2019年6月19日水曜日

時代わたくし辯論

修羅篇より


いや実に人間の心は広い、あまり広過ぎるくらいだ。俺は出来る事なら少し縮めてみたいよ。ええ畜生、何が何だか分りゃしない、本当に!理性の目で汚辱と見えるものが、感情の目には立派な美と見えるんだからなあ。一体悪行(ソドム)の中に美があるのかしらん?……
 ……しかし、人間て奴は自分の痛いことばかり話したがるものだよ。
-ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」より

 一世紀と十年、萎え切った芲(はな)を、絶え絶えた息を、貧しく飢えた人を、津軽のマロサマを、決して哀れむな。平成と30年、ここに其の具体例が有るのに、在るのにもかかわらず、君は憐れむのか──囲桃園跨線橋(かこいもゝぞのこせんきやう)、シヨツトの革ヂヤン、懐に白きフリヰヂア。私達は小説的か、戯曲的か?君は台詞から読み取るか、一挙手一投足より汲み取るか?今からパリのサロンで、此のアゴラで、時代わたくし辯論(べんろん)するとしませう。“いざ、思想衝突!!”

 わたくし「君との相性が良くないと、一緒に居てはいけない気がする(花瓣を一片おとす)。」

 時代「こうして繋がってさえいれば、私達は恋人で居られます(一片の花瓣をさらう)。」

 わたくし「保護、愛護、宣言、法律、そこまで考えが及ばぬ。勝手に散歩し、一生を終えて、君など知らぬ、存ぜぬ。中野区役所まで年金や住民税の相談には参るが、幕府の犬にはなれぬ、君を愛せぬ。」

 時代「暇、暇、暇!!勉強と研究と生類の憐れみに暇、暇、暇!!罰当たりな暇を隠し持ち、忙しい振りをして、誰よりも手前らしい、暇、暇、暇!!」

 わたくし「ヱゴ、ヱゴ、ヱゴ!!自我が腫れ上がり、君の入れぬヱゴ、ヱゴ、ヱゴ!!訪ねて来ても、話し掛けても、受け付けぬ。夢に敗れて余裕なし、夢が叶うも余裕なし、そうだ夢こそ腫れ上がる、ヱゴ、ヱゴ、ヱゴ!!」

 時代「芥川、芥川、芥川!!川端さん、佐藤さん、芥川賞を私に!!芥川、芥川、芥川!!(歿後、發見せられしノヲトより)」

 わたくし「死人に口なし!こんな赤裸々あんまりぢゃないか!!これもパフヲマンスだ、ポヲズだ、と云ってのけて、君は何でもするんだな!!!」

 時代「君の為なら何でもする、なんて脅しは要らないのです。君の為に何時か、壊したくはないのです。中途半端に何時も、御飯の種を食べて暮らして居ります。君と一緒に居られるだけ、それだけで良いのです。」

 わたくし「手前の飯が欲しけりゃコンヴィニの廃棄弁当でも喰らえ、畜生、経済は共食いの味を知れ、畜生、時代の方こそ恥を知れ、畜生、社会システムの挫折と戦後レヂヰムの失敗の盛り合わせ、畜生、容器の隅に手前の無駄まで添えて、畜生、全て手前の驕りで、畜生」

 時代「畜生と六回も仰って、六界はここの他にもあるのですよ?連れ出してあげましょうか?突き落として差し上げましょうか?それに手前の無駄ですって?無駄のない夢には小さな成功しか有り得ませんから、これからも夢は大きく、人生の全てを懸けてやるべきです」

 わたくし「たった一つの人生を奪われてはならぬ!殉ずれば良し、とせぬ!!痛くて情けない話をする!!!骨折りて読み書きをする……間違いて正し続ける文字となる。乾ききった時代の お前の眼前にブチ込む……殺生ワード頭蓋骨。」

