そして私の心はふるえ上がった 私の羨むこの大勢の人間が
哀れ 口をあけた奈落の底へ一目散に走りこみ、
いわば、自分自身の血に酔って、とどのつまりは
死より苦痛を 虚無より地獄を選んでいるということに!
-シャルル・ボードレール
この人生Aにおいては、役者Bである。また役者Aにとっては、人生Bとなる。
今日は昼飯を我慢して、400円で思想を買った。思想?何処(どこ)に売っているの?あゝそうかいそうかい、ならば仮面で良いよ。
冷静な君は、仮面を着けた君だ。仮面を着けた君は、無知な君だ。無知な君は、冷静で居られるはずも無いのに冷静で居られるから、周りを冷静で居られなくする。君は冷静の詐取(さしゅ)に成功する。仮面の一枚が成功させる。軽薄な人間だ。空洞の役者だ。君だけが知らないのに、知らない事のある種、冷酷さで、執着の無い冷淡によって、君は知りかけているもの──殆ど大半がこれに該当する──より尊敬されるのだ、人としての尊厳を今日も保つ事が出来るのだ。改めて君の公式を掲げよう!!冷静な君は、仮面を着けた君だ。仮面を着けた君は、無知な君だ。無知な君は……冷静な君だ。
数年は色事(いろごと)を我慢して、年数の分だけ仮面を揃(そろ)えた。仮面?如何(どう)して生きて居られるの?あゝそうかいそうかい、ならば役者で良いよ。
何時(いつ)まで経っても落ち着きがないのは、捥(も)ぎ立ての感動を今に見て欲しいから。淡々と分かった風でニベもない顔は、誰か様のモノだから。人間らしい、いや人間くさい。俗(ぞく)に塗(まみ)れた奴が語る希望ほど絶望に近く、ニヒルは今日も大人気と来た──鏡子(きょうこ)と四人の私。
その六百二十頁(ページ)程ある小説の百九十四頁目に、仕事で手洗いし過ぎて乾いた小指の何時か切れた傷口が触れて、二つの小さな黄色い染みを付けた──これぞドキュメント、逆説的と云わんばかりの不道徳な教え。
断眠(だんみん)に応じて夜な夜な、或いは遅すぎる朝に幾度となく開く表紙は老いた鴎(かもめ)の如く、綺麗に重ならず毛羽立(けばだ)ち、だらしなく外向きに羽搏(はばた)く癖を持っていた。決して彼方(かなた)へ飛び立つことなく、顔以外しか見つめられない身体の様な記憶に成る。それが消失した後も紙面を割(さ)いて、何時かの今日、文字通り腹を割った言葉に為(な)る──檄文(げきぶん)。
その五十一年前の今日、誰からも選ばれなかった誰かの理不尽に於(お)いては、神の裁き、審理(しんり)の由(よし)を的確に述べる背信(はいしん)の書となる──憂国(ゆうこく)。
即(すなわ)ち、この世には四種類の人間が居るらしい。二種類の役者と云っても良い。二種類の役者の行き違いが、大まかな四種類に別(わ)けられるらしいのだ。
まず、役者として重宝(ちょうほう)されるのは空洞の人間である。軽薄の生き物と云っても良い。確固たる信念を持たない事の信念である。信念の空き地である。気軽に他を欺(あざむ)いて、自ら滅ぼす事をも厭(いと)わない。厳密には、その空き地として利用してさえ呉(く)れたら良い。喜んで売国(ばいこく)する。喜んでコメントする、振りをしてコメントにコメントをさせる。主義主張する、振りをして主義主張しないものを主義主張に丸投げする。焦点(しょうてん)の合わない眼を自由だと信じている。情念を含む生き方は鮮度に限りがあるから、なるたけカラッと生きて居たい。異性は適宜(てきぎ)、適当に仕入れようではないか。幸せとは詰まり、仕合わせに他ならないのであるから。
そしてもう一方では、一杯に満たされた人間が居る。何に?自己同一性に。紋切り型と云っても良い。年齢はその全長で、経験がこの直径を表す金太郎飴。松田優作/ラモーンズ。おい説明しろ。へい/ほう、レッツゴー。臨機応変って旨いんか?やってみいひんか?なんぢゃこりゃあ!生きてりゃ色んなナメクジを見るハメになる。のっぺらぼうばっか。学校や職場で、便器の底の様な面(つら)を向けられる。打算された滑(ぬめ)り気に放尿したくなる。尿酸(にょうさん)や陰惨(いんさん)かけてやれ!奴らの好きな渇(かわ)きと共に匂い立て!大根役者で上等、スリーコードないし三分で充分。死んだら初めて成ってやる、やっと貴様に為(な)ってやる。貴様は不気味な洞窟(どうくつ)だ、面白半分に記念撮影してやろうか?まだ心霊現象の方が、ずっと可愛いよ。だって貴様に心霊も寄り付かない!!とことん血迷った奴に迷信も擦(す)り寄らない!!
