうこく)する、其処に流れる感情の色彩が、精密にこう描かれる一つ一つの筆致(ひっち)が、誰あろう己れである。さあ自らに己を与えよ……

 文学は体験であり、音楽は記憶である。前者は二度と起こり得ず、後者は断片を繰り返す──。音楽に文学の堅実重層(けんじつじゅうそう)を与えよ、文学へ音楽の流麗軽妙(りゅうれいけいみょう)を与えよ──

「あのとき君は君の灰を山上に運んだ。きょうは君は君の火を谷々へ運ぼうとするのか。君は放火者の受ける罰を恐れないのか。」

 超俗(ちょうぞく)の人はそう助言したが、ツァラトゥストラは聞かなかった。私はまだ神を信じているから、超俗の人の助言に従うべきだった。そうだ、個人主義を気取っているから。だのに、ツァラトゥストラと同じ道を辿(たど)った。神は死んだ、と下界へ降(くだ)った。

 私はこうして文学までも繰り返し衒(ひけ)らかす、不眠の夜に愛した文学の数々を……音楽如(ごと)きが軽薄に──

 もっと人間にならないか?これ人間の特権なんだぜ?人間の特権を行使したいと思わないか?だって人間の特権なんだぜ?文学と音楽は──。絵を描く像とかチンパンジーが居たって、動物に芸術の萌芽(ほうが)が見られても、文学と音楽は──。自殺する蜂(はち)とか蟻(あり)が居たって、昆虫に胸中の葛藤が見られても、文学と音楽は──。人間の特権なんだから。まだ神様だ天上だに憧れるのは構わないが、まだ人類には人間世界でやる事がごまんとある。せいぜい人間をやりなよ。人間がおすすめ。ただ人間界の苦労は程々に、ただ人間の苦悩を一人やりなよ。そう独りで、こうひとりでに。文学と音楽は──、文学と音楽は──

 人間を好かぬ人間を一定好きにならせる位──山堕(お)ちて、また人間を好くという人間を一定好かぬとならせる程──谷間擁(だ)く。余すことなく洗いざらい、人間やりなよ。打ってつけだよ、文学と音楽は──。


伯爵さま、あなたはシャンディ夫人のようなお方と結婚なさるべきです。
-ナタリー・ド・マネルヴィル


人間篇に続く


2016年8月14日日曜日

続・贈り物──でも、デモ、DEMO

今回のブログタイトルは“じゃがたら”より拝借。この記事と関係ない?いや、ダンボール・バットは「タンゴ」をカバーしていたので、関係なくもないからこの題とした。


 ライブハウスからのカラオケ勤務が終わり、朝方、意識が飛びかけた状態で家に帰ると郵便受けにポツンとお届け物があった──。



 数日前、高円寺在住のとあるロックスター──そう二人のブライアンないしフェリーやイーノも、ジュリーや近田春夫だって、あの“時代を踏み外した幸福”っつうのか、彼の“未来に生きるノスタルヂア”に連れて行かれ、その儘おのが曲中に住まわせてしまう、その才能──の口座へ私の貴重な1,000円を振り込んだので、この素晴らしき郵便物が我が家へやって来た、という次第である。

 アートとは?芸術家とは?如何あるべきなのか──それは“得も言われぬ感動”というものを周囲と共有し得る様な、特定の形に後生(ごしょう)残すことが出来る人物である、と私は考えている。


 雨上がりの濡れたアスファルトと、それをキラキラと輝かせる白い太陽と、何処までも広がってゆく遥かな青空の、その間に立つ瞬間──。

 十数年ぶりにかつての通学路を歩いていたら、あの民家やそこに停まっている自家用車や通りの外れのパン屋さんや、変わり果てた街並みに変わらず残っていたものを見つけた瞬間──。

 2月の終わりから3月にかけて、街へ出てみると昨日まではなかった生暖かい空気があって、それが鼻を抜ける冬の終わり、春が其処まで来ていたのを知る瞬間──。
 
 行ったことのない1969年の新宿の街と若者を、ATGの映画がスクリーン上に晒したその瞬間──(映画“新宿泥棒日記”や“薔薇の葬列”を目の当たりにした瞬間──、と言い換えても良い)。


