2024年4月11日木曜日

詩集を買いに

都内の桜は先週がピークだった。ここ数日の強い雨風で花弁を落とされ、いま枝に残っているのは丁度半分くらい。



 (イエモンを始めとした)連日のリリース情報も相まって高揚していた心持ち、こちらの方も丁度落ち着いてきたので、ようやっと吉井さんの二冊目となる詩集を買いに、その“詩と言葉展”なるものを観に、渋谷のパルコの地下一階に、踏みしだかれた春の桜の絨毯を行った。



 「l LOVE YOU」が灰になる──トーキョーのアスファルトで桜色が灰色に死んでいる、それ見やりつつ、高円寺から渋谷へ着く迄の間、過(よぎ)った言葉たち。吉井さんを初めて意識したのは、その声・言葉・顔を認識したのは、4枚目のシングル“CALL ME”だったから、平成17(2005)年か。とても暗い中学生だった(その後の高校時代ほど、楽しいものを未だ知らない)。


枝切られる 枝切られる
都会では両手を伸ばせない
だから何を抱いていいのか
わからなくなることあるんだ

“人間的”とは何かな?
答えの数が世の中の形


 初めて聴いた時、今日の事を一生覚えているんだろうな、と思った。19年経ってやはり、何もかも憶えているんだな、と知った。きっと最期の最後には、一生忘れなかったな、と思い知る事だろう。

 本当に忘れていたのは平成17年より前、YOSHI LOVINSONを聴いた後に急いでTHE YELLOW MONKEYの音源までかき集め、初めて聴いたはずが“LOVE COMMUNICATION”は知っているわ“SPARK”は知っているわ、“楽園”も“BURN”も“SHOCK HEARTS”も“プライマル。”も既に!!何故(なにゆえ)?と思ったら実家のCDレコード棚から学校の帰りに買ったのと同じイエモンのベスト盤が、あゝおかんかおやじかどっちやろ、どっちかやろ?無意識裡(むいしきり)に聴かされていたんだワ、この、グラム・歌謡・メタル・野郎!!



 渋谷のハチ公前では外国人が列をなし、記念撮影に興じていたが、一瞬の隙をついてハチ公の顔を撮ってやったぜ。スクランブル交差点にも、スマホや自撮り棒を持った外国人がわんさか居た。ROSSOの“シャロン”の一節を口の中で歌いながら──あの娘はきっとパルコにでも行って 今頃は茶髪と眠ってるだろう──宇田川町の公園通りを歩いた。



 さっき迄の渋谷の喧騒と真っ昼間の陽(ひ)の光が嘘みたいな、パルコの地下一階の隅に会場はあった。入り口でチケットを買う際、昨日オールでもして一睡もしていないのかという位やる気のないお姉さんから料金と会場内の説明を棒読みで受け、何だか逆に“詩と言葉展”を全力で楽しむ気力が湧いてくるのだった。



 花柄の作詞ノート(吉井さん曰く“お徳用牛肉”)のみ撮影OKだったけど、会場内は基本的に撮影禁止なので、今回の展覧会の内容をあまりここに書けない。書けないけど、そうか、グラム気分の時はそういうワードチョイスなのね、吉井さんも「デッドマン(by ジム・ジャームッシュ)」好きだったのね、それであの曲が出来たのね、道理であの曲好きになっちまった訳だ、と腑に落ちる事しきりであった。



 “愛”とか“星”とか、自分もバンドの曲で使った事があるけど、なるほど吉井さんはそういう心構えで使っていたのね、と言葉の扱い方、詩との距離感も大変参考になった。グッズコーナーのアクスタと展覧会限定T(TALIシャツ)も欲しかったが、少し迷って、お目当てだった詩集だけにした。その“TALI”の相手は元々、エリコだったのか(これから歌う時はこれだな)。で、公式の詩の方は従姉妹の名でもあったのか(俺と同じぢゃん)。



 帰りに再びハチ公前を通ってみたらば、やはりまだ外国人が列をなしていた。私はまた踏みしだかれた春の桜の絨毯を行き、高円寺の家に着くが早いか、買ったばかりの詩集を開き、これを書き始めた。




 今月末、イエモンの復活ライヴが東京ドームで行われる予定だが、チケットはもう取っておいてある。それも良い席のを。


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