俳優も精神のはたらきはもっている。しかしそれに伴う良心は、ほとんどもっていない。かれがつねに信ずるものは、人をして最も強く信じさせることに役立つもの──かれ自身を信じさせることに役立つものである。
明日、その俳優は新しい信仰をもつだろう。そして明後日は、いっそう新しい信仰を。かれがすばやい感覚をもっていることは、民衆と同じだ。そして変わりやすい天気のような気分をもっていることも。
-ツァラトゥストラ
この半生(はんせい)に何度か伝説を見た。不思議を知ってしまった。何度か死にかけた──行き違いのもう二種類。
「礼儀正しく、日頃の行いを良くして居れば、きちんと天に召されるその訳は、天を脅(おびや)かすこともない凡夫(ぼんぷ)、実は地獄かもしれないよ」──そうして怒りに触れたのだ。再び改めて輪(まわ)り廻(めぐ)る六道(りくどう)また六界(ろっかい)。
龍は厳(いか)めしい形相(ぎょうそう)に大蛇(おろち)の身体を伴い、その肉体は牛のものとも云われ、どちらにせよ真相はもう良いんだ、巳(み)年で牡牛座の己が境遇ならば、その真相は何も厳めしくは無いのだ。あゝ長広舌(ちょうこうぜつ)、長広舌。彼等ホントはお喋りだったのが、しんと黙りこくって、その言葉を奪ったのアタシ、役者の役割の役得なのアタクシ。あゝ長広舌、長広舌。輪り廻る六界。
貴方は憧れ、憎しみ、不快、不可解、同じ様(さま)、どちら様?則(すなわ)ち天上、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄?神様と自然の脅威を免(まぬが)れたかった?祖先に前世の事まで知りたがった?──マイ・フィニッシュド・バラッズ、おしまいなんだ。
具体的に示せと?類型的に提示せよと?
類型①:一番熱いもの。発表する側(にわかに注意されるもの)。単に、うざがられる人間。単純な性格。③と直接的な関係を持ちたがらない。この役者Bは演技に関して素人である。
類型②:一番冷たいもの。指摘する側(にわかに提案されるもの)。単に、うざがる人間。明快な人格。④と直接的な関係を持ちたがらない。この役者Aは人生に関して素人である。
類型③:①と②が生んだもの。創造する側(あたかも批判的なもの)。敢えて、うざがる人間。複雑な性格。①と間接的な関係を望む。この役者Bは演劇的な人生を歩む。
類型④:②と③が産んだもの。批評する側(あたかも創作的なもの)。敢えて、うざがられる人間。怪奇な人格。②と間接的な関係を望む。この役者Aは人情的な演技をする。
類型①は類型①のままが究極の、人類の最適解であった。しかし類型②がこの世に存在する以上、類型③と成らざるを得ない。私はいま類型③と為り掛けて、これを執筆している。そして私の夢は、類型②がこそこそと隠したい、類型④と成る瞬間を見届ける事で、得意気な顔を取り戻した類型④と対峙しながら、無責任にも類型①と為る事である。
つまり人生Aにおける、役者Bの完成であり、役者Aにとってもまた、人生Bの完成となる。全く面倒くさい物語である。
面倒な物語を一々洗いざらい、音楽だとか文学にして恥ずかしい思いをする類型①。何よりも羞恥の回避を優先し、何も無いのに何か有る振りをする類型②。何でも有りとなった禁忌は、羞恥でも何でも無い類型③。恥と外聞を避けるより積極的に、最優先に着手して恥も外聞も無い類型④。
人生Aにおいて、役者Aは務(つと)まらないから。また役者Bにとっても、人生Bは詰まらないから。全く芝居くさい話である。
私に『「いき」の構造』を書かせるでない、読者であらせろ!!君に『陰翳礼讃』を読ませるでない、筆者であらせろ!!……どうして貴公から逃れられぬ、どうしても機構から逃げられぬ!!!!
昭和と呼応(こおう)しない──令和に横たわる年齢──平成を象(かたど)った生年月日
結局誰も来なかった──息詰まる海と夕焼。天上界から人間界へ。君の忠告に従い、その宣告された日に毒でも呷(あお)れば良かった。人間界から修羅界へ。云う通りにすれば、才能と共に縊(くび)られた。修羅界から畜生界へ。この期(ご)に及(およ)んで尚(なお)書き歌い続け、死ぬほど生きてみたかった。畜生界から餓鬼界へ。みな社会的な肩書きの為、或いは立派な前科を付ける為に。餓鬼界から地獄界へ。頑張れ仕事!!頑張れ犯罪!!あい左様(さよう)なら、私は私で一杯の馬鹿、お誂(あつら)え向きの最期を迎える。乱筆乱文にて、かしこ。
誰かとは違う──腹も割らない──平静を装(よそお)った幕切れ
「言語は文明なのです。……言葉はどんなに嫌な言葉であっても、ひととひととを結び合わせることができます。……これに反して沈黙はひとを孤立させます。」
-ロドヴィコ・セテムブリーニ
言語や言葉でなし──沈黙でもない独言(ひとりごち)──地獄界から天上界へ
悪意は案外、続かない。便箋(びんせん)、数枚持てば良い方だ。善意の方が、恙無(つつがな)い。煙草、吸うまいとすれば良い子だ。
空洞め軽薄め役者の奴等め、自分の言葉を持てよ話せよ、誰か持て囃(はや)すなよ。借り物の言葉は既に、貸した者が亡き後で、一見自立した風を装ってみせるが、死に装束(しにしょうぞく)、自立できない奴等が寄り添いあって、寄り掛かった依存の束(たば)、煙草、吸うまいとすれば良い子だ。
日本人より良い加減な日本人であれ、世界より正確な世界となれ、中途半端が究極のお前であれ。周りがそうする事の、中へゆけ、逆なんぞ手緩(てぬる)い、深層を行け、心臓を抜け、心魂(しんこん)を貫(つらぬ)け、良い匂いか、そう臭(にお)うか、赤子、吸うまいとすれば良い子だ。
地獄界から天上界へ