 いま思い浮かんだこれら個人的な得も言われぬ強烈な感動の瞬間の類いを、詩曲に、時に絵画に、或いは映像にするなどして、半ば永続的に周囲と共有できる様にする人物こそ、紛うことなき芸術家である。

 前置きが長くなったが、その才能の塊が30年続く無国籍ニューウェーヴ・バンド“ダンボール・バット”のAMIさん、則ち今回のお届け物の依頼主である(届け先はミー)。まあAMIさんは、私が上に列挙したような“晴天”や“春”というものを好まない人であろうが……。



 封筒小包の中からイカしたデモテープと嬉しいことに特典盤まで(以前ライヴへ行った際に同じ特典盤を貰っていたが、そのお気持ちが嬉しい)。このデモテープ「モンドセレクション」の“1”は以前に、今回の様に頼んで、(擦り切れないはずのCDを)擦り切れるくらい聴いて、とても良かったのだ。ダンボール・バットに駄作なし──それで確実に俺は殺される。“2”もきっとドキドキ/ワクワク──そして俺は2度殺される。さながら007の様に──二度死ぬ……

 飛びかけた意識もブログの記事と共に冴えてきた為、ここら辺でお開きにして(でないとこのオツム同様、体もおかしくなるので)、これを聴いて横になろう。


 夕方からまた、ライヴハウスとカラオケ勤務だが──お盆まで繁忙期で寝る間はなく、あの世の皆様へ挨拶に行けそうだけど、天国はおろか地獄からも門前払いのアタクシメ──野暮なこたぁ寝不足のまま惰性で、一気に駆け抜けてやろう。

 昨夜、「スマップが解散を発表」というニュースがトップに出ていた。ふうん、イエモンも再結成したし、ボウイ様もきっと黒い星になってミック・ロンソンと火星の蜘蛛達と“ジギろう”としているのだろうし、プリンスは紫の雨を世界中のスピーカーから降らせようとしているし、何処か時代の節目なのかね今年は──他人事の様だけどお前もだ!!

 
 チェ、チェ、チェ、チェ…チェンジス!!奇妙なものに目を向けろ by David Bowie "Changes"より

 
 俺は変わらなければ、いけないんだ──でも、デモ、DEMO。


2016年8月9日火曜日

孤独な私に素敵なレター

家のポストにはよう分からん勧誘のチラシか、方々から金の請求書だけが何時も溜まっている──金の請求に関しては人気者のアタクシ。



 例えば住民税。手前の場合、今年は20万ほど払わないといけない(月収並)。しかし、そんな金はない。休みなく働いても、生活費やローンの返済、家賃で消えてゆく(家賃も2か月分払えていないが)。したらば、上の督促状が届いた。以前にも届いていたが、払えないから放置していた。
 
 “この督促状で納付がない場合、勤務先、取引先等への調査を実施し、予告なく差押を執行いたします。御承知おきください。”

 社会人、失格。非国民、世間の恥晒し。押される烙印はそんなとこ──

 だが「勤務先、取引先等への調査~」と云っても以前の仕事は辞めて、今はライヴハウスやカラオケ屋で働いているから、何処へ調査に行くというのか……ライヴハウスやカラオケ屋まで歌いに来んのんか?くまなく調べたところで俺ら単なる“全身恥部”(ザ・クロマニヨンズ)──

 あと「予告なく差押を執行いたします」とあるが、この記事を書いている使い古したパソコンで住民税が払えるなら、六畳一間の凄惨たる我が家から好きなものを持って行って下さい。貴方の家と比べて如何です、良いものあります?手前にはこの命があれば十分……


 何でこんなクソ詰らないことをブログに認めるのか。“手前の何もかも芸術や娯楽に出来んのか”、それが未来に生きるロックスターからの伝言だから。要するに、未来の私は今のこの状況を“下積み時代”と呼ぶだろうから、今の内にケッタイな記録として残している訳。未来の私が今以下であることはない──何故なら毎日、死ぬ気で演って居るから。現在だけが文字の無力なだけだから──過去や未来に於いて、文字は現実よりも強いから。そんな根拠のない未来への肯定が、身の回りの全てを芸術や娯楽に変える──。

 督促状の最後には、ご親切にも納税できない人への相談窓口の案内が載っているが、私にそんな時間はない──今日も明日も死ぬまで仕事、こんな楽しい記事を書いている時間はあっても……

「赤く焼けた坩堝(るつぼ)のなかを通らなければ、完全無垢な人間として、天上界にまでたどりつくことはできないのですわ。」
-アンリエット・ド・ルノンクール


 理不尽と云うのなら私を殺せ、今日もこれからボロ雑巾の様に労働だ──!!


