2023年10月15日日曜日

超人・鉄人

誰も座(ざ)せぬ神棚。四年前から誰も座せぬで、空っぽなままの神棚。言うて御粗末な、高円寺の近所のホームセンターで買ってきた細長いプラスチック板を壁に固定したそれが、私の神棚。いつか日々の信仰も何も、もう毎日が無気力となって、心願成就の己が名入り木札(きふだ)、破魔矢(はまや)、芸道成就の御守りを、彼(か)の花園神社へ還した後も、信者をやったやめたが馬鹿らしく、棚そのままとなっている。

 何年も一日と欠かさず、神棚へ和菓子・洋菓子・飲み物ジュースをお供えし、想うところ心で唱え、次の日はまた新しいお供えを捧げ、古い物は御下がりとして、毎日毎日頂いた。確かにあの頃の私は、神憑(がか)っていた様だった。何ものかが、見守って居られた。

 四年前、まだら牛の金の星、ないし牡牛座見守る金星、その名もツァラトゥストラ、ニーチェその人が現れてからは──

 低俗な者たち。神、或いは超人・鉄人を名乗る者たち。今日ちょうど数えで180歳の彼、ニーチェと私が対話する。

わたしの深部はゆらぐことがない。しかしそこは、泳ぎ遊ぶさまざまの謎(なぞ)と笑いとで、かがやいている。

 惑わせても無駄だ。自ら戸惑いを楽しむ者に、他の誘(いざな)いは一つも聞こえぬ──自前の謎が最高となりますよう。

 もし大声で大声を認めさせても、美声でないならうっとりせぬ。もしも美声で惹き付けたとしても、己が声の楽しさを愉しむのに美しさは要らぬ──手前の笑いが最強となりますよう。

かれは、あいかわらず、とびかかろうとする虎(とら)に似た姿で立っている。しかしわたしはこういう張りつめた魂を好まない。わたしの趣味には、こういうような内にこもっているすべてのものがいとわしい。

 強いね、格好良いね、憧れるね、末恐ろしいね、きっと君が世界一だね。うん、世界一だと思うね。世界一、つまらないと思う。誰よりもつまらないよ、誰よりも誰よりな誰だよ、君は君に成れなかったのよ、君しか君に為れなかったのによ。全く惜しいよ。強いって罪だよ……その罰だよ。

かれは牡牛(おうし)のようにふるまうべきだったのだ。そしてかれの幸福は、地の匂(にお)いを発すべきで、地への蔑みの匂いを発すべきではなかったのだ。
 白い牡牛として、鼻息も荒く、うなりながら、力強く犂(すき)を引くさまをわたしは見たいのだ。そして、そのうなりが地上のもの一切の讃歌の一つであってほしいのだ。

 そうは云ってもツァラトゥストラ、のニーチェ。一度くらい蔑みをしないと、当たり前の様に慈(いつく)しみは出来ぬ。高嶺の花を最愛の華には出来ぬ?崇高な美を当然の美とす!牡牛の犂は十字架す、こんなにも貴女を慕(しと)うて居る──犂、犁、鋤、隙、空き、透き、すき by Nori MBBM、の憲宏拝

そしてわたしは、力強い者よ、だれにもまして、君からこそ、美を期待するのだ。やさしい心を獲得することが、君の最後の自己克服であるように!
 わたしは君があらゆる悪をなしうることを信ずる。それゆえにわたしは君から善を期待するのだ。
-ツァラトゥストラ

 優(やさ)しいは、優(すぐ)れる、と書くね。あの憧れと悪行の数々は、この数知れぬ当然、と善の為にね。英雄と美のない処とは、もの凄く醜い低俗な場所か。或いは、唯一の英雄と美が存在する所の処か──素晴らしき貴女に、貴女の素晴らしさ認められぬか──

 低俗な者たち。四年前、神は死んだ。あらゆる宗教の戒めを笑ってやったのだ。人を戒めなければならぬ神の力不足を認めたのだ。戒めに人を呪う教条の全てを無視したのだ。私をして良く言えば超人・鉄人、神をして悪く云えば──


 低俗な者たち。