 時代「失敗と未練が眠る墓標には戒名、その手口は巧妙。悪夢を正確かつ克明に記し、黙々と芸術に仕立て上げる儀式。」

 わたくし「時代の断片的犠牲者──卒業、失恋、転職、死別!わたくし縁を切りとうて、わたくし楽になりませう!!本を開けば歴史と繋がる──時代の断片的犠牲者!!!」

 時代「一生を懸けて作られた城、主も死して素通りに。城を過ぎ去る我々に、“やはり城は良い”と立ち止まるは僅か。君は死するまで、城の整備に明け暮れるのですね。」

 わたくし「後の祭りの片付けを、湿っぽい気持ちになって、やったんだよ。無軌道に当たり散らし、角の取れた山車(だし)、三島的集団的肉体的同一化、酒臭え息で転がる鬼ころしだよ。無計画に酔って増えすぎて、戒めに点数を減らされる場面、公然と演ずる事になったんだよ。別に恨んぢゃいないし、綺麗にするつもりだし、このケがれた場を使おうと思うんです。ハレて用済みとなった誰も居ない所で、悠々自適と革命を起こす、罰当たりな程に。」

 時代「革命も祭りも、容赦のない死を忘れる為です。独り立ちをした気になっても、同じ穴の貉(むじな)です。1920年代パリのカフヱです、1950年代銀座の銀巴里です、貉は集まるものなのです。見栄っ張りの宵っ張りの出ずっぱり、パ・リ。」

 わたくし「パ・リ?私の写真や日記を恥じて、時代の名画や名著を可愛く思う。私は貴様か人類か?どうしたら形容できて?どうしようもない感情だ。やっパリ一生懸命っつうのは、どうにも笑えるワ。苦笑や微笑、隙あらば笑ってラ。ワ・ラ。」

 時代「ワ・ラ。せめてアニメや漫画の様に、心象描写の一コマを連続の中に、予(あらかじ)めセリフのあるキャラクターに、目線や冷や汗を鑑賞され得る作品に、陰惨で残酷な悲しい世界に、“これも仕組んだ事なのだ”という意志を捻じ込み、一コマ一コマは唐突だが、連続すれば情緒的に、ワ・ラ。」

 わたくし「ワ・ザ。時代が提示する生き方、時代の提唱する言動、皆目、故意、わざと、あざとい。ワ・ザ。」

 時代「ピ・シッ。人間の生きて行く資格を云ったまで、君の禍いを一つ位は背負ってあげようと思ったまで、だって。君一人で禍いを十も持って、其の内の一足らずで誰かが死んでしまう、そんな様な光景を幾度となく目にしたもので、だから。腹の虻(あぶ)を打ち殺すみたく、のんびりおっとり、多分、其の三倍速で以(もっ)て、牛の尻尾が、ピ・シッ。」

 わたくし「イ・タッ。過去のデブゐ私が、肥満児がそこに、居た。友達の家の居間(リヴィング)で、友達と友達のお母さんを笑わす為、痛っ。全力の腹踊り、アウチッ、波打つ脂肪。志望した覚えのない、ピエロ。死亡した憶えもない、道化。手前が提示する生き方、手前の提唱する言動、皆目……イ・タッ。」

 時代「チ・ッ。気付いちまったか、知。恥じらっちまったか、血。目立つよナ、落ちないんだよナ。拭いても拭いても、しつこくてマア大変。まるで殺人事件、ホント特殊清掃。辺り一面、真ッ赤ッ赤……チ・ッ。」

 わたくし「赤のアント(=アントニム:対義語の略)は、黒。けれども、黒のアントは、白。ですので、白のアントは、赤。」

 時代「如来(によらい)はすなはちこれ虚無(こむ)、虚無はすなはちこれ解脱(げだち)、解脱はすなはちこれ如来なり……HUMAN LOST.」

 わたくし「如来は乃(すなわ)ち虚無であり、虚無は即ち解脱であり、解脱は則ち如来である、と……人間、失格。」

 時代・わたくし「“グッド・バイ(未完)”」

 私、平成元年五月一日(月)生まれ、体格変動著しく、顔色わるし、好きなもの和菓子──辯論における駄洒落の類いは、気の強い恋人に注意されて止めた模様。時に令和元年六月十九日(水)、バンド活動を続けながら突如、消息不明となる──新たな元号に呑まれた?と見る向きもある──。

 “アンフヰニツシユド・バラツヅとは音程を伴った文学なり”──其の声は時代に向けられた。今日の110年前にも丁度、津島修治という男が呱々の声をあげたそうだ──或いはまた、仏として迎えられたのも何時か同じ日であった──。


餓鬼篇に続く