2016年8月5日金曜日

客席にもスター

いやぁ、でもイエモンのライヴに、まさか横アリベイベー達の中に──



 ステージだけでなく客席にもミーのスターが居たとは(画像はツイッターでフアンからの指摘を否定する志磨さん)。

 行きの電車でイエモンぢゃなしドレスコーズを聴いて仕舞ったのは何の因果か……嗚呼ウォークマンよ、指し示してくれた無意識の己が手よ、意識の頭の方は気付かなかったぞ、我が家に帰って青い鳥に呟かれる迄。



 お土産の記念升おかきをぽりぽり食べ乍ら、お茶を飲んで居る。御利益が有り升ようにと、こりゃ失敬──!!


2016年8月4日木曜日

復活の日 –序文–

ああ 復活の前に死があるね
-ロマン・ロラン

 8月の真夜中にブログ随筆を始める。バンド“MBBM”は結成して1年が経った──。

 今更ブログをやろうだなんて、夏休みの宿題の絵日記を今一度、やり直したいが為かもしれない。

 “いま書きたいことがあるから書く”、それだけのことである。修学旅行で連れて行かれるでなし、自ずと行きたいと思うから、大人に成って巡る寺院仏閣は感慨深いのである。


 そして、このブログは誰の目も気にしていないし、価値のない駄文と取られても良い。それ以前に、誰の目に触れなかったとしても、縦い構われなくても構わない。
 
 当ブログの存在意義とは、私の中のハードルを越えてさえいれば、己が有意義に適(かな)えば、それで良い……そこにこそ意味がある。

 此処へ辿り着いて、この序文を読んだ貴方は、何時かの私だったかもしれないし、今の私が何時かの貴方だったかもしれないから、それで良いのだ……そこにこそ意義がある。



 昨日、横浜アリーナまでザ・イエローモンキーのライヴを見に行った。横浜で観るイエモンは“粋”だったなぁ……則ち“グラム”ってことです。

 先月のさいたまスーパーアリーナでのイエモンもそれはそれで、音と映像でしか知らなかった伝説を眼前に感動と興奮の連続であったが、初めて訪れた横浜アリーナが思ったよりもこぢんまりとしていたからか(良い意味で)、またセットリストや演出の変更もあったからなのか(ツアー最初の東京や手前が観た埼玉公演は、再結成後の挨拶的なライヴという印象を受けたので)、待ち望んでいた“あのイエモン”を今回ついに目の当たりにすることが出来た訳である──。

 “あのイエモン”というのは、「昭和ノスタルジー発~グラム経由~猥雑ムード歌謡/オルタナハードロック行き」の狭いベッドの列車で天国旅行へ行くんだよ、のイエモンである。「それこそ11PMないからね」のクズ社会にパンチドランカーと化した、イエモンである。僕はジャガー、確か殺された──。僕はジャガー、あの娘の前で──。


 帰りの電車では何故かスターリン(ミチロウさん)を聴いていたが、恐らく私の中のタブーが再び解禁されたのだろう……このブログの様に。

 因みに行きの電車ではドレスコーズ(志磨さん)を聴いていた。その1曲目はこんな詩であった──



“きみがリボン 置き忘れてったイスに
差しこむ陽の、それは調和のとれた美

ぼくのリボーン 偉大なる復活の日
あした以降、ひとりぼっちのドゥ・イット・トゥ・ミー”

~The Dresscodes「復活の日」より~


 そんな夜中に、己がブログを始めたのである。あなかしこ、あなかしこ。

 願わくは、生まれん──